身辺雑事はだいぶかたづいたのですが、原文講読も書くことも遅々としてはかどりません。能力の限界を感じています。と泣き言を言っても何もならないし、たまたま今日は雪が降っているので、本筋とあまり関係がないかもしれないのですが、「サリンジャーと雪」について少しだけ書いてみたいと思います。
『ライ麦畑でつかまえて』は「十二月かなんかでさ、魔女の乳首みたいにつめたかった」土曜日の午後から始まる。何日かは特定されないが、クリスマス休暇間近の三日間の出来事である。土曜の夜、寮のディナーを済ませて食堂を出ると雪が降っている。ホールデンは寮に残っていた学生たちと一緒に雪投げをしたりしてはしゃぐ。毎日雪に降り込められる地方の人以外には、雪は古今東西時空を越えて心を浮きたたせるものらしい。ところでちょっと不思議なのはその後のホールデンの行動である。
ホールデンは窓をあけて素手で雪球を握り、外の物にぶつけようとする。まず道路の向こう側に止まっていた車に、それから消火栓に。だが、そのどちらもあまりに「白くてきれい」なので、何にもぶつけずそのまま握っていて、ルームメイト二人と外出してバスの中でも持っている。さすがに運転手にドアをあけて捨てさせられたのだが。「雪球」を長時間(といっても数十分だろうけれど)握っていても溶けないことがあるのだろうか。
『ライ麦畑でつかまえて』に雪が降るのはこの場面だけである。太陽は姿を見せないが、雪はもう降らない。冷たく陰鬱なニューヨークの空の下、ホールデンはさまざまな体験を重ねていく。そして最後に妹のフィービーを回転木馬にのせるところでこの物語は終わるのだが、ここでは、雨が降ってくるのだ。冬のさなかなのに真夏のような土砂降りの雨が降りだすのである。
サリンジャーの作品ではこのほかに『ナイイン・ストーリーズ』中の「コネティカットのひょこひょこおじさん」にも雪が登場し、しかも重要な役割を果たす。大学時代の友人エロイーズを訪れたメアリ・ジェーンは雪に降り込められてエロイーズの家で足止めをくってしまう。そしてメアリ・ジェーンの車が移動できないことを口実にエロイーズは夫のルーを迎えに行くことを断る。だが、メイドのグレースの亭主は雪の中に追い出すのである。エロイーズの娘ラモーナが雪道で履くオーヴァーシューズを脱がすのに一騒動あったりもする。この小説で雪は重要な小道具、と言うより作品自体を成り立たせるためのひとつの劇場空間といった趣がある。エロイーズとメアリ・ジェーンの共通の知人、癌で死んだ先生の名が「ホワイティング先生」というのも偶然だろうか。
書いているうちに雪は雨に変わってしまったようです。終の棲家に、と昨年11月に越してきたこの地は、連日氷点下7~8度の寒さです。関東地方の内陸部としては異常ともいえる寒さで、今年が特別でありますように、と願っています。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
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