2012年2月27日月曜日

「エズミに捧ぐ」その1___「語り手」は誰か

これもまた難解極まりない小説である。サリンジャーの小説作法には大分慣れてきたつもりだったが、ここまで仕掛けられると、もうサリンジャーを読むのはやめようかとさえ思った。

 小説は、結婚式の招待状を受け取った「私」が、花嫁との六年前の出来事を回想する、という書き出しではじまる。一九四四年の四月、イギリスのデヴォン州でノルマンディー上陸作戦に備えた特殊訓練を受けていた「私」は訓練最終日激しい雨の中外出する。子どもたちが聖歌の練習をしているのを聞きに教会に入った「私」は、その中でひときわ美しい声を響かせている少女に目をとめる。教会を出て喫茶店に入った「私」は、遅れて入ってきたその少女から話しかけられる。「エズミ」と名のった少女と彼女が連れていたチャールズという名の弟は、両親が亡くなったため、伯母に育てられたという。亡くなった父親が古文書の蒐集をしていて名文家だったと話すエズミは、「短編作家のつもり」と言う「私」に、「わたしだけのために、短編をひとつ」書いてほしいと頼む。そしてなぜか「どちらかと言えば、汚辱のお話が好き」なので「うんと汚辱的で感動的な作品にしてね」と言う。エズミは、自分のほうから先に必ず手紙を書くと約束し、「お身体の機能がそっくり無傷のままでご帰還なさいますように」という言葉を残して、喫茶店から出ていった。

 小説の後半は、「場面はここで一転する」と書かれて始まる。「私は依然として登場するけれど、これから以後は、私の口から明らかにすることを許されない理由によって巧妙に扮装してしまっているので、どんなに慧眼な読者でも私の正体を見抜くことはできないだろう」という文章の後、文体は三人称で書かれる。  

 翌年五月のヨーロッパ戦勝記念日から数週間後の夜十時半ごろ、バヴァリアのガウフルトの民家に、フランクフルトの病院から退院してきたX曹長がいる。彼は文字を読むことも書くことも思うようにできず、指はたえずふるえている。郷里の兄からの無神経な手紙に神経を苛まれているX曹長の部屋にZ伍長という年下の戦友が入ってくる。「Z伍長」と呼ばれながら、なぜか「クレー」とも呼ばれるこの男はX曹長と対照的に神経のタフな人間である。X曹長のことを「神経衰弱になりやがった」とうれしそうにいうクレーは、ノルマンディー上陸作戦で砲撃を受けたとき、ジープのボンネットにとび乗った猫を撃ち殺した話をし始める。X曹長の再三の制止にもかかわらず話を続けるクレーに、彼は「あの猫はスパイだったんだ。」と「ユーモア」と取れなくもない言い方で、逆に彼の神経を逆なでする。だが、そのことがX曹長自身の心身を一気にずたずたに切り裂き、彼は屑籠に吐いてしまう。

 ようやくクレーを部屋から追い出したX曹長は、手紙を書くために机の上をかたづけようとして、「緑色の紙に包まれた小箱」を見つける。封を開けると、それは、前年六月七日付のエズミからの手紙だった。箱の中には、X曹長の安否を気づかう文章に添えて、エズミが身につけていた父親の腕時計が一緒に入っていた。彼は、送られてくる途中でガラスがこわれてしまった時計を長いこと手にしていたが、そのうちに快い眠気を覚える。

 ここまで三人称で書かれていた小説は、最後にまた一人称に戻る。最後はこう終わるのだ。「エズミ、本当の眠気を覚える人間はだね、いいか、元のような、あらゆる機___あらゆるキーノーウがだ、無傷のままの人間に戻る可能性を必ず持っているからね」
 
 あらすじの紹介だけで大分長くなってしまった。今日は、「この小説」の作者は誰か、語り手は誰か、という問題提起をして終わりたいと思う。それからまた、「私の口から明らかにすることを許されない理由」とは何か、と言う問題も提起したい。そのヒントは、あらすじの紹介では触れなかったが、作中一度だけ登場する「アルヴィン」 という名の「犬」にある。

 今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

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