2015年7月8日水曜日

陰謀論で読む大江健三郎『さようなら、私の本よ!』__大江健三郎とは何か__「ミシマ問題」から炙りだされるもの

 大江健三郎の作品はどれも難解なのだが、それは、一部に言われているような文章のわかりにくさ、というような次元の問題ではない。ストーリーの起承転結が不自然で納得できない、というわけでもない。読んでいるときは立ち止まることもなく、すらすら進んで結末までいって、最後の大江節に単純な感動すら覚えてしまう。でも、それでいて、何が書かれていたか、つかめないのである。

 『さようなら!私の本よ』には何が書かれているのか?ドストエフスキーの『悪霊』、セリーヌの『夜の果てへの旅』というロバンソン小説なるテーマ、執拗に持ち出される「ミシマ」ないし「ミシマ問題」、『ゲロンチョン』および『四つの四重奏』の中から縦横に引用されるエリオットの詩、それらは一見作品の重要な要素をなすもののようでありながら、事実重要な要素なのだが、実は真相を覆い隠す、といえば言い過ぎならば、真相を複雑化するための仕組みなのではないか、という疑念をいだいている。

 そもそもこの小説が発表された二〇〇五年の時点で、何故「ミシマ」なのか。1970.11.25の三島由紀夫の死から三五年が経とうとしていた。だが、問題は過ぎ去った年月の長さではない。「楯の会」を組織して自決した三島を2001・9・11のテロと結び付けて語ることに無理があるのだ。だからこそ「ミシマ」、「タテの会」という表記が使われ、決して「三島」「楯の会」と書かれることはないのだけれど。

 作中「ミシマ」を、市谷の陸上自衛隊突入とその死という状況にしぼって登場させ、念の入ったことにその首までさらしだす。古義人と繁がミシマの異常に嫌ったという毛蟹の鍋で酒を酌み交わしているとき、アカリが二人の会話に割り込んで、「本当に背の低い人でしたよ、これくらいの人間でした。」と言って、蟹の肉片と三杯酢にまみれた掌で生首の高さを指し示す場面が挿入される。「ミシマ問題」を議論するのに、このような猟奇的な要素は必要だろうか。

 さらに、死んでしまったミシマにたいして生前「ミシマ=フォン・ゾーン計画」なるものが存在したという。これもミシマが同性愛者であるという前提のもとに夢想された計画で、地下の魔窟に集めた美少年の魅力で彼を政治的な活動から遠ざけることを目的にしたものであるとされている。「長江さんはミシマに対して、derisively に振る舞うことがある、ともシゲさんから聞いています・・・・・・」と清清が言っているが、「ミシマ問題」の取り上げ方自体がderisively であるように思われてならない。なぜ、このような取り上げ方をしなければならなかったのか。三島の政治思想が、長江古義人(必ずしも=大江健三郎ではない)とのそれと同様に「児戯に類する」という判断については、私も同感するところはあるのだが。

 ここで少し脇道にそれるようだが、市ヶ谷突入時に三島が残した檄文について考えてみたい。これを読んで、まず驚いたのが、その文章の凡庸さ、格調の低さである。これが、あの絢爛豪華な旧仮名遣いの文豪の書いたものとはにわかに信じ難い。内容も、要するに、国の腐敗、堕落は、自衛隊を「国軍」と成し得ない(アメリカの押し付けた)憲法が原因であり、前年の1969・10・21の首相訪米の際に「国軍」となる機会を失った自衛隊にクーデターを呼びかけ、みずからは死して憲法改正を成し遂げようというものである。檄文には「男の涙」、「武士の魂」、「日本の真姿」などの言葉がならぶが、これらはほんとうに「三島のことば」だろうか。軍歌を奏でて街宣車の上から市民を睥睨する人たちの文句とどこがちがうのか。

 これを、たとえば、2・26事件の青年将校の書いた「蹶起趣意書」とくらべれば、「蹶起趣意書」の、日本を取り巻く内外の危機的状況とその打開を訴えた簡潔明瞭にして緊迫感のある文章が際立ってみえる。「皇祖皇宗の神霊、冀くば照覧冥助を垂れ給はんことを。」という結語が大げさなものに感じられず、「陸軍歩兵大尉野中四郎 外 同志一同」と記された人たちのまさに死を賭した思いが伝わってくる。2・26事件の青年将校を蹶起にむけて押し出した状況の深さと拡がりは三島のそれと比較にならなかったのだろう。

 実在したかどうかわからない「ミシマの手紙」まで持ちだして死せる「ミシマ」を作品中に呼び戻し、再び1970・11・15の事件に関心を振り向ける。文学に関係のない人間でも、日本中の誰もが「三島由紀夫」に関心を集中させる原因となった「床に立った生首」を描写する。そうすることで、あの事件が何を意味するものだったのかをもう一度考えさせる。それは必ずしも一義的な正解を要求するものではない___という問題の立て方は、これまで大江健三郎が繰り返し行ってきたことである。明治維新、大逆事件、二・二六事件、1945・8・15、そして1951・4・28サンフランシスコ講和条約締結、1960・1970の安保闘争、これら日本の近現代史は大江の作品中で、何回も、ときには寓話の形で取り上げられ、その意味を問われ、また意味の再解釈がなされてきた。

 過去の出来事を、「歴史」というカテゴリーに押し込め、風化させてしまうのではなく、混沌とした事実の塊りを掘り起こして、謎は謎のまま、あるいは謎を作り出して、読者の関心を喚起する。それが大江健三郎の小説作法であるのはいうまでもないが、注意すべきは、その作業を行っているのは、これもまたいうまでもなく作者である大江健三郎であって、長江古義人ではない、ということである。『取り替え子』、「憂い顔の童子』、『さようなら、私の本よ』の三部作は、大江の作品のなかでもとりわけモデルが特定されやすく私小説風であるが、間違っても私小説ではない。「本当のこと」を書くために「ウソ」をまぜるのが私小説であるなら、「ウソ」に力をあたえるために「本当のこと」をまぜたものが大江健三郎の小説だろう。『憂い顔の童子』で古義人の母がいうように。

 だから「ミシマ」にたいして「derisivelyあるいはmockinglyに振る舞うことがある」のは「長江古義人」であって、大江健三郎ではない。三島が自死という形で完結してしまった1970・11・25のストーリーを、大江はもう一度掴みだして光をあてる。その上で、「ミシマ」の希求が絶望的に不可能であって、その不可能性が1970・11・25の時点だけでなく、いまにいたるまで不可能であり、未来永劫不可能であることを語るのだ。では、その語り部大江健三郎とは何か?何のために語るのか?語ることによって、読者をどこに導こうとするのか?これもまた『憂い顔の童子』で古義人の母が言っているのだが、「ウソの山のアリジゴクの穴から、これは本当のことやと、紙を一枚差し出して見せる」ことはあるのだろうか?

 未整理なまま投げ出してしまったような不出来な文章です。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

2015年5月23日土曜日

陰謀論で読む大江健三郎『さようなら、私の本よ!』___T.S.エリオット「バーント・ノートン」を中心に

 もう一ヶ月近く読んでいるのに、「バーント・ノートン」と『さようなら、私の本よ!』について書くことができない。とにかく、わからないのだ。わからないことが二つあって、一つは、「バーント・ノートン」を含む『四つの四重奏』という詩集自体が難解であるということであり、もう一つは大江健三郎はどのような目的でエリオットを引用したのか、ということである。『さようなら、私の本よ!』という作品の流れの中に置かれるエリオットの詩の断片は、その部分だけ読むと実に自然な作中人物の心情の吐露であるが、それに納得してしまってよいのか。前回とりあげた「ゲロンチョン」の舞台となる家は「若い作家が夢みるような山荘」とはまちがってもいえないのである。

 「バーント・ノートン」は『四つの四重奏』の第一番目の詩である。題名となったBurnt Norton とは「燃えたノートン邸」であるが「燃えたノートン」でもある。館の主人が発狂して放火し、みずからも焼け死んだという。エリオットはエミリーという女友だちとともに、いまは薔薇の生い茂るこの廃園を訪れ、非常なインスピレーションを受けた。『さようなら、私の本よ!』の中では、伊丹十三がモデルと思われる塙吾良が感動し、映画化を構想した、という部分が引用される。

 そして池は日光のためにできた幻の水で溢れていた
 すると蓮は静かに 静かに浮かび上った
 水面は光の中心となってきらめいた 
 そして彼らはわれわれの後にいた 池に反射しながら  
 やがて一片の雲が過ぎた 池はからっぽになった  
 行け と小鳥がいった 葉の茂みは子供たちでいっぱいだから
 感動しながら隠れ 笑いを殺している

 日常の中に示現した一瞬の永遠。刹那の至福。甘美で口あたりのよいイメージが喚起される。だが、「バーント・ノートン」の世界はそんなに一筋縄ではいかないものがある。

  Time present and time past
  Are both perhaps present in time future,
  And time future contained in time past.

 「バーント・ノートン」の冒頭 は「時」についての抽象的思弁的な議論である。現在と過去は未来の中に存在し、未来は過去に含まれる。これは輪廻の時間論のように思われるが、永劫の輪廻が止揚される一点がある。

 What might have been and what has been
   Point to one end, which is always present.

 永遠の現在あるいは永遠に現存する一瞬、それがどのようなものであり、どのようにしてもたらされるか、「バーント・ノートン」という詩は精細にそれを語り、読者をそこに導こうとする。薔薇園での甘美な回想の後、2番目のスタンザは次のように始まる。

   Garlic and sapphires in the mud
   Clot the bedded axle-tree.
   The trilling wire in the blood
   Sings below inveterate scars,
   Appeasing long forgotten wars.

 泥の中の大蒜とサファイアが埋もれた車軸にこびりつき、血の中で震える弦は根深い傷跡の下で唄い、永く忘れられた戦争を宥める___非常に難解だが、それゆえに(私にとっては)薔薇園の回想よりさらに魅力的な始まりである。long forgotten warsとは何を指すのか。この後さらに


 The dance along artery
   The circulation of the lymph

と血なまぐさいイメージが続くが、ここで一気に転換して

 Are figured in the drift of  stars
   Ascend to summer in the tree.

視点は上昇し、樹上の高みから俯瞰する構図となる。最初のスタンザでone end と呼ばれた一瞬はここではthe still point と呼ばれ、それがどのようなものかが言葉をつくして語られる。それには

    At the still point of turning world. Neither flesh nor
    Fleshless;
    Neither from nor towards; at the still point ,there the dance is
    But neither arrest nor movement. And do not call it fixty.

矛盾する事柄を繋ぎ合わせる撞着語法やパラドックスという手法が頻繁に使われる。要するに現実の日常ではありえないことなのだ。だから、この詩は日常を止揚する地点に読者を導こうとする説教詩、といってしまってもよいのかもしれない。

  Here is a place of disaffection

と始まる第三連では、現実の地上がいかにそれとかけ離れているかを描写していく。

    Time before and time after
    In  a dim light : neither daylight 
    Investing form with lucid stillness
   ・・・・・・・・・
   ・・・・・・・・・
 Nor darkness to purify the soul

ここでは「時」はtime before and tme after と何事かの_たぶんthe still point の「前後」となっている。それは虚ろな光。光に満ちた静けさをかたちにする昼間の光でもなく、魂を純化する暗闇でもない。the still point に到達するために、詩人は下降を要求する。

   Descend lower, descend only
   Into the world of perpetual solitude

 そして最後のスタンザで最初の薔薇園の回想にもどって茫漠とひろがる現在の無意味を嘆く。見事な起承転結だが、それで終わっては「陰謀論で読む」にはほど遠いので、短く挿まれた第四連をとくに時制に注目して読んでみたい。

   Time and the bell have buried the day.
   The blcack cloud carries the sun away.
   Will the sunflower turn to us,will the clematis
   Stray down , bent to us; tendril and spray
   Cluch and cling?
   Chill
   Fingers of yew be curld
   Down on us? After the kingfisher’s wing
   Has answered light to light, and is silent, the light is still
   At the still point of the turning world.

 「時と鐘がその日を葬り、黒い雲が太陽を運び去る」__たんに一日が晩鐘とともに暮れた、ということではなく、the  day とあるので、特定の日に起こった事柄をいっているのだろう。have buried すでに葬られた事実は完了している。黒い雲が太陽を運び去るのは永遠の真理をいう現在形。「ひまわりは私たちの方に向いてくれるだろうか、クレマチスは俯いて私たちの方に身を屈め、巻きひげと小枝でからみついてつかむだろうか」__ひまわりとクレマチスは何のメタファーなのか?the sunflower  the clematis とあるのでこれも特定のひまわりとクレマチスである。暗黒の世界から私たちを救い出す存在なのか?これはwillではじまる未来形。実現するかどうかは the sunflowerとthe clematisの意志にかかっている。おそろしいのは次の一語だ。

   Chill

「冷たい」あるいは「凍える」と訳し形容詞としてFingerにかかるとするのが文法的に正しいのだろうが、「殺す」という意味もある。一行の先頭にぽつんと一語だけ置かれているのが目をひく。「イチイの指が私たちのほうに曲がって下りてきたら?」これは仮定法現在。願望なのか危惧なのか。「かわせみの翼が光に応答し、そして静寂。」光の応答はすでに起こった(現在完了形)が、静寂は続く。その光はいまだある。廻る世界の静止の点に。静寂と光は現在形。絶対の現在。

 これは黙示録的現在であり、同じく未来であり、また過去の光景なのだろう。同時に歴史的現実であり、過去であり未来だろう。「時」についての抽象的な議論のように見えた冒頭の三行はまさにこのスタンザと対応しているのではないか。

 「バーント・ノートン」は甘美な追想の詩でないのはいうまでもないが、抽象的、宗教的な思弁を展開しただけのものでもない。最初に引用した薔薇園の部分も作中塙吾良監督がいうように、そのシーンを撮っていれば「そのすべてを現在の時として感受している、つまり、いまよりもっと良い生き方をしているおれ自身もしっかり撮れているはずなんだ!」と手放しで賛美する対象だとは思えないのである。

 薔薇園の子供たちは「バーント・ノートン」の最後にも登場する。

   Sudden in a shaft of sunlight
   Even while the dust moves
   There rises the hidden laughter
   of children in the foliage
   Quick now, here, now,always
   Ridiculous the waste sad time
   Stretching before and after.

 突然一筋の陽光が射し、塵が舞う最中にたちのぼる子供たちの笑いとは何か。「いますぐに、さあいま、いつでも」と何を促しているのか。塙吾良のいう「いまよりもっと良い生き方をしているおれ自身」とはどんな「おれ自身」なのだろう。それはエリオットが執拗にうながす回心と同じベクトルのものだろうか。

またまた陰謀論にならず、試行錯誤の英文解釈でした。このペースでやっていると、今年中に「エリオットを読む」を卒業出来るかどうかわからなくなってきたので、次は作品そのものに戻ってもう少し考えたいと思っています。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

2015年4月25日土曜日

陰謀論で読む大江健三郎『さようなら、私の本よ!』__T.S.エリオット「ゲロンチョン」を中心に

 名前だけ聞いて頭の上を通りすぎる存在だったエリオットについて調べていて、なんとも複雑な思いをかみしめている。ヨーロッパにおける、というより近、現代史の時間、空間のなかで、「ユダヤ」もしくは「ユダヤ人」という存在がどのような意味をもってきたか、あるいはもたされてきたか、という問題をあらためてつきつけられたように思う。もちろんそれは今につながるものだ。エリオットは、同志とされるエズラ.パウンドほどではないにしろ、「反ユダヤ主義」と批判される時期があったのだ。「ゲロンチョン」に登場するユダヤ人の大家の描写はあきらかに偏見と侮蔑に満ちている。だが、いまはエリオットの「反ユダヤ主義」を論考するつもりはない。問題としたいのは、なぜ大江健三郎がエリオットに、そして「ゲロンチョン」という詩にこだわったのかということである。少し詳しく「ゲロンチョン」の内容を検討してみたい。

  Here I am, an old man in a dry month,
  Being read to by a boy, waiting for rain
  I was neither at the hot gates
  Nor fought in the warm rain
  Bitten by flies, fought.
  My house is a decayed house,
  And the Jew sqqarts in the window sill, the owner,
  Spawned in some estaminet of Antwerp,
  Blistered in Brussels, patched and peeled in London.
  The goat coughs at night in the field overhead;
  Rocks, moss, stonecrop, iron, merds.
  The woman keeps the kitchen, makes tea,
  Sneezes at evening, poking the peevish gutter.
                                          I an old man
  A dull head among windy spaces.

 本文では深瀬基寛の訳で

まかりいでましたこちらは雨なき月の老いの身
童にもの讀ませつゝ、雨の降るのを待ってます。
われひとたびも激しき戰ひの城門にたちしことなく
はた降りしきる雨を浴び
鹽澤に膝ひたし、だんびら刀振りかぶり
ぶとにまれて戰ひしことさらにない。
わたしの家は、ぼろ家です、
 
と、六行目までがまず引用される。ここまでは芝居気たっぷりに登場したan old manの自己紹介である。問題は、作者大江が、たぶん意図的に省略した7行目以下である。
And the Jew squarts  in the window sill, the owner,(初版ではthe jewと小文字)
窓べりに蹲るユダヤ人が大家として登場し、その人物がアントワープで生まれ、ブリュッセルで疱やみになり、ロンドンで絆創膏をあて、皮を剥がした、となんともいかがわしい経歴が語られる。さらに、深夜に咳をする山羊と、くしゃみをしながら台所仕事をする女が現れ、屋外の描写がそれにはさまれる。in the field over head , Rocks, moss, stonecrops, iron, merds とあるのはたんに荒涼とした原野、ではなく戦場の光景であろう。

 ところで、一つの、根本的な疑問がある。an old man は大家のユダヤ人であるのか?それとも店子の一人なのか?作者の大江はどのように解釈しているのか。私は、エリオットがみずからをユダヤ人と同化してこの詩を作ったとは思えないので、店子の一人、舞台に登場する狂言回しの役だと考える。この詩の六連目にも
  The tiger springs in the new year.…when I
  Stiffen in a rennted house
とあるのだ。(下線部筆者)ところが、作中の繁は、繁と塙吾良は、ふたりそれぞれに、ユダヤ人の大家とゲロンチョンと呼ばれる老人を同一人物として捉え、その姿によりそって自分たちの老後を語ったと言う。では、古義人自身はどうなのか。ここには、非常に重要な問題が曖昧なままにされている。

 この後は
  Signs are taken for wonders. ‘We would see a sign!’
  The word within a word,unable to speak a word,
  Swaddled with  darkness. In juvescence of the year
  Came Christ the tiger
と、宗教的な啓示の言葉が綴られる。そして

  In depraved May, dogwood and chestnut, floweringjudas,
  To be eaten, to be divided, to be drunk
  Among whispers; by Mr.Silvero
  With caressing hands, At Limoges
  Who walked all night in the next  room;

  By Hakagawa,bowing among the Titians;
  By Madame de Tornquist, in the dark room
  Shifting the candles; Fraulein von Kulp
  Who turned in the hall, one hand on the door.
      Vacant shuttles
  Weave the wind , I have no ghost,
  An old man in a draughty house
  Under a windy Knob.

と、室内の様子が描写される。日、仏、独(?)の国際色豊かな店子が住んでいるようだが、日本人らしきハカガワという人物だけ敬称がつかず、ティティアーノの絵にお辞儀をしている、と戯画的に描かれているのが興味深い。それぞれがあい集うことなく、「空のシャトルが風を織る」と結ばれているのは、紡ぎだす糸のない不毛の状況の隠喩だろうか。

 以下
  After such knowledge, what forgiveness? Think now
  History has many cunning passages,contrived corridors
  And issues,decieves with whispering ambitions,
  Guides us by vanities.…
と、an old man _エリオットの歴史哲学が語られる。しかし After such knowledge, what forgiveness?
とはどんな知識、いかなる赦しを指すのか。この詩に書かれた光景から、私達は何を読み取ればいいのだろう。というより古義人は、十九歳の冬に大学の書店で買ったときから今にいたるまで、この詩の何に深く影響されてきたのか。作中二度にわたって引用される
  Neither fear nor courage saves us.
 恐怖もまた勇気もわれらを救わざることを。
の節とそれに続く            Unnatural vices
    Are fathered by our heroism. Virtues
    Are forced upon us by our impudent crimes.
    These tears are shaken from the wrath-bearing tree.
                        自然に背く惡徳は
 われらのヘロイズムにより産み出さる。諸々の美徳も
 われらの犯す厚顔の罪によりわれらに強要せらる。
 みよこの涙、悲憤の實る樹上よりはふり落つるを。
という箴言だろうか。

 これらの箴言が、繁のいうように、古義人の「政治的あるいは社会的な考え方、あえていえば思想」にたいして影響を与えたのはたしかだろう。だが、より本質的なことは、古義人にとって、この詩が「予言的な恐ろしい力」をもつことだったのではないか。

 「ゲロンチョン」の最後のスタンザに
                                                   What will the spider do
    Suspend its operations, will the weevil
    Dlay? De Bailhache, Fresca, Mrs.Cammel, whirled
    Beyond the circuit of the shudering Bear
    In fractured atoms.
とあるのはどういうことだろう。the spider 、 the weevil と定冠詞のついた「蜘蛛」と「ゾウムシ」とは何を指すのか。また「震える熊座の向こう側で、破砕された原子の中をぐるぐる回る」三人とは何のことなのか。この詩が書かれた二十世紀初頭、フクシマはいうに及ばず、ヒロシマ、ナガサキも予兆だになかったのに。

 「陰謀論で読む」といいながら、またまたただの英文解釈以下になってしまいました。懲りないことに、「バーントノートン」と「イーストコーカー」にも挑戦してみたいと思っています。そして、作中執拗に言及される「ミシマ」についても考えなければならない。まったくの独断と偏見ですが、三島由紀夫は「天皇」を考えていた。それにたいして大江健三郎は「天皇制」を考えていたのではないか、とも思うのですが。
 今日も拙い文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。

2015年4月16日木曜日

陰謀論で読む大江健三郎『さようなら、私の本よ!』___T・S・エリオットを中心に

 もう2ヶ月以上も経つのに、『さようなら、私の本よ!』について書けない。体力の衰えなのか、はたまた能力の限界なのか。それで、半ばやけのやんぱちで、アカデミズムの権化みたいな大江健三郎を陰謀論風に読んでみた。妄想『さようなら、私の本よ!』である。

 そもそもこの小説は9.11の世界貿易センターの崩壊に立ち会った(そして体調を悪くした?)アメリカ国籍の建築家椿繁と、彼の幼ななじみ(かつ異父弟?)の長江古義人の冒険譚なのである。

 経済的な問題から、古義人は「北軽」の大学村のはずれに建てた二棟の別荘のうち「小さな老人(ゲロンチョンと表記される)の家」を残して、もう一棟の「おかしな老人の家」と敷地全部を「小さな老人(ゲロンチョン)の家」を設計した繁に売ることになる。「小さな老人の家」とは、古義人が若い頃夢みた山荘のイメージがT・S・エリオットの同題の詩にある家だったことから名づけられた。古義人と繁はそれこそスープの冷めない距離に住んで、つかずはなれずの関係になるのだが、二棟の家に住むことになるのは、この二人だけではなかった。繁は、「ウラジミール」と「清清」という彼の教え子であり、また「ジュネーヴ」という隠語で呼ばれる組織から指令を受ける「同志」との「根拠地」として不動産を買ったのである。

  「ジュネーヴ」からの指令、というより繁が「ジュネーヴ」に提案したのは、東京の高層ビルを爆破する計画である。そして古義人の役割はその計画の実行寸前に彼がNHKに出向いて計画を告げ、人々を避難させる、というものだったのだが、「ジュネーヴ」はこれを却下した。時期尚早とされたのだ。繁は爆破_unbuildと表記される_をより小さな規模にしてビルの一室で行うことにするが、古義人は自分の「小さな老人(ゲロンチョン)の家」をその実行場所に提供する。爆破は成功するが、その記録をビデオで残そうとした実行犯の若者のうち一人が爆破の際に「鉄パイプに片目を貫通される」事故で死んでしまう。

 あらすじとしてはこれだけで、いままでの大江健三郎の作品に比べれば単純、と言ってよいもののように思われるが、これに組み込まれるプロットあるいはモチーフは例によって豊富である。全体のプロットは、作品中にもまとまって引用されるドストエフスキーの『悪霊』である。登場人物がそれぞれ自分の好きな、またはそれを自分になぞらえうるような『悪霊』中の人物をあげている。爆破の実行犯で死んでしまう「タケチャン」は自殺するキリーロフ、生き延びて潜伏するもう一人の実行犯の武は首謀者ピョートルに殺されるシャートフ、そして、古義人はピョートルの父無能なステパン氏が好きだと言う。古義人と武、タケチャンの三人が会話して、戦後民主主義、悔い改めたブタ、といったテーマを話し合う場面があって、そこで展開される議論はそれなりに興味深いものがあるのだが、問題はむしろ、爆破を計画する繁がこの場面に登場せず、彼の役割があきらかにされていないことではないか。

 繁と古義人の関係は、最後まで真相がわからない。いえることは、二人はペアであり、ツインであるということだ。作品中では「ロバンソン小説」なるものの構想を古義人が昔からもっていたとされ、セリーヌ『夜の果てへの旅』のあらすじが紹介される。『夜の果てへの旅』の主人公バルダミュとロバンソンの関係が古義人と繁のそれに重ね合わされるのだろう。バルダミュとロバンソンについて、「自分でも忘れるほど前から、古義人はpseudo-coupleということを考え」ていた、と書かれているのだが、pseudoは辞書を引くと「偽りの」という日本語があてられている。繁と古義人、バルダミュとロバンソン、そしてまたウラジミールと清清、武とタケチャンもカップルであり、さらには清清とネイオもそう呼ぶことが出来ると思うが、彼らを「偽りの」カップルと呼んでいいのだろうか。大江健三郎は、小説の中で外国語をそのまま、或いは翻訳して日本語におきかえるとき、微妙に意味をズラすことがあるように思う。たとえば、『宙返り』の中で主人公を「師匠」と呼んでパトロン」とルビをふったように。そしてそのズレは確信犯的、戦略的なものであると考えている。

 ズレといえば、作中頻繁に引用され重要なモチーフとなる「小さな老人の家」_ゲロンチョンというエリオットの詩についても、非常に微妙な、巧緻な仕掛けが施されているように思われるのだが、長くなるので、それについては次回で考えたい。いまは、そもそも、自宅のある成城でも故郷の谷間の村でもなく、「北軽」という別荘地_ある種の租界_で、同一の敷地に建つ「小さな老人の家」と「おかしな老人の家」の二つの建物のうち一棟が爆破されるというプロットが指し示すものは何かという問題を提起したい。いうまでもなくこの小説は9・11の後書かれたものである。また、その実行犯はともかく、誰がこれを指示したか、ということも。次回では、ゲロンチョンを中心にエリオットの詩を読みながらそのことについてささやかな検討をしてみたいと思う。「ゲロンチョン」という詩は、決して「若い作家が夢みる」ような山荘を描いたものではないのである。

 「陰謀論で読む」といいながら、まったく陰謀論になっていないのですが、次回は付け焼刃の英文学の勉強をしながらエリオットの詩に挑戦したいと思います。(できるでしょうか)今日も未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
 

2015年3月10日火曜日

大江健三郎『憂い顔の童子』___「童子」と「アレ」の楕円構造その2

 物語の後半は、古義人の旧友である「黒野」という人物の登場から始まる。黒野は、ローズさんいわく「『ドン・キホーテ』のなかで作者が本当に悪いやつとみなしているヒネス・デ・パサモンテ」のような人、と紹介されている。大学の同窓だが、関わりがあったのは反・安保運動の渦中で、古義人は彼の様ざまな企ての後始末をするはめになった。それでいて黒野は、古義人を「いろいろ運動に近づくが、本腰入れぬ、上昇指向のオポチュニスト」と批判していた。

 黒野が「私のヒネス・デ・パサモンテ」と古義人に呼ばれる理由は、ノーベル賞をもらった古義人が文化勲章を辞退した件に関わってくる。黒野は匿名の手紙でこう書いてきたのだ。

 勲章をもらったうえで、そのレプリカを作ってそれに新型の爆弾をしのばせて頸につるし、晩餐会に出れば、《真先にきみの頭が吹っ飛ぶのは当然だが、この国で歴史始まっていらい、誰ひとりなしえなかったことをやった人物として、記憶されることになる!きみも『政治少年の死』の作者だろう?》

 そして古義人が『政治少年の死』に書いた
 純粋天皇の胎水しぶく暗黒星雲を下降する
の実現をうながすのだ。

 事後、黒野は古義人が文化勲章を辞退した理由は知っている、とせせら嗤いながら、その「秘密」を公表しないことで、古義人に「貸し」を作った、と考えている。ローズさんはそう推測し、古義人もそれを否定しないのである。「貸し」は本当なのだろうか。

 黒野の登場とともに、物語の舞台は古義人の住まいの十畳敷から「奥瀬」と呼ばれる、かつて古義人の父が開いた超国家主義者の錬成道場のあった場所に移る。古義人と吾良とピーターという米兵の「アレ」があった所である。

 『取り替え子』で詳しく語られる「アレ」とは、超国家主義者だった父の後を継いだ「大黄さん」の主宰する道場を訪れた古義人と吾良と米兵ピーターの経験した事件である。使用不能になった銃を要求されたピーターが大黄さんたちに殺されたのではないか、古義人と吾良はそれに手を貸してしまったのではないか、その真相は最後までわからない。

 錬成道場のあった地所はバブル時にホテルの経営者に売られ、いまそこに田部という経営者の夫人が「十八世紀ヨーロッパの王家や貴族が芸術家や学者を招待する」という夢を実現させようと、たんなる温泉施設ではない「新しいホテル」を建設している。黒野はそこに古義人を巻き込もうとしていた。長江古義人が主宰する「シニア世代の知的活性化セミナー」なるものが、本人の知らない間に地元の新聞に発表され、すでに具体化され始めているのだった。

 古義人はこの話をことわることもできたのだが、黒野の強引さに押されるかたちで受け入れ、真木彦さんが積極的に実務を引き受けたのである。黒野は、セミナーの一環として、六十年代に「若いニホンの会」に集まったメンバーをもう一度組織して「老いたるニホンの会」を立ち上げようと言うのだ。だが、黒野はたんなるオーガナイザーとして「老いたるニホンの会」を考えているのではなかった。本来志向しながらそのように生きられなかった分野に戻るために、彼自身は「本格小説」をものしたいという。「女性的な情の濃さが切れ込みの深い眼に満ちている」「疲れた山羊のような顔が、やはりハンサムというほかない」と描写される黒野は、波乱万丈な人生の総決算として小説を書くことを思っているのだ。

 奥瀬に建つ新しいホテルの文化セミナーは中止になった。ローズさんとの閨房の秘事を真木彦さんから聞いて得意げに話す田部夫妻の下劣さに古義人が憤ったからである。奥瀬のホテルに集まった「老いたるニホンの会」のメンバーは、最後にパフォーマンスとして機動隊を迎え討つ「我が青春のジグザグデモ」をすることになる。リーダーの麻井を中心とするデモは難なく目的とするホテルの音楽堂に到着するが、その後余勢をかってさらに機動隊を粉砕しようとして、あべこべに機動隊員の扮装をした若者たちに摑まってしまう。古義人も左右に腕をとられて音楽堂から斜面を滑り落ちていく。それはまさに吾良が遺した米兵ピーター殺害のシナリオさながらだった。そして、自分を捕らえている二人が真木彦さんと動くんであることに気づいた古義人は、憤怒のままに腕を振り払おうととして、空中に投げだされ、赤松の木に激突する。古義人は頭蓋骨に重傷を負い、黒野は心臓発作で死んでしまう。

 黒野は本当に古義人にとって「私のヒネス・デ・パサモンテ」だったのか。どうも私にはそうは思われない。彼は「作家にならなかったもう一人の古義人」_古義人の影武者とも言うべき存在のように思われる。「私のヒネス・デ・パサモンテ」は真木彦さんではないのか。古義人から執拗に「アレ」の真相を引き出そうとする試みは、真に古義人のためなのか。

 「アレ」の真相はついに明かされないのだが、最後に「加藤典明」という評論家の文章を真木彦さんが古義人に見せ、その中にある「強姦と密告」という文字に憤りながらも触発された古義人が「密告」について新たな光を見出す場面がある。講和条約発効日に古義人は吾良の住んでいた寺のお堂を訪ねた。そのとき、住職がじきじきに電話の呼び出しに来たのである。吾良にかかってきたその電話がピーターからのものだった可能性がある、ということ。もし、そうであれば、「密告」はピーターの所業だった。ピーターは、大黄さんたち練成道場が講和条約発効日に蹶起する計画を米軍に密告していた。そして、道場の若者たちは死体となって基地のゲート前に横たわっていた。・・・・・・・ピーターは被害者でなく、加害者の側だった・・・・・・・

 最後のどんでん返しが真相だと仮定すると、「アレ」について書かれたすべてがまったく異なった解釈を強いてくる。そのことは必然的に、読者に「アレ」について書かれたすべての「読み直し」を要請してくるのだ。そうすることによって、読者は敗戦直後に何が起こって、何が起こらなかったかをもう一度検証し直す。起こったこと、起こらなかったことの意味を考えるために。

 最終章で意識不明の古義人に、妻の千樫が中野重治の『軍楽』の一節を読み聞かせる場面がある。敗戦直後、復員したばかりの元日本兵(おそらく中野重治自身がモデル)が、進駐軍のブラスバンドが演奏する音楽を聞く。その音楽はこう書かれている。

《・・・・・男はふるえあがるような、痛いようなものを感じた。それは男に西洋的なものでも東洋的なものでもなかった。民族的なものでさえなかった。それは、人のたましいを水のようなもので浄めて、諸国家・諸民族にかかわりなく、何ひとつ容赦せず、しかし非常にいたわりぶかく整理するような性質のものに見えた。・・・・・・・・
殺しあったもの、殺されあったものたち、ゆるせよ・・・・・・はじめて血のなかから、あれだけの血をながして、ただそのことで曲のこの静かさが生まれたかのようであった。二度とそれはないであろう・・・・・・諸国家、諸民族にかかわりなく、何ひとつ容赦せず、しかし非常にいたわりぶかく・・・・・・》

 中野重治という人の文学と生の軌跡について何も語れぬ私は、この文章についても、何もいうことができない。ローズさんは(大江自身が、だろうが)声を震わせて
「私ハ、読ミマシタガ、ワカラナイデス。ナゼ、二度とそれはないであろう、ナノカ?二度モ三度モアッタ、イマモ同ジ米軍ガ、ヤリ続ケテイマス。」
というのだが、古義人の妻の千樫はローズさんに呼びかける。
「よくわからない同士で、練習してみましょうか。古義人はもう涙を流していません。耳を澄ましているような感じです。」

 駆け足であらすじだけ書き散らした文章で、あらためて自分の非力を痛感しています。『憂い顔の童子』については、ひとまずこれで卒業にして、何とか次にとりかかりたいと思います。今日も不出来な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。