2012年12月3日月曜日

「ライ麦畑でつかまえて」____ジェーン・ギャラハーとは何か

 久々の更新です。やっとものが書ける環境になりつつあります。だいぶ感覚がなまってしまったようで、少し不安ですが。今回は「ライ麦畑でつかまえて」の影の主人公ともいえるジェーン・ギャラハーについての覚書です。箇条書きに近いまさにnaoko_noteですが。

  「ライ麦畑でつかまえて」には主人公ホールデンの他にも何人かの個性的なキャラクタが登場する。冒頭では前回少し触れたスペンサー先生、それからルームメイトのアクリーとストラドレーター、そしてストラドレーターがデイトしたジェーン・ギャラハーの四人は小説前半の重要人物である。ただしジェーン・ギャラハーはホールデンとストラドレーターとの会話およびホールデンの回想の中で触れられるが、直接ストーリーの展開の中に姿を現すことはない。だが、ホールデンは、というよりサリンジャーは執拗にジェーン・ギャラハーについて言及する。そもそもホールデンが、どのみち放校になるにせよ、予定より早くペンシーを出たのは、彼がストラドレーターにジェーン・ギャラハーを「やったのか」どうかについて訊ねたのに対し、、ストラドレーターが「それは職業上の秘密という奴でしてね」とはぐらかしたことが直接のひきがねになったのだ。

 「やったのかよ?」というホールデンの言葉は原文ではGive her the time?となっている。日本語でも「やった」という言葉は、様々な漢字が当てられて複雑な意味をもつ。Give the timeを「やった」と訳したのは訳者の野崎孝さんの名訳だと思うのだが、原文も日本語訳もその意味するところは深い。

 ホールデンとジェーンはどんな関係だったのだろう。二年前の夏、メイン州にあった彼女の家のドーベルマンが隣のホールデンの家の庭に排泄したことがきっかけで二人は友達になったという。ひと夏を二人は一緒にスポーツを楽しみ、ゲームをしたり、ときには(ホールデンが嫌いなはずの)映画を見に行ったりもした。アメリカ中産階級の子女の典型的なひと夏の体験が語られるのだが、中でも印象的なのが、二人がチェッカーをしていたときのエピソードである。

 ジェーン・ギャラハーという少女はまず「(チェッカーをするとき)自分のキングを絶対に動かさない」人物として紹介される。そのことは何回も繰り返して記述される。ある土曜日の午後二人はそうやってチェッカーをしていたのだが、突然土砂降りの雨が降り出す。すると、ヴェランダでゲームをしていた二人の前に彼女の母親の再婚相手の「カダヒさん」という男が現れて「家のどこかに煙草はないか」と彼女に聞く。ところが彼女はまったく答えない。男はあきらめて家の中に戻ったが、その後ホールデンの問いかけにも彼女は口をとざしたままである。そして、チェッカ-盤の赤い桝目上に涙を一滴こぼして、それを指ですりこんでしまう。それを見たホールデンは泣き出した彼女の顔一面に接吻する。口以外のすべてに。

 その後ジェーンはいったん家の中に入っていって「赤と白のセーターを着て来」て、二人は映画に行く。事件の顛末はこれだけなのだが、ホールデンは彼女のどこにそんなに惹かれたのだろう。ジェーンの容姿は「厳密な意味では美人といえないと思うけどね、でもイカしたな」と語られる。ちょっと不思議なのは、「口が、唇から何から、五十くらいの方向に動くんだよ」というホールデンの描写である。?縦横斜めくらいは私も動かそうと思えば動かせるかもしれないが、「五十くらいの方向」は?まぁ、何より彼女がホールデンにとって魅力的だったのは、彼と同じセンスの持ち主だったからだろう。彼女は「いつも何かを読んでた」し「しかも、とてもよい本を読んでる」と語られ、ホールデンは彼女に「アリーの野球のミットを、そこに書いてある詩から何からそっくり見せてやった」のだ。そしてそうしたのは「うちの者たちを除けば、彼女だけだった」のである。

 「ライ麦畑でつかまえて」に登場する人物はかなりの数になるのだが、実はそれぞれの人物が絡み合うことはほとんどなく、すべてホールデンとの出会いの場面で登場するだけである。逆にいえば、この小説はホールデンの目を通してそれぞれの人物を描いたものと言えるのではないか、とさえ考えられる。その中で、このジェーン・ギャラハーを除けば、ホールデンが価値観を共有するのは、死んでしまった弟のアリーと小さな妹のフィービーだけである。ホールデンはフィービーに再三電話しようと思うのだが、結局電話できないまま最後に直接彼女のところに忍び込む。ジェーンとも電話はつながらない。大事な人間には最後まで電話できないのだ。それにしてもジェーンはストラドレーターとデイトした後無事に家に戻ったのだろうか。

 まだまだ読み込みがたりなくて、こなれていない文章です。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。