これは「M計画」というプロジェクトにかかわったサクラさんという国際的な映画女優と作家の「私」、そして「私」の東大の同期生で敏腕プロデュサーの「木守有(こもりたもつ)」の物語である。表題の「﨟たしアナベル・リー総毛立ちつ身まかりつ」とは、特異な人生を生きたサクラさんを、エドガー・アラン・ポーの詩Annabel Lee にうたわれる夭折した美女のアナベル・リィになぞらえるところに由来する。物語は「私」とWhat! are you here? と呼びかける木守有との三十年ぶりの再会から始まる。以降、小説の大半は三十年前の出来事の回想である。
「M計画」とは、実在した中世ドイツザクセンの商人ハンス・コールハースの反乱を題材に、十九世紀初頭に劇作家ハインリヒ・クライストが書いた『ミヒャエル・コールハースの運命』という作品をアメリカ、ドイツ、中南米、アジアの各国で映画化しようというものである。「M計画」の本部、という言葉が小説のなかにでてくるが、それがどのような実体をもつものかはあきらかにされない。アジア版『ミヒャエル・コールハースの運命』は韓国で制作されることになっていたが、シナリオを書く金芝河が逮捕され製作不可能となってしまう。アジア担当のプロデューサーである木守は善後策を講じるために主演女優のサクラさんと東京を訪れ、金芝河逮捕に抗議してハンスト中の「私」と東大在学以来の再会を果たす。
サクラさんと「私」は、サクラさんが「私には本当に、本当に・・・・・・恐ろしいくらい懐かしい場所です」という松山で接点があった。「私」が高校時代出入りしていた松山のアメリカ文化センターが、サクラさんを保護していた占領軍の情報将校の職場となり、彼女も保護者とともに松山に移ってきたのである。そして「白い寛衣」を着たサクラさんは「お堀端」に横たわり、保護者の米軍情報将校が8ミリフィルムの映画「アナベル・リィ」を撮影したのだ。
作中「アナベル・リィ」の詩は日夏耿之介の訳で引用される。だが、日夏訳はその内容、雰囲気がポーの原詩と微妙に異なっているように思われる。
It was many and many a year ago,
In a kingdom by the sea,
That a maiden there lived whom you may know
By the name of ANNABELL LEE;
And this maiden she lived with no other thought
Than to love and be loved by me.
《在りし昔のことなれども
わたの水阿(みさき)の里住みの
あさ瀬をとめよそのよび名を
アナベル・リィときこえしか。
をとめひたすらこのわれと
なまめきあひてよねんもなし》
一読して、英語圏の人でなくても初歩的な英語力があれば理解可能な原詩を、なぜこんなおどろおどろしい擬古文で訳さなければならなかったのか、素朴な疑問がわくのだが、ここでは次の二点を指摘しておきたい。
その一は、In a kingdom by the sea というフレーズについて。このフレーズは各スタンザごとに執拗に繰り返され、この詩のキーワードであると思われるが、日夏耿之介はすべて「わたの水阿の里住みの」と訳している。In a kingdom by the sea は、「海のほとりの王国で」とkingdom をいかして訳さなければならないのではないか。
もうひとつはshe lived with no other thought / Than to love and be loved by me を「をとめひたすらこのわれと/なまめきあひてよねんもなし」と訳すのは、もちろん誤訳ではないが、かなり脚色がある、といわざるを得ない。だが、むしろそれ故に、この詩を、そのタイトルごと頻繁に作中に引用する意味があるのかもしれない。「なまめきあひてよねんもなし」について、「私」がサクラさんの真の庇護者である柳夫人と論を交わす場面があるのだが、これはサクラさんと彼女の保護者であり、また夫となった米軍の情報将校との隠微で狡猾な関係をいっているのだと思われる。
そもそもthe beautiful Annabel Lee を「﨟たしアナベル・リィ」と訳したのは日夏耿之助だが、「らうたし」に「﨟たし」と漢字を振ったことも日夏の戦略である(日夏以外にも使用例はあるようだが、明治以降のものである)。「らうたし」は「あどけない、いたいけな」というニュアンスの古語で、「﨟」という漢字を振られるとどうしても落ち着かないのである。そして、その落ち着きの悪さこそ、作者大江健三郎の意図したものではないか。大江は、いわば日夏の戦略に乗って、あるいは乗ったふりをして、をれを利用し尽くしたのだ。
「﨟たけた」ということばがある。「﨟」は僧侶の出家後の年数、経験の深さを表すことばだそうで、「﨟たけた」は上品、優美などのニュアンスを含む成熟した女性の美をいうものだろう。それにたいして「らうたし」は、その使用例からみて、未熟な者、幼い者にたいする庇護の感情を含むことばのようである。「﨟たけた」美女として登場したサクラさんが、未遂に終わった「M計画」にかかわり、それが挫折する過程で、自分の存在の真実を発見する。幼くして孤児になった自分を、「らうたし」と保護してくれた米軍情報将校が、じつは残酷きわまる冒涜者だったこと、その人間との関係が彼が死ぬまで「平和に」続いていたこと、これらの真実を、なかば強制的に知らされて、サクラさんの自我は崩壊する。もともとサクラさんの自我は、精緻に構築された魔宮のなかに閉じ込められて成立していたのだが。
三十年ぶりに日本を訪れたサクラさんは、みずから監督をつとめ、木守と「私」の三人だけで自主映画をつくる。それはもはやグローバルな「ミヒャエル・コールハースの運命」の映画化プロジェクトではなく、「私」の郷里の森に伝わる「メイスケさんの生まれ替わり」と「メイスケ母」の物語である。二度の一揆を成功に導いた「メイスケさん」と「メイスケさんの生まれ替わり」を生んだだけでなく、みずからが一揆を主導した「メイスケ母」の「口説き」は「私」の祖母が芝居に仕立て、戦後の苦境のさなかに興行した。サクラさんはその芝居を自分が座長となって「メイスケ母」を演じることで復元し、それをそのまま撮影する。郷里の森の「鞘」を舞台に、観客も演技者も女だけの野外劇場に「口説き」の果てのサクラさんの叫びがこだまする。____それは歓喜の叫びか、苦痛のそれか、それともその両方なのか。It's only movies,but movies it is! 「らうたし」アナベル・リィが「﨟たし」アナベル・リィとなった産声だろうか。
この小説が戦後の日米関係を寓意しているのはあきらかなのだが、サクラさんと作家の「私」、そして「木守」の関係については、また回をあらためて考えてみたい。小説の最初の部分で老女となったサクラさんのいう「幼女から少女期の自分が何もわからずにやるようにいわれ・・・・・・それも恐ろしいアメリカの軍人から・・・・・・強制されて作られたもの」とは何だろう。最後の「口説き」芝居の映画化はそれへの「熟考した応答として老女の自分が企てる仕事」である、とサクラさんは言っているのだが。
書くことも考えることも遅々として進まず、時間ばかり経ってしまいました。今日も不出来な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
2015年8月20日木曜日
2015年7月8日水曜日
陰謀論で読む大江健三郎『さようなら、私の本よ!』__大江健三郎とは何か__「ミシマ問題」から炙りだされるもの
大江健三郎の作品はどれも難解なのだが、それは、一部に言われているような文章のわかりにくさ、というような次元の問題ではない。ストーリーの起承転結が不自然で納得できない、というわけでもない。読んでいるときは立ち止まることもなく、すらすら進んで結末までいって、最後の大江節に単純な感動すら覚えてしまう。でも、それでいて、何が書かれていたか、つかめないのである。
『さようなら!私の本よ』には何が書かれているのか?ドストエフスキーの『悪霊』、セリーヌの『夜の果てへの旅』というロバンソン小説なるテーマ、執拗に持ち出される「ミシマ」ないし「ミシマ問題」、『ゲロンチョン』および『四つの四重奏』の中から縦横に引用されるエリオットの詩、それらは一見作品の重要な要素をなすもののようでありながら、事実重要な要素なのだが、実は真相を覆い隠す、といえば言い過ぎならば、真相を複雑化するための仕組みなのではないか、という疑念をいだいている。
そもそもこの小説が発表された二〇〇五年の時点で、何故「ミシマ」なのか。1970.11.25の三島由紀夫の死から三五年が経とうとしていた。だが、問題は過ぎ去った年月の長さではない。「楯の会」を組織して自決した三島を2001・9・11のテロと結び付けて語ることに無理があるのだ。だからこそ「ミシマ」、「タテの会」という表記が使われ、決して「三島」「楯の会」と書かれることはないのだけれど。
作中「ミシマ」を、市谷の陸上自衛隊突入とその死という状況にしぼって登場させ、念の入ったことにその首までさらしだす。古義人と繁がミシマの異常に嫌ったという毛蟹の鍋で酒を酌み交わしているとき、アカリが二人の会話に割り込んで、「本当に背の低い人でしたよ、これくらいの人間でした。」と言って、蟹の肉片と三杯酢にまみれた掌で生首の高さを指し示す場面が挿入される。「ミシマ問題」を議論するのに、このような猟奇的な要素は必要だろうか。
さらに、死んでしまったミシマにたいして生前「ミシマ=フォン・ゾーン計画」なるものが存在したという。これもミシマが同性愛者であるという前提のもとに夢想された計画で、地下の魔窟に集めた美少年の魅力で彼を政治的な活動から遠ざけることを目的にしたものであるとされている。「長江さんはミシマに対して、derisively に振る舞うことがある、ともシゲさんから聞いています・・・・・・」と清清が言っているが、「ミシマ問題」の取り上げ方自体がderisively であるように思われてならない。なぜ、このような取り上げ方をしなければならなかったのか。三島の政治思想が、長江古義人(必ずしも=大江健三郎ではない)とのそれと同様に「児戯に類する」という判断については、私も同感するところはあるのだが。
ここで少し脇道にそれるようだが、市ヶ谷突入時に三島が残した檄文について考えてみたい。これを読んで、まず驚いたのが、その文章の凡庸さ、格調の低さである。これが、あの絢爛豪華な旧仮名遣いの文豪の書いたものとはにわかに信じ難い。内容も、要するに、国の腐敗、堕落は、自衛隊を「国軍」と成し得ない(アメリカの押し付けた)憲法が原因であり、前年の1969・10・21の首相訪米の際に「国軍」となる機会を失った自衛隊にクーデターを呼びかけ、みずからは死して憲法改正を成し遂げようというものである。檄文には「男の涙」、「武士の魂」、「日本の真姿」などの言葉がならぶが、これらはほんとうに「三島のことば」だろうか。軍歌を奏でて街宣車の上から市民を睥睨する人たちの文句とどこがちがうのか。
これを、たとえば、2・26事件の青年将校の書いた「蹶起趣意書」とくらべれば、「蹶起趣意書」の、日本を取り巻く内外の危機的状況とその打開を訴えた簡潔明瞭にして緊迫感のある文章が際立ってみえる。「皇祖皇宗の神霊、冀くば照覧冥助を垂れ給はんことを。」という結語が大げさなものに感じられず、「陸軍歩兵大尉野中四郎 外 同志一同」と記された人たちのまさに死を賭した思いが伝わってくる。2・26事件の青年将校を蹶起にむけて押し出した状況の深さと拡がりは三島のそれと比較にならなかったのだろう。
実在したかどうかわからない「ミシマの手紙」まで持ちだして死せる「ミシマ」を作品中に呼び戻し、再び1970・11・15の事件に関心を振り向ける。文学に関係のない人間でも、日本中の誰もが「三島由紀夫」に関心を集中させる原因となった「床に立った生首」を描写する。そうすることで、あの事件が何を意味するものだったのかをもう一度考えさせる。それは必ずしも一義的な正解を要求するものではない___という問題の立て方は、これまで大江健三郎が繰り返し行ってきたことである。明治維新、大逆事件、二・二六事件、1945・8・15、そして1951・4・28サンフランシスコ講和条約締結、1960・1970の安保闘争、これら日本の近現代史は大江の作品中で、何回も、ときには寓話の形で取り上げられ、その意味を問われ、また意味の再解釈がなされてきた。
過去の出来事を、「歴史」というカテゴリーに押し込め、風化させてしまうのではなく、混沌とした事実の塊りを掘り起こして、謎は謎のまま、あるいは謎を作り出して、読者の関心を喚起する。それが大江健三郎の小説作法であるのはいうまでもないが、注意すべきは、その作業を行っているのは、これもまたいうまでもなく作者である大江健三郎であって、長江古義人ではない、ということである。『取り替え子』、「憂い顔の童子』、『さようなら、私の本よ』の三部作は、大江の作品のなかでもとりわけモデルが特定されやすく私小説風であるが、間違っても私小説ではない。「本当のこと」を書くために「ウソ」をまぜるのが私小説であるなら、「ウソ」に力をあたえるために「本当のこと」をまぜたものが大江健三郎の小説だろう。『憂い顔の童子』で古義人の母がいうように。
だから「ミシマ」にたいして「derisivelyあるいはmockinglyに振る舞うことがある」のは「長江古義人」であって、大江健三郎ではない。三島が自死という形で完結してしまった1970・11・25のストーリーを、大江はもう一度掴みだして光をあてる。その上で、「ミシマ」の希求が絶望的に不可能であって、その不可能性が1970・11・25の時点だけでなく、いまにいたるまで不可能であり、未来永劫不可能であることを語るのだ。では、その語り部大江健三郎とは何か?何のために語るのか?語ることによって、読者をどこに導こうとするのか?これもまた『憂い顔の童子』で古義人の母が言っているのだが、「ウソの山のアリジゴクの穴から、これは本当のことやと、紙を一枚差し出して見せる」ことはあるのだろうか?
未整理なまま投げ出してしまったような不出来な文章です。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
『さようなら!私の本よ』には何が書かれているのか?ドストエフスキーの『悪霊』、セリーヌの『夜の果てへの旅』というロバンソン小説なるテーマ、執拗に持ち出される「ミシマ」ないし「ミシマ問題」、『ゲロンチョン』および『四つの四重奏』の中から縦横に引用されるエリオットの詩、それらは一見作品の重要な要素をなすもののようでありながら、事実重要な要素なのだが、実は真相を覆い隠す、といえば言い過ぎならば、真相を複雑化するための仕組みなのではないか、という疑念をいだいている。
そもそもこの小説が発表された二〇〇五年の時点で、何故「ミシマ」なのか。1970.11.25の三島由紀夫の死から三五年が経とうとしていた。だが、問題は過ぎ去った年月の長さではない。「楯の会」を組織して自決した三島を2001・9・11のテロと結び付けて語ることに無理があるのだ。だからこそ「ミシマ」、「タテの会」という表記が使われ、決して「三島」「楯の会」と書かれることはないのだけれど。
作中「ミシマ」を、市谷の陸上自衛隊突入とその死という状況にしぼって登場させ、念の入ったことにその首までさらしだす。古義人と繁がミシマの異常に嫌ったという毛蟹の鍋で酒を酌み交わしているとき、アカリが二人の会話に割り込んで、「本当に背の低い人でしたよ、これくらいの人間でした。」と言って、蟹の肉片と三杯酢にまみれた掌で生首の高さを指し示す場面が挿入される。「ミシマ問題」を議論するのに、このような猟奇的な要素は必要だろうか。
さらに、死んでしまったミシマにたいして生前「ミシマ=フォン・ゾーン計画」なるものが存在したという。これもミシマが同性愛者であるという前提のもとに夢想された計画で、地下の魔窟に集めた美少年の魅力で彼を政治的な活動から遠ざけることを目的にしたものであるとされている。「長江さんはミシマに対して、derisively に振る舞うことがある、ともシゲさんから聞いています・・・・・・」と清清が言っているが、「ミシマ問題」の取り上げ方自体がderisively であるように思われてならない。なぜ、このような取り上げ方をしなければならなかったのか。三島の政治思想が、長江古義人(必ずしも=大江健三郎ではない)とのそれと同様に「児戯に類する」という判断については、私も同感するところはあるのだが。
ここで少し脇道にそれるようだが、市ヶ谷突入時に三島が残した檄文について考えてみたい。これを読んで、まず驚いたのが、その文章の凡庸さ、格調の低さである。これが、あの絢爛豪華な旧仮名遣いの文豪の書いたものとはにわかに信じ難い。内容も、要するに、国の腐敗、堕落は、自衛隊を「国軍」と成し得ない(アメリカの押し付けた)憲法が原因であり、前年の1969・10・21の首相訪米の際に「国軍」となる機会を失った自衛隊にクーデターを呼びかけ、みずからは死して憲法改正を成し遂げようというものである。檄文には「男の涙」、「武士の魂」、「日本の真姿」などの言葉がならぶが、これらはほんとうに「三島のことば」だろうか。軍歌を奏でて街宣車の上から市民を睥睨する人たちの文句とどこがちがうのか。
これを、たとえば、2・26事件の青年将校の書いた「蹶起趣意書」とくらべれば、「蹶起趣意書」の、日本を取り巻く内外の危機的状況とその打開を訴えた簡潔明瞭にして緊迫感のある文章が際立ってみえる。「皇祖皇宗の神霊、冀くば照覧冥助を垂れ給はんことを。」という結語が大げさなものに感じられず、「陸軍歩兵大尉野中四郎 外 同志一同」と記された人たちのまさに死を賭した思いが伝わってくる。2・26事件の青年将校を蹶起にむけて押し出した状況の深さと拡がりは三島のそれと比較にならなかったのだろう。
実在したかどうかわからない「ミシマの手紙」まで持ちだして死せる「ミシマ」を作品中に呼び戻し、再び1970・11・15の事件に関心を振り向ける。文学に関係のない人間でも、日本中の誰もが「三島由紀夫」に関心を集中させる原因となった「床に立った生首」を描写する。そうすることで、あの事件が何を意味するものだったのかをもう一度考えさせる。それは必ずしも一義的な正解を要求するものではない___という問題の立て方は、これまで大江健三郎が繰り返し行ってきたことである。明治維新、大逆事件、二・二六事件、1945・8・15、そして1951・4・28サンフランシスコ講和条約締結、1960・1970の安保闘争、これら日本の近現代史は大江の作品中で、何回も、ときには寓話の形で取り上げられ、その意味を問われ、また意味の再解釈がなされてきた。
過去の出来事を、「歴史」というカテゴリーに押し込め、風化させてしまうのではなく、混沌とした事実の塊りを掘り起こして、謎は謎のまま、あるいは謎を作り出して、読者の関心を喚起する。それが大江健三郎の小説作法であるのはいうまでもないが、注意すべきは、その作業を行っているのは、これもまたいうまでもなく作者である大江健三郎であって、長江古義人ではない、ということである。『取り替え子』、「憂い顔の童子』、『さようなら、私の本よ』の三部作は、大江の作品のなかでもとりわけモデルが特定されやすく私小説風であるが、間違っても私小説ではない。「本当のこと」を書くために「ウソ」をまぜるのが私小説であるなら、「ウソ」に力をあたえるために「本当のこと」をまぜたものが大江健三郎の小説だろう。『憂い顔の童子』で古義人の母がいうように。
だから「ミシマ」にたいして「derisivelyあるいはmockinglyに振る舞うことがある」のは「長江古義人」であって、大江健三郎ではない。三島が自死という形で完結してしまった1970・11・25のストーリーを、大江はもう一度掴みだして光をあてる。その上で、「ミシマ」の希求が絶望的に不可能であって、その不可能性が1970・11・25の時点だけでなく、いまにいたるまで不可能であり、未来永劫不可能であることを語るのだ。では、その語り部大江健三郎とは何か?何のために語るのか?語ることによって、読者をどこに導こうとするのか?これもまた『憂い顔の童子』で古義人の母が言っているのだが、「ウソの山のアリジゴクの穴から、これは本当のことやと、紙を一枚差し出して見せる」ことはあるのだろうか?
未整理なまま投げ出してしまったような不出来な文章です。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
2015年5月23日土曜日
陰謀論で読む大江健三郎『さようなら、私の本よ!』___T.S.エリオット「バーント・ノートン」を中心に
もう一ヶ月近く読んでいるのに、「バーント・ノートン」と『さようなら、私の本よ!』について書くことができない。とにかく、わからないのだ。わからないことが二つあって、一つは、「バーント・ノートン」を含む『四つの四重奏』という詩集自体が難解であるということであり、もう一つは大江健三郎はどのような目的でエリオットを引用したのか、ということである。『さようなら、私の本よ!』という作品の流れの中に置かれるエリオットの詩の断片は、その部分だけ読むと実に自然な作中人物の心情の吐露であるが、それに納得してしまってよいのか。前回とりあげた「ゲロンチョン」の舞台となる家は「若い作家が夢みるような山荘」とはまちがってもいえないのである。
「バーント・ノートン」は『四つの四重奏』の第一番目の詩である。題名となったBurnt Norton とは「燃えたノートン邸」であるが「燃えたノートン」でもある。館の主人が発狂して放火し、みずからも焼け死んだという。エリオットはエミリーという女友だちとともに、いまは薔薇の生い茂るこの廃園を訪れ、非常なインスピレーションを受けた。『さようなら、私の本よ!』の中では、伊丹十三がモデルと思われる塙吾良が感動し、映画化を構想した、という部分が引用される。
そして池は日光のためにできた幻の水で溢れていた
すると蓮は静かに 静かに浮かび上った
水面は光の中心となってきらめいた
そして彼らはわれわれの後にいた 池に反射しながら
やがて一片の雲が過ぎた 池はからっぽになった
行け と小鳥がいった 葉の茂みは子供たちでいっぱいだから
感動しながら隠れ 笑いを殺している
日常の中に示現した一瞬の永遠。刹那の至福。甘美で口あたりのよいイメージが喚起される。だが、「バーント・ノートン」の世界はそんなに一筋縄ではいかないものがある。
Time present and time past
Are both perhaps present in time future,
And time future contained in time past.
「バーント・ノートン」の冒頭 は「時」についての抽象的思弁的な議論である。現在と過去は未来の中に存在し、未来は過去に含まれる。これは輪廻の時間論のように思われるが、永劫の輪廻が止揚される一点がある。
What might have been and what has been
Point to one end, which is always present.
永遠の現在あるいは永遠に現存する一瞬、それがどのようなものであり、どのようにしてもたらされるか、「バーント・ノートン」という詩は精細にそれを語り、読者をそこに導こうとする。薔薇園での甘美な回想の後、2番目のスタンザは次のように始まる。
Garlic and sapphires in the mud
Clot the bedded axle-tree.
The trilling wire in the blood
Sings below inveterate scars,
Appeasing long forgotten wars.
泥の中の大蒜とサファイアが埋もれた車軸にこびりつき、血の中で震える弦は根深い傷跡の下で唄い、永く忘れられた戦争を宥める___非常に難解だが、それゆえに(私にとっては)薔薇園の回想よりさらに魅力的な始まりである。long forgotten warsとは何を指すのか。この後さらに
The dance along artery
The circulation of the lymph
と血なまぐさいイメージが続くが、ここで一気に転換して
Are figured in the drift of stars
Ascend to summer in the tree.
視点は上昇し、樹上の高みから俯瞰する構図となる。最初のスタンザでone end と呼ばれた一瞬はここではthe still point と呼ばれ、それがどのようなものかが言葉をつくして語られる。それには
At the still point of turning world. Neither flesh nor
Fleshless;
Neither from nor towards; at the still point ,there the dance is
But neither arrest nor movement. And do not call it fixty.
矛盾する事柄を繋ぎ合わせる撞着語法やパラドックスという手法が頻繁に使われる。要するに現実の日常ではありえないことなのだ。だから、この詩は日常を止揚する地点に読者を導こうとする説教詩、といってしまってもよいのかもしれない。
Here is a place of disaffection
と始まる第三連では、現実の地上がいかにそれとかけ離れているかを描写していく。
Time before and time after
In a dim light : neither daylight
Investing form with lucid stillness
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
Nor darkness to purify the soul
ここでは「時」はtime before and tme after と何事かの_たぶんthe still point の「前後」となっている。それは虚ろな光。光に満ちた静けさをかたちにする昼間の光でもなく、魂を純化する暗闇でもない。the still point に到達するために、詩人は下降を要求する。
Descend lower, descend only
Into the world of perpetual solitude
そして最後のスタンザで最初の薔薇園の回想にもどって茫漠とひろがる現在の無意味を嘆く。見事な起承転結だが、それで終わっては「陰謀論で読む」にはほど遠いので、短く挿まれた第四連をとくに時制に注目して読んでみたい。
Time and the bell have buried the day.
The blcack cloud carries the sun away.
Will the sunflower turn to us,will the clematis
Stray down , bent to us; tendril and spray
Cluch and cling?
Chill
Fingers of yew be curld
Down on us? After the kingfisher’s wing
Has answered light to light, and is silent, the light is still
At the still point of the turning world.
「時と鐘がその日を葬り、黒い雲が太陽を運び去る」__たんに一日が晩鐘とともに暮れた、ということではなく、the day とあるので、特定の日に起こった事柄をいっているのだろう。have buried すでに葬られた事実は完了している。黒い雲が太陽を運び去るのは永遠の真理をいう現在形。「ひまわりは私たちの方に向いてくれるだろうか、クレマチスは俯いて私たちの方に身を屈め、巻きひげと小枝でからみついてつかむだろうか」__ひまわりとクレマチスは何のメタファーなのか?the sunflower the clematis とあるのでこれも特定のひまわりとクレマチスである。暗黒の世界から私たちを救い出す存在なのか?これはwillではじまる未来形。実現するかどうかは the sunflowerとthe clematisの意志にかかっている。おそろしいのは次の一語だ。
Chill
「冷たい」あるいは「凍える」と訳し形容詞としてFingerにかかるとするのが文法的に正しいのだろうが、「殺す」という意味もある。一行の先頭にぽつんと一語だけ置かれているのが目をひく。「イチイの指が私たちのほうに曲がって下りてきたら?」これは仮定法現在。願望なのか危惧なのか。「かわせみの翼が光に応答し、そして静寂。」光の応答はすでに起こった(現在完了形)が、静寂は続く。その光はいまだある。廻る世界の静止の点に。静寂と光は現在形。絶対の現在。
これは黙示録的現在であり、同じく未来であり、また過去の光景なのだろう。同時に歴史的現実であり、過去であり未来だろう。「時」についての抽象的な議論のように見えた冒頭の三行はまさにこのスタンザと対応しているのではないか。
「バーント・ノートン」は甘美な追想の詩でないのはいうまでもないが、抽象的、宗教的な思弁を展開しただけのものでもない。最初に引用した薔薇園の部分も作中塙吾良監督がいうように、そのシーンを撮っていれば「そのすべてを現在の時として感受している、つまり、いまよりもっと良い生き方をしているおれ自身もしっかり撮れているはずなんだ!」と手放しで賛美する対象だとは思えないのである。
薔薇園の子供たちは「バーント・ノートン」の最後にも登場する。
Sudden in a shaft of sunlight
Even while the dust moves
There rises the hidden laughter
of children in the foliage
Quick now, here, now,always
Ridiculous the waste sad time
Stretching before and after.
突然一筋の陽光が射し、塵が舞う最中にたちのぼる子供たちの笑いとは何か。「いますぐに、さあいま、いつでも」と何を促しているのか。塙吾良のいう「いまよりもっと良い生き方をしているおれ自身」とはどんな「おれ自身」なのだろう。それはエリオットが執拗にうながす回心と同じベクトルのものだろうか。
またまた陰謀論にならず、試行錯誤の英文解釈でした。このペースでやっていると、今年中に「エリオットを読む」を卒業出来るかどうかわからなくなってきたので、次は作品そのものに戻ってもう少し考えたいと思っています。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
「バーント・ノートン」は『四つの四重奏』の第一番目の詩である。題名となったBurnt Norton とは「燃えたノートン邸」であるが「燃えたノートン」でもある。館の主人が発狂して放火し、みずからも焼け死んだという。エリオットはエミリーという女友だちとともに、いまは薔薇の生い茂るこの廃園を訪れ、非常なインスピレーションを受けた。『さようなら、私の本よ!』の中では、伊丹十三がモデルと思われる塙吾良が感動し、映画化を構想した、という部分が引用される。
そして池は日光のためにできた幻の水で溢れていた
すると蓮は静かに 静かに浮かび上った
水面は光の中心となってきらめいた
そして彼らはわれわれの後にいた 池に反射しながら
やがて一片の雲が過ぎた 池はからっぽになった
行け と小鳥がいった 葉の茂みは子供たちでいっぱいだから
感動しながら隠れ 笑いを殺している
日常の中に示現した一瞬の永遠。刹那の至福。甘美で口あたりのよいイメージが喚起される。だが、「バーント・ノートン」の世界はそんなに一筋縄ではいかないものがある。
Time present and time past
Are both perhaps present in time future,
And time future contained in time past.
「バーント・ノートン」の冒頭 は「時」についての抽象的思弁的な議論である。現在と過去は未来の中に存在し、未来は過去に含まれる。これは輪廻の時間論のように思われるが、永劫の輪廻が止揚される一点がある。
What might have been and what has been
Point to one end, which is always present.
永遠の現在あるいは永遠に現存する一瞬、それがどのようなものであり、どのようにしてもたらされるか、「バーント・ノートン」という詩は精細にそれを語り、読者をそこに導こうとする。薔薇園での甘美な回想の後、2番目のスタンザは次のように始まる。
Garlic and sapphires in the mud
Clot the bedded axle-tree.
The trilling wire in the blood
Sings below inveterate scars,
Appeasing long forgotten wars.
泥の中の大蒜とサファイアが埋もれた車軸にこびりつき、血の中で震える弦は根深い傷跡の下で唄い、永く忘れられた戦争を宥める___非常に難解だが、それゆえに(私にとっては)薔薇園の回想よりさらに魅力的な始まりである。long forgotten warsとは何を指すのか。この後さらに
The dance along artery
The circulation of the lymph
と血なまぐさいイメージが続くが、ここで一気に転換して
Are figured in the drift of stars
Ascend to summer in the tree.
視点は上昇し、樹上の高みから俯瞰する構図となる。最初のスタンザでone end と呼ばれた一瞬はここではthe still point と呼ばれ、それがどのようなものかが言葉をつくして語られる。それには
At the still point of turning world. Neither flesh nor
Fleshless;
Neither from nor towards; at the still point ,there the dance is
But neither arrest nor movement. And do not call it fixty.
矛盾する事柄を繋ぎ合わせる撞着語法やパラドックスという手法が頻繁に使われる。要するに現実の日常ではありえないことなのだ。だから、この詩は日常を止揚する地点に読者を導こうとする説教詩、といってしまってもよいのかもしれない。
Here is a place of disaffection
と始まる第三連では、現実の地上がいかにそれとかけ離れているかを描写していく。
Time before and time after
In a dim light : neither daylight
Investing form with lucid stillness
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
Nor darkness to purify the soul
ここでは「時」はtime before and tme after と何事かの_たぶんthe still point の「前後」となっている。それは虚ろな光。光に満ちた静けさをかたちにする昼間の光でもなく、魂を純化する暗闇でもない。the still point に到達するために、詩人は下降を要求する。
Descend lower, descend only
Into the world of perpetual solitude
そして最後のスタンザで最初の薔薇園の回想にもどって茫漠とひろがる現在の無意味を嘆く。見事な起承転結だが、それで終わっては「陰謀論で読む」にはほど遠いので、短く挿まれた第四連をとくに時制に注目して読んでみたい。
Time and the bell have buried the day.
The blcack cloud carries the sun away.
Will the sunflower turn to us,will the clematis
Stray down , bent to us; tendril and spray
Cluch and cling?
Chill
Fingers of yew be curld
Down on us? After the kingfisher’s wing
Has answered light to light, and is silent, the light is still
At the still point of the turning world.
「時と鐘がその日を葬り、黒い雲が太陽を運び去る」__たんに一日が晩鐘とともに暮れた、ということではなく、the day とあるので、特定の日に起こった事柄をいっているのだろう。have buried すでに葬られた事実は完了している。黒い雲が太陽を運び去るのは永遠の真理をいう現在形。「ひまわりは私たちの方に向いてくれるだろうか、クレマチスは俯いて私たちの方に身を屈め、巻きひげと小枝でからみついてつかむだろうか」__ひまわりとクレマチスは何のメタファーなのか?the sunflower the clematis とあるのでこれも特定のひまわりとクレマチスである。暗黒の世界から私たちを救い出す存在なのか?これはwillではじまる未来形。実現するかどうかは the sunflowerとthe clematisの意志にかかっている。おそろしいのは次の一語だ。
Chill
「冷たい」あるいは「凍える」と訳し形容詞としてFingerにかかるとするのが文法的に正しいのだろうが、「殺す」という意味もある。一行の先頭にぽつんと一語だけ置かれているのが目をひく。「イチイの指が私たちのほうに曲がって下りてきたら?」これは仮定法現在。願望なのか危惧なのか。「かわせみの翼が光に応答し、そして静寂。」光の応答はすでに起こった(現在完了形)が、静寂は続く。その光はいまだある。廻る世界の静止の点に。静寂と光は現在形。絶対の現在。
これは黙示録的現在であり、同じく未来であり、また過去の光景なのだろう。同時に歴史的現実であり、過去であり未来だろう。「時」についての抽象的な議論のように見えた冒頭の三行はまさにこのスタンザと対応しているのではないか。
「バーント・ノートン」は甘美な追想の詩でないのはいうまでもないが、抽象的、宗教的な思弁を展開しただけのものでもない。最初に引用した薔薇園の部分も作中塙吾良監督がいうように、そのシーンを撮っていれば「そのすべてを現在の時として感受している、つまり、いまよりもっと良い生き方をしているおれ自身もしっかり撮れているはずなんだ!」と手放しで賛美する対象だとは思えないのである。
薔薇園の子供たちは「バーント・ノートン」の最後にも登場する。
Sudden in a shaft of sunlight
Even while the dust moves
There rises the hidden laughter
of children in the foliage
Quick now, here, now,always
Ridiculous the waste sad time
Stretching before and after.
突然一筋の陽光が射し、塵が舞う最中にたちのぼる子供たちの笑いとは何か。「いますぐに、さあいま、いつでも」と何を促しているのか。塙吾良のいう「いまよりもっと良い生き方をしているおれ自身」とはどんな「おれ自身」なのだろう。それはエリオットが執拗にうながす回心と同じベクトルのものだろうか。
またまた陰謀論にならず、試行錯誤の英文解釈でした。このペースでやっていると、今年中に「エリオットを読む」を卒業出来るかどうかわからなくなってきたので、次は作品そのものに戻ってもう少し考えたいと思っています。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
2015年4月25日土曜日
陰謀論で読む大江健三郎『さようなら、私の本よ!』__T.S.エリオット「ゲロンチョン」を中心に
名前だけ聞いて頭の上を通りすぎる存在だったエリオットについて調べていて、なんとも複雑な思いをかみしめている。ヨーロッパにおける、というより近、現代史の時間、空間のなかで、「ユダヤ」もしくは「ユダヤ人」という存在がどのような意味をもってきたか、あるいはもたされてきたか、という問題をあらためてつきつけられたように思う。もちろんそれは今につながるものだ。エリオットは、同志とされるエズラ.パウンドほどではないにしろ、「反ユダヤ主義」と批判される時期があったのだ。「ゲロンチョン」に登場するユダヤ人の大家の描写はあきらかに偏見と侮蔑に満ちている。だが、いまはエリオットの「反ユダヤ主義」を論考するつもりはない。問題としたいのは、なぜ大江健三郎がエリオットに、そして「ゲロンチョン」という詩にこだわったのかということである。少し詳しく「ゲロンチョン」の内容を検討してみたい。
Here I am, an old man in a dry month,
Being read to by a boy, waiting for rain
I was neither at the hot gates
Nor fought in the warm rain
Bitten by flies, fought.
My house is a decayed house,
And the Jew sqqarts in the window sill, the owner,
Spawned in some estaminet of Antwerp,
Blistered in Brussels, patched and peeled in London.
The goat coughs at night in the field overhead;
Rocks, moss, stonecrop, iron, merds.
The woman keeps the kitchen, makes tea,
Sneezes at evening, poking the peevish gutter.
I an old man
A dull head among windy spaces.
本文では深瀬基寛の訳で
まかりいでましたこちらは雨なき月の老いの身
童にもの讀ませつゝ、雨の降るのを待ってます。
われひとたびも激しき戰ひの城門にたちしことなく
はた降りしきる雨を浴び
鹽澤に膝ひたし、だんびら刀振りかぶり
ぶとにまれて戰ひしことさらにない。
わたしの家は、ぼろ家です、
と、六行目までがまず引用される。ここまでは芝居気たっぷりに登場したan old manの自己紹介である。問題は、作者大江が、たぶん意図的に省略した7行目以下である。
And the Jew squarts in the window sill, the owner,(初版ではthe jewと小文字)
窓べりに蹲るユダヤ人が大家として登場し、その人物がアントワープで生まれ、ブリュッセルで疱やみになり、ロンドンで絆創膏をあて、皮を剥がした、となんともいかがわしい経歴が語られる。さらに、深夜に咳をする山羊と、くしゃみをしながら台所仕事をする女が現れ、屋外の描写がそれにはさまれる。in the field over head , Rocks, moss, stonecrops, iron, merds とあるのはたんに荒涼とした原野、ではなく戦場の光景であろう。
ところで、一つの、根本的な疑問がある。an old man は大家のユダヤ人であるのか?それとも店子の一人なのか?作者の大江はどのように解釈しているのか。私は、エリオットがみずからをユダヤ人と同化してこの詩を作ったとは思えないので、店子の一人、舞台に登場する狂言回しの役だと考える。この詩の六連目にも
The tiger springs in the new year.…when I
Stiffen in a rennted house
とあるのだ。(下線部筆者)ところが、作中の繁は、繁と塙吾良は、ふたりそれぞれに、ユダヤ人の大家とゲロンチョンと呼ばれる老人を同一人物として捉え、その姿によりそって自分たちの老後を語ったと言う。では、古義人自身はどうなのか。ここには、非常に重要な問題が曖昧なままにされている。
この後は
Signs are taken for wonders. ‘We would see a sign!’
The word within a word,unable to speak a word,
Swaddled with darkness. In juvescence of the year
Came Christ the tiger
と、宗教的な啓示の言葉が綴られる。そして
In depraved May, dogwood and chestnut, floweringjudas,
To be eaten, to be divided, to be drunk
Among whispers; by Mr.Silvero
With caressing hands, At Limoges
Who walked all night in the next room;
By Hakagawa,bowing among the Titians;
By Madame de Tornquist, in the dark room
Shifting the candles; Fraulein von Kulp
Who turned in the hall, one hand on the door.
Vacant shuttles
Weave the wind , I have no ghost,
An old man in a draughty house
Under a windy Knob.
と、室内の様子が描写される。日、仏、独(?)の国際色豊かな店子が住んでいるようだが、日本人らしきハカガワという人物だけ敬称がつかず、ティティアーノの絵にお辞儀をしている、と戯画的に描かれているのが興味深い。それぞれがあい集うことなく、「空のシャトルが風を織る」と結ばれているのは、紡ぎだす糸のない不毛の状況の隠喩だろうか。
以下
After such knowledge, what forgiveness? Think now
History has many cunning passages,contrived corridors
And issues,decieves with whispering ambitions,
Guides us by vanities.…
と、an old man _エリオットの歴史哲学が語られる。しかし After such knowledge, what forgiveness?
とはどんな知識、いかなる赦しを指すのか。この詩に書かれた光景から、私達は何を読み取ればいいのだろう。というより古義人は、十九歳の冬に大学の書店で買ったときから今にいたるまで、この詩の何に深く影響されてきたのか。作中二度にわたって引用される
Neither fear nor courage saves us.
恐怖もまた勇気もわれらを救わざることを。
の節とそれに続く Unnatural vices
Are fathered by our heroism. Virtues
Are forced upon us by our impudent crimes.
These tears are shaken from the wrath-bearing tree.
自然に背く惡徳は
われらのヘロイズムにより産み出さる。諸々の美徳も
われらの犯す厚顔の罪によりわれらに強要せらる。
みよこの涙、悲憤の實る樹上よりはふり落つるを。
という箴言だろうか。
これらの箴言が、繁のいうように、古義人の「政治的あるいは社会的な考え方、あえていえば思想」にたいして影響を与えたのはたしかだろう。だが、より本質的なことは、古義人にとって、この詩が「予言的な恐ろしい力」をもつことだったのではないか。
「ゲロンチョン」の最後のスタンザに
What will the spider do
Suspend its operations, will the weevil
Dlay? De Bailhache, Fresca, Mrs.Cammel, whirled
Beyond the circuit of the shudering Bear
In fractured atoms.
とあるのはどういうことだろう。the spider 、 the weevil と定冠詞のついた「蜘蛛」と「ゾウムシ」とは何を指すのか。また「震える熊座の向こう側で、破砕された原子の中をぐるぐる回る」三人とは何のことなのか。この詩が書かれた二十世紀初頭、フクシマはいうに及ばず、ヒロシマ、ナガサキも予兆だになかったのに。
「陰謀論で読む」といいながら、またまたただの英文解釈以下になってしまいました。懲りないことに、「バーントノートン」と「イーストコーカー」にも挑戦してみたいと思っています。そして、作中執拗に言及される「ミシマ」についても考えなければならない。まったくの独断と偏見ですが、三島由紀夫は「天皇」を考えていた。それにたいして大江健三郎は「天皇制」を考えていたのではないか、とも思うのですが。
今日も拙い文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
Here I am, an old man in a dry month,
Being read to by a boy, waiting for rain
I was neither at the hot gates
Nor fought in the warm rain
Bitten by flies, fought.
My house is a decayed house,
And the Jew sqqarts in the window sill, the owner,
Spawned in some estaminet of Antwerp,
Blistered in Brussels, patched and peeled in London.
The goat coughs at night in the field overhead;
Rocks, moss, stonecrop, iron, merds.
The woman keeps the kitchen, makes tea,
Sneezes at evening, poking the peevish gutter.
I an old man
A dull head among windy spaces.
本文では深瀬基寛の訳で
まかりいでましたこちらは雨なき月の老いの身
童にもの讀ませつゝ、雨の降るのを待ってます。
われひとたびも激しき戰ひの城門にたちしことなく
はた降りしきる雨を浴び
鹽澤に膝ひたし、だんびら刀振りかぶり
ぶとにまれて戰ひしことさらにない。
わたしの家は、ぼろ家です、
と、六行目までがまず引用される。ここまでは芝居気たっぷりに登場したan old manの自己紹介である。問題は、作者大江が、たぶん意図的に省略した7行目以下である。
And the Jew squarts in the window sill, the owner,(初版ではthe jewと小文字)
窓べりに蹲るユダヤ人が大家として登場し、その人物がアントワープで生まれ、ブリュッセルで疱やみになり、ロンドンで絆創膏をあて、皮を剥がした、となんともいかがわしい経歴が語られる。さらに、深夜に咳をする山羊と、くしゃみをしながら台所仕事をする女が現れ、屋外の描写がそれにはさまれる。in the field over head , Rocks, moss, stonecrops, iron, merds とあるのはたんに荒涼とした原野、ではなく戦場の光景であろう。
ところで、一つの、根本的な疑問がある。an old man は大家のユダヤ人であるのか?それとも店子の一人なのか?作者の大江はどのように解釈しているのか。私は、エリオットがみずからをユダヤ人と同化してこの詩を作ったとは思えないので、店子の一人、舞台に登場する狂言回しの役だと考える。この詩の六連目にも
The tiger springs in the new year.…when I
Stiffen in a rennted house
とあるのだ。(下線部筆者)ところが、作中の繁は、繁と塙吾良は、ふたりそれぞれに、ユダヤ人の大家とゲロンチョンと呼ばれる老人を同一人物として捉え、その姿によりそって自分たちの老後を語ったと言う。では、古義人自身はどうなのか。ここには、非常に重要な問題が曖昧なままにされている。
この後は
Signs are taken for wonders. ‘We would see a sign!’
The word within a word,unable to speak a word,
Swaddled with darkness. In juvescence of the year
Came Christ the tiger
と、宗教的な啓示の言葉が綴られる。そして
In depraved May, dogwood and chestnut, floweringjudas,
To be eaten, to be divided, to be drunk
Among whispers; by Mr.Silvero
With caressing hands, At Limoges
Who walked all night in the next room;
By Hakagawa,bowing among the Titians;
By Madame de Tornquist, in the dark room
Shifting the candles; Fraulein von Kulp
Who turned in the hall, one hand on the door.
Vacant shuttles
Weave the wind , I have no ghost,
An old man in a draughty house
Under a windy Knob.
と、室内の様子が描写される。日、仏、独(?)の国際色豊かな店子が住んでいるようだが、日本人らしきハカガワという人物だけ敬称がつかず、ティティアーノの絵にお辞儀をしている、と戯画的に描かれているのが興味深い。それぞれがあい集うことなく、「空のシャトルが風を織る」と結ばれているのは、紡ぎだす糸のない不毛の状況の隠喩だろうか。
以下
After such knowledge, what forgiveness? Think now
History has many cunning passages,contrived corridors
And issues,decieves with whispering ambitions,
Guides us by vanities.…
と、an old man _エリオットの歴史哲学が語られる。しかし After such knowledge, what forgiveness?
とはどんな知識、いかなる赦しを指すのか。この詩に書かれた光景から、私達は何を読み取ればいいのだろう。というより古義人は、十九歳の冬に大学の書店で買ったときから今にいたるまで、この詩の何に深く影響されてきたのか。作中二度にわたって引用される
Neither fear nor courage saves us.
恐怖もまた勇気もわれらを救わざることを。
の節とそれに続く Unnatural vices
Are fathered by our heroism. Virtues
Are forced upon us by our impudent crimes.
These tears are shaken from the wrath-bearing tree.
自然に背く惡徳は
われらのヘロイズムにより産み出さる。諸々の美徳も
われらの犯す厚顔の罪によりわれらに強要せらる。
みよこの涙、悲憤の實る樹上よりはふり落つるを。
という箴言だろうか。
これらの箴言が、繁のいうように、古義人の「政治的あるいは社会的な考え方、あえていえば思想」にたいして影響を与えたのはたしかだろう。だが、より本質的なことは、古義人にとって、この詩が「予言的な恐ろしい力」をもつことだったのではないか。
「ゲロンチョン」の最後のスタンザに
What will the spider do
Suspend its operations, will the weevil
Dlay? De Bailhache, Fresca, Mrs.Cammel, whirled
Beyond the circuit of the shudering Bear
In fractured atoms.
とあるのはどういうことだろう。the spider 、 the weevil と定冠詞のついた「蜘蛛」と「ゾウムシ」とは何を指すのか。また「震える熊座の向こう側で、破砕された原子の中をぐるぐる回る」三人とは何のことなのか。この詩が書かれた二十世紀初頭、フクシマはいうに及ばず、ヒロシマ、ナガサキも予兆だになかったのに。
「陰謀論で読む」といいながら、またまたただの英文解釈以下になってしまいました。懲りないことに、「バーントノートン」と「イーストコーカー」にも挑戦してみたいと思っています。そして、作中執拗に言及される「ミシマ」についても考えなければならない。まったくの独断と偏見ですが、三島由紀夫は「天皇」を考えていた。それにたいして大江健三郎は「天皇制」を考えていたのではないか、とも思うのですが。
今日も拙い文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
2015年4月16日木曜日
陰謀論で読む大江健三郎『さようなら、私の本よ!』___T・S・エリオットを中心に
もう2ヶ月以上も経つのに、『さようなら、私の本よ!』について書けない。体力の衰えなのか、はたまた能力の限界なのか。それで、半ばやけのやんぱちで、アカデミズムの権化みたいな大江健三郎を陰謀論風に読んでみた。妄想『さようなら、私の本よ!』である。
そもそもこの小説は9.11の世界貿易センターの崩壊に立ち会った(そして体調を悪くした?)アメリカ国籍の建築家椿繁と、彼の幼ななじみ(かつ異父弟?)の長江古義人の冒険譚なのである。
経済的な問題から、古義人は「北軽」の大学村のはずれに建てた二棟の別荘のうち「小さな老人(ゲロンチョンと表記される)の家」を残して、もう一棟の「おかしな老人の家」と敷地全部を「小さな老人(ゲロンチョン)の家」を設計した繁に売ることになる。「小さな老人の家」とは、古義人が若い頃夢みた山荘のイメージがT・S・エリオットの同題の詩にある家だったことから名づけられた。古義人と繁はそれこそスープの冷めない距離に住んで、つかずはなれずの関係になるのだが、二棟の家に住むことになるのは、この二人だけではなかった。繁は、「ウラジミール」と「清清」という彼の教え子であり、また「ジュネーヴ」という隠語で呼ばれる組織から指令を受ける「同志」との「根拠地」として不動産を買ったのである。
「ジュネーヴ」からの指令、というより繁が「ジュネーヴ」に提案したのは、東京の高層ビルを爆破する計画である。そして古義人の役割はその計画の実行寸前に彼がNHKに出向いて計画を告げ、人々を避難させる、というものだったのだが、「ジュネーヴ」はこれを却下した。時期尚早とされたのだ。繁は爆破_unbuildと表記される_をより小さな規模にしてビルの一室で行うことにするが、古義人は自分の「小さな老人(ゲロンチョン)の家」をその実行場所に提供する。爆破は成功するが、その記録をビデオで残そうとした実行犯の若者のうち一人が爆破の際に「鉄パイプに片目を貫通される」事故で死んでしまう。
あらすじとしてはこれだけで、いままでの大江健三郎の作品に比べれば単純、と言ってよいもののように思われるが、これに組み込まれるプロットあるいはモチーフは例によって豊富である。全体のプロットは、作品中にもまとまって引用されるドストエフスキーの『悪霊』である。登場人物がそれぞれ自分の好きな、またはそれを自分になぞらえうるような『悪霊』中の人物をあげている。爆破の実行犯で死んでしまう「タケチャン」は自殺するキリーロフ、生き延びて潜伏するもう一人の実行犯の武は首謀者ピョートルに殺されるシャートフ、そして、古義人はピョートルの父無能なステパン氏が好きだと言う。古義人と武、タケチャンの三人が会話して、戦後民主主義、悔い改めたブタ、といったテーマを話し合う場面があって、そこで展開される議論はそれなりに興味深いものがあるのだが、問題はむしろ、爆破を計画する繁がこの場面に登場せず、彼の役割があきらかにされていないことではないか。
繁と古義人の関係は、最後まで真相がわからない。いえることは、二人はペアであり、ツインであるということだ。作品中では「ロバンソン小説」なるものの構想を古義人が昔からもっていたとされ、セリーヌ『夜の果てへの旅』のあらすじが紹介される。『夜の果てへの旅』の主人公バルダミュとロバンソンの関係が古義人と繁のそれに重ね合わされるのだろう。バルダミュとロバンソンについて、「自分でも忘れるほど前から、古義人はpseudo-coupleということを考え」ていた、と書かれているのだが、pseudoは辞書を引くと「偽りの」という日本語があてられている。繁と古義人、バルダミュとロバンソン、そしてまたウラジミールと清清、武とタケチャンもカップルであり、さらには清清とネイオもそう呼ぶことが出来ると思うが、彼らを「偽りの」カップルと呼んでいいのだろうか。大江健三郎は、小説の中で外国語をそのまま、或いは翻訳して日本語におきかえるとき、微妙に意味をズラすことがあるように思う。たとえば、『宙返り』の中で主人公を「師匠」と呼んでパトロン」とルビをふったように。そしてそのズレは確信犯的、戦略的なものであると考えている。
ズレといえば、作中頻繁に引用され重要なモチーフとなる「小さな老人の家」_ゲロンチョンというエリオットの詩についても、非常に微妙な、巧緻な仕掛けが施されているように思われるのだが、長くなるので、それについては次回で考えたい。いまは、そもそも、自宅のある成城でも故郷の谷間の村でもなく、「北軽」という別荘地_ある種の租界_で、同一の敷地に建つ「小さな老人の家」と「おかしな老人の家」の二つの建物のうち一棟が爆破されるというプロットが指し示すものは何かという問題を提起したい。いうまでもなくこの小説は9・11の後書かれたものである。また、その実行犯はともかく、誰がこれを指示したか、ということも。次回では、ゲロンチョンを中心にエリオットの詩を読みながらそのことについてささやかな検討をしてみたいと思う。「ゲロンチョン」という詩は、決して「若い作家が夢みる」ような山荘を描いたものではないのである。
「陰謀論で読む」といいながら、まったく陰謀論になっていないのですが、次回は付け焼刃の英文学の勉強をしながらエリオットの詩に挑戦したいと思います。(できるでしょうか)今日も未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
そもそもこの小説は9.11の世界貿易センターの崩壊に立ち会った(そして体調を悪くした?)アメリカ国籍の建築家椿繁と、彼の幼ななじみ(かつ異父弟?)の長江古義人の冒険譚なのである。
経済的な問題から、古義人は「北軽」の大学村のはずれに建てた二棟の別荘のうち「小さな老人(ゲロンチョンと表記される)の家」を残して、もう一棟の「おかしな老人の家」と敷地全部を「小さな老人(ゲロンチョン)の家」を設計した繁に売ることになる。「小さな老人の家」とは、古義人が若い頃夢みた山荘のイメージがT・S・エリオットの同題の詩にある家だったことから名づけられた。古義人と繁はそれこそスープの冷めない距離に住んで、つかずはなれずの関係になるのだが、二棟の家に住むことになるのは、この二人だけではなかった。繁は、「ウラジミール」と「清清」という彼の教え子であり、また「ジュネーヴ」という隠語で呼ばれる組織から指令を受ける「同志」との「根拠地」として不動産を買ったのである。
「ジュネーヴ」からの指令、というより繁が「ジュネーヴ」に提案したのは、東京の高層ビルを爆破する計画である。そして古義人の役割はその計画の実行寸前に彼がNHKに出向いて計画を告げ、人々を避難させる、というものだったのだが、「ジュネーヴ」はこれを却下した。時期尚早とされたのだ。繁は爆破_unbuildと表記される_をより小さな規模にしてビルの一室で行うことにするが、古義人は自分の「小さな老人(ゲロンチョン)の家」をその実行場所に提供する。爆破は成功するが、その記録をビデオで残そうとした実行犯の若者のうち一人が爆破の際に「鉄パイプに片目を貫通される」事故で死んでしまう。
あらすじとしてはこれだけで、いままでの大江健三郎の作品に比べれば単純、と言ってよいもののように思われるが、これに組み込まれるプロットあるいはモチーフは例によって豊富である。全体のプロットは、作品中にもまとまって引用されるドストエフスキーの『悪霊』である。登場人物がそれぞれ自分の好きな、またはそれを自分になぞらえうるような『悪霊』中の人物をあげている。爆破の実行犯で死んでしまう「タケチャン」は自殺するキリーロフ、生き延びて潜伏するもう一人の実行犯の武は首謀者ピョートルに殺されるシャートフ、そして、古義人はピョートルの父無能なステパン氏が好きだと言う。古義人と武、タケチャンの三人が会話して、戦後民主主義、悔い改めたブタ、といったテーマを話し合う場面があって、そこで展開される議論はそれなりに興味深いものがあるのだが、問題はむしろ、爆破を計画する繁がこの場面に登場せず、彼の役割があきらかにされていないことではないか。
繁と古義人の関係は、最後まで真相がわからない。いえることは、二人はペアであり、ツインであるということだ。作品中では「ロバンソン小説」なるものの構想を古義人が昔からもっていたとされ、セリーヌ『夜の果てへの旅』のあらすじが紹介される。『夜の果てへの旅』の主人公バルダミュとロバンソンの関係が古義人と繁のそれに重ね合わされるのだろう。バルダミュとロバンソンについて、「自分でも忘れるほど前から、古義人はpseudo-coupleということを考え」ていた、と書かれているのだが、pseudoは辞書を引くと「偽りの」という日本語があてられている。繁と古義人、バルダミュとロバンソン、そしてまたウラジミールと清清、武とタケチャンもカップルであり、さらには清清とネイオもそう呼ぶことが出来ると思うが、彼らを「偽りの」カップルと呼んでいいのだろうか。大江健三郎は、小説の中で外国語をそのまま、或いは翻訳して日本語におきかえるとき、微妙に意味をズラすことがあるように思う。たとえば、『宙返り』の中で主人公を「師匠」と呼んでパトロン」とルビをふったように。そしてそのズレは確信犯的、戦略的なものであると考えている。
ズレといえば、作中頻繁に引用され重要なモチーフとなる「小さな老人の家」_ゲロンチョンというエリオットの詩についても、非常に微妙な、巧緻な仕掛けが施されているように思われるのだが、長くなるので、それについては次回で考えたい。いまは、そもそも、自宅のある成城でも故郷の谷間の村でもなく、「北軽」という別荘地_ある種の租界_で、同一の敷地に建つ「小さな老人の家」と「おかしな老人の家」の二つの建物のうち一棟が爆破されるというプロットが指し示すものは何かという問題を提起したい。いうまでもなくこの小説は9・11の後書かれたものである。また、その実行犯はともかく、誰がこれを指示したか、ということも。次回では、ゲロンチョンを中心にエリオットの詩を読みながらそのことについてささやかな検討をしてみたいと思う。「ゲロンチョン」という詩は、決して「若い作家が夢みる」ような山荘を描いたものではないのである。
「陰謀論で読む」といいながら、まったく陰謀論になっていないのですが、次回は付け焼刃の英文学の勉強をしながらエリオットの詩に挑戦したいと思います。(できるでしょうか)今日も未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
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