2012年2月22日水曜日

「対エスキモー戦争の前夜」(続きの続き)___再び『美女と野獣』のプロットについて

  作中エリックに「ぼくは八遍見たな。あれこそまさに醇乎たる天才だね」と言わせているコクトーの『美女と野獣』から、サリンジャーは「ここまでやるの!」と言いたくなるくらい本歌取りをしている。まず、セリーヌの兄フランクリンとエリックは、野獣と美女ベルを慕うアヴナンの役割だろう。「髪は寝乱れ、金色の薄い鬚は二,三日も剃刀を当ててなかったと見えてまばらに伸びて」ジニーが「これまでお目にかかったことがない」と描写されるセリーヌの兄は野獣で、「整った顔立ち、短めに刈った髪形、背広の仕立て、絹のネクタイ」のエリックがアヴナンだ。それから、野獣の城の燭台をさしだすものが人間の「手」であるという奇怪な画面とジニー「マノックス(手の絆)」も無関係ではないだろう。

 セリーヌの兄の関心が指に集中しているのは、野獣が自分の爪が尖った指を見つめる動作を連想させる。口から出した煙を鼻から吸い込むという「フランス式喫煙術」とは、野獣の城の彫像が鼻から煙を出すシーンとほぼ同じ動作だ。「ベルが鳴りやがった。」と言って退場するセリーヌの兄と入れ代わりに入ってきたエリックは、自分が「善きサマリア人」よろしく助けた作家に恩を仇で返された、と長話をする。だが、「もっぱら口先だけで喋っている感じ」なのだ。もしかしたら、『美女と野獣』のアヴナンのように、借金のかたに家財道具を持ち出されてしまったのかもしれない。犬の毛だらけなのも、映画の冒頭で、アヴナンの射た矢が危うく室内にいた犬を射抜きそうになったことと関係があるのかもしれない。

 極地探検にもなぞらえ得るような過酷な飛行機工場での労働で、もともと病弱なセリーヌの兄は満身創痍であり、孤独だ。ジニーの「バンド・エイドないの?」という問いに、彼は「ああ、ないね」と答える。彼に手をさしのべてくれる存在はなかったのだ。だが、ジニーはその事実に心を動かされる。変化は彼女の内面におきた。この次のエスキモーとの戦争は年寄りでないと行かせてもらえない、というセリーヌの兄の言葉に「でもあなたはどっちみち行かなくてもいいわね」と反応して、自分の言葉が彼を傷つけたのではないかと心配する。だから、彼がさしだすサンドイッチの半分を「とってもおいしそう」と言って「苦労して飲み込」んだのだ。

 さて、ジニーはセリーヌの兄の「善きサマリア人」になれるのか。彼女は、見かけはいいが通俗的で中身のないエリックには目もくれなかった。そしてセリーヌに「あたし、遊びに来るかもしれない」と言って彼女を驚かせる。彼女の兄に関心をもったことを明らかにしたのだ。だが、「復活祭の贈り物にもらったひよこが、屑籠の底に敷いた鋸屑の上で死んでいるのを見つけたときにも、捨てるのに三日かかったジニー」は、セリーヌの兄のくれたサンドイッチをどうするだろうか。サンドイッチは、野獣が美女ベルにくれた宝物の入った箱を開ける魔法の鍵ではないのだから。   
  
 これで、ひとまず「対エスキモー戦争の前夜」の読書感想文にもなっていないnoteは終わりにします。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

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