名前だけ聞いて頭の上を通りすぎる存在だったエリオットについて調べていて、なんとも複雑な思いをかみしめている。ヨーロッパにおける、というより近、現代史の時間、空間のなかで、「ユダヤ」もしくは「ユダヤ人」という存在がどのような意味をもってきたか、あるいはもたされてきたか、という問題をあらためてつきつけられたように思う。もちろんそれは今につながるものだ。エリオットは、同志とされるエズラ.パウンドほどではないにしろ、「反ユダヤ主義」と批判される時期があったのだ。「ゲロンチョン」に登場するユダヤ人の大家の描写はあきらかに偏見と侮蔑に満ちている。だが、いまはエリオットの「反ユダヤ主義」を論考するつもりはない。問題としたいのは、なぜ大江健三郎がエリオットに、そして「ゲロンチョン」という詩にこだわったのかということである。少し詳しく「ゲロンチョン」の内容を検討してみたい。
Here I am, an old man in a dry month,
Being read to by a boy, waiting for rain
I was neither at the hot gates
Nor fought in the warm rain
Bitten by flies, fought.
My house is a decayed house,
And the Jew sqqarts in the window sill, the owner,
Spawned in some estaminet of Antwerp,
Blistered in Brussels, patched and peeled in London.
The goat coughs at night in the field overhead;
Rocks, moss, stonecrop, iron, merds.
The woman keeps the kitchen, makes tea,
Sneezes at evening, poking the peevish gutter.
I an old man
A dull head among windy spaces.
本文では深瀬基寛の訳で
まかりいでましたこちらは雨なき月の老いの身
童にもの讀ませつゝ、雨の降るのを待ってます。
われひとたびも激しき戰ひの城門にたちしことなく
はた降りしきる雨を浴び
鹽澤に膝ひたし、だんびら刀振りかぶり
ぶとにまれて戰ひしことさらにない。
わたしの家は、ぼろ家です、
と、六行目までがまず引用される。ここまでは芝居気たっぷりに登場したan old manの自己紹介である。問題は、作者大江が、たぶん意図的に省略した7行目以下である。
And the Jew squarts in the window sill, the owner,(初版ではthe jewと小文字)
窓べりに蹲るユダヤ人が大家として登場し、その人物がアントワープで生まれ、ブリュッセルで疱やみになり、ロンドンで絆創膏をあて、皮を剥がした、となんともいかがわしい経歴が語られる。さらに、深夜に咳をする山羊と、くしゃみをしながら台所仕事をする女が現れ、屋外の描写がそれにはさまれる。in the field over head , Rocks, moss, stonecrops, iron, merds とあるのはたんに荒涼とした原野、ではなく戦場の光景であろう。
ところで、一つの、根本的な疑問がある。an old man は大家のユダヤ人であるのか?それとも店子の一人なのか?作者の大江はどのように解釈しているのか。私は、エリオットがみずからをユダヤ人と同化してこの詩を作ったとは思えないので、店子の一人、舞台に登場する狂言回しの役だと考える。この詩の六連目にも
The tiger springs in the new year.…when I
Stiffen in a rennted house
とあるのだ。(下線部筆者)ところが、作中の繁は、繁と塙吾良は、ふたりそれぞれに、ユダヤ人の大家とゲロンチョンと呼ばれる老人を同一人物として捉え、その姿によりそって自分たちの老後を語ったと言う。では、古義人自身はどうなのか。ここには、非常に重要な問題が曖昧なままにされている。
この後は
Signs are taken for wonders. ‘We would see a sign!’
The word within a word,unable to speak a word,
Swaddled with darkness. In juvescence of the year
Came Christ the tiger
と、宗教的な啓示の言葉が綴られる。そして
In depraved May, dogwood and chestnut, floweringjudas,
To be eaten, to be divided, to be drunk
Among whispers; by Mr.Silvero
With caressing hands, At Limoges
Who walked all night in the next room;
By Hakagawa,bowing among the Titians;
By Madame de Tornquist, in the dark room
Shifting the candles; Fraulein von Kulp
Who turned in the hall, one hand on the door.
Vacant shuttles
Weave the wind , I have no ghost,
An old man in a draughty house
Under a windy Knob.
と、室内の様子が描写される。日、仏、独(?)の国際色豊かな店子が住んでいるようだが、日本人らしきハカガワという人物だけ敬称がつかず、ティティアーノの絵にお辞儀をしている、と戯画的に描かれているのが興味深い。それぞれがあい集うことなく、「空のシャトルが風を織る」と結ばれているのは、紡ぎだす糸のない不毛の状況の隠喩だろうか。
以下
After such knowledge, what forgiveness? Think now
History has many cunning passages,contrived corridors
And issues,decieves with whispering ambitions,
Guides us by vanities.…
と、an old man _エリオットの歴史哲学が語られる。しかし After such knowledge, what forgiveness?
とはどんな知識、いかなる赦しを指すのか。この詩に書かれた光景から、私達は何を読み取ればいいのだろう。というより古義人は、十九歳の冬に大学の書店で買ったときから今にいたるまで、この詩の何に深く影響されてきたのか。作中二度にわたって引用される
Neither fear nor courage saves us.
恐怖もまた勇気もわれらを救わざることを。
の節とそれに続く Unnatural vices
Are fathered by our heroism. Virtues
Are forced upon us by our impudent crimes.
These tears are shaken from the wrath-bearing tree.
自然に背く惡徳は
われらのヘロイズムにより産み出さる。諸々の美徳も
われらの犯す厚顔の罪によりわれらに強要せらる。
みよこの涙、悲憤の實る樹上よりはふり落つるを。
という箴言だろうか。
これらの箴言が、繁のいうように、古義人の「政治的あるいは社会的な考え方、あえていえば思想」にたいして影響を与えたのはたしかだろう。だが、より本質的なことは、古義人にとって、この詩が「予言的な恐ろしい力」をもつことだったのではないか。
「ゲロンチョン」の最後のスタンザに
What will the spider do
Suspend its operations, will the weevil
Dlay? De Bailhache, Fresca, Mrs.Cammel, whirled
Beyond the circuit of the shudering Bear
In fractured atoms.
とあるのはどういうことだろう。the spider 、 the weevil と定冠詞のついた「蜘蛛」と「ゾウムシ」とは何を指すのか。また「震える熊座の向こう側で、破砕された原子の中をぐるぐる回る」三人とは何のことなのか。この詩が書かれた二十世紀初頭、フクシマはいうに及ばず、ヒロシマ、ナガサキも予兆だになかったのに。
「陰謀論で読む」といいながら、またまたただの英文解釈以下になってしまいました。懲りないことに、「バーントノートン」と「イーストコーカー」にも挑戦してみたいと思っています。そして、作中執拗に言及される「ミシマ」についても考えなければならない。まったくの独断と偏見ですが、三島由紀夫は「天皇」を考えていた。それにたいして大江健三郎は「天皇制」を考えていたのではないか、とも思うのですが。
今日も拙い文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
2015年4月25日土曜日
2015年4月16日木曜日
陰謀論で読む大江健三郎『さようなら、私の本よ!』___T・S・エリオットを中心に
もう2ヶ月以上も経つのに、『さようなら、私の本よ!』について書けない。体力の衰えなのか、はたまた能力の限界なのか。それで、半ばやけのやんぱちで、アカデミズムの権化みたいな大江健三郎を陰謀論風に読んでみた。妄想『さようなら、私の本よ!』である。
そもそもこの小説は9.11の世界貿易センターの崩壊に立ち会った(そして体調を悪くした?)アメリカ国籍の建築家椿繁と、彼の幼ななじみ(かつ異父弟?)の長江古義人の冒険譚なのである。
経済的な問題から、古義人は「北軽」の大学村のはずれに建てた二棟の別荘のうち「小さな老人(ゲロンチョンと表記される)の家」を残して、もう一棟の「おかしな老人の家」と敷地全部を「小さな老人(ゲロンチョン)の家」を設計した繁に売ることになる。「小さな老人の家」とは、古義人が若い頃夢みた山荘のイメージがT・S・エリオットの同題の詩にある家だったことから名づけられた。古義人と繁はそれこそスープの冷めない距離に住んで、つかずはなれずの関係になるのだが、二棟の家に住むことになるのは、この二人だけではなかった。繁は、「ウラジミール」と「清清」という彼の教え子であり、また「ジュネーヴ」という隠語で呼ばれる組織から指令を受ける「同志」との「根拠地」として不動産を買ったのである。
「ジュネーヴ」からの指令、というより繁が「ジュネーヴ」に提案したのは、東京の高層ビルを爆破する計画である。そして古義人の役割はその計画の実行寸前に彼がNHKに出向いて計画を告げ、人々を避難させる、というものだったのだが、「ジュネーヴ」はこれを却下した。時期尚早とされたのだ。繁は爆破_unbuildと表記される_をより小さな規模にしてビルの一室で行うことにするが、古義人は自分の「小さな老人(ゲロンチョン)の家」をその実行場所に提供する。爆破は成功するが、その記録をビデオで残そうとした実行犯の若者のうち一人が爆破の際に「鉄パイプに片目を貫通される」事故で死んでしまう。
あらすじとしてはこれだけで、いままでの大江健三郎の作品に比べれば単純、と言ってよいもののように思われるが、これに組み込まれるプロットあるいはモチーフは例によって豊富である。全体のプロットは、作品中にもまとまって引用されるドストエフスキーの『悪霊』である。登場人物がそれぞれ自分の好きな、またはそれを自分になぞらえうるような『悪霊』中の人物をあげている。爆破の実行犯で死んでしまう「タケチャン」は自殺するキリーロフ、生き延びて潜伏するもう一人の実行犯の武は首謀者ピョートルに殺されるシャートフ、そして、古義人はピョートルの父無能なステパン氏が好きだと言う。古義人と武、タケチャンの三人が会話して、戦後民主主義、悔い改めたブタ、といったテーマを話し合う場面があって、そこで展開される議論はそれなりに興味深いものがあるのだが、問題はむしろ、爆破を計画する繁がこの場面に登場せず、彼の役割があきらかにされていないことではないか。
繁と古義人の関係は、最後まで真相がわからない。いえることは、二人はペアであり、ツインであるということだ。作品中では「ロバンソン小説」なるものの構想を古義人が昔からもっていたとされ、セリーヌ『夜の果てへの旅』のあらすじが紹介される。『夜の果てへの旅』の主人公バルダミュとロバンソンの関係が古義人と繁のそれに重ね合わされるのだろう。バルダミュとロバンソンについて、「自分でも忘れるほど前から、古義人はpseudo-coupleということを考え」ていた、と書かれているのだが、pseudoは辞書を引くと「偽りの」という日本語があてられている。繁と古義人、バルダミュとロバンソン、そしてまたウラジミールと清清、武とタケチャンもカップルであり、さらには清清とネイオもそう呼ぶことが出来ると思うが、彼らを「偽りの」カップルと呼んでいいのだろうか。大江健三郎は、小説の中で外国語をそのまま、或いは翻訳して日本語におきかえるとき、微妙に意味をズラすことがあるように思う。たとえば、『宙返り』の中で主人公を「師匠」と呼んでパトロン」とルビをふったように。そしてそのズレは確信犯的、戦略的なものであると考えている。
ズレといえば、作中頻繁に引用され重要なモチーフとなる「小さな老人の家」_ゲロンチョンというエリオットの詩についても、非常に微妙な、巧緻な仕掛けが施されているように思われるのだが、長くなるので、それについては次回で考えたい。いまは、そもそも、自宅のある成城でも故郷の谷間の村でもなく、「北軽」という別荘地_ある種の租界_で、同一の敷地に建つ「小さな老人の家」と「おかしな老人の家」の二つの建物のうち一棟が爆破されるというプロットが指し示すものは何かという問題を提起したい。いうまでもなくこの小説は9・11の後書かれたものである。また、その実行犯はともかく、誰がこれを指示したか、ということも。次回では、ゲロンチョンを中心にエリオットの詩を読みながらそのことについてささやかな検討をしてみたいと思う。「ゲロンチョン」という詩は、決して「若い作家が夢みる」ような山荘を描いたものではないのである。
「陰謀論で読む」といいながら、まったく陰謀論になっていないのですが、次回は付け焼刃の英文学の勉強をしながらエリオットの詩に挑戦したいと思います。(できるでしょうか)今日も未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
そもそもこの小説は9.11の世界貿易センターの崩壊に立ち会った(そして体調を悪くした?)アメリカ国籍の建築家椿繁と、彼の幼ななじみ(かつ異父弟?)の長江古義人の冒険譚なのである。
経済的な問題から、古義人は「北軽」の大学村のはずれに建てた二棟の別荘のうち「小さな老人(ゲロンチョンと表記される)の家」を残して、もう一棟の「おかしな老人の家」と敷地全部を「小さな老人(ゲロンチョン)の家」を設計した繁に売ることになる。「小さな老人の家」とは、古義人が若い頃夢みた山荘のイメージがT・S・エリオットの同題の詩にある家だったことから名づけられた。古義人と繁はそれこそスープの冷めない距離に住んで、つかずはなれずの関係になるのだが、二棟の家に住むことになるのは、この二人だけではなかった。繁は、「ウラジミール」と「清清」という彼の教え子であり、また「ジュネーヴ」という隠語で呼ばれる組織から指令を受ける「同志」との「根拠地」として不動産を買ったのである。
「ジュネーヴ」からの指令、というより繁が「ジュネーヴ」に提案したのは、東京の高層ビルを爆破する計画である。そして古義人の役割はその計画の実行寸前に彼がNHKに出向いて計画を告げ、人々を避難させる、というものだったのだが、「ジュネーヴ」はこれを却下した。時期尚早とされたのだ。繁は爆破_unbuildと表記される_をより小さな規模にしてビルの一室で行うことにするが、古義人は自分の「小さな老人(ゲロンチョン)の家」をその実行場所に提供する。爆破は成功するが、その記録をビデオで残そうとした実行犯の若者のうち一人が爆破の際に「鉄パイプに片目を貫通される」事故で死んでしまう。
あらすじとしてはこれだけで、いままでの大江健三郎の作品に比べれば単純、と言ってよいもののように思われるが、これに組み込まれるプロットあるいはモチーフは例によって豊富である。全体のプロットは、作品中にもまとまって引用されるドストエフスキーの『悪霊』である。登場人物がそれぞれ自分の好きな、またはそれを自分になぞらえうるような『悪霊』中の人物をあげている。爆破の実行犯で死んでしまう「タケチャン」は自殺するキリーロフ、生き延びて潜伏するもう一人の実行犯の武は首謀者ピョートルに殺されるシャートフ、そして、古義人はピョートルの父無能なステパン氏が好きだと言う。古義人と武、タケチャンの三人が会話して、戦後民主主義、悔い改めたブタ、といったテーマを話し合う場面があって、そこで展開される議論はそれなりに興味深いものがあるのだが、問題はむしろ、爆破を計画する繁がこの場面に登場せず、彼の役割があきらかにされていないことではないか。
繁と古義人の関係は、最後まで真相がわからない。いえることは、二人はペアであり、ツインであるということだ。作品中では「ロバンソン小説」なるものの構想を古義人が昔からもっていたとされ、セリーヌ『夜の果てへの旅』のあらすじが紹介される。『夜の果てへの旅』の主人公バルダミュとロバンソンの関係が古義人と繁のそれに重ね合わされるのだろう。バルダミュとロバンソンについて、「自分でも忘れるほど前から、古義人はpseudo-coupleということを考え」ていた、と書かれているのだが、pseudoは辞書を引くと「偽りの」という日本語があてられている。繁と古義人、バルダミュとロバンソン、そしてまたウラジミールと清清、武とタケチャンもカップルであり、さらには清清とネイオもそう呼ぶことが出来ると思うが、彼らを「偽りの」カップルと呼んでいいのだろうか。大江健三郎は、小説の中で外国語をそのまま、或いは翻訳して日本語におきかえるとき、微妙に意味をズラすことがあるように思う。たとえば、『宙返り』の中で主人公を「師匠」と呼んでパトロン」とルビをふったように。そしてそのズレは確信犯的、戦略的なものであると考えている。
ズレといえば、作中頻繁に引用され重要なモチーフとなる「小さな老人の家」_ゲロンチョンというエリオットの詩についても、非常に微妙な、巧緻な仕掛けが施されているように思われるのだが、長くなるので、それについては次回で考えたい。いまは、そもそも、自宅のある成城でも故郷の谷間の村でもなく、「北軽」という別荘地_ある種の租界_で、同一の敷地に建つ「小さな老人の家」と「おかしな老人の家」の二つの建物のうち一棟が爆破されるというプロットが指し示すものは何かという問題を提起したい。いうまでもなくこの小説は9・11の後書かれたものである。また、その実行犯はともかく、誰がこれを指示したか、ということも。次回では、ゲロンチョンを中心にエリオットの詩を読みながらそのことについてささやかな検討をしてみたいと思う。「ゲロンチョン」という詩は、決して「若い作家が夢みる」ような山荘を描いたものではないのである。
「陰謀論で読む」といいながら、まったく陰謀論になっていないのですが、次回は付け焼刃の英文学の勉強をしながらエリオットの詩に挑戦したいと思います。(できるでしょうか)今日も未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
2015年3月10日火曜日
大江健三郎『憂い顔の童子』___「童子」と「アレ」の楕円構造その2
物語の後半は、古義人の旧友である「黒野」という人物の登場から始まる。黒野は、ローズさんいわく「『ドン・キホーテ』のなかで作者が本当に悪いやつとみなしているヒネス・デ・パサモンテ」のような人、と紹介されている。大学の同窓だが、関わりがあったのは反・安保運動の渦中で、古義人は彼の様ざまな企ての後始末をするはめになった。それでいて黒野は、古義人を「いろいろ運動に近づくが、本腰入れぬ、上昇指向のオポチュニスト」と批判していた。
黒野が「私のヒネス・デ・パサモンテ」と古義人に呼ばれる理由は、ノーベル賞をもらった古義人が文化勲章を辞退した件に関わってくる。黒野は匿名の手紙でこう書いてきたのだ。
勲章をもらったうえで、そのレプリカを作ってそれに新型の爆弾をしのばせて頸につるし、晩餐会に出れば、《真先にきみの頭が吹っ飛ぶのは当然だが、この国で歴史始まっていらい、誰ひとりなしえなかったことをやった人物として、記憶されることになる!きみも『政治少年の死』の作者だろう?》
そして古義人が『政治少年の死』に書いた
純粋天皇の胎水しぶく暗黒星雲を下降する
の実現をうながすのだ。
事後、黒野は古義人が文化勲章を辞退した理由は知っている、とせせら嗤いながら、その「秘密」を公表しないことで、古義人に「貸し」を作った、と考えている。ローズさんはそう推測し、古義人もそれを否定しないのである。「貸し」は本当なのだろうか。
黒野の登場とともに、物語の舞台は古義人の住まいの十畳敷から「奥瀬」と呼ばれる、かつて古義人の父が開いた超国家主義者の錬成道場のあった場所に移る。古義人と吾良とピーターという米兵の「アレ」があった所である。
『取り替え子』で詳しく語られる「アレ」とは、超国家主義者だった父の後を継いだ「大黄さん」の主宰する道場を訪れた古義人と吾良と米兵ピーターの経験した事件である。使用不能になった銃を要求されたピーターが大黄さんたちに殺されたのではないか、古義人と吾良はそれに手を貸してしまったのではないか、その真相は最後までわからない。
錬成道場のあった地所はバブル時にホテルの経営者に売られ、いまそこに田部という経営者の夫人が「十八世紀ヨーロッパの王家や貴族が芸術家や学者を招待する」という夢を実現させようと、たんなる温泉施設ではない「新しいホテル」を建設している。黒野はそこに古義人を巻き込もうとしていた。長江古義人が主宰する「シニア世代の知的活性化セミナー」なるものが、本人の知らない間に地元の新聞に発表され、すでに具体化され始めているのだった。
古義人はこの話をことわることもできたのだが、黒野の強引さに押されるかたちで受け入れ、真木彦さんが積極的に実務を引き受けたのである。黒野は、セミナーの一環として、六十年代に「若いニホンの会」に集まったメンバーをもう一度組織して「老いたるニホンの会」を立ち上げようと言うのだ。だが、黒野はたんなるオーガナイザーとして「老いたるニホンの会」を考えているのではなかった。本来志向しながらそのように生きられなかった分野に戻るために、彼自身は「本格小説」をものしたいという。「女性的な情の濃さが切れ込みの深い眼に満ちている」「疲れた山羊のような顔が、やはりハンサムというほかない」と描写される黒野は、波乱万丈な人生の総決算として小説を書くことを思っているのだ。
奥瀬に建つ新しいホテルの文化セミナーは中止になった。ローズさんとの閨房の秘事を真木彦さんから聞いて得意げに話す田部夫妻の下劣さに古義人が憤ったからである。奥瀬のホテルに集まった「老いたるニホンの会」のメンバーは、最後にパフォーマンスとして機動隊を迎え討つ「我が青春のジグザグデモ」をすることになる。リーダーの麻井を中心とするデモは難なく目的とするホテルの音楽堂に到着するが、その後余勢をかってさらに機動隊を粉砕しようとして、あべこべに機動隊員の扮装をした若者たちに摑まってしまう。古義人も左右に腕をとられて音楽堂から斜面を滑り落ちていく。それはまさに吾良が遺した米兵ピーター殺害のシナリオさながらだった。そして、自分を捕らえている二人が真木彦さんと動くんであることに気づいた古義人は、憤怒のままに腕を振り払おうととして、空中に投げだされ、赤松の木に激突する。古義人は頭蓋骨に重傷を負い、黒野は心臓発作で死んでしまう。
黒野は本当に古義人にとって「私のヒネス・デ・パサモンテ」だったのか。どうも私にはそうは思われない。彼は「作家にならなかったもう一人の古義人」_古義人の影武者とも言うべき存在のように思われる。「私のヒネス・デ・パサモンテ」は真木彦さんではないのか。古義人から執拗に「アレ」の真相を引き出そうとする試みは、真に古義人のためなのか。
「アレ」の真相はついに明かされないのだが、最後に「加藤典明」という評論家の文章を真木彦さんが古義人に見せ、その中にある「強姦と密告」という文字に憤りながらも触発された古義人が「密告」について新たな光を見出す場面がある。講和条約発効日に古義人は吾良の住んでいた寺のお堂を訪ねた。そのとき、住職がじきじきに電話の呼び出しに来たのである。吾良にかかってきたその電話がピーターからのものだった可能性がある、ということ。もし、そうであれば、「密告」はピーターの所業だった。ピーターは、大黄さんたち練成道場が講和条約発効日に蹶起する計画を米軍に密告していた。そして、道場の若者たちは死体となって基地のゲート前に横たわっていた。・・・・・・・ピーターは被害者でなく、加害者の側だった・・・・・・・
最後のどんでん返しが真相だと仮定すると、「アレ」について書かれたすべてがまったく異なった解釈を強いてくる。そのことは必然的に、読者に「アレ」について書かれたすべての「読み直し」を要請してくるのだ。そうすることによって、読者は敗戦直後に何が起こって、何が起こらなかったかをもう一度検証し直す。起こったこと、起こらなかったことの意味を考えるために。
最終章で意識不明の古義人に、妻の千樫が中野重治の『軍楽』の一節を読み聞かせる場面がある。敗戦直後、復員したばかりの元日本兵(おそらく中野重治自身がモデル)が、進駐軍のブラスバンドが演奏する音楽を聞く。その音楽はこう書かれている。
《・・・・・男はふるえあがるような、痛いようなものを感じた。それは男に西洋的なものでも東洋的なものでもなかった。民族的なものでさえなかった。それは、人のたましいを水のようなもので浄めて、諸国家・諸民族にかかわりなく、何ひとつ容赦せず、しかし非常にいたわりぶかく整理するような性質のものに見えた。・・・・・・・・
殺しあったもの、殺されあったものたち、ゆるせよ・・・・・・はじめて血のなかから、あれだけの血をながして、ただそのことで曲のこの静かさが生まれたかのようであった。二度とそれはないであろう・・・・・・諸国家、諸民族にかかわりなく、何ひとつ容赦せず、しかし非常にいたわりぶかく・・・・・・》
中野重治という人の文学と生の軌跡について何も語れぬ私は、この文章についても、何もいうことができない。ローズさんは(大江自身が、だろうが)声を震わせて
「私ハ、読ミマシタガ、ワカラナイデス。ナゼ、二度とそれはないであろう、ナノカ?二度モ三度モアッタ、イマモ同ジ米軍ガ、ヤリ続ケテイマス。」
というのだが、古義人の妻の千樫はローズさんに呼びかける。
「よくわからない同士で、練習してみましょうか。古義人はもう涙を流していません。耳を澄ましているような感じです。」
駆け足であらすじだけ書き散らした文章で、あらためて自分の非力を痛感しています。『憂い顔の童子』については、ひとまずこれで卒業にして、何とか次にとりかかりたいと思います。今日も不出来な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
黒野が「私のヒネス・デ・パサモンテ」と古義人に呼ばれる理由は、ノーベル賞をもらった古義人が文化勲章を辞退した件に関わってくる。黒野は匿名の手紙でこう書いてきたのだ。
勲章をもらったうえで、そのレプリカを作ってそれに新型の爆弾をしのばせて頸につるし、晩餐会に出れば、《真先にきみの頭が吹っ飛ぶのは当然だが、この国で歴史始まっていらい、誰ひとりなしえなかったことをやった人物として、記憶されることになる!きみも『政治少年の死』の作者だろう?》
そして古義人が『政治少年の死』に書いた
純粋天皇の胎水しぶく暗黒星雲を下降する
の実現をうながすのだ。
事後、黒野は古義人が文化勲章を辞退した理由は知っている、とせせら嗤いながら、その「秘密」を公表しないことで、古義人に「貸し」を作った、と考えている。ローズさんはそう推測し、古義人もそれを否定しないのである。「貸し」は本当なのだろうか。
黒野の登場とともに、物語の舞台は古義人の住まいの十畳敷から「奥瀬」と呼ばれる、かつて古義人の父が開いた超国家主義者の錬成道場のあった場所に移る。古義人と吾良とピーターという米兵の「アレ」があった所である。
『取り替え子』で詳しく語られる「アレ」とは、超国家主義者だった父の後を継いだ「大黄さん」の主宰する道場を訪れた古義人と吾良と米兵ピーターの経験した事件である。使用不能になった銃を要求されたピーターが大黄さんたちに殺されたのではないか、古義人と吾良はそれに手を貸してしまったのではないか、その真相は最後までわからない。
錬成道場のあった地所はバブル時にホテルの経営者に売られ、いまそこに田部という経営者の夫人が「十八世紀ヨーロッパの王家や貴族が芸術家や学者を招待する」という夢を実現させようと、たんなる温泉施設ではない「新しいホテル」を建設している。黒野はそこに古義人を巻き込もうとしていた。長江古義人が主宰する「シニア世代の知的活性化セミナー」なるものが、本人の知らない間に地元の新聞に発表され、すでに具体化され始めているのだった。
古義人はこの話をことわることもできたのだが、黒野の強引さに押されるかたちで受け入れ、真木彦さんが積極的に実務を引き受けたのである。黒野は、セミナーの一環として、六十年代に「若いニホンの会」に集まったメンバーをもう一度組織して「老いたるニホンの会」を立ち上げようと言うのだ。だが、黒野はたんなるオーガナイザーとして「老いたるニホンの会」を考えているのではなかった。本来志向しながらそのように生きられなかった分野に戻るために、彼自身は「本格小説」をものしたいという。「女性的な情の濃さが切れ込みの深い眼に満ちている」「疲れた山羊のような顔が、やはりハンサムというほかない」と描写される黒野は、波乱万丈な人生の総決算として小説を書くことを思っているのだ。
奥瀬に建つ新しいホテルの文化セミナーは中止になった。ローズさんとの閨房の秘事を真木彦さんから聞いて得意げに話す田部夫妻の下劣さに古義人が憤ったからである。奥瀬のホテルに集まった「老いたるニホンの会」のメンバーは、最後にパフォーマンスとして機動隊を迎え討つ「我が青春のジグザグデモ」をすることになる。リーダーの麻井を中心とするデモは難なく目的とするホテルの音楽堂に到着するが、その後余勢をかってさらに機動隊を粉砕しようとして、あべこべに機動隊員の扮装をした若者たちに摑まってしまう。古義人も左右に腕をとられて音楽堂から斜面を滑り落ちていく。それはまさに吾良が遺した米兵ピーター殺害のシナリオさながらだった。そして、自分を捕らえている二人が真木彦さんと動くんであることに気づいた古義人は、憤怒のままに腕を振り払おうととして、空中に投げだされ、赤松の木に激突する。古義人は頭蓋骨に重傷を負い、黒野は心臓発作で死んでしまう。
黒野は本当に古義人にとって「私のヒネス・デ・パサモンテ」だったのか。どうも私にはそうは思われない。彼は「作家にならなかったもう一人の古義人」_古義人の影武者とも言うべき存在のように思われる。「私のヒネス・デ・パサモンテ」は真木彦さんではないのか。古義人から執拗に「アレ」の真相を引き出そうとする試みは、真に古義人のためなのか。
「アレ」の真相はついに明かされないのだが、最後に「加藤典明」という評論家の文章を真木彦さんが古義人に見せ、その中にある「強姦と密告」という文字に憤りながらも触発された古義人が「密告」について新たな光を見出す場面がある。講和条約発効日に古義人は吾良の住んでいた寺のお堂を訪ねた。そのとき、住職がじきじきに電話の呼び出しに来たのである。吾良にかかってきたその電話がピーターからのものだった可能性がある、ということ。もし、そうであれば、「密告」はピーターの所業だった。ピーターは、大黄さんたち練成道場が講和条約発効日に蹶起する計画を米軍に密告していた。そして、道場の若者たちは死体となって基地のゲート前に横たわっていた。・・・・・・・ピーターは被害者でなく、加害者の側だった・・・・・・・
最後のどんでん返しが真相だと仮定すると、「アレ」について書かれたすべてがまったく異なった解釈を強いてくる。そのことは必然的に、読者に「アレ」について書かれたすべての「読み直し」を要請してくるのだ。そうすることによって、読者は敗戦直後に何が起こって、何が起こらなかったかをもう一度検証し直す。起こったこと、起こらなかったことの意味を考えるために。
最終章で意識不明の古義人に、妻の千樫が中野重治の『軍楽』の一節を読み聞かせる場面がある。敗戦直後、復員したばかりの元日本兵(おそらく中野重治自身がモデル)が、進駐軍のブラスバンドが演奏する音楽を聞く。その音楽はこう書かれている。
《・・・・・男はふるえあがるような、痛いようなものを感じた。それは男に西洋的なものでも東洋的なものでもなかった。民族的なものでさえなかった。それは、人のたましいを水のようなもので浄めて、諸国家・諸民族にかかわりなく、何ひとつ容赦せず、しかし非常にいたわりぶかく整理するような性質のものに見えた。・・・・・・・・
殺しあったもの、殺されあったものたち、ゆるせよ・・・・・・はじめて血のなかから、あれだけの血をながして、ただそのことで曲のこの静かさが生まれたかのようであった。二度とそれはないであろう・・・・・・諸国家、諸民族にかかわりなく、何ひとつ容赦せず、しかし非常にいたわりぶかく・・・・・・》
中野重治という人の文学と生の軌跡について何も語れぬ私は、この文章についても、何もいうことができない。ローズさんは(大江自身が、だろうが)声を震わせて
「私ハ、読ミマシタガ、ワカラナイデス。ナゼ、二度とそれはないであろう、ナノカ?二度モ三度モアッタ、イマモ同ジ米軍ガ、ヤリ続ケテイマス。」
というのだが、古義人の妻の千樫はローズさんに呼びかける。
「よくわからない同士で、練習してみましょうか。古義人はもう涙を流していません。耳を澄ましているような感じです。」
駆け足であらすじだけ書き散らした文章で、あらためて自分の非力を痛感しています。『憂い顔の童子』については、ひとまずこれで卒業にして、何とか次にとりかかりたいと思います。今日も不出来な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
2015年3月2日月曜日
大江健三郎『憂い顔の童子』____「童子」と「アレ」の楕円構造・その1
『憂い顔の童子』を読み始めてからもう三ヶ月になるのに、いまだに何も書けないままである。ひとつには私の生活が、ものを書いたりあるいは読んだりすることさえも厳しい状況にあった、といえなくもないのだが、それはやはり言い訳で、作品と私の間に「いま、これを書かなくては」というのっぴきならない緊張の関係が成り立たなかったのだ。大江健三郎の「良い読者」どころか「読者」であること自体に自信をうしなってしまいそうな気がする。
この小説の目次をみて気がつくことは、ひとつひとつの章がこれまでの大江の作品にくらべて非常に短い、と感じられることである。序章「見よ、塵のなかに私は眠ろう」から終章「見出された「童子」」まで二十一章ある。いったん通読すれば、章題を見てその内容を思い出すことができるので、章題は索引のような役割を果たしているようだ。
序章「見よ、塵のなかに私は眠ろう」は特に重要である。ここに、以下に続く物語のテーマがすべて呈示されている。主人公の作家長江古義人が谷間の森に帰って暮らし、「童子のこと」をするのは、死にゆく母の強い要請が誘引するものであった、ということ。古義人のもっともよき理解者であり、最も深い批判者であった母の言葉としてあるように、古義人の書くものは「ウソの世界」を思い描いたものであって、本当のことは「ウソに力をあたえるため」に交ぜるのだということ(その逆ではない、いうまでもなく)。そして最後に、章題「見よ、私は塵のなかに眠ろう」の出典であるヨブ記_義人の苦難をうたった長詩として有名である_とくにその七章21節
「今や、わたしは横たわって塵に帰る。
あなたが捜し求めても
わたしはもういないでしょう」
という敗北宣言である。だが、それはほんとうに敗北宣言なのか。
長男のアカリを連れて郷里に帰った古義人は、「ローズさん」という古義人の作品の研究者と同居して「童子のこと」にとりかかる。「童子」とは、五歳のとき自分を置いてひとり森に戻ってしまったコギーであり、コ・ギーであることから「ギー兄さん」と呼ばれる古義人の作品の主人公たち、また、明治の終わりに別子銅山の住友騒動で鉱夫の側に立って県警と採鉱課相手に調停した「(歴史上)はっきり実在した人物」とされる動(アヨ)童子、西南戦争で敗走する西郷隆盛が託した二頭の犬を世話し、遺された一頭とその仔犬の血筋を増やすことに一生をささげたという「老人になった童子」のことである。「童子のことをする」とは、「童子」について「書くこと」である。第十一章「西郷さんの犬を世話した童子」のなかで、ローズさんが古義人のノートに記された文章としてこう説明している。
《私の主人公が何故、東京という中心の土地に住まうことを止めて、周縁の森のなかに帰っていくのか?私の影武者でもあるかれは、自分の作り出した作品世界において根本的な主題を、はっきりいえばつまりノスタルジーのいちいちをあらためて検証しようとしているのです。とくに土地の伝承のうちにある、つねに少年として森の奥に生きており、この土地を危機が見舞う際、時を越えてその現場に出現し、かれらを救う「童子」についてあきらかにしよう、とめざしています。》
ここまで自作自解をやられると、みもふたもない感もするのだけれど、「童子」についてあきらかになったか、というと、そもそもあきらかにしようとする意図があったのか、と思ってしまう。あきらかになっていくのは、古義人を取り巻く状況の変容である。「谷間の森」と名づけられた郷里の人心は荒廃している。かつてそこが「根拠地」とされ、「教会」が建てられた「倉屋敷」は崩壊の寸前だ。古義人のスポークスマンでもある妹のアサさんも例外ではない。アサさんは古義人にとって、中立、公平な「社会との仲介者」でありながら、最も厳しい批判者でもあるのだ。実際に、「童子」のことを調べていく過程で、古義人は肉体にも精神にもさまざまなダメージを加えられる。
最初に、初代童子ともいうべき「亀井銘助」が描かれた絵を探して不識寺の松男さん(『燃え上がる緑の木』に登場し、「ギー兄さんの教会の信仰の中心的存在となる)を訪れた古義人が、納戸の上の「いかにも特別なあつかいを受けている感じ」の箱を取ろうとして、落下して納骨堂に突っ込んでしまい、逆さ吊りになった古義人に「引き取り手のない県出身のBC級戦犯」の遺骨が骨壷ごと降り注ぐ、という事件が起こる。たんなる事故ではないようで、松男さんと「三島神社の神主となった同志社出身の真木彦さん」がはかったことのようである。古義人の左足は「ギブスに捕われの身」になってしまう。
次に古義人が受けたダメージは、あきらかに真木彦さんのたくらみによるものである。真木彦さんは古義人の義兄である吾良の死について古義人と話すうちに、その真相をあぶりだそうとする。神主の真木彦さんは、土地の習俗である「御霊」の行進に、吾良と足を潰されたアメリカ兵の御霊を登場させる。吾良と古義人が高校生のときにかかわった事件があって「アレ」と呼ばれるのだが、かれらのせいでアメリカ兵が殺されたかもしれないのだ。吾良とアメリカ兵の御霊を見た古義人は恐怖とも怒りともつかぬ情動に突き動かされて森の中を走り出し、斜面から沢に墜落する。そうして左耳に裂傷を負ってしまうのだ。
真木彦さんはこれ以降も執拗に「アレ」を追及する。なぜ神官の真木彦さんが「アレ」と古義人にこだわるのか。作者は(もちろん古義人は、ではない)は真木彦を恋してしまったローズさんに、「古義人はこの世紀の変わり目の、真の小説家なんです。一方で真木彦は、あなたが想像力で作りあげた「救い主」を検討して、この土地で、それらを超えた「救い主」を現実に作り出したいんです。わかりましたか?真木彦は革命家なんです!」と言わせている。_______しかし、古義人が真の小説家であることはうなづけても、真木彦は革命家なのだろうか。また、彼が執拗にアレを追求して、というよりアレを利用して再び古義人にダメージを負わせ再起不能かもしれない状態にまで追い込むのは革命の戦略といえるのだろうか。
物語は後半、古義人が若い頃参加していた「若い日本の会」のメンバーが登場して、革命と童子とアレが複雑に入り組んだ展開をなしていくのだが、長くなるので、回を改めて続けたい。不出来で半端な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
この小説の目次をみて気がつくことは、ひとつひとつの章がこれまでの大江の作品にくらべて非常に短い、と感じられることである。序章「見よ、塵のなかに私は眠ろう」から終章「見出された「童子」」まで二十一章ある。いったん通読すれば、章題を見てその内容を思い出すことができるので、章題は索引のような役割を果たしているようだ。
序章「見よ、塵のなかに私は眠ろう」は特に重要である。ここに、以下に続く物語のテーマがすべて呈示されている。主人公の作家長江古義人が谷間の森に帰って暮らし、「童子のこと」をするのは、死にゆく母の強い要請が誘引するものであった、ということ。古義人のもっともよき理解者であり、最も深い批判者であった母の言葉としてあるように、古義人の書くものは「ウソの世界」を思い描いたものであって、本当のことは「ウソに力をあたえるため」に交ぜるのだということ(その逆ではない、いうまでもなく)。そして最後に、章題「見よ、私は塵のなかに眠ろう」の出典であるヨブ記_義人の苦難をうたった長詩として有名である_とくにその七章21節
「今や、わたしは横たわって塵に帰る。
あなたが捜し求めても
わたしはもういないでしょう」
という敗北宣言である。だが、それはほんとうに敗北宣言なのか。
長男のアカリを連れて郷里に帰った古義人は、「ローズさん」という古義人の作品の研究者と同居して「童子のこと」にとりかかる。「童子」とは、五歳のとき自分を置いてひとり森に戻ってしまったコギーであり、コ・ギーであることから「ギー兄さん」と呼ばれる古義人の作品の主人公たち、また、明治の終わりに別子銅山の住友騒動で鉱夫の側に立って県警と採鉱課相手に調停した「(歴史上)はっきり実在した人物」とされる動(アヨ)童子、西南戦争で敗走する西郷隆盛が託した二頭の犬を世話し、遺された一頭とその仔犬の血筋を増やすことに一生をささげたという「老人になった童子」のことである。「童子のことをする」とは、「童子」について「書くこと」である。第十一章「西郷さんの犬を世話した童子」のなかで、ローズさんが古義人のノートに記された文章としてこう説明している。
《私の主人公が何故、東京という中心の土地に住まうことを止めて、周縁の森のなかに帰っていくのか?私の影武者でもあるかれは、自分の作り出した作品世界において根本的な主題を、はっきりいえばつまりノスタルジーのいちいちをあらためて検証しようとしているのです。とくに土地の伝承のうちにある、つねに少年として森の奥に生きており、この土地を危機が見舞う際、時を越えてその現場に出現し、かれらを救う「童子」についてあきらかにしよう、とめざしています。》
ここまで自作自解をやられると、みもふたもない感もするのだけれど、「童子」についてあきらかになったか、というと、そもそもあきらかにしようとする意図があったのか、と思ってしまう。あきらかになっていくのは、古義人を取り巻く状況の変容である。「谷間の森」と名づけられた郷里の人心は荒廃している。かつてそこが「根拠地」とされ、「教会」が建てられた「倉屋敷」は崩壊の寸前だ。古義人のスポークスマンでもある妹のアサさんも例外ではない。アサさんは古義人にとって、中立、公平な「社会との仲介者」でありながら、最も厳しい批判者でもあるのだ。実際に、「童子」のことを調べていく過程で、古義人は肉体にも精神にもさまざまなダメージを加えられる。
最初に、初代童子ともいうべき「亀井銘助」が描かれた絵を探して不識寺の松男さん(『燃え上がる緑の木』に登場し、「ギー兄さんの教会の信仰の中心的存在となる)を訪れた古義人が、納戸の上の「いかにも特別なあつかいを受けている感じ」の箱を取ろうとして、落下して納骨堂に突っ込んでしまい、逆さ吊りになった古義人に「引き取り手のない県出身のBC級戦犯」の遺骨が骨壷ごと降り注ぐ、という事件が起こる。たんなる事故ではないようで、松男さんと「三島神社の神主となった同志社出身の真木彦さん」がはかったことのようである。古義人の左足は「ギブスに捕われの身」になってしまう。
次に古義人が受けたダメージは、あきらかに真木彦さんのたくらみによるものである。真木彦さんは古義人の義兄である吾良の死について古義人と話すうちに、その真相をあぶりだそうとする。神主の真木彦さんは、土地の習俗である「御霊」の行進に、吾良と足を潰されたアメリカ兵の御霊を登場させる。吾良と古義人が高校生のときにかかわった事件があって「アレ」と呼ばれるのだが、かれらのせいでアメリカ兵が殺されたかもしれないのだ。吾良とアメリカ兵の御霊を見た古義人は恐怖とも怒りともつかぬ情動に突き動かされて森の中を走り出し、斜面から沢に墜落する。そうして左耳に裂傷を負ってしまうのだ。
真木彦さんはこれ以降も執拗に「アレ」を追及する。なぜ神官の真木彦さんが「アレ」と古義人にこだわるのか。作者は(もちろん古義人は、ではない)は真木彦を恋してしまったローズさんに、「古義人はこの世紀の変わり目の、真の小説家なんです。一方で真木彦は、あなたが想像力で作りあげた「救い主」を検討して、この土地で、それらを超えた「救い主」を現実に作り出したいんです。わかりましたか?真木彦は革命家なんです!」と言わせている。_______しかし、古義人が真の小説家であることはうなづけても、真木彦は革命家なのだろうか。また、彼が執拗にアレを追求して、というよりアレを利用して再び古義人にダメージを負わせ再起不能かもしれない状態にまで追い込むのは革命の戦略といえるのだろうか。
物語は後半、古義人が若い頃参加していた「若い日本の会」のメンバーが登場して、革命と童子とアレが複雑に入り組んだ展開をなしていくのだが、長くなるので、回を改めて続けたい。不出来で半端な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
2014年11月27日木曜日
大江健三郎『取り替え子』__フリーダ・カーロとモーリス・センダック(その2)
『取り替え子』の最終章は「終章 モーリス・センダックの絵本」となっている。作品全体のエピローグのようでもあり、『取り替え子』という小説を絵に見立てて、それをおさめる額縁のような役割を果たしているようでもある。モーリス・センダックの数ある絵本の中、"Outside Over There"(『まどのそとのそのまたむこう』)をほぼまるごと紹介して、妻の千樫の語りで文脈をすすめていく。
わたくしごとになるが、モーリス・センダックの絵本は遥か昔の若い母親だったときに「こぐまのくまくん」シリーズをいくつか買って、子どもに読み聞かせた。子どもたちが喜ぶから、というより、たぶん、自分がそれらの絵本を読むのが楽しかったからだろう。必ずしもcomfortable___いごこちよい、とでも訳せばよいだろうか_な絵ではないけれど、登場人物の表情やストーリーの流れに、微妙な翳がさすことがあって、それが魅力だった。いまネット上でセンダックを検索すると、あまり頑健とは思われない、むしろ非常に繊細な外見の写真と、ブルックリンのゲットーに育ったという彼の生い立ちがでてきて、それから、晩年に五十年間連れ添ったパートナーの精神科医に先立たれた後同性愛だったことを公表した、とあって、なんとなく納得してしまった。作品理解に余計なことかもしれないけれど。
私は「こぐまのくまくん」シリーズしか知らないのだが、"Outside Over There"を含めて、モーリス・センダックの世界に共通するのは、「いつも不在な父」ではないだろうか。"Outside Over There"では、「パパが航海に出ただけで」「ママは深い憂愁と放心に捉えられてしまった」と書かれていて、そのママのことを、千樫は「私のお母様」と考えていた、とある。「私のお母様」の夫=千樫(と兄の塙吾良)の父は早くに亡くなって不在であり、さらにいえば、古義人も同様だった。センダックの世界と『取り替え子』の世界は「不在の父」という共通項が隠されている。
父が不在である、ということは、子どもと残された母親との関係に何ほどかの翳を落とすと思われる。物語に即していえば、"Outside Over There"の赤んぼうは、頑健な男親がいたら、やすやすと盗まれることはなかっただろう。そして、まだ少女のアイダが、母親になり代わって___そのことはアイダが母親の黄色い雨外套を着ることに象徴されている__赤んぼうを取り戻しに窓から飛び出す危険を冒す必要もなかった。少女のアイダは、赤んぼうと同じような子どもであることが許されていない。大人の、むしろ父親の代わりでもあるかのごとく、彼女の妹を「きたならしいゴブリン」の手から救い出す闘いをしなければならない。そして千樫は、そのようなアイダと自分を同一視するのである。
ところで"Outside Over There"とはどのような世界なのだろうか。それについては、モーリス・センダック自身がセミナーで、そこからの帰還が決してたやすいものではないと語っている、と書かれている。『取替え子』の作品世界に即して考えれば、それが古義人と吾良が少年のときに経験したアレであり、作中「外側のあの向こう」と書かれている時間、空間の出来事なのだろう。それはモーリス・センダックが描いている世界より、もっとずっと複雑な「こと」なのではないだろうか。『取替え子』の最後で、作者は吾良の残した二つのシナリオ、というかたちでそれを示唆しているが、その二つのシナリオが真相をあきらかにするものだとは思われない。しかし、果敢な千樫は、"Outside Over there"のアイダのように、いやアイダよりもっと勇敢にアレに立ち向かい、これから生まれてくる者が「外側のあの向こう」に連れ去られないように、出発するのである。
作品の」中心、核となる部分になかなか到達できず、私自身が「欠説法」で書いているような有様になってしまいました。「アレ」と何やらいかがわしい響きを持つ事柄の真相にいたる道のりについては、もう少し考えを整理してから書きたいと思います。書けるかどうか、自信はないのですが。
今日も未整理な覚書を読んでくださってありがとうございます。
わたくしごとになるが、モーリス・センダックの絵本は遥か昔の若い母親だったときに「こぐまのくまくん」シリーズをいくつか買って、子どもに読み聞かせた。子どもたちが喜ぶから、というより、たぶん、自分がそれらの絵本を読むのが楽しかったからだろう。必ずしもcomfortable___いごこちよい、とでも訳せばよいだろうか_な絵ではないけれど、登場人物の表情やストーリーの流れに、微妙な翳がさすことがあって、それが魅力だった。いまネット上でセンダックを検索すると、あまり頑健とは思われない、むしろ非常に繊細な外見の写真と、ブルックリンのゲットーに育ったという彼の生い立ちがでてきて、それから、晩年に五十年間連れ添ったパートナーの精神科医に先立たれた後同性愛だったことを公表した、とあって、なんとなく納得してしまった。作品理解に余計なことかもしれないけれど。
私は「こぐまのくまくん」シリーズしか知らないのだが、"Outside Over There"を含めて、モーリス・センダックの世界に共通するのは、「いつも不在な父」ではないだろうか。"Outside Over There"では、「パパが航海に出ただけで」「ママは深い憂愁と放心に捉えられてしまった」と書かれていて、そのママのことを、千樫は「私のお母様」と考えていた、とある。「私のお母様」の夫=千樫(と兄の塙吾良)の父は早くに亡くなって不在であり、さらにいえば、古義人も同様だった。センダックの世界と『取り替え子』の世界は「不在の父」という共通項が隠されている。
父が不在である、ということは、子どもと残された母親との関係に何ほどかの翳を落とすと思われる。物語に即していえば、"Outside Over There"の赤んぼうは、頑健な男親がいたら、やすやすと盗まれることはなかっただろう。そして、まだ少女のアイダが、母親になり代わって___そのことはアイダが母親の黄色い雨外套を着ることに象徴されている__赤んぼうを取り戻しに窓から飛び出す危険を冒す必要もなかった。少女のアイダは、赤んぼうと同じような子どもであることが許されていない。大人の、むしろ父親の代わりでもあるかのごとく、彼女の妹を「きたならしいゴブリン」の手から救い出す闘いをしなければならない。そして千樫は、そのようなアイダと自分を同一視するのである。
ところで"Outside Over There"とはどのような世界なのだろうか。それについては、モーリス・センダック自身がセミナーで、そこからの帰還が決してたやすいものではないと語っている、と書かれている。『取替え子』の作品世界に即して考えれば、それが古義人と吾良が少年のときに経験したアレであり、作中「外側のあの向こう」と書かれている時間、空間の出来事なのだろう。それはモーリス・センダックが描いている世界より、もっとずっと複雑な「こと」なのではないだろうか。『取替え子』の最後で、作者は吾良の残した二つのシナリオ、というかたちでそれを示唆しているが、その二つのシナリオが真相をあきらかにするものだとは思われない。しかし、果敢な千樫は、"Outside Over there"のアイダのように、いやアイダよりもっと勇敢にアレに立ち向かい、これから生まれてくる者が「外側のあの向こう」に連れ去られないように、出発するのである。
作品の」中心、核となる部分になかなか到達できず、私自身が「欠説法」で書いているような有様になってしまいました。「アレ」と何やらいかがわしい響きを持つ事柄の真相にいたる道のりについては、もう少し考えを整理してから書きたいと思います。書けるかどうか、自信はないのですが。
今日も未整理な覚書を読んでくださってありがとうございます。
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