2014年1月31日金曜日

「永遠の0」___魅力的なウエルダンストーリー

 めったに映画は見ないのだが、先日いま話題の「永遠の0」という映画を見に行った。簡潔で緊密なプロットで、ある特攻兵士の物語が語られる。大学を出て司法浪人の生活に目標を見失った青年が、姉に誘われて特攻兵士として死んだ宮部久蔵という祖父の生前を調べはじめ、そのことによって自分自身が変わっていく。詳しいストーリーは省くが、よくできたすじ回しで、じつに魅力的なウエルダンストーリーであると思う。

 楽しむことが何よりの魅力的な映画に、くだくだしい理屈付けも野暮なのだが、あまり他の人が書いていないようなことをちょっとだけ書いてみたい。

 この映画は、その構成が計算され尽くしたシンメトリーな様式性が美しい。主人公の青年と彼を取り巻く若者たちの弛緩した日常と、戦時下の若者たちの緊迫した生活が交互に描写される。また、主人公の青年も彼の(血はつながっていないが)いまの祖父も同じ司法の世界に生きる人間として設定されている。かたや司法試験不合格記録更新中の若者であり、かたやすでに半ばリタイアしたベテラン弁護士という違いはあるが。

 だが、映像として最も美しいシンメリーが構成されているのは、戦時下に、妻と生まれたばかりの子のもとに帰った宮部が、一夜を明かして早朝自宅を出るときのシーンと、戦後、宮部に託されて彼の妻の生活をみてきた大石が自分の思いを打ち明けて彼女の家を出ようとするシーンである。どちらも去ろうとする男の背中を女が引き止める。女の必死な思いが男を立ち止まらせるが男は振り返らない。振り返らないで女の思いにこたえるのだ。相対して抱擁するよりはるかに濃密な、そして鮮烈なエロスがほとばしる。

 もう一つの様式美は、ストーリーがきれいなループを描くことである。祖父の生きた証を求めて過去を探索していた主人公の青年は、結局自分の足元に真実が埋もれていたことを知ったのである。祖父の生前の姿を探求することが自分探しの旅でもあった。出発点と到着点が重なってくる。まさにO__オーでありゼロなのだ。そしてそのループOはいのちの連鎖でもある。

 このすばらしいウエルダンストーリーに少しだけ疑問をはさめば、戦時下で非常識なほど家族思いでなおかつ主体的人間として描かれる宮部が特攻志願をすることが唐突すぎるのだ。前半の凛々しく人間愛にあふれた小隊長が、うってかわって退廃と自堕落なたたずまいで無為に生きるようになったのはなぜか。そこを描くことはこの映画の美学に反するのだろうか。

 それから、最後に主人公の青年が橋の手すりにもたれて見上げる空にゼロ戦が飛ぶシーンはどう解釈すればいいのだろうか。映画としては岡田準一が入神の演技で戦艦に突入するシーンで完結ではなかったのか。

 東京の空にゼロ戦が飛ぶというシーンは様々なことを考えさせる。もし、このシーンがなかったら、このウエルダンストーリーは荘重な、そして完結した悲劇だった。主人公の青年が見たゼロ戦には誰が乗っているのだろう。ループがもういちど廻って過去が未来になる日が来るのだろうか。

 すばらしい映画にたいする取りとめもない駄文です。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

2014年1月22日水曜日

三島由紀夫『仮面の告白』___面白すぎる純文学

 いまはほとんど議論の対象にならなくなったけれど、一時期かなり真剣に「純文学とそれ以外の小説」の区別が問題になったことがある。純文学とそれ以外__中間小説、大衆小説と呼ばれていた__では発表される雑誌も違っていた。いずれのジャンルの小説も、いま考えると不思議なくらい量産されていて、毎月発行される雑誌も御三家(新潮社、文芸春秋、講談社)中心に数多かった。当時の流行作家だった瀬戸内晴美(寂聴)が「挿絵がついていないのが純文学で、挿絵つきはそうでない」という定義をしていて、そうなのか、と納得した覚えがある。その当時もいまも「純文学」というものを読んでわかった気になったことは一度もないのだが。

 三島由紀夫は当時最もきらきらした流行作家で、かつ純文学の作家だった。ただ、私の文学体験が折口信夫全集からはじまるかなり特殊なものだったので、同時代人としての三島に関しては、高校の読書感想文の課題図書となった『潮騒』を読んだ、というより読まされた記憶しかない。当時の私にはさっぱり面白くない作品だった。純真だが貧乏で粗野な若者と美貌の資産家の娘が愛し合って、試練を乗り越えて結ばれる、というハッピィ・エンドの物語のどこに文学的興味をもてばよいのかわからなかった。いま読み直すと、この小説は、神話的枠組みの中で、どこまでも健康に異性間の愛と純潔を語り上げたという点で、三島の他の作品と際立って異なっていると思われる。

 純文学かそうでないかの区別に話を戻すと、私なりの区別の仕方があって、それは、作品を読んだあとの後味のちがいである。純文学は、読み終わって、また同じその作品をもう一度読みたくなるのだ。読後に感動とともに謎が残っているので、それをつきとめたくなるのだろう。読み終わって、「ああ面白かった。で、次は何を読もうか」と未練なく読み捨てられるのは純文学ではない、という独断と偏見にみちた私の判断基準からいえば、上記の『潮騒』はまぎれもなく純文学である。だが、それ以外の三島由紀夫の作品は、いま読むとどれもあまりにも面白くて、しかも次の作品が読みたくなり、これがはたして純文学なのだろうか、と思ってしまう。私は三島の遺作ともいうべき「豊饒の海」四部作から読みはじめたのだが、それからやめられなくなって手当たり次第に濫読している。(なのでちっともブログが書けませぬ)

 「豊饒の海」四部作については、いつかきちんとしたものを書きたいと考えている。それから、これはまちがいなく「純文学」であり、大江健三郎や深沢七郎にも大きな刺激と影響を与えた「憂国」も取り上げたいと思っているが、ここではあまりに面白い純文学として「仮面の告白」について、少しだけ書いてみたい。

 有名な小説なのであらすじを紹介するまでもないと思う。三島由紀夫が二十四歳の時に書かれた「ゐたせくすありす」だといわれている。「自分が生まれた光景を見た」という不思議な体験を語ることからはじまるこの小説は、「近江」という少年への恋、残虐と恍惚が入り混じった死への異常な関心と傾斜、異性に対する不能を語りながら、「園子」という美貌の少女を登場させる。戦時下にこんな生活があったのかと思うような別世界で、天真爛漫で育ちのよい園子は語り手の「私」を愛する。その一途な愛が、あまりにも一途なので、かえって愛されている「私」を嫉妬させるほどに。だが「私」は愛を成就させることはできない。

 「愛の不能」が三島の作品だけでなく、世界的な文学や芸術のテーマであった時代が当時だったのかもしれない。なんだかよくわからないけれどそんなようなテーマをうたったフランス映画を観に行った記憶がある。でも、いま「仮面の告白」で取り上げたいのは、そんな観念的なテーマについてではない。一途に「私」を愛する園子の見事な悪女性について、である。園子が悪女だとは作品の中に一言も書かれていない。少女期特有の甘やかな感傷を身にまとい、園子は純粋に「私」を愛そうとする。「私」も彼女以外に真剣に想う相手はいない。彼女と「私」の間に愛を阻む条件はないのである。戦時下で頻繁に空襲があり、いつ日常が断たれるかという状況はあっても、それだからむしろ一層園子の愛はまっすぐなのだ。純粋な善そのもののような園子を三島は身も凍るような悪女にしたのである。

 「私」は園子の家から正式に縁談がもちこまれそうになると、逃げてしまう。そして原爆が落とされ戦争が終わった。官吏登用試験を目前にしている「私」は「偶然に」園子と再会する。配給の蒟蒻が入ったバケツをもって「私」の前に現れた彼女は人妻になっていた。その後再び彼女の兄の家で出会った二人は逢瀬を重ねるようになる。「どうして私たち結婚できなかったのかしら。」「あたくしをおきらいだったの?」とたずねる園子に、今度は「私」は「もう一度二人きりで会えない?」と誘い、彼女もそれに応じたのだ。どこまでいってもプラトニックな関係のままで。このかぎりなく狡猾で隠微な関係を三島はこう描写する。

 私たちはお互いに手をさしのべて何ものかを支えていたが、その何ものかは、在ると信じれば在り、無いと信じれば失われるような、一種の気体に似た物質であった。これを支える作業は一見素朴で、実は巧緻を要する計算の結果である。私は人工的な「正常さ」をその空間に出現させ、ほとんど架空の「愛」を瞬間瞬間に支えようとする危険な作業に園子を誘ったのである。彼女は知らずしてこの陰謀に手を貸しているように見えた。知らなかったので、彼女の助力は有効だったということができよう。

 しかし破綻はまちがいなくやってきた。再会から一年経った晩夏のある日、逢引の場所のレストランでの会話である。

 彼女は指輪のきらめく指でプラスチックのハンドバッグの留め金をそっと鳴らした。
「もう退屈したの?」「そんなこと仰言っちゃ、いや」
何かふしぎな倦怠が彼女の声の調子にこもってきこえる。それは「艶やかな」と謂っても大差のないものである。

 この後、夫に対する良心の呵責から受洗を考えているという彼女を誘って「私」は行き慣れぬ踊り場に足を運ぶ。そこで出会った名もしらぬ半裸の若者の肉体と刺青に「私」は突然の情欲に襲われる。忘我のうちに幻想を見ていた「私」は園子の「あと五分だわ」という叫びに我にかえる。彼女の逢引に使える時間は逼迫していたのだ。しどろもどろで取り繕う「私」に彼女はこう言うのだ。

 ・・・やがて そのつつましい口もとには、なにか言い出そうとすることを予め微笑で試していると謂った風の、いわば微笑の兆しのようなものが漂った。
「おかしなことをうかがうけれど、「もう」でしょう。「もう」勿論あのことはご存知の方(ほう)でしょう」

 彼女は、「私」が女を買おうとして自分の不能を確定させた一晩の経験を知っているはずはない。ただ、彼女のなかの「女」がこう言わせたのである。それがたわむれな、あるいは偶発的なものでない証拠に、彼女はさらにたたみかけて聞くのだ。

 私は力尽きていた。しかもなお心の発条(ばね)のようなものが残っていて、それが間髪を容れず、尤もらしい答えを私に言わせた。
「うん、・・・・・・知っていますね。残念ながら」
「いつごろ」
「去年の春」
「どなたと?」

 「私は」、執拗に相手の名を聞く園子に「きかないで」と答えるのがやっとだった。完膚なきまでにたたきのめされた「私」の心象風景を三島はこう描写して一編を閉じる。

 ___時刻だった。私は立ち上げるとき、もう一度日向の椅子のほうをぬすみ見た。一団は踊りに行ったとみえ、からっぽの椅子が照りつく日差しのなかに置かれ、卓の上にこぼれている何かの飲み物が、ぎらぎらと凄まじい反射をあげた。

 こんなにも魅力的な悪女を書き得たのが弱冠二十四歳の青年だったということが信じられない。園子をこのような悪女に造型するために、「私」は性的倒錯の不能者として描かれなければならなかったのだが、現実に女を知らない人間が書ける小説ではないのは言うまでもない。このあとも三島は次々と魅力的な悪女を書いてく。というより、『潮騒』のような例外を除けば、三島は悪女だけをかいたのではないか。遺作となった「豊饒の海」は悪女のオンパレードのように思われる。

 大江健三郎を読み解くために三島由紀夫に取り組んだつもりだったのですが、やはり地がでて、ミーハー度満開の読書感想文になってしまいました。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

2013年12月21日土曜日

大江健三郎「みずから我が涙ぬぐいたまう日」______ハピィ・デイズという逆説

 どうして大江健三郎はこんなにもわかりにくいのだろう。標題の「みずから我が涙ぬぐいたまう日」のわかりにくさなど犯罪的ではないか、と思ってしまう。いま平行して読んでいる三島由紀夫のほうが、彼が頑なにこだわった旧字体と修辞的な文章に慣れれば、ずっと素直に読めてしまうような気がする。

 この小説のわかりにくさの第一は、叙述の複雑さにあるだろう。語り手の作家がみずからを「かれ」と呼んで「同時代史」を語り、その語るところを「遺言代執行人」あるいは「看護婦」と呼ばれる「かれ」の妻(と推測される人間)が「口述筆記」をする、という体裁で叙述されるのだ。さらに二重括弧《》でくくられる地の文があるのだが、ここでも語り手の作家は「かれ」と呼ばれるので、読む側は、語られる内容が語り手の主観的な思い込みなのか、それとも客観的な事実なのかをしばしば混乱してしまう。これはアンフェアなやりかたではないか。


 わかりにくさの第二は叙述される内容そのもののゆらぎである。いったい語り手の「かれ」は本当に癌なのか。物語の冒頭「いったい、おまえは、なんだ、なんだ、なんだ!」と叫んで登場する男(これがじつは「かれ」の母親であることがラスト近くで示唆される)と「おれは、癌だ癌だ、肝臓がんそのものがおれなんだ!」という「かれ」とのやりとりは夢なのか、それとも現実なのか。

 また「かれ」の語る「同時代史」___「あの人」と呼ばれる父親(らしき人物)の追憶は真実なのか。満州に渡って何やら策動していたものの、一九四二年春日本に戻るとそのまま郷里の家の倉に閉じこもり、一九四五年敗戦の日まで水中眼鏡をかけ、ラジオのヘッドホーンを放さなかったという「あの人」の行動の意味するところは何か。 そして最後の「蹶起」の日___末期の膀胱癌で出血の止まらない身でありながら木車に乗せられて「あの人」が郷里を出ていったのは八月十五日の敗戦の日なのか、それともその翌日なのか。そもそもそれはほんとうに「蹶起」だったのか。

 こうしたわかりにくさを増幅する、というよりわかりにくさの根源が「かれ」の母親である。「かれ」の追憶の中で語られる母親はつねに「あの人」と呼ばれる父親を否定する存在である。母親の祖父は「明治四十五年に摘発された、戦時においてはおよそそれを口にだすこともはばかられる事件に関係があった模様」の人物であり、母親は中国大陸で育ったのだが、「かれ」の長兄が軍を脱走すると、「かれ」の両親の対立、憎悪は決定的なものになる。「かれ」自身は、膀胱癌でありながら極度に肥満して自らの用をたせぬ「あの人」の側について、「あの人」と倉で一緒に暮らす「ハピィ・デイズ」を送る。その追憶の日々を、いま「かれ」は happy days are here again という歌をうたいつつ語る。そして、みずから「あの人」の遺品の水中眼鏡をかけ、肝臓癌の末期患者となることで「あの人」の事跡の追体験を試みるのだが、その「ハピィ・デイズ」をことごとく否定したのが母親なのだ。

 その母親が物語りの後半、突然二重括弧でくくられた地の文に登場する。そこで彼女は、「かれ」の「ハピィ・デイズ」の頂点ともいうべき蹶起の真相について、「かれ」の言葉を真っ向から否定するのだ。「かれ」は、「あの人」が血まみれの身ながら脱走兵たちを率いて蹶起したという。バッハの受難曲を高唱する兵隊たちに曳かれた木車に乗せられた「あの人」とともに「かれ」自身も進んで行った。軍の飛行場に乗りこんで戦闘機を奪い大内山を爆撃するという計画は、しかし、当然のことだが失敗した。軍資金を調達すべく、母親の持っていた株券を現金化するために立ち寄った銀行を出た途端、「あの人」は撃ち殺され、将校以外の兵隊たちも銃殺されてしまったのである。

 「かれ」の語る蹶起の真相はこうである。「それはまさに市街戦だったのだ、しかも頭上には日本軍かアメリカ軍か、おそらくは双方の戦闘機が低空飛行して、轟々と市街を鳴りひびかせていたのである。・・・・・・・・一九四五年八月十五日、天皇は人間の声でかたるところのものたるべく地上に急降下した。その天皇が八月十六日、あらためて急旋回、急上昇をおこなおうとしていたのだ。いったんは爆死せざるをえないにしても、国体そのものとして、あらたによみがえり、かつてよりなお確実に、なお神的に、普遍の菊として日本のすべての国土、すべての国民を覆う。巨大な紫色の背光に、オーロラのような輝きをあたえられた黄金の菊の花として現前する。わが国の歴史に立つ数多い神々が、いったん人間の声で語るものへと急降下した天皇に、国体の威厳を再逆転させるため、飛行する殉死者の爆弾によるみそぎをこそもとめるということがありえなかったろうか?」

 このみそぎこそ、まさに純粋天皇誕生の瞬間である。だが、「かれ」が実際に見とどけたのは、天皇ではなく「あの人」の死であり、その死の瞬間にあらわれた「巨大な紫の背光にかこまれた輝く黄金の菊の花」だったのである。

 母親が突然行動に出たのは「かれ」がここまで語り終わったときである。彼女は「かれ」が片時も外さなかった父親の遺品の水中眼鏡をひきずりあげて、眩しさのために滲ませた「かれ」の涙を手慣れたやりかたでぬぐいとってしまう。そして「かれ」のことばを真っ向から否定しはじめるのだ。「あの人」は最初から本気で大内山を爆撃する気などなかった。現実に「あの人」が株を換金した金は将校に持ち逃げされ、銀行を出た途端「あの人」と兵隊たちを撃ち殺したのは、別の銀行強盗のグループだった。「あの人」が「かれ」をつれていったのは「口にだすこともはばかられる事件」を起した人間を祖父にもつ子だったからで、にせ蹶起の失敗にそなえたアリバイつくりのためである。「かれ」もそれがわかっていたから、撃ち合いが始まる前に逃げ出したのだというのだ。

 彼女の語る真相はこうである。「自分の躰のなかに大逆罪をおかすような者の血が流れており、いつそれがはっきり形をとって動き出すのかと、心底恐れていた子供が、実際これから大内山を襲撃するのだというようなことをいわれると、責任はみな自分の躰にあって、自分の躰を流れる血が、国の歴史をひっくりかえすようなことをひきおこす手引きになるのだと考えて、それでどこまでも、どこまでも、自分自身の躰からさえも、逃げ出してしまいたいと思ったんですが!・・・・・・・」

 母親と「かれ」と、狂気ははたしてどちらだろうか。あるいは、どちらも狂気なのだろうか。「神話か歴史のなかの、架空にちかい人物のように響く」と「遺言代執行人」にいわれる「あの人」は実在するのか。これらの疑問に解を与えるのでなく、さらに決定的に混乱に陥れるのが、冒頭に登場するヒゲダルマ風の男がじつは変装した母親だったという結末である。もしかすると、この小説は読者を混乱に陥れるために書かれたのではないだろうか。

 以前「アンフェア」というテレビドラマがあったが、この小説も「アンフェア」ではないか。そして、「かれ」がくりかえし歌う happy days are  here again という歌もまたアイロニーに満ちている。この歌は一九二九年十月ニューヨーク株式市場が大暴落したときにイントロデュースされ、続く大恐慌の時代にルーズベルトが大統領選挙のテーマ・ソングにしたことで大流行したのだ。軽快なテンポとリズムにのって happy days are  here agein と歌いまくり、ルーズベルトは不利といわれていた大統領選に勝った。そして日米戦争が導かれていったのである。

 この難解な小説のとりあえずの途中経過報告です。不出来な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。

2013年12月2日月曜日

大江健三郎『月の男(ムーン・マン)』___象徴天皇のアトムスフィア満ちる月面世界に昇華する___不思議な不思議な物語

 「月の男(ムーン・マン)」は不思議な作品である。

 「みずから我が涙をぬぐいたまう日」という作品とあわせて『みずから我が涙ぬぐいたまう日』として出版され、その序に作者みずから「二つの中篇をむすぶ作家のノート」という自作自解の文章を書いている。それによれば「この過去と未来をつらぬく天皇制に根ざした多様な枷によって自分を縛ることから出発し、なんとか自由をかちえようとした作家は、彼自身の右側に『みずから我が涙をぬぐいたまう日』の真暗の水中眼鏡をかけた自称癌患者をおき、左側に『月の男』の、悔悛して環境保護運動にはいった逃亡宇宙飛行士をおいて、自分の想像力を前にすすませるための、一対の滑車としたのである」ということである。サブタイトルに掲げたへたくそな和歌もどきは私がつくったもので、「作家のノート」冒頭に記された

純粋天皇の胎水しぶく暗黒星雲を下降する

の対句として考えた。(こんなことをしていいのでしょうか)

 『月の男(ムーン・マン)』が不思議な作品である理由の一つに、この小説がほとんど批評の対象になっていないということがあげられる。作者の右側におかれたという『みずから我が涙ぬぐいたまう日』はその語りの複雑さにもかかわらず、多くの人に読まれているようである。錯綜する時系列から聞こえてくる荘厳な悲劇のシンフォニーに魅了されるのだろうか。それにたいしてこの『月の男(ムーン・マン)』はNASAから逃げ出した元宇宙飛行士が、妹の強姦死のニュースを聞いてアメリカに戻り、人力飛行機の普及に献身するというストーリーとしては単純な話である。機械文明から環境保護へ、人間の感覚を失った「科学」批判というテーマが受けいれられやすいので、なんとなくわかったような気になってしまうのではないか。だが、そんなにすんなり納得してもいけないと思う。

 
 物語は語り手の作家である「僕」と、かつて「僕」と関係がありいまはムーン・マンとよばれる元宇宙飛行士の情人である女流詩人の二人がムーン・マンのダイアローグの相手または通訳となって進められる。またスコット・マッキントッシュという反捕鯨運動家と、細木(サイキ)というヴェトナム戦争の脱走兵支援の運動をしている「新左翼」の活動家が登場する。スコットはムーン・マンに騙されて鯨の生肉を食べさせられて嘔吐し、日本での反捕鯨キャンペーンを中止して帰国するが、細木は反捕鯨のデモンストレーションと称してイルカのぬいぐるみを被り、事故とも自殺ともあるいは殺人ともつかぬ焼死をしてしまう。ムーン・マン自身は一九六九年六月十五日アポロ11号が月に着陸した日に、先に帰国したスコットによりもたらされた妹の強姦死の報せを聞いて「月の力が復讐したんだ」といって、長くのびていた鬚と髪を切り、アメリカ大使館に出頭する。

 二年間の拘束を経て、ムーン・マンは自由の身になり、彼の自由のために尽力してくれたスコット・マッキントッシュの影響もあって、鳥と「交感(コレスポンデント)」できるという人力飛行機の普及運動をはじめる。情人だった女流詩人とは正式に結婚し、彼女から「僕」に航空便が届く。それには人力飛行機運動のキャンペーンのために映画をつくりたいので、出版社に紹介してほしいと書かれていた。彼女のもとめに応じて渡米した「僕」は「静かな人々」と化したムーン・マン一家すなわちムーン・マンことルーヴィン・ガーシェンソン、彼の妻となった女流詩人フサコ・ガーシェンソン、二人の間に生まれた女の子アルテミス・桂・ガーシェンソンらに迎えられ、無数の人力飛行機を__それはゴム仕掛けの鳥なのだが__見るのである。

 以上があらすじだが、不思議なのは、このお伽話のような物語に「現人神」が登場することがどうしても唐突に思われてならないのである。ムーン・マンが日本語に興味を覚えたのは「現人神」という言葉とその存在があったからだという。そして、彼がNASAを脱出して日本に来たのは「現人神」たるあの人に会って、「月に行くな」といってほしいからだというのだ。そういうことは例がないから、と。この「誇張していえばキリスト教史全体にも匹敵しそうな巨大なユダヤ人の野心をそなえていた」とされる男にとって「現人神」とは何か。

 「現人神」は物語の最後にまた招致される。ムーン・マンは、あの人は反・人間のシンボルとして宇宙開発の先頭にたつのではなく、エコロジカルな意味で全世界的に大切にされるべきだと主張する。「およそ二千年ちかくも一つの生物学的な血のつながりを保っている、エコロジカルにまったくめずらしい貴重な種」だから、というのがその理由である。!彼はさらに、あの人が白い人力飛行機に乗り、下方で二人乗りの人力飛行機に乗っている宇宙飛行士姿の自分と水中眼鏡をかけた自称癌患者の青年に向けてメッセージを送るというシナリオを思い描くのだ。そしてそのメッセージは「二十世紀後半のすべての人間を救済するためのものでなければならない・・・・・・」という。

 荒唐無稽は、大江の場合、この作品に限ったことではないが、やはりふつうに考えてこれは不思議なほど荒唐無稽である。ここには主人公の語りに異を唱えるリアリストが存在しない。『みずから我が涙ぬぐいたまう日』の「遺言代執行人」や「母親」のような。ムーン・マンの情人でありながらその解説者だった女流詩人は「インディアン英語」を話す寡黙な妻となってしまい、なにより語り手の「僕」は、ニュー・ハンプトンの牧場に飛ぶ無数のゴムの鳥を見て Ah, birds, future birds と「涙の発作のような昂揚に襲われたのである」と物語を結ぶのである。

 最後に、小さな不思議をもう一つ取り上げたいのだが、長くなるので、それはまた機会があれば書いてみたいと思う。いつになるかわからないのだが。

 今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

2013年11月24日日曜日

「刈りいるる日は近し」_____信仰ということ

 何年ぶりかで風邪をひいて、今日は連れ合いが仕事なので、たったひとりで寝ている。七匹の猫も、いつもと違って室内運動会などしないのは飼い主の身を案じているのだろうか。でも、それにしてもつらい~。こういう日は来し方行く末を思って弱気の極みにある。このまま無為の時間が流れて、あるとき突然「あなたはここまでです」なんていわれたら、何も覚悟のない私は「え!そんな!」とうろたえるだけだろう。

 もう十年以上も前のことだと思うが、たしかNHKで韓国の従軍慰安婦をしていた方たちがキリスト教の運営するホームで生活している様子を報道していた。もう人生の後半、というよりももっと年齢を重ねた方たちが、賛美歌を歌っていた。元気よく、はつらつと。それが標題の「刈りいるる日は近し」だった。もちろん韓国語だが、たぶん日本語でもそんなに意味は違わないと思う。

春の朝(あした) 夏の真昼  秋の夕べ 冬の夜も
勤(いそ)しみ蒔(ま)く 道の種の  垂穂(たりほ)となる 時来たらん
Chorus:
  刈り入るる 日は近し  喜び待て その垂穂
  刈り入るる 日は近し  喜び待て その垂穂

御空(みそら)霞(かす)む のどけき日も  木枯らし吹く 寒き夜も
勤しみ蒔く 道の種の  垂穂となる 時来たらん
  Repeat Chorus.

憂(う)さ辛(つら)さも 身に厭(いと)わで  道のために 種を蒔け
ついに実る その垂穂を  神は愛(め)でて 見そなわさん
  Repeat Chorus

「刈りいるる日は近し 喜び待てその垂穂」___
英語ではWe shall come rejoicing, bringing in the sheaves

 どんな人生を歩いてきてもその収穫のときを喜べるということ、それが信仰だろう。無信仰の信仰だのぐじゃぐじゃかっこばかりつけるお前は何なのか、という問いをつきつけてくる番組だった。そして、わけのわからない涙がでそうだった。

 だが、しかし、これらの方たちの賛美歌を歌う姿がいかに美しくても、このような歴史は繰り返してはならない。人生は美しくなくていい。あたりまえに、昨日と同じ今日があって、ご飯が食べられて、夜はちゃんと眠れる、そんな時間の先に終わりのときが来る、という日常を成り立たせるのが政治家の仕事である。

 今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。