2016年9月20日火曜日

大江健三郎『「雨の木(レイン・ツリー」)を聴く女たち』「さかさまに立つ雨の木(レイン・ツリー)」___さかさまに立つ反核運動

 連作短篇集『雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち』の第四作目。第二作「雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち」に登場したペニー(ペネロープ・シャオ=リン・タカヤス)が「僕」に宛てた手紙から始まる。

 亡くなった高安カッチャンが「高級コールガール」といって連れてきたペニーは、カッチャンの妻であり、なおかつ文学の研究者で、日本語が堪能な女性だった。彼女は「僕」の小説を日本語で読んで、そこに描かれた高安カッチャンがあまりに卑小で病的であるのがAWAREである、と抗議してきたのだった。高安カッチャンとペニーは、彼女の研究対象であるマルカム・ラウリーと妻のマージョリーが彼らの憧れの地であるブリッテシュ・コロンビアの漁村エリダナスでそうしたように、ハワイで至福と再生の生活をおくるはずだった。それを台無しにしたのは「僕」である、とも。

 《さようなら、私はもうあなたの友人ではないと思います。》と書いてきたペニーと「僕」はハワイで再会する。「僕」はハワイ大学の日本文学研究者が主催したシンポジウムにパネラーとして参加したのだが、日系アメリカ人と思われる聴衆に足元をすくわれるような批判を受けて立ち往生してしまった。するとそこに、ペニーが(前作と同じように)「スルリ」と現れ、理路整然と堂々たる英語で反論して「僕」の急場を救ってくれたのだ。

 その後、ペニーと「僕」は食事をともにする。彼女はカッチャンをミクロネシアの孤島に埋葬、というより散骨したことを報告し、さらに、ザッカリー・K・タカヤスというカッチャンの遺児の話をする。「ザッカリー」というファーストネームから読み取れるように、彼はカッチャンがユダヤ系の女性と結婚していた時期にもうけた息子であり、アメリカ人と再婚した母親のもとで育った。いま人気音楽グループのリーダーとなった彼は、ペニーのもとに残されていた父の膨大な草稿__それはほとんどマルカム・ラウリーの引用だった__からインスピレイションを受け、音楽を作り始める。

 お互いに一つの皿から分け合って食べる「夫婦のような」食べ方をした後、別れ際にペニーは「僕」にザッカリーのLPレコードを一枚くれる。そのジャケットの裏に書いてあったのは、「K・タカヤスのノートによる」という注釈がついていたが、ダグラス・デイのマルカム・ラウリー評伝の文章で、それ以外何もなかった。そして、ここから、ダグラス・デイの文章がほぼ二頁にわたって小説中に引用される。ダグラス・デイの文章そのものがパール・エプスタインの著書からの孫引きであるとことわっているのだが、これが、マルカム・ラウリーの作品、生涯の解説、というよりユダヤ教のカバラの解説なのである。

 以下、神の創造とセフィロト、あるいは生命の樹、その転倒である地獄機械、地獄機械によって転倒したセフィロトであるクリフォトなどの概念が説明されるのだが、ここで疑問に思うのは、この小説が発表された一九八一年の時点で、ダグラス・デイ、パール・エプスタインいやマルカム・ラウリーでさえ、一般の読者はどの程度知っていたのだろうか。私はそれらの人名はもとより、「カバラ」という固有名詞が何をあらわすのか知らず、セフィロトやクリフォトなどまったくちんぷんかんぷんであった。いまは、インターネットというものがあって、自宅である程度の検索ができるが、当時だったら、図書館に日参できる環境でなければ大江健三郎の作品を理解することはあきらめていただろう。大江健三郎はどのような読者を対象として小説を書いていたのだろうか。

 「生命の樹」の概念と地獄機械という発想はこの小説の根幹をなすものであり、マルカム・ラウリーという作家を登場させたのは、そのような形而上学的概念の具象化が目的だったのではないかと思われる。作者はこの後ハワイ在住の老婦人との交流を語り、彼女が意図した反核運動の挫折を記述する。それは同時に「僕」の挫折でもあって、その事態に対する憤怒から「僕」はワイキキの海でひたすら泳ぐことに没頭していたのだが、そこに再びペニーが現れる。日本にいるときからの計画にあったように、一緒に「雨の木(レイン・ツリー)」のある施設に行ってみようという「僕」の提案に対して、彼女は「死んだ人のことより、生きている人間のことをしよう」といって、彼女の友人のアパートに「僕」を誘う。

 友人のアパートに向かう道中、ペニーは___それは同時に死んだ高安カッチャンの言葉であったが___反核運動の無意味を語る。運動のレベルの程度にかかわらず、アメリカ人の反核運動は全て無意味で、アメリカ圏とソヴィエト圏すなわち現代文明の大半は核の大火に焼きつくされる。なぜなら、すでに地獄機械は動き始め、セフィロトの木は転倒してしまっているのだから。高安は、ニューズ・ウイークの表紙から切りぬいた原爆のキノコ雲の写真を、「転倒したセフィロトの木」と書きつけて、ラウリーの引用と一緒にノートに貼りつけていた、と。

 帰国して半年後、ペニーから写真を同封した手紙がくる。その写真には、真っ黒な基底部を残して無残に焼けつくした巨木を中央に、ペニーとアガーテ(「頭のいい雨の木(レイン・ツリー)」に登場するドイツ系アメリカ人)と思われる二人の女性が写っていた。手紙には、「僕」の雨の木(レイン・ツリー)」は燃えてしまった。まもなく文明圏は原爆の大火で燃えてしまうだろうが、それは世界が長年にわたって行ってきた自殺の"only a ratification"である、と書かれていた。また、自分自身は核の大火に焼かれなければならない人間だとは考えていない。核の爆弾をつくりだす文明に手を貸したことのない太平洋の島に移住して、そこに根付く「荷物(カーゴ)・カルト運動」を新しく始めるつもりだ。それは「原水爆荷物(カーゴ)・カルト運動」と呼ぶべきものである。文明圏が核の大火に焼かれれば、多くの物資が荷物(カーゴ)として太平洋に漂い出る。島の人びとはそれを拾い、何十年かして放射能が減少したら、カヌーに乗ってでかけていけばよい、とも。

 ここで述べられているペニーの思想は、作品制作時の作者大江の思想だろうか。そうであっても、なくても、いま、この時点で振り返れば、少なくとも二つの意味で、この思想は間違っていた、といわざるを得ない。「核の大火が文明圏を焼き尽くす」という黙示録的発想はわかりやすかったし、そう警鐘を鳴らすことで核戦争になにがしかの抑制力をもつと思われたかもしれない。しかし、現実には、全面的な核戦争は起こらなかった。ペニーが考えていたような二つの大きな文明圏の対立は、一方のソヴィエト圏が消滅してしまったことで、核戦争のトリガーたりえなくなった。いや、二つの大きな文明圏の対立というより端的にアメリカとソ連の冷戦構造だったが、それは権力の側の図式であって、「世界が長年にわたって行ってきた自殺の"only a ratification"」ではない。「世界」という表現で曖昧にされてしまっているが、文明圏の人々であろうが、太平洋の島々の人びとであろうが、権力の側でない庶民は「長年にわたって自殺」などしようとはしていないのだ。

しかし庶民は「長年にわたって殺されている」。全面的な核戦争は起こらなかったが、地球上のいたるところで、とくにいわゆる文明圏でない地域で、原爆より小規模な、しかし残忍な破壊力を持つ兵器によって、大量に人間は殺されている。殺された人間は、セフィロトの木に登ろうとして、掟を乱したから地獄機械のようにひっくり返ってしまい転落していったのではない。地獄機械、という言葉を使うのなら、それはあらゆる兵器を製造し、使用するように仕向ける体制そのものを指して使うべきだろう。

 いま私は小林正一という物理学者の言葉を思っている。

「神に依り頼まぬ者は必ず倒れるということを物理学者が明確に把握しなくてはいけないと思う。・・・・物理学者と技術者が国から何と言われようとも原爆の制作を拒否したら、どうしても原爆は存在しなくなるはずのものである。しかしそれには十字架を負う覚悟が必要である」
(『聖国への旅__小林正一・郁子遺稿追悼集』一九八六年九月)
『主に負われて百年___川西田鶴子文集』(二〇〇三年二月新教出版社)より

小林正一という物理学者は一九八三年九月大韓航空機撃墜事件で郁子夫人とともに亡くなったキリスト者である。

 今日も未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
 

2016年9月9日金曜日

大江健三郎『「雨の木(レイン・ツリー)」の首吊り男』___「自殺」という首吊りの方法

 連作短編集『雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち』の第三作目で、第五作目「泳ぐ男__水の中の雨の木(レイン・ツリー)」に次ぐ長さの小説である。短編、というより短い中編といったほうがいいかもしれない。作家の「僕」が半年ほどメキシコに滞在して、当地の「学院(コレヒオ)」で客員教授をしていた時の体験に基づいて書かれている。

 内容は平易でわかりやすい。小説の発端は、帰国した「僕」が、カルロスという男が癌に冒されたという噂を聞いて、衝撃を受ける場面である。カルロスは学院で事務をとるかたわら「僕」の通訳をしてくれたペルー人で、メキシコに亡命してきた日本文学の研究者だった。彼は研究者といっても、アカデミズムよりは作家個人のゴシップに関心をよせる人物で、何より肉体的な苦痛を恐れていた。もしも癌に冒されることになったら、苦痛のきわみで苦しむよりは首を吊って死にたい、と言っていたのである。

 カルロスはまた、作家の「僕」に「首吊り」による自殺願望があることに関心を寄せていた。カルロスと「僕」は「首吊り」というキーワードでつながっていたのである。メキシコ・シティーを去るとき、「僕」はカルロスがHAIKUと呼ぶ次のような詩作を残したのだった。
 Without you,
   I would have hanged myself
   Under a bougainvillaea shrub.

 物語には、「僕」とカルロスを中心に、カルロスを脅かす彼の元妻セルラさん、大使館員を名告って「僕」の前に飄然と現れる山住さんが登場する。カルロスの共同研究者、というより実質的な研究はセルラさんが主体だったが、彼女は山住さんを使って「僕」を動かし、カルロスがセルラさんとよりを戻さなければ、亡命者の政治セクトに命を狙われる、と思い込ませようとしたのだ。だが、『僕」がカルロスとセルマさんの軋轢を心配している余裕はなくなった。日本に残してきた障害をもつ息子が、思春期の訪れにともなう失明、という事態に陥ったことがわかったのだ。

 太平洋を越えてはるか彼方の日本からかかってきた国際電話で息子の失明を知らされて、「僕」は何もできない、しない、という「退行現象」に陥ってしまう。アパートの先住者が残していった「カラヴェーラ」と呼ばれる骸骨人形に囲まれて、マンゴーだけを食べながら外の世界と隔絶して、四日間ベッドに横たわったままだった。

 「僕」と連絡がとれないのを不審に思った山住さんがアパートを訪れて、「僕」は現実に復帰したのだが、山住さんが仕切った酒宴の主人公に祭り上げられて正体もなく酔いつぶれてしまう。そればかりか、山住さんのトラブルに巻き込まれて黒服の日本人会社員の二人連れに痛めつけられ、挙句の果ては、いかがわしい曖昧宿に連れ込まれて、娼婦たちの嬲りものになる。

 というドタバタが語られ、結局「僕」は任期半ばで日本に帰ることになる。帰国にあたって学院で開いてくれたパーティの席で、カルロスは「僕」にフィチヨル・インディアンのつむぎ糸絵画を贈ってくれた。それは絵画の中央に大きな木が描かれ、なおかつ登場する人物のひとりが首を吊っているように見えるものだった。「僕」はその絵を見て、描かれている木をみずからが「雨の木(レイン・ツリー)」と呼ぶ宇宙樹としてとらえ、このような木の下で、絵に描かれているのと同じように、生涯の師匠(パトロン)の立ち合いのもとに首を吊ることができたら幸せであろう、という感想を述べた。

 それに呼応して、カルロスが言った言葉が前述のように、自分もまた同じようなことを考えている。肉体的な苦痛を何より嫌がる自分が、もし癌だとわかったら、インディアンから手にいれた、幸福感のうちに死にむかうことのできる薬草を噛んで、首を吊りたい。自殺を許さないカトリックの妻の監視を逃れて、首を吊るのによい木が生えているペルーまで同行してくれる人をさがしておきたい、というものだったのである。

 以上のように、この小説はストーリーが分かりやすく、起承転結が整っていて、よくまとまった中編小説のようにみえる。ある種の要領の良さはあるが、軽薄で享楽的な美男のカルロスと、学究的な能力は高いが容貌の醜い先妻のセルマさん、カルロスのファンクラブだが故国の体制にはっきりと批判的な亡命者の女たち、プロフェソールと呼ばれながら、事あるとエキセントリックで幼児的な対応しかできない「僕」、「オペラで不吉な情報を伝えるために舞台にあらわれる密偵めいた役どころを連想させる」山住さん、など魅力的な人物が登場する。ストーリーの展開が面白いので、すらすら読めるのだが、最後までいって、はて、この小説は何だろう?と思ってしまう。何が腑に落ちないのだろうか、と考えてみると、「僕」がカルロスに揶揄されるほど一貫して「首を吊る」ことにこだわった理由が私にはわからないのだ。

 敢えて乱暴な言い方をすれば、大江健三郎の文学のテーマは「首吊り」と「強姦」である。この二つのテーマのどちらかが取り上げられない作品はほとんどないのではないか。『万延元年のフットボール』のように、二つとも存在する作品ももちろんある。そして、とくに「首吊り」についていえば、作者の関心は、それを方法として選ぶ自殺の動機にあるのではなく、「首を吊る」という行為そのものにあるように思われる。強姦について、いま詳しく検討する余裕はないが、「不必要な強姦、あるいは不自然な強姦」がプロットの中に組み込まれることが多いように思われる。

 私は、大江健三郎が一貫して「首吊り」にこだわる理由がわからないので、後年彼が「魂のこと」にこだわり「救い主」にこだわる理由もまたわからない。「魂のこと」は小説の主題たりえるだろうか。「救い主」もまた然り。その中間の「アンチ・キリスト」なら小説の主題たりえるように思う。素人の独断と偏見だけれど。

 この小説は連作短篇集の中央に位置する作品だが、「雨の木(レインツリー)」は宇宙のメタファーというより、首吊りの木であり、前作との関連は薄いように思われる。前作に登場した高安カッチャンもペニーも登場しない。おそらくこれは、作者のメキシコ滞在の経験に基づく独立した短編(もしくは中編)を連作短篇集に組み込んだものではないか。だが、そのことが連作集にどのような意味をもつのかはよくわからない。次作「さかさまに立つ雨の木(レイン・ツリー)」には再びペニーが登場し、高保カッチャンの遺児ザッカリー・K・タカヤスが人気音楽グループのリーダーとして紹介され、「雨の木(レイン・ツリー)」はセフィロトあるいはクリフォトという名の「生命の樹」としてイメージされる。

 もう少しまとまったことを書こうと思って悪戦苦闘したのですが、力及ばず、でした。未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
   

2016年8月12日金曜日

大江健三郎『雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち』「雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち」____「暗喩(メタファー)」としての「雨の木(レイン・ツリー)」___三角関係という宇宙モデル

 前作「頭のいい雨の木(レイン・ツリー)」から一年十か月経って「雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち」が発表された。本作は、「僕」の「友人にして師匠(パトロン)というのがあっている」音楽家のTさん(これはあきらかに武満徹のことである)が作曲した「雨の木(レイン・ツリー)」の演奏を聴いて、「僕」が涙を流すところから始まる。「雨の木(レイン・ツリー)」の話を書きながら、その中では一言も触れなかった人物__高安カッチャンが常用したことばであり、、彼の存在そのものがそうであったような「悲嘆_griefとルビをふられた気分」から逃れられなかったのである。

 だが、高安カッチャンと彼の妻ペニー(正確にはペネロープ・シャオリン・タカヤス__この名前もまた様々な連想をよぶのだが)、そして「僕」の奇妙な「三角関係」がかたちづくるエピソードを語る前に、「僕」がその演奏を聴いて涙を流した「雨の木(レイン・ツリー」という曲及び「雨の木(レイン・ツリー)」そのものについて考えてみたい。

「雨の木(レイン・ツリー)」という曲は実際にユーチューブで聞くことができる。三本のトライアングルから始まり、1台のヴィブラフォンと2台のマリンバからなる演奏は、繊細にして霊妙、というほかない。この曲の楽譜のはじめに「頭のいい雨の木(レイン・ツリー)」中のアガーテのことばが引用されているので、直接にはその部分からインスピレーションを受けたのだと思われる。「雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち」では英文だが、ここでは「頭のいい雨の木(レイン・ツリー)」の日本語原文を書き出してみる。

  「雨の木(レイン・ツリー)」というのは、夜なかに驟雨があると、翌日は昼すぎまでその茂りの全体から滴を滴らせて、雨を降らせるようだから。他の木はすぐ乾いてしまうのに、指の腹くらいの小さな葉をびっしりとつけているので、その葉に水滴をためこんでいられるのよ。頭がいい木でしょう。

 アガーテのことばは、実在する「雨の木」について説明しているようで、「僕」もそのようにうけとっているが、一方で狂人の幻想のようでもある。「雨の木(レイン・ツリー)」そのものも、前作では、ほんとうにパーティ会場となった精神病者の施設にあったかどうかも曖昧なまま小説は終わっていた。だが、本作では、アガーテのことばを媒介にして、「暗喩(メタファー)」としての「雨の木(レイン・ツリー)」は作曲家のTと「僕」に「宇宙モデル」として共有されている。「暗喩(メタファー)」としての「雨の木(レイン・ツリー)」___私にはいまひとつ、わかった、といえないものがあるのだが、作者はこのように説明している。

 そして僕がこの小説で表現したかったものは、その「雨の木(レイン・ツリー)」の確かな幻であって、それはほかならぬこの僕にとっての、この宇宙の暗喩(メタファー)だと感じたのである。自分がそのなかにかこみこまれて存在しているあり方、そのありかた自体によって把握している、この宇宙。それがいまモデルとして、「雨の木(レイン・ツリー)」のかたちをとり、宙空にかかっているのだと。

 「確かな幻」という日本語にもどうしても異和感を覚えてしまうのだが、「この宇宙の暗喩(メタファー)」という「雨の木(レイン・ツリー」がこの後、「三角関係」に結びつけられる次第に絶句してしまう。作曲家自身が演奏の前に「僕は三角関係に興味を持っているんですよ」といったのは、演奏者が女ひとりと男二人であることの解説につながるものだったと思うが、「僕」は演奏を聴きながら、「雨の木(レイン・ツリー)」の暗喩(メタファー)が三人の男女によって具体化されてもいると感じた、とある。三段論法的にいえば、宇宙_雨の木(レイン・ツリー)_三角関係、となる。? 「雨の木(レイン・ツリー)」という曲が「トライアングル」から始まるのも作曲のための必然だけではなかったのかもしれない。

 三角関係の一人であり、主役である高安カッチャンは「僕」の大学の同級生だった。ただの誇大妄想狂か天才か、もしかしたらその両方だったかもしれない。ハワイ大学のセミナーに参加した「僕」の前に現れた時、すでに彼は人生の敗残者のたたずまいだった。アルコールと薬物中毒で衰弱し、「外目にも見てとれる重たげな外套のような悲嘆をまといこんでいるのであった。」と書かれている。

 高安カッチャンをめぐる三角関係は二つ語られているのだが、そのどちらも「宇宙モデル」とは程遠いように思われる。ひとつは、高安カッチャンと「僕」の共通の友人であり、白血病で死んだ斎木と高安カッチャンと電鉄会社系大資本の一族の娘の話である。高安カッチャンを愛している大資本の娘を金主にして、斎木とカッチャンで大資本の「文化的前衛」として英・仏二国語の国際誌を出そうというものだった。彼はそれに「大河小説」を書いて掲載する予定でもあった。だが、高安カッチャンのいうところによれば、斎木が娘に熱中し、娘がそれをうるさがったため、計画は破綻した。次善の作として、彼と斎木と二人で娘を共有して事業を継続しようとした高安カッチャンの提案は受け入れられなかった。

 もうひとつの三角関係とは、「僕」と高安カッチャンと彼の妻ペニーの関係である。彼は泥酔してハワイの「僕」の宿舎を訪れる。妻のペニーを高級コールガールと偽って、三百ドルで「僕」に売る、という。「僕」にその気がないのを見てとった彼は、暗闇の中とはいえ、「僕」の目の前でペニーと性交しようとする。実際にしたのかもしれないが。そして、契約だから三百ドル払え、と難癖をつける。難癖をつけること自体が目的だったのかもしれない。「僕」はペニーに三百ドル渡し、高安カッチャンは、ペニーからかすめた三百ドルを最後に「僕」に返してきたのだが、それは「僕」に密輸の片棒をかつがせるというもので、「僕」を罠に嵌めたのであった。

 ハワイから帰国後ペニーから手紙がくる。ペニーは少女時代香港の空手映画の主演女優で、いまはハワイ大学の聴講生でマルカム・ラウリーの研究をしているという。アルコール症で自己破壊してしまったマルカム・ラウリーと妻のマージョリーとの関係を、自分と高安カッチャンの関係になぞらえるペニーは、日本語の文体に不安がある高安カッチャンと「僕」が合作して小説を書いてほしいと頼んできたのだった。ペニーの語る高安カッチャンの大河小説の構想とは、白血病で死んだ斎木がその妻にのみ語っていたものとまったく同じものだった。__現代世界の運命打開に責任のある秀れた男女たちが、宇宙のへりでの鷲の羽ばたきに感応して、地球上で行動をおこす、という・・・・・・

 「僕」が「頭のいい雨の木(レイン・ツリー)」を発表した後、ペニーから再び手紙がくる。高安カッチャンがアルコールと薬品を重ねたあげく、事故で死んだのだ。自分が彼の死に関して潔白であることを述べた上で、彼女は高安カッチャンのことばをつたえる。あの小説(「頭のいい雨の木(レインツリー)」)のアイデアは自分のものであり、「雨の木(レイン・ツリー)」の暗喩は自分のことを指すのだ、と。

 だが、ペニーは、小説中の巨大な樹木が単なる暗喩だとは思わない。実際にある「雨の木(レイン・ツリー)」の下で、その水滴の音を聞きながら、高安のことを考えていたいので、どの施設がモデルなのか教えてくれ、という。これからは、自分とプロフェッサー(と呼ばれる「僕」)だけが高安を記憶しつづけるだろう、とも書いて、「高安の小説」の鷲の羽ばたきの構想を「僕」が使うことを「許可」するのである。

 高安カッチャンをそれほどまでに信じるペニーとは何だろう。「この現代世界には私らのような女がいるのだ」というが、「私らのような女」とはどんな女なのか。狂気は高安カッチャンではなくてペニーなのか。語り手の「僕」は狂気でないのか。

 さて、この「奇妙に捩れたかたちの、いわばひずんだ球体に描いた三角形」の三角関係がいったい、どのようにして、「宇宙モデル」になるのか。「自分がそのなかにかこみこまれて存在しているありかた、そのありかた自体によって把握している、この宇宙」という「僕」の定義にしたがえば、ここに描かれている地球上の様々な、決して高尚とはいえない人間関係はそのまま「宇宙モデル」ということになろうか、とも思うのだけれど。

 思えば八十年代は「宇宙ブーム」の時代だった。すでに七十年代後半にアニメの分野で松本零士が「宇宙戦艦ヤマト」「キャプテン ハーロック」「銀河鉄道999」の連載を始め、TVドラマ化されていた。「機動戦士ガンダム」が始まったのも七九年だった。この「宇宙ブーム」についていうべきことはあるのだが、長くなるのでそれはまたの機会にしたい。ただこれらの作品が、「銀河鉄道999」を除いて、ほとんどがいわゆる「戦争もの」だったことは記憶しておきたい。

 八十年代とは何だったのか。

 相変わらず未整理な文章です。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

   

2016年8月4日木曜日

大江健三郎『雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち』「頭のいい雨の木(レイン・ツリー)」__「80年代」とは何だったか?

 やはり今でも『晩年様式集』について書けなくて、あるいは書かないで、留保の状態を続けている。そしてもう一度、私が大江健三郎の作品を読むきっかけとなった『雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち』を読み直している。読み直しても、最初に読んでわからなかったことがわかるようになった、とはとてもいえないのだが。

 『雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち』は、五つの短編からなる連作短篇集である。昭和五五年一月号の《文學界》に「頭のいい雨の木(レイン・ツリー)」が発表された。以下《文學界》昭和五六年十一月号「雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち」、《新潮》昭和五七年一月号「雨の木(レイン・ツリー)の首吊り男」、《文學界》昭和五七年三月号「さかさまに立つ雨の木(レイン・ツリー)」、《新潮》昭和五七年五月号「泳ぐ男__水のなかの「雨の木(レイン・ツリー)」とあわせて昭和五七年七月に『雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち』として新潮社から出版された。五つの短編は、「雨の木(レイン・ツリー)」という記号は共通しているが、その主題と方法は必ずしも同じではないようで、わかりにくさの一因はそこにあるのかもしれない。

 第一作「頭のいい雨の木(レイン・ツリー)」は昭和五五年一月_一九八〇年の幕開けに発表された。この小説をいま、この時点で取り上げることに、何とも形容しがたい心地わるさを覚えるのだが、これは、精神病を病む人たちが起こしたミニ・クーデターの話なのである。主人公の「僕」はハワイ大学のセミナーに参加し、ある晩そのスポンサーが経営する精神病の民間治療施設で催されたパーティに招かれる。ホーキング博士を思わせる車椅子の建築家が登場し、客として招かれていたアメリカ人の詩人と論戦するのだが、実は建築家を含め、パーティの主催者側と思われていた人たちは、みな精神病の人たちだった。患者たちが看護婦と警備員を縛り、地下室に閉じ込めていたのである。暗闇の中で「頭のいい雨の木(レイン・ツリー)」を見に「僕」をつれ出した「アガーテ」と呼ばれるドイツ系アメリカ人もその一人だったのだ。

 「僕」が見たのはパーテイ会場の外に広がる闇を埋めつくすような巨木の板根だけだった。夜中に降った驟雨をその葉の窪みにためて、次の昼すぎまで滴らせるので「頭のいい雨の木(レイン・ツリー)」だとアガーテはいう。そういうことが可能な木があるのだろうか?アガーテは「雨の木(レイン・ツリー)」の板根の間に椅子を置いてそこから「馬上の少女(ア・ガール・オン・ホースバック)」と自ら題する幼女期__「本当に恐ろしい不幸なことは起こっていなかった頃」と彼女はいう___の肖像画を眺めることがあったらしいのだが。

 ここにさしだされる「雨の木(レイン・ツリー)」とは何か。次作「雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち」の中では「宙に架けるようにして提示した暗喩(メタファー)」としている。さらに四作目「さかさまに立つ雨の木(レイン・ツリー)」では、ユダヤ教のカバラにいうセフィロトあるいはクリフォトの暗喩となるのだが、第一作「頭のいい雨の木(レイン・ツリー)」が発表されてから二作目との間には一年十カ月の間隔がある。最初からそのような構想のもとに「雨の木(レイン・ツリー)」を提示したとは思えないのだ。

 確かなことは、「僕」が精神病の人たちが開いたパーテイ会場の「ニュー・イングランド風の古く大きい建物」__それは「はてしなく天上へ向けて上昇する構造をそなえた」と形容される__の外の暗闇が「巨きい樹木ひとつで埋められている」と思ったこと、そして、最後までその姿を見ることがなかった、と書かれていることである。それからもうひとつ、パーティの主催者が精神病の患者だったことがわかって、「僕」を含む客たちが一目散に逃げ出すときに、頭のいい「雨の木レイン・ツリー)」の方角から「およそ悲痛の情念に躰がうちがわから裂けるような、大きい叫びとしての女性の泣き声」を聞いたことである。

 大江健三郎は80年代の幕開けに、ハワイというアメリカ本土と異なる風土、歴史をもつ、しかし紛れもなくアメリカである島の狂人の家で起こった出来事を書いたのである。「雨の木(レイン・ツリー)」というより、この出来事自体が状況の「暗喩」だったのではないだろうか。パーティは島の狂人の家で開かれる。その家は「はてしなく天上へ向けて上昇する構造をそなえた」もので、住人(収容されている人)は各々個個の「位置」を割り当てられている。このことが意味する具体的な現実がどのようなものであるか、あるいはあったか、ということは未だに私のなかで揺らいだままなのだが。

 あまりに長い間書かないでいると、書くことがどうでもよくなってしまいそうで、苦しんでいます。何でもいいから書いてみた、の見本のような文章ですが、最後まで読んでくださってありがとうございます。
 

2016年6月23日木曜日

映画『静かな生活』伊丹十三と大江健三郎____『晩年様式集』読解の助走として

  『晩年様式集』についていつまでも考えている。

 『日常生活の冒険』の斎木犀吉、『懐かしい年への手紙』のギー兄さん、そして『取り換え子』から『晩年様式集』にいたるまでの塙吾郎、それらのモデルはあからさまに伊丹十三である。『晩年様式集』では、その三者をもう一度作品中に呼び戻し、しかもそれらの人物と長江古義人あるいはKちゃん、いや大江健三郎その人かもしれない人物との関係を「ちゃぶ台返し」にしているように見える。

 何故、3.11フクシマの後、この作品が書かれなければならなかったのか。大江健三郎はそれまで書いていた長編小説を中絶してこの小説にとりかかった、としている。3.11と『晩年様式集』との関係を探るために、ここでは、伊丹十三をモデルとする人物は作品中に登場せず、伊丹十三本人が監督、制作した映画『静かな生活』と、原作となった大江健三郎の短編集『静かな生活』を比べながら、「ちゃぶ台返し」の意味について考えてみたい。探索の手がかりをつかめる確信はないのだが。

 映画『静かな生活』は、原作の短編集をほぼ忠実になぞっているように見える。世界的に有名な作家の家族の物語である。作家の父が外国の大学に招かれ、母も同行する。脳に障害をもって生まれたイーヨーと姉のマーちゃん、弟のオーちゃんの三人が、子供たちだけで生活する。子供たちといっても、一番年下のオーちゃんが浪人生、という設定なので、イーヨーもマーちゃんもすでに成人である。

 小説も映画もイーヨーの性の目覚めが周囲に微妙な波紋を投げかけることから始まっている。性の目覚め、といっても、原作ではイーヨーは性的な話題から潔癖に遠ざかる人物として描かれ、もっぱら機能的に成熟した、というように記されている。それに対して映画では、原作にないお天気お姉さんが登場し、イーヨーは彼女にひそかに思いを寄せ、淡い失恋の痛みを味わうことを思わせる場面がある。

 映画と原作とのささいな差異は、そもそも、作家の父が招かれた大学が、原作では米カリフォルニアにあるのに対し、映画ではオーストラリアのシドニーとなっていることである。そんなに大した違いとは思われないが、なぜ、カリフォルニアではいけなかったのか。どちらも作家の「ピンチ」をのりこえるために必要な樹木のある避難場所とされているのだが。オーストラリアは、地図で見るとかたちが作家の郷里である四国に似ているからだろうか。

  それから、これも大した意味はないかもしれないが、子供たち三人が暮らす家が、映画では海が見える閑静な住宅街にある。原作は、はっきりと「成城学園前」と駅名を記しているが、「成城学園前」付近で海の見える場所はないだろう。小説もフィクションだが、映画はさらに小説をフィクショナイズしたものである、ということを象徴したのだろうか。

 映画の中で起こる出来事はおおむね原作と同じである。家に毎日水を届けに来る得体のしれない狂信者めいた男が、実は幼女を襲う連続事件の痴漢だったこと。幼女を襲っているのがイーヨーかもしれない、というマーちゃんの心配が杞憂だったこと。イーヨーが「すてご」というタイトルの曲をつくったことから、マーちゃんやKの親友でイーヨーの作曲の先生の「重藤さん」(これも映画ではなぜか「だんとうさん」となっている)が子供たちを置いて外国に行った作家のKに憤慨すること。

 その他、重藤さんの奥さんが、ポーランドの作家や詩人への弾圧に抗議するビラを来日したポーランド国家評議会議長のヤルゼンスキ氏に手渡そうとして、パニックに陥った警官に突きとばされれ、鎖骨を折る怪我をしたこと。ビラは、動けない奥さんのかわりに重藤さんとイーヨー、マーちゃん、オーちゃんの四人でレセプションのパーティ会場から退出する代表団の一行にもれなく配ったこと。満員電車の中でイーヨーが発作を起こし、女子中学生に「おちこぼれ」と罵られたこと、など。だが、ここでは、「すてご」というタイトルでイーヨーが作曲したことについて考えてみたい。

 イーヨーは、自分たち姉弟が両親から棄ててられた、という思いで「すてご」というタイトルをつけたのではなかった。マーちゃんや重藤さんはそう思ったのだが、福祉作業所の仲間が(映画ではイーヨー本人になっているが)公園清掃のとき棄てられた赤ん坊を見つけ、保護したことがイーヨーの記憶にあり、「すてごを救ける」曲をつくったのだった。その経緯を聞き出したのはイーヨーのお祖母ちゃんだった。四国の谷間の村でKちゃんの兄の葬儀があり、マーちゃんと一緒に参列したイーヨーはお祖母ちゃんとと作曲の話をしたのだ。

 この部分は原作をほぼ忠実に映像化している。お祖母ちゃんがイーヨーと話しているときに、マーちゃんはフサ叔母さん(Kちゃんの妹)から、Kちゃんが小さい頃、アシジのフランチェスコが水車小屋に現れて、すぐさま自分を連れていくのではないかと惧れた話を聞いているところも同じだ。だが、原作にあって、映画が省いたフサ叔母さんの一言が、映画と原作の決定的な違いを明らかにしている。「すてご」の由来を聞いてフサ叔母さんはこう言ったのだ。「もしこの惑星の人間みなが棄て子だったとすれば、イーヨーの作曲のあらわしているものは、なんだか壮大な規模だわねぇ!」

 映画にはイーヨー(本人)が棄て子を見つけ抱き上げているシーンがある。そのシーンの後にフサ叔母さんの前述のセリフがあったら、イーヨーは「この惑星の人間みな」を救う「壮大な規模」のヒーロー(もしくはアンチ・ヒーロー)になってしまう。伊丹十三はそういう「壮大な規模」の作品にしたくなかったのだ。

 連作短編集『静かな生活』の中で、作者の大江がかなりの頁をさいてこだわっているのが、「キリスト」、というよりむしろ「アンチ・キリスト」の問題である。映画『案内人(ストーカー)』(原作はストロガツスキー兄弟の『道傍のピクニック』)、エンデの『モモ』、『はてしない物語』、セリーヌの『リゴドン』、そしてブレイクの詩が縦横に引用される。『静かな生活』のテーマは、これ以降の作品で「魂のこと」として明確に主題としてあつかわれる「救い」__現実の日常生活の中で「救い」はどのようにもたらされるか、ではないだろうか。そして「救い」をもたらす存在は、決して誰の目にもそれとわかるヒーローではありえないということ。

 満員電車の中でイーヨーが発作を起こすシーンについていえば、映画では発作を起こしたイーヨーは一方的に庇われる存在として描かれているが、原作では、発作を起こして苦しみながらイーヨーは、マーちゃんを守ろうとして庇ったのだった。それから起こったマーちゃんの思いを大江健三郎はこのように書いている。

 そのうち、私の胸のなかに、___もしかしたらイーヨーはアンチ・キリストのように邪悪な力をひそめているかも知れない。たとえそうだったとしても、私はイーヨーについてどこまでも行こう、という不思議な決心が湧いてきたのだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 それでも私の躰をつらぬいて光が放射されるように、続けて起こって来るのはあきらかに邪悪な強い歓喜で__私はこの世界の人間のうちもう兄と自分自身のことしか考えなかったから__ひとつ向こうのフォームから出ていく特急のレールの音にまじって、ベートーベンの第九とはくらべることもできないが、やはり一種の「歓喜の歌」が聞こえるのを、自分の頭のすぐ上にあるイーヨーのふっくらした耳と一緒に、私は勇気にあふれて受けとめるようであったのだ。

 これは明らかに、『燃え上がる緑の木』のサッチャンの原型だろう。

 後半イーヨーの水泳のコーチとして登場する新井君は、『雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち』中の「泳ぐ男___水のなかの雨の木(レイン・ツリー)」の玉利君だろう。保険金殺人で多額の金を手にした疑いをもたれている新井君がマーちゃんを強姦しようとする。原作はその行為を、慎重に、(あるいは巧妙に?)「どこか本気か冗談かわからない、それでいて・またはそれゆえに、過剰な露骨さに誇張されたものだった」とするが、映画では新井君はあきらかに「悪い人」である。新井君にいいように嬲られているマーちゃんをイーヨーが救う。

 映画ではイーヨーとマーちゃんが力を合わせて新井君をやっつける。新井君のマンションから裸足で飛び出したマーちゃんが土砂降りの雨のなかマンションの駐車場で泣き崩れ、イーヨーがマーちゃんを支えて抱擁する。そこへ新井君がマーちゃんの帽子やバッグ、靴などを持って現れ、それらを投げ出して駆け足で戻るのだ。アンチではなくて、颯爽としたヒーロー・イーヨーの誕生である。観客は「脳に障害をもちながらも」音楽の天分に恵まれ、悪漢新井君をやっつけるイーヨーと、イーヨーに助けられたマーちゃんに感情移入してカタルシスを味わう。折からオーストラリアの母から国際電話があって、「パパがピンチを乗り越えた」という報告を受ける。メデタシ、メデタシの予定調和の世界である。

 原作はもう少し複雑である。マーちゃんは一人でマンションから飛び出し、大声で泣いた後、イーヨーを凶暴な新井君のもとに置き去りにしてしまったことに気が付いて、水泳クラブのメンバーに助けを求めに戻る。「アンズのかたちの目をした」女の子と見まがうような顔の新井君は、「マーちゃんに近づくな」と警告した重藤さんに蹴りを入れて肋骨を折ってしまう(この部分は映画と原作は同じ)ほど、徹底的にやる人なのだ。ところがそこに、イーヨーが、マーちゃんの残した荷物と傘を持った新井君に「つきそわれて」歩いて来るのだ。「大丈夫ですか?マーちゃん!私は戦いました!」とマーちゃんに声をかけるイーヨーと新井君の間には微妙な親和性がほのめかされている。

 連作短編集『静かな生活』文庫版の解説を伊丹十三が『「静かな生活」映画化について』と題して書いている。「話すように書」いたこの文章は、自己嘲弄と韜晦に満ちていて、私にとって読むのがつらいものがあった。伊丹十三は何より大江の文学の深い理解者である。饒舌をよそおった書きぶりを裏切って誠実なメッセージが直につたわってくる。

 伊丹十三は、大江がこの作品以降テーマとする「魂のこと」としてこれを映画化しなかった。映画『静かな生活』のナラティブは映画の定型を敢えて外した、と伊丹十三は書いているが、立派に定型を完成している。「この世で一番美しい魂を持ったイーヨーと、一生イーヨーに寄り添って生きて行こうと決心した二人の波瀾万丈の体験の物語』として。「品が良くて、毒があって、美しくて、見終わったときに生きるための静かな力が湧いてくるような映画」__大衆に消費されるエンターテインメントとして十分である。原作にまったくない「お天気お姉さん」まで登場させるサービス精神だ。

 私は独断と偏見の持ち主だから山田洋二の「寅さんシリーズ」が大嫌いである。だが、映画『静かな生活』はそれよりも好きになれない。私は『静かな生活』以外の伊丹十三の映画を見たことがないのだが、いったい彼は監督として何がしたかったのか。
 
 ところで、DVDを何回か見直すうちに、この映画の登場人物は、痴漢騒ぎの野次馬のおじさんまでも、ほとんどチェックの服を着ていることに気づいた。マーちゃん、重藤さん、その奥さん、オーちゃん、パパも、タータンチェック、マドラスチェック、グレンチェック、ギンガム、ダイヤ柄など、さまざまなチェックが登場する。チェックを着ないのはママと新井君だけである。イーヨーは横縞を着ていることが多いが一回だけチェックの服を着て出てくることがあったと思う。服だけでなく帽子、バッグ、水着、カーテン、クッションまでもチェックである。なんとなく気分に触ってくるものがある。

 それから、これもささいなことなのだが、映画の中で市松模様(これもチェックの一種だろうが)が、奇妙なところに使われているのに気がついた。海が見える道路のガードレールと新井君のマンションの駐車場の舗装(?)である。ガードレールは水色と白で、マンションの駐車場は黒と白である。おそらく特殊撮影なのだろうが、なぜこんなところに市松模様を使うのか。

 というわけで『晩年様式集』読解の助走どころか、準備体操にもなっていないありさまです。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。