2012年2月2日木曜日

深沢七郎の世界___近代的自我とは何か

この頃また深沢七郎を読み始めている。なんだか深刻そうな、ちゃらちゃらした言葉が煩わしくなるときがあって、無性に深沢の描く「庶民」の「あたたかさ」に触れたくなることがある。

 「おくま嘘歌」は昭和37年から42年にかけて発表された「庶民列伝」という連作の第一作である。本名は「つば」だが、死んだ亭主の名前が熊吉だったので「おくまさん」と呼ばれるようになったくまは「色が黒くて背(せい)が低く、足が短くて四角の様な肩幅で、顔はでかいが眼が細く、アタマが小さくて頸が短」いが「ひとに親切だし、正直だし、働き者」だ。息子と娘の二人の子どもはりっぱにそだち、孫にも恵まれて、生活に不自由はないが、鶏を飼うのが上手で、卵を産ませて商いをしている。楽しみは嫁に行った娘の顔を見にバスを乗り継いで出かけることだが、、孫に会いたくて来たと嘘をつく。娘にひとときでも楽をさせたいので、孫の子守をしてやるのだが、娘に気兼ねをさせたくないのだ。肩にずっしり重い子をおぶって、ふらふらになっても「なーに、いっさら」と嘘をつく。夕飯の蕎麦を打ってやって、目いっぱい働いて、家に帰って、また、今度は息子たち家族のために「なに、いっさら」と働くのである。体の自由がきかなくなると、栄養のあるものは「舌がまずくて」嫌いになり、栄養のないトコロテンを「口あたりがいいら」と食べて、みずから死期を早めるのだ。

 ここに描かれる「庶民」おくまは、徹底的に他者のために生き、他者のために死んでいく。みずからのゆたかなエロスを他者に幸せをあたえることだけにふりむける。知識とか教養ということばとは無縁の、だが、実に繊細で意志の強い人間を「庶民」と呼んで、深沢は提示したのだ。

 もう一つ「おくま嘘歌」とは対照的な「庶民」の話。「おくま嘘歌」より以前の昭和24年ごろに書かれた「魔法使いのスケルツオ」という小説の主人公おつまは、小商いと金貸しで生計をたている。死んだ亭主の母親を世話しているが、どはずれた吝嗇なので、満足に食事もあたえない。息子が二人いるが長男は金の無心に来るだけである。あるとき、長男と修羅場を演じた挙句、金をむしり取られたおつまは、腹いせに姑の食事を断ってしまう。どんなに懇願しても食事がもらえない姑は、餓死寸前の身で部屋のすぐ下を流れるドブ川の岸に降りる。そこで野菊をつんで戻り、むしろに突き刺して死んでいく。その後、おつまは姑の葬式で、手伝いの近所の連中や戻ってきた二人の息子にさんざん散財をさせられる。みんなこの機会に吝嗇なおつまからむしりとってやろうとたくらんできたのだった。

 こちらは徹底的に自分の慾だけに生きる人間を描いた。おつまには、倫理、道徳の観念のかけらもない。唯一「世間」は存在して、最後にその「世間」にやられてしまうのだ。「(稼いでも、みんな使われてしまうのだ)そう思うと涙がポロポロとこぼれてきた」口惜しくてたまらない。だが、反省などとは無縁である。(嫌な奴だったなァ)と思う「姑の姿が戒名だけの小さな形になってしまったので、そう思えばなんだか安心して、口惜しさも少しは我慢する気になってきた。」

 徹底して他人のために生きたおくまと、徹底して自分のためだけに生きたおつま。そのどちらも、懐疑とか内省とか、いわゆる近代的自我とは無縁の人間たちである。あるがままの状況に生き、あるがままの状況を生き抜いていった人間たち。おつまの姑も、受け入れざるを得ない状況を受け入れ、死んでいった。深沢はその姑に人間としての尊厳を保たせるために、野菊を一輪手向けたのだ。日本の社会にも、ほんの少し前までおつまの姑のような人たちは実在していたのだろう。もちろんおつまも、それからおくまも。そのだれもが「あたたかい」のである。つくりものでない、生身の人間の肌触りが懐かしいのである。

 今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

1 件のコメント:

  1. 知りませんでした。

    庶民列伝。
    ぜひ読んでみたいと思いました。
    というか、すでに読んだ気分になりました。
    あざやかな作品解説です。

    ちゃらちゃらした言葉の氾濫の時代、
    こういう文学が、
    世代を超えてひろく再評価されてほしいです。

    ブログ、まいにち拝見しています。










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