今世紀に入ってから「イデオロギー」という言葉は死語になったかの感がある。「左翼」「革新」も同様。「革新」は技術の分野で使われるが、「左翼」は使われるとすれば嘲弄の対象となることがほとんどである。それに対して、かつて「反動」の定冠詞であった「保守」は、いまは肯定的なニュアンスで使われる。時代は確実に変わってしまったのだ。
おそらくその分岐点は一九六八年の「パリ五月革命」だろう。日本でも、学生に始まり労働者を巻き込んでピークに達した革命運動は、これ以降セクト間の対立が激化、闘争を繰り返して、一般民衆の支持を失っていく。テレビにくぎ付けで「あさま山荘」の銃撃戦を見ていた人々は、その後に明らかになった連合赤軍の酸鼻を極める実情に衝撃を受ける。「政治の季節」は急速に終息に向かった。
この間一九六七年に『万延元年のフットボール』を発表してから、『我らの狂気を生き延びる道を教えよ』、『洪水はわが魂に及び』と、いわば正攻法で時代と向き合ってきた大江健三郎は、一九七六年一転スラップスティック・コメディ『ピンチランナー調書』を書き上げる。愉快、痛快、奇々怪々なこの小説は、しかし、スピーディな語り口とうらはらに、複雑で精妙な仕掛けがほどこされている。
物語の語り手は作家の「僕」である。同時に、かつて原子力発電所の職員で核燃料輸送中に被爆した「もと技師」である。作家の「僕」は「幻の書き手(ゴースト・ライター)」として「もと技師」の「いいはる」言葉を書き付けるのだ。作家の「僕」と「もと技師」は、ともに「われわれの子供」と呼ばれる障害児の父で、出身大学も同じである。『さようなら、私の本よ』でいうスゥード・カップルなのだ。
この小説にはもう一組のスウィード・カップルが存在する。「もと技師」と彼の子供「森」_moriである。小説の導入部以降「もと技師」は「森・父」と呼ばれるのだが、彼と「森」は物語の途中で、彼が二十歳若くなり、「森」が二十歳年をとるという「転換」が起こって、十八歳と二十八歳の「父・子」になった、と書かれている(そのように森・父がいいはっている)。そして、「転換」前は他者の「鸚鵡返し」の言葉のみ話していた森の肉声は一切記述されなくなり、森・父が彼の内奥の声を代弁する。
一方、このように二重、三重に複雑化した話法とうらはらに、この作品で語られた内容は、大江のこれ以降の作品に比べると、よほどシンプルである。語りの複雑さ、それでいてスピーディで波乱に富んだプロットの展開は、内容の直截さをカモフラージュするための仕掛けではないかと思われるのだ。これは権力の支配構造を具体的かつ論理的に解き明かした小説である。権力はどのように民衆を支配するか。その根本は民衆を分断、対立させることにある。作中の言葉を使っていえば「右手のしていることを左手に知らせない」あるいはもっとグロテスクに「右手と左手を血みどろになるまで戦わせる」とも。
プロットの展開にしたがえば、被爆したもと技師は、あるとき、八歳の息子を「教育のため」殴り続け、そのことをとがめた妻に頬を切られ、「眠っている自分の肉体を、まるごと表と裏、引っくり返すように過酷なことが仕掛けられる」という眠りを眠る。そして目覚めたら、8+20=28 38-20=18 という「転換」が起こっていたのである。
「転換」して二十八歳になった森と十八歳になった森・父は、被爆して休職中の森・父に世界各地の核情報を提供させ報酬として原発の手当以上の金銭を与えた「大物A氏」を倒すべく立ち上がる。「大物A氏」こそ、革命派とそれに対立する反・革命派の両方に核爆弾をつくる資金を与え、核の恐怖によって民衆をコントロールしようとした権力だった。
「大物A氏」は、『万延元年のフットボール』の「スーパーマーケットの天皇」、『洪水はわが魂に及び』の「怪(ケ)」の系譜に連なる存在で、モデルは誰でも容易に思いつくことができる人物だろう。興味のある方は以前に投稿した『万延元年のフットボール』の「「谷間の森とスーパーマーケットの天皇」でスーパーマーケットの天皇の容貌が描写された部分を参照されたい。この作品中では、森と森・父を「反・革命のゴロツキ集団」の暴力から救出した「ヤマメ軍団」の中年男のことばとして、「大物A氏」が敗戦直前の上海で軍の附属機関で中国の対知識人工作の役割をになっていたが、軍用機で上海から金、銀、ダイヤモンドを広島に運んで、原爆に遭い、仲間は全滅して資産と「大物A氏」だけが助かったという経歴が語られる。
広島の原爆体験こそ、「大物A氏」の権力支配の原点となった。彼は原爆を倫理の問題としてとらえなかった。原爆がもたらす極限の状況とその流動化のプロセスを検証して、自らの権力把握のシュミレーションを何通りにも組み立てたのである。その上で、「革命」を軸に対立する集団の両方に原爆製造の資金を提供した。「ヤマメ軍団」までも「大物A氏」とはかかわりがあったのである。
森の一撃で頭部に重傷を負った「大物A氏」_病室での描写では「親方(パトロン)と呼ばれる_は、末期の癌が見つかり死期が迫っている。彼は森・父と森父子を病室に招き入れ、彼らに五億円の現金を渡して原爆の完成を促す工作を依頼する。対立する党派をひとつにして、工場施設と核燃料を統合すれば四、五週のうちに原爆は完成するという。その段階で、公安と「大物A氏」の合同指揮で、原爆密造人たちは一網打尽、となる。こうして、核の恐怖から全都民と天皇ファミリーを救った「大物A氏」は孤独で醜悪な癌死ではなく、国家的ヒーローとして栄光の死を遂げる。日本人すべての「親方(パトロン)」となる。
「大物A氏」の野望は、宇宙的使命を帯びて転換した(といいはられる)森・父と森の闘いで潰える。森は「親方(パトロン)」の頭を滅多撃ちに撃ってかち割り、五億円の入ったボストン・バッグを持って、折から燃え盛る山車の炎の中にダイビングする。
余談だが、この小説が書かれてから三十五年後の日本に何が起こったのだろうか。日本に原爆が私有されているのと、日本で原発が爆発したのと、どちらが恐ろしいだろうか。「原爆が私有されていて、使用されていない」のと、「原発が爆発して、その結果どのような状況になっているかがわからない」のと。どのような状況になっているか、様々な情報があふれているが、私たちには判断するすべがないのである。私たちができることは、あの時メディアがどのような情報を流したか、あるいは流さなかったかを検証し続けることだけである。
『ピンチ・ランナー調書』には、「革命という殺し合い」がどのような一見もっともらしい理論で組み立てられていくか、そして、その資金はどこから出てくるのか、極めてシンプルに語られている。シンプルすぎるくらいである。シンプルであるがゆえに、これは歴史の真理ではないかと思われてくる。洋の東西を問わず、「革命」は「戦争」より多くの人間を殺してきたのではなかったか。そうして、「革命」の後に出てきたものは何だったか。
この小説には森父子と「大物A氏」のほかにも実に魅力的な人物が複数登場するのですが、力不足でそれらについて触れることができませんでした。それにしても、「大物A氏」のモデルと思われる人間がまだ存命中にこの作品が発表された、ということにブラック・ユーモア以上のものを感じてしまうのですが。
今日も未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
2017年2月20日月曜日
2016年12月30日金曜日
大江健三郎『晩年様式集』___『懐かしい年への手紙』を読み直す___ギー兄さん、塙吾良、伊丹十三
少し体調を崩していたこともあって、『晩年様式集』についていつまでも書けないでいる。ひとつには、これが大江健三郎の「最新」の作品なので、それについて書くことが私の大江健三郎論の総括、のようになってしまうことを怖れる意識がはたらくのかもしれない。
『晩年様式集』というタイトルからうかがわれるように、この小説は一見小説らしくない構成をとっている。冒頭「前口上として」と、序文のような文章が置かれているが、そこには、大江健三郎とも「長江古義人」ともさだかでない「私」が登場して、これから読まれる文章が、「私」と「私」に「一面的な描き方で小説に書かれたことに不満を抱いている」三人の女たち__古義人の妹アサ、妻の千樫、娘の真木合計四人の「ノート」であり、私家版の雑誌である、と書かれている。この小説には語り手が、というより書き手が四人いることになる。もちろん、そんなはずはなく、すべて作者大江健三郎が書いているのだが、書かれている事柄の時系列が錯綜することもあって、かなり読みにくい。何故こんな「様式」にしたのか。
実はもう一人、語り手、というか狂言廻しというか、プロットの展開を進める上で重要な人物がいる。一九八七年に書かれた『懐かしい年への手紙』の主人公ギー兄さんの遺児ギー・ジュニアである。『懐かしい年への手紙』については、以前「Kちゃんによる福音書あるいは黙示録」というサブタイトルで投稿しているので、ご参照いただければありがたい。作品中でギー兄さんに子供は生まれていない。オセッチャンという若い妻が、ギー兄さんが手術で生殖能力を失う前にKちゃん(「僕」)を巻き込んで子供をつくろうとするところまでが描かれている。
その後発表された『燃え上がる緑の木』では、オセッチャンは生まれた子供を連れて屋敷を去り、大阪で子供と生活していた、と書かれている。ところが、『晩年様式集』ではギー・ジュニアは幼いころ「森のへり」で暮らし、その後資産(ギー兄さんの遺産)を処分した母親とともにアメリカに渡った、とされている。複数の外国語に堪能で有能なプロデューサーに成長した彼は3・11の取材を機会に日本を訪れる。そして長江と『懐かしい年への手紙』と『万延元年のフットボール』をつき合わせて、ギー兄さんの人生を検証することになる。____ここまで書いて、どうしても『燃え上がる緑の木』に登場するオセッチャンの連れ子「真木雄」」のことが気になってしまう。オセッチャンの子は「真木雄」ではなかったのか?「真木雄」=「ギー・ジュニア」という等式は成り立つのか?
『晩年様式集』という作品のメイン・テーマは『懐かしい年への手紙』の読み直しだろう。森の中に自給自足を目指す生活共同体=「根拠地」を作り、最後は神学的観照の世界に生きた、半ば神話化された、それでいて卑俗なエピソードに満ちたギー兄さんのこれまで語れなかった姿を語り、それによって「僕」とギー兄さんの関係を語りなおす。ギー兄さんの遺児であり、知的探求心が旺盛でかつ経済的基盤と実行力をもつギ-・ジュニアがインタビュアーとして「僕」の前に現れる。ギー・ジュニアとの数回にわたるインタビューの中で、「僕」は必ずしも彼の質問に的確な回答をしているとは思えないのだが、回を重ねるうちに、ギー兄さんと「僕」の知られざる関係があかるみにでることになる。それは『懐かしい年への手紙』に記されている「師匠(パトロン)」と弟子の関係を逸脱するものだった。
ギー兄さんの直接のモデルは伊丹十三だろう。ウィキペディアには伊丹十三の本名は池内義弘で、池内家の通名は「義」であることから、祖父の強い意向により「義弘」と命名された、とある。また、『取り換え子』には、長江古義人の妻の千樫が『懐かしい年への手紙』に兄の塙吾良が出てくるので、それ以降古義人の作品を読まなくなった、と書かれている。ギー兄さん、塙吾良、そして伊丹十三は虚実入り混じった複雑なトライアングルを形成している。『晩年様式集』では、塙吾良の晩年の恋人まで登場するのだが、果たして作者大江健三郎は複雑なトライアングルを解体しようとしたのか。それともより複雑で堅固なものにしようとしたのか。
そもそも何故この小説が「3・11フクシマ」の後に、それまで書いていた長編小説を破棄して書かれなければならなかったのか。大江健三郎の小説は、細部の描写はしつこいくらいリアルだが、まちがってもリアリズムの小説ではない。個性的な人物が登場するが、作品は彼らの「人生」を描くものではない。作品世界の中で彼らは生き生きと動き回るが、その行動は与えられた役割を逸脱することはない。『晩年様式集』においてもそれは同じように思われるのだが。
足踏みばかりしていて、結局出来の悪い読書感想文しか書けませんでした。最後まで読んでくださってありがとうございます。
『晩年様式集』というタイトルからうかがわれるように、この小説は一見小説らしくない構成をとっている。冒頭「前口上として」と、序文のような文章が置かれているが、そこには、大江健三郎とも「長江古義人」ともさだかでない「私」が登場して、これから読まれる文章が、「私」と「私」に「一面的な描き方で小説に書かれたことに不満を抱いている」三人の女たち__古義人の妹アサ、妻の千樫、娘の真木合計四人の「ノート」であり、私家版の雑誌である、と書かれている。この小説には語り手が、というより書き手が四人いることになる。もちろん、そんなはずはなく、すべて作者大江健三郎が書いているのだが、書かれている事柄の時系列が錯綜することもあって、かなり読みにくい。何故こんな「様式」にしたのか。
実はもう一人、語り手、というか狂言廻しというか、プロットの展開を進める上で重要な人物がいる。一九八七年に書かれた『懐かしい年への手紙』の主人公ギー兄さんの遺児ギー・ジュニアである。『懐かしい年への手紙』については、以前「Kちゃんによる福音書あるいは黙示録」というサブタイトルで投稿しているので、ご参照いただければありがたい。作品中でギー兄さんに子供は生まれていない。オセッチャンという若い妻が、ギー兄さんが手術で生殖能力を失う前にKちゃん(「僕」)を巻き込んで子供をつくろうとするところまでが描かれている。
その後発表された『燃え上がる緑の木』では、オセッチャンは生まれた子供を連れて屋敷を去り、大阪で子供と生活していた、と書かれている。ところが、『晩年様式集』ではギー・ジュニアは幼いころ「森のへり」で暮らし、その後資産(ギー兄さんの遺産)を処分した母親とともにアメリカに渡った、とされている。複数の外国語に堪能で有能なプロデューサーに成長した彼は3・11の取材を機会に日本を訪れる。そして長江と『懐かしい年への手紙』と『万延元年のフットボール』をつき合わせて、ギー兄さんの人生を検証することになる。____ここまで書いて、どうしても『燃え上がる緑の木』に登場するオセッチャンの連れ子「真木雄」」のことが気になってしまう。オセッチャンの子は「真木雄」ではなかったのか?「真木雄」=「ギー・ジュニア」という等式は成り立つのか?
『晩年様式集』という作品のメイン・テーマは『懐かしい年への手紙』の読み直しだろう。森の中に自給自足を目指す生活共同体=「根拠地」を作り、最後は神学的観照の世界に生きた、半ば神話化された、それでいて卑俗なエピソードに満ちたギー兄さんのこれまで語れなかった姿を語り、それによって「僕」とギー兄さんの関係を語りなおす。ギー兄さんの遺児であり、知的探求心が旺盛でかつ経済的基盤と実行力をもつギ-・ジュニアがインタビュアーとして「僕」の前に現れる。ギー・ジュニアとの数回にわたるインタビューの中で、「僕」は必ずしも彼の質問に的確な回答をしているとは思えないのだが、回を重ねるうちに、ギー兄さんと「僕」の知られざる関係があかるみにでることになる。それは『懐かしい年への手紙』に記されている「師匠(パトロン)」と弟子の関係を逸脱するものだった。
ギー兄さんの直接のモデルは伊丹十三だろう。ウィキペディアには伊丹十三の本名は池内義弘で、池内家の通名は「義」であることから、祖父の強い意向により「義弘」と命名された、とある。また、『取り換え子』には、長江古義人の妻の千樫が『懐かしい年への手紙』に兄の塙吾良が出てくるので、それ以降古義人の作品を読まなくなった、と書かれている。ギー兄さん、塙吾良、そして伊丹十三は虚実入り混じった複雑なトライアングルを形成している。『晩年様式集』では、塙吾良の晩年の恋人まで登場するのだが、果たして作者大江健三郎は複雑なトライアングルを解体しようとしたのか。それともより複雑で堅固なものにしようとしたのか。
そもそも何故この小説が「3・11フクシマ」の後に、それまで書いていた長編小説を破棄して書かれなければならなかったのか。大江健三郎の小説は、細部の描写はしつこいくらいリアルだが、まちがってもリアリズムの小説ではない。個性的な人物が登場するが、作品は彼らの「人生」を描くものではない。作品世界の中で彼らは生き生きと動き回るが、その行動は与えられた役割を逸脱することはない。『晩年様式集』においてもそれは同じように思われるのだが。
足踏みばかりしていて、結局出来の悪い読書感想文しか書けませんでした。最後まで読んでくださってありがとうございます。
2016年11月9日水曜日
大江健三郎『「雨の木(レイン・ツリー」を聴く女たち』「泳ぐ男__水のなかの「雨の木(レイン・ツリー」」___再び八十年代とは何だったか
連作短篇集の最後の作品である。これまでの四作も不思議な小説だったが、この小説は、解釈、というより読解が拒まれているような気がする。たんに私の能力不足かもしれないが。
年上の女が若い男を誘惑する。男はたぶん童貞で、女のあからさまな挑発と積極的な行動にひきずられて、危険な性的ゲームを続ける。作家の「僕」は、若い男のあて馬の役割を負わされ、彼と女との成り行きを見まもる。結末は、女は強姦され、扼殺される。だが、若い男は犯人ではない。犯人は「僕」と同じ大学出身の高校の英語教師だった。
あらすじを紹介すると週刊誌の実話記事のようだが、とくに不自然ではない。人物の造型や細部の描写も、具体的でリアルである。外資系旅行会社のOLという設定の「猪之口さん」と呼ばれる女が、露悪的ともいいうるほどの挑発をしたあげく、「玉利君」という男に扼殺されるまでの経緯は委細を尽くして執拗に描写される。それはグロテスクだが、ありえないことではないだろう、と思う。問題は、「玉利君」が女を扼殺した(もしかしたらその時点では死んでいなかったのかもしれない、と思わせる記述があるのだが)後、「偶然」通りかかった「犯人」の行動と心理である。
「犯人」は子供遊び場(なぜ「公園」という単語を使わないのか、微かな疑問を覚えるのだが)のベンチに下半身をさらけだして死んでいる(ように見える)女とその場を逃げ出した玉利君の様子から、強姦未遂であることをさとる。すると「犯人」の関心は、死んでいる女でなく、強姦未遂のまま逃げ出した玉利君に向けられるのである。このままでは玉利君は生涯を棒に振ってしまうことになる。自分は彼を救ってやろう。そのために、彼が未遂で終わった強姦を彼に代わって成就してやろう。そう思って「犯人」がそれを実行しているときに何人かの人間がやってきて懐中電灯で「犯人」を照らす。その瞬間死んだはずの女の躰が動く。「犯人」はやみくもに逃げ、追いつめられて鳩小屋によじ登り、ズボンからベルトを抜きとって首吊りジャンプをする。
という「犯人」の行動と心理は、実は作家の「僕」の夢想とないまぜになった推測である。その推理を補強するのが、事件後初めて直接会話をかわすことになった玉利君の告白であり、「犯人」の妻である女教師のことばである。女教師は夫が露出趣味があったことを「僕」に告げるが、それよりも重要なのは、夫が「自己中心の思い込み」ではあるが、自分が犠牲になって誰かを救うことを一度決心したら、実際やり遂げる人間だったと語ったことである。
大江健三郎の小説が不思議なのは、作品を読んでいるときは当たり前のこととして受け入れてしまう事柄が、現実に起こったら、決して受け入れられないだろう、ということである。酔って通りかかったら女が下半身剥き出しで縛られていた。身動きしないので、死んでいる、と思っただろう。そういう状態で性欲が湧くものだろうか。そんなにたやすく屍姦ができるのか。それは「犯人」の妻である女教師のいう夫の「猥褻行為」の範疇から逸脱している。
だが、それよりも不思議なことは、屍姦という言葉にするだけでもおぞましい行為の動機が、自分が犠牲になって、強姦未遂を犯した若者を救うためである、とされていることである。そしてその行為は、「犯人」と同じ出身大学の作家の「僕」が夢想したことでもあるのだ。ここには、「犯人」と「僕」の親和性あるいは同一性がほのめかされているのだが、一方そういった親和性、同一性を打ち消すような記述もある。死の直前に「僕」の父親がいったとされることばである
__おまえのために、他の人間が命を棄ててくれるはずはない。そういうことがありうると思ってはならない。きみが頭の良い子供だとチヤホヤされるうちに、誰かおまえよりほかの人間で、その人自身の命よりおまえの命が価値があると、そのように考えてくれる者が出てくるなどと、思ってはならない。それは人間のもっとも悪い堕落だ。・・・・・
この父親の言葉がこの文脈で出てくることがさらに不思議である。「僕」が玉利君の身代わりになろうとしてできなかったことの説明にはまるでなっていないからだ。「僕」でなく「犯人」が身代わりになったことで玉利君は「人間のもっとも悪い堕落」に陥っていくことは確かだろうが。
小説というものは何をどう書いてもいいのだろうが、大江健三郎の小説の書き方はどうしてもアンフェアだと思ってしまう。そもそもこの小説の冒頭にはかなりの分量で前置きがあって、「僕」がこれを書くに至った経緯が書かれているのだが、これを書いている「僕」は作家大江健三郎なのか、作品中の「僕」なのか。読み続けるうちに揺らいでくるのである。それも作者の計算通りなのだろうが。
この作品から何を読み取ればいいのか、まるでわからない。「生き残っている者」にはdecenncyを守るくらいが関の山だと「僕」にいわれた玉利君は、「僕」に示唆されて「自分をコロス」トレーニングに集中する。玉利君はそうやってすべてを削ぎおとして、次の犯罪___猪之口さんで果たせなかった完全な強姦と扼殺にに向かって邁進している、と書いて作者は物語を閉じるのだ。この小説が「読売文学賞」なるものを受賞したという八十年代とは何だったのか。
時間がかかった割には問題解決ができないままでした。それでもなんとか、一区切りつけて次は『晩年様式集』に向かいたいと思います。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
年上の女が若い男を誘惑する。男はたぶん童貞で、女のあからさまな挑発と積極的な行動にひきずられて、危険な性的ゲームを続ける。作家の「僕」は、若い男のあて馬の役割を負わされ、彼と女との成り行きを見まもる。結末は、女は強姦され、扼殺される。だが、若い男は犯人ではない。犯人は「僕」と同じ大学出身の高校の英語教師だった。
あらすじを紹介すると週刊誌の実話記事のようだが、とくに不自然ではない。人物の造型や細部の描写も、具体的でリアルである。外資系旅行会社のOLという設定の「猪之口さん」と呼ばれる女が、露悪的ともいいうるほどの挑発をしたあげく、「玉利君」という男に扼殺されるまでの経緯は委細を尽くして執拗に描写される。それはグロテスクだが、ありえないことではないだろう、と思う。問題は、「玉利君」が女を扼殺した(もしかしたらその時点では死んでいなかったのかもしれない、と思わせる記述があるのだが)後、「偶然」通りかかった「犯人」の行動と心理である。
「犯人」は子供遊び場(なぜ「公園」という単語を使わないのか、微かな疑問を覚えるのだが)のベンチに下半身をさらけだして死んでいる(ように見える)女とその場を逃げ出した玉利君の様子から、強姦未遂であることをさとる。すると「犯人」の関心は、死んでいる女でなく、強姦未遂のまま逃げ出した玉利君に向けられるのである。このままでは玉利君は生涯を棒に振ってしまうことになる。自分は彼を救ってやろう。そのために、彼が未遂で終わった強姦を彼に代わって成就してやろう。そう思って「犯人」がそれを実行しているときに何人かの人間がやってきて懐中電灯で「犯人」を照らす。その瞬間死んだはずの女の躰が動く。「犯人」はやみくもに逃げ、追いつめられて鳩小屋によじ登り、ズボンからベルトを抜きとって首吊りジャンプをする。
という「犯人」の行動と心理は、実は作家の「僕」の夢想とないまぜになった推測である。その推理を補強するのが、事件後初めて直接会話をかわすことになった玉利君の告白であり、「犯人」の妻である女教師のことばである。女教師は夫が露出趣味があったことを「僕」に告げるが、それよりも重要なのは、夫が「自己中心の思い込み」ではあるが、自分が犠牲になって誰かを救うことを一度決心したら、実際やり遂げる人間だったと語ったことである。
大江健三郎の小説が不思議なのは、作品を読んでいるときは当たり前のこととして受け入れてしまう事柄が、現実に起こったら、決して受け入れられないだろう、ということである。酔って通りかかったら女が下半身剥き出しで縛られていた。身動きしないので、死んでいる、と思っただろう。そういう状態で性欲が湧くものだろうか。そんなにたやすく屍姦ができるのか。それは「犯人」の妻である女教師のいう夫の「猥褻行為」の範疇から逸脱している。
だが、それよりも不思議なことは、屍姦という言葉にするだけでもおぞましい行為の動機が、自分が犠牲になって、強姦未遂を犯した若者を救うためである、とされていることである。そしてその行為は、「犯人」と同じ出身大学の作家の「僕」が夢想したことでもあるのだ。ここには、「犯人」と「僕」の親和性あるいは同一性がほのめかされているのだが、一方そういった親和性、同一性を打ち消すような記述もある。死の直前に「僕」の父親がいったとされることばである
__おまえのために、他の人間が命を棄ててくれるはずはない。そういうことがありうると思ってはならない。きみが頭の良い子供だとチヤホヤされるうちに、誰かおまえよりほかの人間で、その人自身の命よりおまえの命が価値があると、そのように考えてくれる者が出てくるなどと、思ってはならない。それは人間のもっとも悪い堕落だ。・・・・・
この父親の言葉がこの文脈で出てくることがさらに不思議である。「僕」が玉利君の身代わりになろうとしてできなかったことの説明にはまるでなっていないからだ。「僕」でなく「犯人」が身代わりになったことで玉利君は「人間のもっとも悪い堕落」に陥っていくことは確かだろうが。
小説というものは何をどう書いてもいいのだろうが、大江健三郎の小説の書き方はどうしてもアンフェアだと思ってしまう。そもそもこの小説の冒頭にはかなりの分量で前置きがあって、「僕」がこれを書くに至った経緯が書かれているのだが、これを書いている「僕」は作家大江健三郎なのか、作品中の「僕」なのか。読み続けるうちに揺らいでくるのである。それも作者の計算通りなのだろうが。
この作品から何を読み取ればいいのか、まるでわからない。「生き残っている者」にはdecenncyを守るくらいが関の山だと「僕」にいわれた玉利君は、「僕」に示唆されて「自分をコロス」トレーニングに集中する。玉利君はそうやってすべてを削ぎおとして、次の犯罪___猪之口さんで果たせなかった完全な強姦と扼殺にに向かって邁進している、と書いて作者は物語を閉じるのだ。この小説が「読売文学賞」なるものを受賞したという八十年代とは何だったのか。
時間がかかった割には問題解決ができないままでした。それでもなんとか、一区切りつけて次は『晩年様式集』に向かいたいと思います。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
2016年9月20日火曜日
大江健三郎『「雨の木(レイン・ツリー」)を聴く女たち』「さかさまに立つ雨の木(レイン・ツリー)」___さかさまに立つ反核運動
連作短篇集『雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち』の第四作目。第二作「雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち」に登場したペニー(ペネロープ・シャオ=リン・タカヤス)が「僕」に宛てた手紙から始まる。
亡くなった高安カッチャンが「高級コールガール」といって連れてきたペニーは、カッチャンの妻であり、なおかつ文学の研究者で、日本語が堪能な女性だった。彼女は「僕」の小説を日本語で読んで、そこに描かれた高安カッチャンがあまりに卑小で病的であるのがAWAREである、と抗議してきたのだった。高安カッチャンとペニーは、彼女の研究対象であるマルカム・ラウリーと妻のマージョリーが彼らの憧れの地であるブリッテシュ・コロンビアの漁村エリダナスでそうしたように、ハワイで至福と再生の生活をおくるはずだった。それを台無しにしたのは「僕」である、とも。
《さようなら、私はもうあなたの友人ではないと思います。》と書いてきたペニーと「僕」はハワイで再会する。「僕」はハワイ大学の日本文学研究者が主催したシンポジウムにパネラーとして参加したのだが、日系アメリカ人と思われる聴衆に足元をすくわれるような批判を受けて立ち往生してしまった。するとそこに、ペニーが(前作と同じように)「スルリ」と現れ、理路整然と堂々たる英語で反論して「僕」の急場を救ってくれたのだ。
その後、ペニーと「僕」は食事をともにする。彼女はカッチャンをミクロネシアの孤島に埋葬、というより散骨したことを報告し、さらに、ザッカリー・K・タカヤスというカッチャンの遺児の話をする。「ザッカリー」というファーストネームから読み取れるように、彼はカッチャンがユダヤ系の女性と結婚していた時期にもうけた息子であり、アメリカ人と再婚した母親のもとで育った。いま人気音楽グループのリーダーとなった彼は、ペニーのもとに残されていた父の膨大な草稿__それはほとんどマルカム・ラウリーの引用だった__からインスピレイションを受け、音楽を作り始める。
お互いに一つの皿から分け合って食べる「夫婦のような」食べ方をした後、別れ際にペニーは「僕」にザッカリーのLPレコードを一枚くれる。そのジャケットの裏に書いてあったのは、「K・タカヤスのノートによる」という注釈がついていたが、ダグラス・デイのマルカム・ラウリー評伝の文章で、それ以外何もなかった。そして、ここから、ダグラス・デイの文章がほぼ二頁にわたって小説中に引用される。ダグラス・デイの文章そのものがパール・エプスタインの著書からの孫引きであるとことわっているのだが、これが、マルカム・ラウリーの作品、生涯の解説、というよりユダヤ教のカバラの解説なのである。
以下、神の創造とセフィロト、あるいは生命の樹、その転倒である地獄機械、地獄機械によって転倒したセフィロトであるクリフォトなどの概念が説明されるのだが、ここで疑問に思うのは、この小説が発表された一九八一年の時点で、ダグラス・デイ、パール・エプスタインいやマルカム・ラウリーでさえ、一般の読者はどの程度知っていたのだろうか。私はそれらの人名はもとより、「カバラ」という固有名詞が何をあらわすのか知らず、セフィロトやクリフォトなどまったくちんぷんかんぷんであった。いまは、インターネットというものがあって、自宅である程度の検索ができるが、当時だったら、図書館に日参できる環境でなければ大江健三郎の作品を理解することはあきらめていただろう。大江健三郎はどのような読者を対象として小説を書いていたのだろうか。
「生命の樹」の概念と地獄機械という発想はこの小説の根幹をなすものであり、マルカム・ラウリーという作家を登場させたのは、そのような形而上学的概念の具象化が目的だったのではないかと思われる。作者はこの後ハワイ在住の老婦人との交流を語り、彼女が意図した反核運動の挫折を記述する。それは同時に「僕」の挫折でもあって、その事態に対する憤怒から「僕」はワイキキの海でひたすら泳ぐことに没頭していたのだが、そこに再びペニーが現れる。日本にいるときからの計画にあったように、一緒に「雨の木(レイン・ツリー)」のある施設に行ってみようという「僕」の提案に対して、彼女は「死んだ人のことより、生きている人間のことをしよう」といって、彼女の友人のアパートに「僕」を誘う。
友人のアパートに向かう道中、ペニーは___それは同時に死んだ高安カッチャンの言葉であったが___反核運動の無意味を語る。運動のレベルの程度にかかわらず、アメリカ人の反核運動は全て無意味で、アメリカ圏とソヴィエト圏すなわち現代文明の大半は核の大火に焼きつくされる。なぜなら、すでに地獄機械は動き始め、セフィロトの木は転倒してしまっているのだから。高安は、ニューズ・ウイークの表紙から切りぬいた原爆のキノコ雲の写真を、「転倒したセフィロトの木」と書きつけて、ラウリーの引用と一緒にノートに貼りつけていた、と。
帰国して半年後、ペニーから写真を同封した手紙がくる。その写真には、真っ黒な基底部を残して無残に焼けつくした巨木を中央に、ペニーとアガーテ(「頭のいい雨の木(レイン・ツリー)」に登場するドイツ系アメリカ人)と思われる二人の女性が写っていた。手紙には、「僕」の雨の木(レイン・ツリー)」は燃えてしまった。まもなく文明圏は原爆の大火で燃えてしまうだろうが、それは世界が長年にわたって行ってきた自殺の"only a ratification"である、と書かれていた。また、自分自身は核の大火に焼かれなければならない人間だとは考えていない。核の爆弾をつくりだす文明に手を貸したことのない太平洋の島に移住して、そこに根付く「荷物(カーゴ)・カルト運動」を新しく始めるつもりだ。それは「原水爆荷物(カーゴ)・カルト運動」と呼ぶべきものである。文明圏が核の大火に焼かれれば、多くの物資が荷物(カーゴ)として太平洋に漂い出る。島の人びとはそれを拾い、何十年かして放射能が減少したら、カヌーに乗ってでかけていけばよい、とも。
ここで述べられているペニーの思想は、作品制作時の作者大江の思想だろうか。そうであっても、なくても、いま、この時点で振り返れば、少なくとも二つの意味で、この思想は間違っていた、といわざるを得ない。「核の大火が文明圏を焼き尽くす」という黙示録的発想はわかりやすかったし、そう警鐘を鳴らすことで核戦争になにがしかの抑制力をもつと思われたかもしれない。しかし、現実には、全面的な核戦争は起こらなかった。ペニーが考えていたような二つの大きな文明圏の対立は、一方のソヴィエト圏が消滅してしまったことで、核戦争のトリガーたりえなくなった。いや、二つの大きな文明圏の対立というより端的にアメリカとソ連の冷戦構造だったが、それは権力の側の図式であって、「世界が長年にわたって行ってきた自殺の"only a ratification"」ではない。「世界」という表現で曖昧にされてしまっているが、文明圏の人々であろうが、太平洋の島々の人びとであろうが、権力の側でない庶民は「長年にわたって自殺」などしようとはしていないのだ。
しかし庶民は「長年にわたって殺されている」。全面的な核戦争は起こらなかったが、地球上のいたるところで、とくにいわゆる文明圏でない地域で、原爆より小規模な、しかし残忍な破壊力を持つ兵器によって、大量に人間は殺されている。殺された人間は、セフィロトの木に登ろうとして、掟を乱したから地獄機械のようにひっくり返ってしまい転落していったのではない。地獄機械、という言葉を使うのなら、それはあらゆる兵器を製造し、使用するように仕向ける体制そのものを指して使うべきだろう。
いま私は小林正一という物理学者の言葉を思っている。
「神に依り頼まぬ者は必ず倒れるということを物理学者が明確に把握しなくてはいけないと思う。・・・・物理学者と技術者が国から何と言われようとも原爆の制作を拒否したら、どうしても原爆は存在しなくなるはずのものである。しかしそれには十字架を負う覚悟が必要である」
(『聖国への旅__小林正一・郁子遺稿追悼集』一九八六年九月)
『主に負われて百年___川西田鶴子文集』(二〇〇三年二月新教出版社)より
小林正一という物理学者は一九八三年九月大韓航空機撃墜事件で郁子夫人とともに亡くなったキリスト者である。
今日も未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
亡くなった高安カッチャンが「高級コールガール」といって連れてきたペニーは、カッチャンの妻であり、なおかつ文学の研究者で、日本語が堪能な女性だった。彼女は「僕」の小説を日本語で読んで、そこに描かれた高安カッチャンがあまりに卑小で病的であるのがAWAREである、と抗議してきたのだった。高安カッチャンとペニーは、彼女の研究対象であるマルカム・ラウリーと妻のマージョリーが彼らの憧れの地であるブリッテシュ・コロンビアの漁村エリダナスでそうしたように、ハワイで至福と再生の生活をおくるはずだった。それを台無しにしたのは「僕」である、とも。
《さようなら、私はもうあなたの友人ではないと思います。》と書いてきたペニーと「僕」はハワイで再会する。「僕」はハワイ大学の日本文学研究者が主催したシンポジウムにパネラーとして参加したのだが、日系アメリカ人と思われる聴衆に足元をすくわれるような批判を受けて立ち往生してしまった。するとそこに、ペニーが(前作と同じように)「スルリ」と現れ、理路整然と堂々たる英語で反論して「僕」の急場を救ってくれたのだ。
その後、ペニーと「僕」は食事をともにする。彼女はカッチャンをミクロネシアの孤島に埋葬、というより散骨したことを報告し、さらに、ザッカリー・K・タカヤスというカッチャンの遺児の話をする。「ザッカリー」というファーストネームから読み取れるように、彼はカッチャンがユダヤ系の女性と結婚していた時期にもうけた息子であり、アメリカ人と再婚した母親のもとで育った。いま人気音楽グループのリーダーとなった彼は、ペニーのもとに残されていた父の膨大な草稿__それはほとんどマルカム・ラウリーの引用だった__からインスピレイションを受け、音楽を作り始める。
お互いに一つの皿から分け合って食べる「夫婦のような」食べ方をした後、別れ際にペニーは「僕」にザッカリーのLPレコードを一枚くれる。そのジャケットの裏に書いてあったのは、「K・タカヤスのノートによる」という注釈がついていたが、ダグラス・デイのマルカム・ラウリー評伝の文章で、それ以外何もなかった。そして、ここから、ダグラス・デイの文章がほぼ二頁にわたって小説中に引用される。ダグラス・デイの文章そのものがパール・エプスタインの著書からの孫引きであるとことわっているのだが、これが、マルカム・ラウリーの作品、生涯の解説、というよりユダヤ教のカバラの解説なのである。
以下、神の創造とセフィロト、あるいは生命の樹、その転倒である地獄機械、地獄機械によって転倒したセフィロトであるクリフォトなどの概念が説明されるのだが、ここで疑問に思うのは、この小説が発表された一九八一年の時点で、ダグラス・デイ、パール・エプスタインいやマルカム・ラウリーでさえ、一般の読者はどの程度知っていたのだろうか。私はそれらの人名はもとより、「カバラ」という固有名詞が何をあらわすのか知らず、セフィロトやクリフォトなどまったくちんぷんかんぷんであった。いまは、インターネットというものがあって、自宅である程度の検索ができるが、当時だったら、図書館に日参できる環境でなければ大江健三郎の作品を理解することはあきらめていただろう。大江健三郎はどのような読者を対象として小説を書いていたのだろうか。
「生命の樹」の概念と地獄機械という発想はこの小説の根幹をなすものであり、マルカム・ラウリーという作家を登場させたのは、そのような形而上学的概念の具象化が目的だったのではないかと思われる。作者はこの後ハワイ在住の老婦人との交流を語り、彼女が意図した反核運動の挫折を記述する。それは同時に「僕」の挫折でもあって、その事態に対する憤怒から「僕」はワイキキの海でひたすら泳ぐことに没頭していたのだが、そこに再びペニーが現れる。日本にいるときからの計画にあったように、一緒に「雨の木(レイン・ツリー)」のある施設に行ってみようという「僕」の提案に対して、彼女は「死んだ人のことより、生きている人間のことをしよう」といって、彼女の友人のアパートに「僕」を誘う。
友人のアパートに向かう道中、ペニーは___それは同時に死んだ高安カッチャンの言葉であったが___反核運動の無意味を語る。運動のレベルの程度にかかわらず、アメリカ人の反核運動は全て無意味で、アメリカ圏とソヴィエト圏すなわち現代文明の大半は核の大火に焼きつくされる。なぜなら、すでに地獄機械は動き始め、セフィロトの木は転倒してしまっているのだから。高安は、ニューズ・ウイークの表紙から切りぬいた原爆のキノコ雲の写真を、「転倒したセフィロトの木」と書きつけて、ラウリーの引用と一緒にノートに貼りつけていた、と。
帰国して半年後、ペニーから写真を同封した手紙がくる。その写真には、真っ黒な基底部を残して無残に焼けつくした巨木を中央に、ペニーとアガーテ(「頭のいい雨の木(レイン・ツリー)」に登場するドイツ系アメリカ人)と思われる二人の女性が写っていた。手紙には、「僕」の雨の木(レイン・ツリー)」は燃えてしまった。まもなく文明圏は原爆の大火で燃えてしまうだろうが、それは世界が長年にわたって行ってきた自殺の"only a ratification"である、と書かれていた。また、自分自身は核の大火に焼かれなければならない人間だとは考えていない。核の爆弾をつくりだす文明に手を貸したことのない太平洋の島に移住して、そこに根付く「荷物(カーゴ)・カルト運動」を新しく始めるつもりだ。それは「原水爆荷物(カーゴ)・カルト運動」と呼ぶべきものである。文明圏が核の大火に焼かれれば、多くの物資が荷物(カーゴ)として太平洋に漂い出る。島の人びとはそれを拾い、何十年かして放射能が減少したら、カヌーに乗ってでかけていけばよい、とも。
ここで述べられているペニーの思想は、作品制作時の作者大江の思想だろうか。そうであっても、なくても、いま、この時点で振り返れば、少なくとも二つの意味で、この思想は間違っていた、といわざるを得ない。「核の大火が文明圏を焼き尽くす」という黙示録的発想はわかりやすかったし、そう警鐘を鳴らすことで核戦争になにがしかの抑制力をもつと思われたかもしれない。しかし、現実には、全面的な核戦争は起こらなかった。ペニーが考えていたような二つの大きな文明圏の対立は、一方のソヴィエト圏が消滅してしまったことで、核戦争のトリガーたりえなくなった。いや、二つの大きな文明圏の対立というより端的にアメリカとソ連の冷戦構造だったが、それは権力の側の図式であって、「世界が長年にわたって行ってきた自殺の"only a ratification"」ではない。「世界」という表現で曖昧にされてしまっているが、文明圏の人々であろうが、太平洋の島々の人びとであろうが、権力の側でない庶民は「長年にわたって自殺」などしようとはしていないのだ。
しかし庶民は「長年にわたって殺されている」。全面的な核戦争は起こらなかったが、地球上のいたるところで、とくにいわゆる文明圏でない地域で、原爆より小規模な、しかし残忍な破壊力を持つ兵器によって、大量に人間は殺されている。殺された人間は、セフィロトの木に登ろうとして、掟を乱したから地獄機械のようにひっくり返ってしまい転落していったのではない。地獄機械、という言葉を使うのなら、それはあらゆる兵器を製造し、使用するように仕向ける体制そのものを指して使うべきだろう。
いま私は小林正一という物理学者の言葉を思っている。
「神に依り頼まぬ者は必ず倒れるということを物理学者が明確に把握しなくてはいけないと思う。・・・・物理学者と技術者が国から何と言われようとも原爆の制作を拒否したら、どうしても原爆は存在しなくなるはずのものである。しかしそれには十字架を負う覚悟が必要である」
(『聖国への旅__小林正一・郁子遺稿追悼集』一九八六年九月)
『主に負われて百年___川西田鶴子文集』(二〇〇三年二月新教出版社)より
小林正一という物理学者は一九八三年九月大韓航空機撃墜事件で郁子夫人とともに亡くなったキリスト者である。
今日も未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
2016年9月9日金曜日
大江健三郎『「雨の木(レイン・ツリー)」の首吊り男』___「自殺」という首吊りの方法
連作短編集『雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち』の第三作目で、第五作目「泳ぐ男__水の中の雨の木(レイン・ツリー)」に次ぐ長さの小説である。短編、というより短い中編といったほうがいいかもしれない。作家の「僕」が半年ほどメキシコに滞在して、当地の「学院(コレヒオ)」で客員教授をしていた時の体験に基づいて書かれている。
内容は平易でわかりやすい。小説の発端は、帰国した「僕」が、カルロスという男が癌に冒されたという噂を聞いて、衝撃を受ける場面である。カルロスは学院で事務をとるかたわら「僕」の通訳をしてくれたペルー人で、メキシコに亡命してきた日本文学の研究者だった。彼は研究者といっても、アカデミズムよりは作家個人のゴシップに関心をよせる人物で、何より肉体的な苦痛を恐れていた。もしも癌に冒されることになったら、苦痛のきわみで苦しむよりは首を吊って死にたい、と言っていたのである。
カルロスはまた、作家の「僕」に「首吊り」による自殺願望があることに関心を寄せていた。カルロスと「僕」は「首吊り」というキーワードでつながっていたのである。メキシコ・シティーを去るとき、「僕」はカルロスがHAIKUと呼ぶ次のような詩作を残したのだった。
Without you,
I would have hanged myself
Under a bougainvillaea shrub.
物語には、「僕」とカルロスを中心に、カルロスを脅かす彼の元妻セルラさん、大使館員を名告って「僕」の前に飄然と現れる山住さんが登場する。カルロスの共同研究者、というより実質的な研究はセルラさんが主体だったが、彼女は山住さんを使って「僕」を動かし、カルロスがセルラさんとよりを戻さなければ、亡命者の政治セクトに命を狙われる、と思い込ませようとしたのだ。だが、『僕」がカルロスとセルマさんの軋轢を心配している余裕はなくなった。日本に残してきた障害をもつ息子が、思春期の訪れにともなう失明、という事態に陥ったことがわかったのだ。
太平洋を越えてはるか彼方の日本からかかってきた国際電話で息子の失明を知らされて、「僕」は何もできない、しない、という「退行現象」に陥ってしまう。アパートの先住者が残していった「カラヴェーラ」と呼ばれる骸骨人形に囲まれて、マンゴーだけを食べながら外の世界と隔絶して、四日間ベッドに横たわったままだった。
「僕」と連絡がとれないのを不審に思った山住さんがアパートを訪れて、「僕」は現実に復帰したのだが、山住さんが仕切った酒宴の主人公に祭り上げられて正体もなく酔いつぶれてしまう。そればかりか、山住さんのトラブルに巻き込まれて黒服の日本人会社員の二人連れに痛めつけられ、挙句の果ては、いかがわしい曖昧宿に連れ込まれて、娼婦たちの嬲りものになる。
というドタバタが語られ、結局「僕」は任期半ばで日本に帰ることになる。帰国にあたって学院で開いてくれたパーティの席で、カルロスは「僕」にフィチヨル・インディアンのつむぎ糸絵画を贈ってくれた。それは絵画の中央に大きな木が描かれ、なおかつ登場する人物のひとりが首を吊っているように見えるものだった。「僕」はその絵を見て、描かれている木をみずからが「雨の木(レイン・ツリー)」と呼ぶ宇宙樹としてとらえ、このような木の下で、絵に描かれているのと同じように、生涯の師匠(パトロン)の立ち合いのもとに首を吊ることができたら幸せであろう、という感想を述べた。
それに呼応して、カルロスが言った言葉が前述のように、自分もまた同じようなことを考えている。肉体的な苦痛を何より嫌がる自分が、もし癌だとわかったら、インディアンから手にいれた、幸福感のうちに死にむかうことのできる薬草を噛んで、首を吊りたい。自殺を許さないカトリックの妻の監視を逃れて、首を吊るのによい木が生えているペルーまで同行してくれる人をさがしておきたい、というものだったのである。
以上のように、この小説はストーリーが分かりやすく、起承転結が整っていて、よくまとまった中編小説のようにみえる。ある種の要領の良さはあるが、軽薄で享楽的な美男のカルロスと、学究的な能力は高いが容貌の醜い先妻のセルマさん、カルロスのファンクラブだが故国の体制にはっきりと批判的な亡命者の女たち、プロフェソールと呼ばれながら、事あるとエキセントリックで幼児的な対応しかできない「僕」、「オペラで不吉な情報を伝えるために舞台にあらわれる密偵めいた役どころを連想させる」山住さん、など魅力的な人物が登場する。ストーリーの展開が面白いので、すらすら読めるのだが、最後までいって、はて、この小説は何だろう?と思ってしまう。何が腑に落ちないのだろうか、と考えてみると、「僕」がカルロスに揶揄されるほど一貫して「首を吊る」ことにこだわった理由が私にはわからないのだ。
敢えて乱暴な言い方をすれば、大江健三郎の文学のテーマは「首吊り」と「強姦」である。この二つのテーマのどちらかが取り上げられない作品はほとんどないのではないか。『万延元年のフットボール』のように、二つとも存在する作品ももちろんある。そして、とくに「首吊り」についていえば、作者の関心は、それを方法として選ぶ自殺の動機にあるのではなく、「首を吊る」という行為そのものにあるように思われる。強姦について、いま詳しく検討する余裕はないが、「不必要な強姦、あるいは不自然な強姦」がプロットの中に組み込まれることが多いように思われる。
私は、大江健三郎が一貫して「首吊り」にこだわる理由がわからないので、後年彼が「魂のこと」にこだわり「救い主」にこだわる理由もまたわからない。「魂のこと」は小説の主題たりえるだろうか。「救い主」もまた然り。その中間の「アンチ・キリスト」なら小説の主題たりえるように思う。素人の独断と偏見だけれど。
この小説は連作短篇集の中央に位置する作品だが、「雨の木(レインツリー)」は宇宙のメタファーというより、首吊りの木であり、前作との関連は薄いように思われる。前作に登場した高安カッチャンもペニーも登場しない。おそらくこれは、作者のメキシコ滞在の経験に基づく独立した短編(もしくは中編)を連作短篇集に組み込んだものではないか。だが、そのことが連作集にどのような意味をもつのかはよくわからない。次作「さかさまに立つ雨の木(レイン・ツリー)」には再びペニーが登場し、高保カッチャンの遺児ザッカリー・K・タカヤスが人気音楽グループのリーダーとして紹介され、「雨の木(レイン・ツリー)」はセフィロトあるいはクリフォトという名の「生命の樹」としてイメージされる。
もう少しまとまったことを書こうと思って悪戦苦闘したのですが、力及ばず、でした。未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
内容は平易でわかりやすい。小説の発端は、帰国した「僕」が、カルロスという男が癌に冒されたという噂を聞いて、衝撃を受ける場面である。カルロスは学院で事務をとるかたわら「僕」の通訳をしてくれたペルー人で、メキシコに亡命してきた日本文学の研究者だった。彼は研究者といっても、アカデミズムよりは作家個人のゴシップに関心をよせる人物で、何より肉体的な苦痛を恐れていた。もしも癌に冒されることになったら、苦痛のきわみで苦しむよりは首を吊って死にたい、と言っていたのである。
カルロスはまた、作家の「僕」に「首吊り」による自殺願望があることに関心を寄せていた。カルロスと「僕」は「首吊り」というキーワードでつながっていたのである。メキシコ・シティーを去るとき、「僕」はカルロスがHAIKUと呼ぶ次のような詩作を残したのだった。
Without you,
I would have hanged myself
Under a bougainvillaea shrub.
物語には、「僕」とカルロスを中心に、カルロスを脅かす彼の元妻セルラさん、大使館員を名告って「僕」の前に飄然と現れる山住さんが登場する。カルロスの共同研究者、というより実質的な研究はセルラさんが主体だったが、彼女は山住さんを使って「僕」を動かし、カルロスがセルラさんとよりを戻さなければ、亡命者の政治セクトに命を狙われる、と思い込ませようとしたのだ。だが、『僕」がカルロスとセルマさんの軋轢を心配している余裕はなくなった。日本に残してきた障害をもつ息子が、思春期の訪れにともなう失明、という事態に陥ったことがわかったのだ。
太平洋を越えてはるか彼方の日本からかかってきた国際電話で息子の失明を知らされて、「僕」は何もできない、しない、という「退行現象」に陥ってしまう。アパートの先住者が残していった「カラヴェーラ」と呼ばれる骸骨人形に囲まれて、マンゴーだけを食べながら外の世界と隔絶して、四日間ベッドに横たわったままだった。
「僕」と連絡がとれないのを不審に思った山住さんがアパートを訪れて、「僕」は現実に復帰したのだが、山住さんが仕切った酒宴の主人公に祭り上げられて正体もなく酔いつぶれてしまう。そればかりか、山住さんのトラブルに巻き込まれて黒服の日本人会社員の二人連れに痛めつけられ、挙句の果ては、いかがわしい曖昧宿に連れ込まれて、娼婦たちの嬲りものになる。
というドタバタが語られ、結局「僕」は任期半ばで日本に帰ることになる。帰国にあたって学院で開いてくれたパーティの席で、カルロスは「僕」にフィチヨル・インディアンのつむぎ糸絵画を贈ってくれた。それは絵画の中央に大きな木が描かれ、なおかつ登場する人物のひとりが首を吊っているように見えるものだった。「僕」はその絵を見て、描かれている木をみずからが「雨の木(レイン・ツリー)」と呼ぶ宇宙樹としてとらえ、このような木の下で、絵に描かれているのと同じように、生涯の師匠(パトロン)の立ち合いのもとに首を吊ることができたら幸せであろう、という感想を述べた。
それに呼応して、カルロスが言った言葉が前述のように、自分もまた同じようなことを考えている。肉体的な苦痛を何より嫌がる自分が、もし癌だとわかったら、インディアンから手にいれた、幸福感のうちに死にむかうことのできる薬草を噛んで、首を吊りたい。自殺を許さないカトリックの妻の監視を逃れて、首を吊るのによい木が生えているペルーまで同行してくれる人をさがしておきたい、というものだったのである。
以上のように、この小説はストーリーが分かりやすく、起承転結が整っていて、よくまとまった中編小説のようにみえる。ある種の要領の良さはあるが、軽薄で享楽的な美男のカルロスと、学究的な能力は高いが容貌の醜い先妻のセルマさん、カルロスのファンクラブだが故国の体制にはっきりと批判的な亡命者の女たち、プロフェソールと呼ばれながら、事あるとエキセントリックで幼児的な対応しかできない「僕」、「オペラで不吉な情報を伝えるために舞台にあらわれる密偵めいた役どころを連想させる」山住さん、など魅力的な人物が登場する。ストーリーの展開が面白いので、すらすら読めるのだが、最後までいって、はて、この小説は何だろう?と思ってしまう。何が腑に落ちないのだろうか、と考えてみると、「僕」がカルロスに揶揄されるほど一貫して「首を吊る」ことにこだわった理由が私にはわからないのだ。
敢えて乱暴な言い方をすれば、大江健三郎の文学のテーマは「首吊り」と「強姦」である。この二つのテーマのどちらかが取り上げられない作品はほとんどないのではないか。『万延元年のフットボール』のように、二つとも存在する作品ももちろんある。そして、とくに「首吊り」についていえば、作者の関心は、それを方法として選ぶ自殺の動機にあるのではなく、「首を吊る」という行為そのものにあるように思われる。強姦について、いま詳しく検討する余裕はないが、「不必要な強姦、あるいは不自然な強姦」がプロットの中に組み込まれることが多いように思われる。
私は、大江健三郎が一貫して「首吊り」にこだわる理由がわからないので、後年彼が「魂のこと」にこだわり「救い主」にこだわる理由もまたわからない。「魂のこと」は小説の主題たりえるだろうか。「救い主」もまた然り。その中間の「アンチ・キリスト」なら小説の主題たりえるように思う。素人の独断と偏見だけれど。
この小説は連作短篇集の中央に位置する作品だが、「雨の木(レインツリー)」は宇宙のメタファーというより、首吊りの木であり、前作との関連は薄いように思われる。前作に登場した高安カッチャンもペニーも登場しない。おそらくこれは、作者のメキシコ滞在の経験に基づく独立した短編(もしくは中編)を連作短篇集に組み込んだものではないか。だが、そのことが連作集にどのような意味をもつのかはよくわからない。次作「さかさまに立つ雨の木(レイン・ツリー)」には再びペニーが登場し、高保カッチャンの遺児ザッカリー・K・タカヤスが人気音楽グループのリーダーとして紹介され、「雨の木(レイン・ツリー)」はセフィロトあるいはクリフォトという名の「生命の樹」としてイメージされる。
もう少しまとまったことを書こうと思って悪戦苦闘したのですが、力及ばず、でした。未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
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