2012年1月4日水曜日

サラの墓__古代社会と貨幣

今日は東京証券取引所の大発会の日で、2012年の株式市場がスタートした。そのタイミングに合わせたわけでもないのだろうが、今朝の日経朝刊に岩井克人という経済学者が「貨幣論の系譜」という記事を書いている。この記事によれば、紀元前6世紀から4世紀の古代ギリシャで誕生した「近代社会」は、歴史上初めて全面的に「貨幣化」した社会であり、この「近代社会」を生きたアリストテレスこそ、国家と資本主義の対立関係を最初に思考した思想家であった。

 だが、貨幣の歴史は、いうまでもなくアリストテレス以前から存在する。「全面的に貨幣化」していたか否かは別として、旧約聖書にはいくつかの貨幣(あるいは貨幣としての金、銀)が登場する。最も早く登場するのは、創世記23章アブラハムの妻サラが127歳!でなくなり、アブラハムが彼女を埋葬するために土地を買い求める場面である。アブラハムは、その時滞在していたヘブロンの地で、畑と洞穴とその周囲に生えている木を含め「銀400シュケル」で自らの所有とした、と記されている。

 聖書の注によれば、1シュケルは5.6gとあるので、400シュケルは2300gである。銀の価格は、現代の市況価格をそのまま当てはめることはできないが、本日の相場は1g79円の売渡価格なので、銀400シュケルは約18万円ということになって、驚くほどの安さである。古代は精錬技術がいまとは比較にならないくらい遅れていたので、銀の値段が相対的に高かったとしても、このことはどう解釈したらいいのだろうか。

 創世記が書かれたのは意外に新しく、紀元前5世紀から4世紀といわれている。創世記の記者はすでにかなり発達した貨幣経済を知っていたのかもしれない。新約聖書の時代になると、登場する貨幣の種類はさらに増え、その機能も複雑になる。新約聖書のなかには、「銀行」と「利息」の記述があるのだ!私は、「キリスト教」が地中海沿岸の諸都市に広まり、やがてローマの国教となる過程で、貨幣経済とギリシャ語の果たした役割は大きいと考えている。それは、言語、民族を異にする人々の共通の生活手段であったはずだ。

 新約聖書を、貨幣経済ないし資本主義という観点から読み直してみたい、という思いを捨てきることができない。イエスの生きた時代は、すでに十分資本主義の時代ではなかったか。そのことを、聖書の記述に即して、明日は、もう少し具体的に考えてみたい。

 今日もできの悪い作文でした。最後まで読んでくださってありがとうございます。

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