2012年3月21日水曜日

「バナナ魚には理想的な日」三度______「鏡の中に見るごとく」___サリンジャーとは何か

もうしばらく書かないと言ったのに、また書いてしまう軽挙妄動の私です。でも、このままだと、ブログを読んでくださっている方たちを、半ばミスリードした状態のような気がします。もう少し書いておきたいと思います。

 「グラース・サーガ」と呼ばれる一連の小説を書くにあたって、サリンジャーが拠り所にしたのは、以前にも書いたようにコリント信徒への手紙一の13章いわゆる「愛の讃歌」だと思われる。その中でも特に11節から12節「幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを捨てた。わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔を合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる」

 少し長くなったが、サリンジャーの方法論はここにあると思う。「鏡の中に見るごとく」は有名な言葉だが、その意味するところは深い。「シーモア・グラース」の「グラース」はもちろん「鏡」を意味する。私たちは作品を読むとき「シーモアという鏡」の中に事象を見るのである。鏡の中に見る事象はどのように見えるか。

 ところで、平均的な日本人である私は、表題の作品に限らず、サリンジャーの作品すべてを、最初は日本語に訳されたかたちで読む。橋本福夫さんも野崎孝さんもすばらしい訳をつけてくださっているのだが、やはり原文を読まないとどうしても理解できない箇所はいくつかある。だから、私たちは「鏡の中の事象」をさらに「日本語というフィルター」をかけて見ていることになる。せめてそのフィルターだけでもいったん外してみると、「おぼろに映ったもの」はいくらかでも、はっきり見えるようになる。

 それでもきっと私たちは「今は一部しか知らない」のだろう。なんだか聖書の講釈をしているようだが、そうではない。サリンジャーの作品世界の話である。「バナナ魚には理想的な日」に限らず、サリンジャーの小説は三通りの読み方がある。三通りの次元、といったほうがいいのかもしれない。文字で書かれた現実の次元、その下層にある神話的次元(いままでの私の読解はここまでだった)、もっとも深層にある歴史的次元の三つである。私たちがサリンジャーの作品を理解しようと思うなら、目を皿のようにして一字一句見逃さずに文字を追い、そこに神話的次元のメタファーを読み取り、それを媒介にして歴史的次元の事実を見つけ出さなければならない。「もっとグラスを見る」。この小説の中でシビルが最初につぶやく言葉はSee more glassであり、Did you see more glass?なのである。Seymourではなく。

 もう一度コリント信徒への手紙一の13章に戻ろう。続く13節はこうである。「それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」_____果たして、サリンジャーは愛を語ったのか?

 今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

4 件のコメント:

  1. はじめまして
    バナナをwikiで調べてみたのですが
    バナナを知恵の実とする仮説があるそうです
    naokoさんの分析には驚かされました
    気が向いたらサリンジャーの作品についてまた分析していただきたいです

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  2. お返事が遅れまして申し訳ありません。「バナナ=知恵の実」という仮説はなんとなく聞いたような気もしますが、あまり意識していなかったので、大変参考になりました。知恵=インテリジェンスと結びつければ大ヒットとなるかも。
    また何か気がついたらコメントいただけるとうれしいです。

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  3. こんにちは。

    naokoさんの作品解説に刺激されて、
    深沢七郎の「庶民列伝」が読みたくなり、
    週末、久しぶりに図書館を訪れたところ、
    残念ながら貸し出し中でした。

    それなら、この際、
    このブログにたびたび登場する、
    サリンジャーを読んでみようと思い、
    「ナイン・ストリーズ」(野崎訳)を借りて、
    この週末を過ごした次第です。

    文学愛好者を名乗っておきながら、
    私の読書はたいへん世界が狭く、
    青空文庫で日本の古い小説ばかり読んでいます。

    ですので、
    海外の作家の小説を読むのは、ずいぶん久しぶりでした。
    サリンジャーを読むのは初めてす。

    たしかに不思議な小説でした。

    私は、naokoさんの言う、
    三通りの読み方のうち、
    文字で書かれた現実の次元を、浅く読んだに過ぎませんが、
    それでもいろいろ驚かされました。

    会話文が凄いですね。
    最初に読んだバナナフィッシュなど、
    ほとんど「 」の連続です。


    地の文が無くても、
    繊細で深い話は書けるものなのですね。

    勉強になりました。

























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  4. コメントありがとうございます。
    会話に限らず、地の文章も野崎さんの訳は素晴らしいです。時々、ここまでやるか、というほどの意訳をしているところをみると、サリンジャーの意図を十分わかっていたのだろうと思います。
    『ナインストーリーズ』は最後の「テディ」を読み終わったら、もう一度「バナナ魚には理想的な日」を読むことをお勧めします。
    先にコメントをくださった匿名さんが「バナナ=知恵の実」というヒントをくださって、読解が一歩進んだような気がします。

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