2016年3月28日月曜日

映画『恋人たち』___「映画」という文法

 去年の暮れにカメラマンをしている息子から薦められて、はやく見ようと思っていた『恋人たち』という映画をやっと見ることができた。もう都心の映画館では上映しているところがなく、やっていたのは「深谷シネマ」というNPO法人が運営している地方の、映画館というより民俗資料館みたいな外観のこじんまりした施設だった。観客はどれくらいいただろうか。でも、すばらしい映画だった。そして複雑な映画だと思った。いまでも消化不良の部分がいくつもある。

 あらすじはもう紹介するまでもないだろう。妻が連続通り魔殺人の被害者として殺され、やり場のない怒りにとらわれて、そこから脱け出すことのできない若い男(アツシ)、狭い借家で姑と同居しながら一人になると少女趣味のアニメと小説を書いている皇室オタクの中年女(瞳子)、同性愛だがエリート弁護士を絵にかいたような四ノ宮、この三人を中心にそれぞれの日常が丁寧に、優しく、どこか渇いたタッチで描かれる。

 大きな事件は起こらないのだが、ちょっとした事件はいくつか起こる。瞳子は偶然の出会いから実はチンケな詐欺師だった男に白馬の王子様を夢みて家出する。四ノ宮は何ものかに階段から突き落とされ右足を負傷する。それだけでなく、生活をともにしていたパートナーに去られ、ひそかに思いを寄せていた親友にも何故か関係を断たれる。物語が始まる前にすでに決定的な事件が起こってしまったアツシは、生活破綻の一歩手前の状況だ。

 三人の日常に起こる出来事は、かならずしも因果関係があきらかではないけれど、それぞれそれなりの結末を迎える。どうしても自分の殻を敗れなかったアツシは職場の前の埠頭で行われた夜のバーベキューで笑顔を見せ、彼を支えてくれた片腕の上司が焼いた魚を食べる。男と一緒に養鶏場をやろうと家出した瞳子は夢破れてもとの日常に戻るが、家の中の空気は微妙に変わっている。

 この二人にはささやかな救いが用意されているが、最も救いがないように見えるのが弁護士の四ノ宮だ。右足の傷は癒えてギブスは外されるが、愛する者に去られて彼の心は傷ついたままだ。人格が崩壊しつつある彼は、依頼人にきちんと向かい合うことができない。妻を殺した犯人に対して民事裁判を起してくれと頼むアツシの必至の訴えにも、これ以上やると四ノ宮自身が傷つくからやめよう、と取り合わない。離婚しようと思っていた夫への愛を涙を流して訴える女子アナのことばをうわの空で聞いていて、自分の思いにひたっている。そして、絶交を告げた親友がくれた万年筆が転がるのを見て涙を流すのだが、それを依頼人から「うれしい!先生、私のために泣いてくれたんですね」と誤解される。誤解されることが救いになるとは何という皮肉だろう。そうやって、それでも日常が流れていく、ということか。

 ごく普通の、弁護士の四ノ宮以外は、あまり豊かとはいえない人々の日常を丁寧にすくい取って映像は流れるが、ときに?と思われるシーンが挿入される。皇室オタクの瞳子がパート仲間と「雅子さん」を見に行ったときの様子をビデオで撮ったと思われる映像がでてくるが、これを撮ったのは誰だろう。ふだんの瞳子はいつも素顔だが「雅子さん」を見に行ったときの彼女は(パート仲間もそうだが)毒々しいまでの口紅をつけてカメラに手を振っている。この映像が何回か繰り返し出てくるのだ。

 最後に日常に戻った瞳子がテレビのスイッチを入れると、彼女にインチキな水を売りつけた女が皇族の名を騙って結婚式を挙げた事件が報道されている。アツシの上司は、皇居にロケットを飛ばそうとして自分の腕を飛ばした話をする。アツシに「笑っちゃうよね」と語りかける彼の笑顔の底の一瞬の陰惨な表情が凄いが、「俺サヨクだったから」という自己紹介は年齢的に見てどうしても無理があると思われるので、なぜそんな作り話?をしたのかわからない。ちくりと喉にささったトゲがいつまでも取れないような感触が残るのだ。

 他にも取れないトゲはいくつかあって、それぞれ結構重要なトゲだと思うのだが、それはあまり言葉にしたくないような気がする。最後に、この映画で一番印象的だったシーンについてひとこと。それは瞳子が家を出る前にお風呂場を洗うシーンである。瞳子は、ステンレスのどう見ても高級とはいえない浴槽をしっかりと泡立て洗っている。もう出て行く家なのに。幸せな暮らしをしていたとはいえない家なのに。それでも彼女はきれいにして家を出たいのだ。なんとも切なくて、この監督はどうして女の気持ちがこんなにわかるのかと思った。女の私が言葉をみつけられないのに。

 複雑で消化不良で、どうしても言葉で伝えきれないもの、それが日常であれば、そんな日常をそのまますくい取ろうとするところに映画の文法がある、そんなことをこの映画を観て思った。私が非力でうまくこの映画のすばらしさを伝えきれないのが残念です。

 大江健三郎の『晩年様式集』について書きたいのですが、どうしても集中できずグズグズしています。寄り道ばかりしているとあっという間に今年も終わってしまいそうなので、なんとか書く時間を見つけたいと思っています。今日も出来のわるい感想文を最後まで読んでくださってありがとうございます。
 

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