2012年2月17日金曜日

「コネティカットのひょこひょこおじさん」__語られているのは過去か?

『ナイン・ストーリーズ』の二作目の作品である。メアリ・ジェーンとエロイーズという女性二人が、エロイーズの家で、お酒を飲みながら会話している。二人は一九四二年、ほぼ同時期に大学を中退したかつてのルームメイトである。エロイーズは結婚してラモーナという娘がいるが、メアリ・ジェーンは今は独身で働いている。他愛もない会話が続くが、エロイーズは夫や姑とうまくいっていない様子で、娘のラモーナもおかしな子である。酔いが進むにつれて、エロイーズは、戦争中に事故で死んでしまった恋人のことを語り始める。ウオルトというその恋人の追憶に浸りながら、泣きだしてしまうエロイーズと、彼女の話を聞きながら、自分も酔いつぶれてしまうジェーン。最後は、エロイーズが、大学時代に着ているドレスが野暮ったいと言われて泣いた話をもちだし、ジェーンに「あたし、いい子だったよね」「ね、そうだろ?」と聞くところで終わる。

 『ナイン・ストーリーズ』の一作目「バナナ魚には理想的な日」がシーモア・グラースの自殺までを語る小説なので、ウオルトという青年の追憶が美しく語られるこの小説も、同じように、喪失の悲しみをテーマとする作品分析が多い。題名の「コネティカットのひょこひょこおじさん」も、エロイーズがウオルトと一緒に駈けだして転んで足首をくじいたときに、彼が彼女を「かわいそうなひょこひょこおじさん」と呼んだことに由来する。(uncle_ankle)そうだろうか。エロイーズの不幸は、彼女がウオルトを失ったことに原因があるのだろうか。夫を愛することができないのも、夫がウオルトのように「おかしいか、さもなきゃ優しいかどっちか」でない人間だからだろうか。夫「ルー」とはどんな人間なのだろうか。そして、エロイーズの話の「聞き役」のメアリ・ジェーンは、何のためにこの家を訪れたのだろうか。

 メアリ・ジェーンは約束の時間に二時間も遅れてエロイーズの家に着いた。わけのわからない理由を言って、ひどく狼狽している様子である。「電話をかけたのはどっち?」というエロイーズの言葉からメアリ・、ジェーンの方が訪問を申しでたのに、である。エロイーズの家について間もなく、「鏡をのぞいて歯をしらべた」のはなぜか。。エロイーズの娘のラモーナが帰ってくると、なぜかまた取り乱して、飲み物を絨毯の上にこぼしてしまう。そしてラモーナが誰に似ているのか知りたがる。エロイーズがウオルトの追憶にひたっていると、メアリ・ジェーンは「ルーはユーモアのセンスないの?」とそれをさえぎる。そして「それ(ユーモアのセンス)がすべてじゃないからね」と言う。亭主の知性なんて信用したら大変なことになる、というエロイーズの言葉を「憂鬱そうな顔をして」聞いていたメアリ・ジェーンは、「ルーは知性がないとはいえないわよ」と「声に出して」言う。

 エロイーズの美しい回想の「聞き役」として登場するメアリ・ジェーンは、たぶん、エロイーズとルーの生活の様子を探り来たのだ。彼女の関心はウオルトがどのような人間であったか、ではなく、エロイーズがウオルトのことをどのようにルーに告げたか、そして、その結果、ルーとエロイーズの関係がどのようになったか、である。メアリ・ジェーンはルーを愛しているのだ。エロイーズはそのことに気がついていないが、自分がルーに愛されていないことはわかっている。家の中は荒廃している。一人娘のラモーナは、架空の恋人を仕立てることで、空想の世界に逃げ込んでいる。そのラモーナの世話もエロイーズは投げやりだ。ラモーナが架空の恋人に逃げ込むように、エロイーズも追憶の世界に逃げ込むしかない。孤独なラモーナが現実を見るために絶対に必要な道具の「眼鏡」を頬に当ててエロイーズは泣く。「かわいそうなひょこひょこおじさん」と何度も繰り返して。孤独なエロイーズが現実と向き合うためには、そう唱えるしかなかったのだ。だが、やがてエロイーズは「レンズを下にして」眼鏡を置き、泣いているラモーナに接吻して階下に降りていく。そして、眠っているメアリ・ジェーンを起こして聞くのだ。「あたし、いい子だったよね」と。

 訳は野崎孝さんのものを使いました。glassという原語が「鏡」になったり「眼鏡」になったり、あるいは「グラス」、そしてもちろん「グラース」という姓、」というように、日本語にすると違う言葉になってしまいます。最後のI was  a nice girl ,wasn't  I?も「あたし、いい子だったよね?」の訳でいいのかちょっと迷います。解釈もこれでいいのかどうか確信はないのですが、メアリ・ジェーンの役割に注目して読んでみました。読書感想文にもなっていない段階です。

 今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

3 件のコメント:

  1. 私はサリンジャーを読み始めたばかりなのであまり意味がわからなかったのでとても参考になりました。 また読み直してみようと思います。ありがとうございます。

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  2. 私はサリンジャーを読み始めたばかりなのであまり意味がわからなかったので、とても参考になりました。また読み直してみようと思います。ありがとうございます。

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    1. 拙い覚書を読んでくださってありがとうございます。「コネティカットのひょこひょこお持参』についてはこの後も書いているのでそちらも参考にしていただければ、と思います。私にとっても、サリンジャーはいまだ謎に満ちているのですが。

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