2012年1月22日日曜日

「沫雪の ほどろほどろに降り頻けば、平城(なら)の京(みやこ)し 思ほゆるかも」____個人的感慨としての詩歌

萬葉集巻八 大伴旅人の歌。以前「男の恋歌」でとりあげた「ますらをと思へる吾や。みづくきの 水城の上に、涙のごはむ」の作者が、任地九州にあって、降る雪に故郷を思って詠んだ歌である。「ほどろほどろに降り頻けば」の「ほどろほどろ」が好きである。水分を多く含んだぼたん雪が、次から次へと地上に舞い下りてくるさまを、重過ぎも軽すぎもしない語感でみごとにとらえている。いつやむともしれない雪を、旅人はじっと見ている。そして、遠くはなれた都の生活と都の人を思っている。ここでは、雪は「豊年の予祝」として、儀礼的に詠まれているのではない。雪は、旅人の心を、いまあるこの場から遠くにときはなつ作用を及ぼすものとして詠まれている。雪は、というより歌は、共同体的な発想から抜け出して、個人の感慨の表現として詠みだされる一歩を踏み出したのだと思う。

 さてここで、昨日とりあげた永田耕衣さんの雪の俳句。
「雪景の生死生死(しょうじしょうじ)と締り行く」
旅人が「ほどろほどろ」ととらえた雪のふるさまを、「生死生死(しょうじしょうじ)」と表現している。雪が空から降ってきて、地面にすい込まれる様子を「生まれて死んで、生まれて死んで」と直観したものだろう。一秒にも満たない時間のうちに展開する雪の誕生と死、そのなかに永遠をみているのか。それとも永遠が遠ざかっていくのをみているのか。興味深いのは、この句
Sekkeino SyouziSyouzito Simariyuku とS音が句の先頭にきていることだ。S音の連続が一句全体に緊張感とある種の神聖感をもたらしている。と同時に、ここには詠む人の「個人的感慨」というようなものは、もはや消えてしまって、一句は乾坤一擲、宇宙を切り取る大勝負のおもむきがある。

 ちなみに、旅人の標題の歌を同じくローマ字表記してみる。
Awayukino Hodorohodoroni Hurisikeba NaranoMiyakosi Omohoyurukamo
となって、みごとなまでにS音はない。母音のAとOが多用され、子音のN、Mがはさまれることで、一首は、なまあたたかな感触がする。

 日本の歌が、共同体の儀礼歌から、個人の感慨の表現としての文学へ、という過程をたどる際に、もう一人必ず触れなければならない歌人として、旅人の先達高市黒人がいるが、ここでは黒人の業績について書く余裕がない。黒人は、萬葉集の中で私が最も好きな歌人であったが。一首黒人の雪の歌を紹介しておく。
「婦負(めひ)の野に 薄をしなべ降る雪の 宿かる今日し悲しく思ほゆ」
旅人ほど完全に個人的感慨の歌ではない。だが、羈旅歌としての儀礼より、じみじみと心細さのつたわってくる歌だと思う。

 萬葉の後半で、個人としての感慨_共同体の儀礼ではなく私のための文学_としての一歩をふみだした詩歌は、「私のため」をも通りぬけてしまって、永遠をつかみ取ろうとする禁断の領域にはいってしまったのか。最後に耕衣さんの俳句をひとつ。
「秋雨や空杯の空(くう)溢れ溢れ」
これは「あきさめや くうはいのくうあふれあふれ」と読むのでしょうか?それとも「しゅううやくう さかずきのくうあふれあふれ」と読むのでしょうか?

 今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

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