2015年3月10日火曜日

大江健三郎『憂い顔の童子』___「童子」と「アレ」の楕円構造その2

 物語の後半は、古義人の旧友である「黒野」という人物の登場から始まる。黒野は、ローズさんいわく「『ドン・キホーテ』のなかで作者が本当に悪いやつとみなしているヒネス・デ・パサモンテ」のような人、と紹介されている。大学の同窓だが、関わりがあったのは反・安保運動の渦中で、古義人は彼の様ざまな企ての後始末をするはめになった。それでいて黒野は、古義人を「いろいろ運動に近づくが、本腰入れぬ、上昇指向のオポチュニスト」と批判していた。

 黒野が「私のヒネス・デ・パサモンテ」と古義人に呼ばれる理由は、ノーベル賞をもらった古義人が文化勲章を辞退した件に関わってくる。黒野は匿名の手紙でこう書いてきたのだ。

 勲章をもらったうえで、そのレプリカを作ってそれに新型の爆弾をしのばせて頸につるし、晩餐会に出れば、《真先にきみの頭が吹っ飛ぶのは当然だが、この国で歴史始まっていらい、誰ひとりなしえなかったことをやった人物として、記憶されることになる!きみも『政治少年の死』の作者だろう?》

 そして古義人が『政治少年の死』に書いた
 純粋天皇の胎水しぶく暗黒星雲を下降する
の実現をうながすのだ。

 事後、黒野は古義人が文化勲章を辞退した理由は知っている、とせせら嗤いながら、その「秘密」を公表しないことで、古義人に「貸し」を作った、と考えている。ローズさんはそう推測し、古義人もそれを否定しないのである。「貸し」は本当なのだろうか。

 黒野の登場とともに、物語の舞台は古義人の住まいの十畳敷から「奥瀬」と呼ばれる、かつて古義人の父が開いた超国家主義者の錬成道場のあった場所に移る。古義人と吾良とピーターという米兵の「アレ」があった所である。

 『取り替え子』で詳しく語られる「アレ」とは、超国家主義者だった父の後を継いだ「大黄さん」の主宰する道場を訪れた古義人と吾良と米兵ピーターの経験した事件である。使用不能になった銃を要求されたピーターが大黄さんたちに殺されたのではないか、古義人と吾良はそれに手を貸してしまったのではないか、その真相は最後までわからない。

 錬成道場のあった地所はバブル時にホテルの経営者に売られ、いまそこに田部という経営者の夫人が「十八世紀ヨーロッパの王家や貴族が芸術家や学者を招待する」という夢を実現させようと、たんなる温泉施設ではない「新しいホテル」を建設している。黒野はそこに古義人を巻き込もうとしていた。長江古義人が主宰する「シニア世代の知的活性化セミナー」なるものが、本人の知らない間に地元の新聞に発表され、すでに具体化され始めているのだった。

 古義人はこの話をことわることもできたのだが、黒野の強引さに押されるかたちで受け入れ、真木彦さんが積極的に実務を引き受けたのである。黒野は、セミナーの一環として、六十年代に「若いニホンの会」に集まったメンバーをもう一度組織して「老いたるニホンの会」を立ち上げようと言うのだ。だが、黒野はたんなるオーガナイザーとして「老いたるニホンの会」を考えているのではなかった。本来志向しながらそのように生きられなかった分野に戻るために、彼自身は「本格小説」をものしたいという。「女性的な情の濃さが切れ込みの深い眼に満ちている」「疲れた山羊のような顔が、やはりハンサムというほかない」と描写される黒野は、波乱万丈な人生の総決算として小説を書くことを思っているのだ。

 奥瀬に建つ新しいホテルの文化セミナーは中止になった。ローズさんとの閨房の秘事を真木彦さんから聞いて得意げに話す田部夫妻の下劣さに古義人が憤ったからである。奥瀬のホテルに集まった「老いたるニホンの会」のメンバーは、最後にパフォーマンスとして機動隊を迎え討つ「我が青春のジグザグデモ」をすることになる。リーダーの麻井を中心とするデモは難なく目的とするホテルの音楽堂に到着するが、その後余勢をかってさらに機動隊を粉砕しようとして、あべこべに機動隊員の扮装をした若者たちに摑まってしまう。古義人も左右に腕をとられて音楽堂から斜面を滑り落ちていく。それはまさに吾良が遺した米兵ピーター殺害のシナリオさながらだった。そして、自分を捕らえている二人が真木彦さんと動くんであることに気づいた古義人は、憤怒のままに腕を振り払おうととして、空中に投げだされ、赤松の木に激突する。古義人は頭蓋骨に重傷を負い、黒野は心臓発作で死んでしまう。

 黒野は本当に古義人にとって「私のヒネス・デ・パサモンテ」だったのか。どうも私にはそうは思われない。彼は「作家にならなかったもう一人の古義人」_古義人の影武者とも言うべき存在のように思われる。「私のヒネス・デ・パサモンテ」は真木彦さんではないのか。古義人から執拗に「アレ」の真相を引き出そうとする試みは、真に古義人のためなのか。

 「アレ」の真相はついに明かされないのだが、最後に「加藤典明」という評論家の文章を真木彦さんが古義人に見せ、その中にある「強姦と密告」という文字に憤りながらも触発された古義人が「密告」について新たな光を見出す場面がある。講和条約発効日に古義人は吾良の住んでいた寺のお堂を訪ねた。そのとき、住職がじきじきに電話の呼び出しに来たのである。吾良にかかってきたその電話がピーターからのものだった可能性がある、ということ。もし、そうであれば、「密告」はピーターの所業だった。ピーターは、大黄さんたち練成道場が講和条約発効日に蹶起する計画を米軍に密告していた。そして、道場の若者たちは死体となって基地のゲート前に横たわっていた。・・・・・・・ピーターは被害者でなく、加害者の側だった・・・・・・・

 最後のどんでん返しが真相だと仮定すると、「アレ」について書かれたすべてがまったく異なった解釈を強いてくる。そのことは必然的に、読者に「アレ」について書かれたすべての「読み直し」を要請してくるのだ。そうすることによって、読者は敗戦直後に何が起こって、何が起こらなかったかをもう一度検証し直す。起こったこと、起こらなかったことの意味を考えるために。

 最終章で意識不明の古義人に、妻の千樫が中野重治の『軍楽』の一節を読み聞かせる場面がある。敗戦直後、復員したばかりの元日本兵(おそらく中野重治自身がモデル)が、進駐軍のブラスバンドが演奏する音楽を聞く。その音楽はこう書かれている。

《・・・・・男はふるえあがるような、痛いようなものを感じた。それは男に西洋的なものでも東洋的なものでもなかった。民族的なものでさえなかった。それは、人のたましいを水のようなもので浄めて、諸国家・諸民族にかかわりなく、何ひとつ容赦せず、しかし非常にいたわりぶかく整理するような性質のものに見えた。・・・・・・・・
殺しあったもの、殺されあったものたち、ゆるせよ・・・・・・はじめて血のなかから、あれだけの血をながして、ただそのことで曲のこの静かさが生まれたかのようであった。二度とそれはないであろう・・・・・・諸国家、諸民族にかかわりなく、何ひとつ容赦せず、しかし非常にいたわりぶかく・・・・・・》

 中野重治という人の文学と生の軌跡について何も語れぬ私は、この文章についても、何もいうことができない。ローズさんは(大江自身が、だろうが)声を震わせて
「私ハ、読ミマシタガ、ワカラナイデス。ナゼ、二度とそれはないであろう、ナノカ?二度モ三度モアッタ、イマモ同ジ米軍ガ、ヤリ続ケテイマス。」
というのだが、古義人の妻の千樫はローズさんに呼びかける。
「よくわからない同士で、練習してみましょうか。古義人はもう涙を流していません。耳を澄ましているような感じです。」

 駆け足であらすじだけ書き散らした文章で、あらためて自分の非力を痛感しています。『憂い顔の童子』については、ひとまずこれで卒業にして、何とか次にとりかかりたいと思います。今日も不出来な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。

2015年3月2日月曜日

大江健三郎『憂い顔の童子』____「童子」と「アレ」の楕円構造・その1

 『憂い顔の童子』を読み始めてからもう三ヶ月になるのに、いまだに何も書けないままである。ひとつには私の生活が、ものを書いたりあるいは読んだりすることさえも厳しい状況にあった、といえなくもないのだが、それはやはり言い訳で、作品と私の間に「いま、これを書かなくては」というのっぴきならない緊張の関係が成り立たなかったのだ。大江健三郎の「良い読者」どころか「読者」であること自体に自信をうしなってしまいそうな気がする。

 この小説の目次をみて気がつくことは、ひとつひとつの章がこれまでの大江の作品にくらべて非常に短い、と感じられることである。序章「見よ、塵のなかに私は眠ろう」から終章「見出された「童子」」まで二十一章ある。いったん通読すれば、章題を見てその内容を思い出すことができるので、章題は索引のような役割を果たしているようだ。

 序章「見よ、塵のなかに私は眠ろう」は特に重要である。ここに、以下に続く物語のテーマがすべて呈示されている。主人公の作家長江古義人が谷間の森に帰って暮らし、「童子のこと」をするのは、死にゆく母の強い要請が誘引するものであった、ということ。古義人のもっともよき理解者であり、最も深い批判者であった母の言葉としてあるように、古義人の書くものは「ウソの世界」を思い描いたものであって、本当のことは「ウソに力をあたえるため」に交ぜるのだということ(その逆ではない、いうまでもなく)。そして最後に、章題「見よ、私は塵のなかに眠ろう」の出典であるヨブ記_義人の苦難をうたった長詩として有名である_とくにその七章21節
 「今や、わたしは横たわって塵に帰る。
 
 あなたが捜し求めても
 わたしはもういないでしょう」
という敗北宣言である。だが、それはほんとうに敗北宣言なのか。

 長男のアカリを連れて郷里に帰った古義人は、「ローズさん」という古義人の作品の研究者と同居して「童子のこと」にとりかかる。「童子」とは、五歳のとき自分を置いてひとり森に戻ってしまったコギーであり、コ・ギーであることから「ギー兄さん」と呼ばれる古義人の作品の主人公たち、また、明治の終わりに別子銅山の住友騒動で鉱夫の側に立って県警と採鉱課相手に調停した「(歴史上)はっきり実在した人物」とされる動(アヨ)童子、西南戦争で敗走する西郷隆盛が託した二頭の犬を世話し、遺された一頭とその仔犬の血筋を増やすことに一生をささげたという「老人になった童子」のことである。「童子のことをする」とは、「童子」について「書くこと」である。第十一章「西郷さんの犬を世話した童子」のなかで、ローズさんが古義人のノートに記された文章としてこう説明している。

《私の主人公が何故、東京という中心の土地に住まうことを止めて、周縁の森のなかに帰っていくのか?私の影武者でもあるかれは、自分の作り出した作品世界において根本的な主題を、はっきりいえばつまりノスタルジーのいちいちをあらためて検証しようとしているのです。とくに土地の伝承のうちにある、つねに少年として森の奥に生きており、この土地を危機が見舞う際、時を越えてその現場に出現し、かれらを救う「童子」についてあきらかにしよう、とめざしています。》

 ここまで自作自解をやられると、みもふたもない感もするのだけれど、「童子」についてあきらかになったか、というと、そもそもあきらかにしようとする意図があったのか、と思ってしまう。あきらかになっていくのは、古義人を取り巻く状況の変容である。「谷間の森」と名づけられた郷里の人心は荒廃している。かつてそこが「根拠地」とされ、「教会」が建てられた「倉屋敷」は崩壊の寸前だ。古義人のスポークスマンでもある妹のアサさんも例外ではない。アサさんは古義人にとって、中立、公平な「社会との仲介者」でありながら、最も厳しい批判者でもあるのだ。実際に、「童子」のことを調べていく過程で、古義人は肉体にも精神にもさまざまなダメージを加えられる。

 最初に、初代童子ともいうべき「亀井銘助」が描かれた絵を探して不識寺の松男さん(『燃え上がる緑の木』に登場し、「ギー兄さんの教会の信仰の中心的存在となる)を訪れた古義人が、納戸の上の「いかにも特別なあつかいを受けている感じ」の箱を取ろうとして、落下して納骨堂に突っ込んでしまい、逆さ吊りになった古義人に「引き取り手のない県出身のBC級戦犯」の遺骨が骨壷ごと降り注ぐ、という事件が起こる。たんなる事故ではないようで、松男さんと「三島神社の神主となった同志社出身の真木彦さん」がはかったことのようである。古義人の左足は「ギブスに捕われの身」になってしまう。

 次に古義人が受けたダメージは、あきらかに真木彦さんのたくらみによるものである。真木彦さんは古義人の義兄である吾良の死について古義人と話すうちに、その真相をあぶりだそうとする。神主の真木彦さんは、土地の習俗である「御霊」の行進に、吾良と足を潰されたアメリカ兵の御霊を登場させる。吾良と古義人が高校生のときにかかわった事件があって「アレ」と呼ばれるのだが、かれらのせいでアメリカ兵が殺されたかもしれないのだ。吾良とアメリカ兵の御霊を見た古義人は恐怖とも怒りともつかぬ情動に突き動かされて森の中を走り出し、斜面から沢に墜落する。そうして左耳に裂傷を負ってしまうのだ。

 真木彦さんはこれ以降も執拗に「アレ」を追及する。なぜ神官の真木彦さんが「アレ」と古義人にこだわるのか。作者は(もちろん古義人は、ではない)は真木彦を恋してしまったローズさんに、「古義人はこの世紀の変わり目の、真の小説家なんです。一方で真木彦は、あなたが想像力で作りあげた「救い主」を検討して、この土地で、それらを超えた「救い主」を現実に作り出したいんです。わかりましたか?真木彦は革命家なんです!」と言わせている。_______しかし、古義人が真の小説家であることはうなづけても、真木彦は革命家なのだろうか。また、彼が執拗にアレを追求して、というよりアレを利用して再び古義人にダメージを負わせ再起不能かもしれない状態にまで追い込むのは革命の戦略といえるのだろうか。

 物語は後半、古義人が若い頃参加していた「若い日本の会」のメンバーが登場して、革命と童子とアレが複雑に入り組んだ展開をなしていくのだが、長くなるので、回を改めて続けたい。不出来で半端な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。

2014年11月27日木曜日

大江健三郎『取り替え子』__フリーダ・カーロとモーリス・センダック(その2)

 『取り替え子』の最終章は「終章 モーリス・センダックの絵本」となっている。作品全体のエピローグのようでもあり、『取り替え子』という小説を絵に見立てて、それをおさめる額縁のような役割を果たしているようでもある。モーリス・センダックの数ある絵本の中、"Outside  Over  There"(『まどのそとのそのまたむこう』)をほぼまるごと紹介して、妻の千樫の語りで文脈をすすめていく。

 わたくしごとになるが、モーリス・センダックの絵本は遥か昔の若い母親だったときに「こぐまのくまくん」シリーズをいくつか買って、子どもに読み聞かせた。子どもたちが喜ぶから、というより、たぶん、自分がそれらの絵本を読むのが楽しかったからだろう。必ずしもcomfortable___いごこちよい、とでも訳せばよいだろうか_な絵ではないけれど、登場人物の表情やストーリーの流れに、微妙な翳がさすことがあって、それが魅力だった。いまネット上でセンダックを検索すると、あまり頑健とは思われない、むしろ非常に繊細な外見の写真と、ブルックリンのゲットーに育ったという彼の生い立ちがでてきて、それから、晩年に五十年間連れ添ったパートナーの精神科医に先立たれた後同性愛だったことを公表した、とあって、なんとなく納得してしまった。作品理解に余計なことかもしれないけれど。

 私は「こぐまのくまくん」シリーズしか知らないのだが、"Outside  Over  There"を含めて、モーリス・センダックの世界に共通するのは、「いつも不在な父」ではないだろうか。"Outside  Over  There"では、「パパが航海に出ただけで」「ママは深い憂愁と放心に捉えられてしまった」と書かれていて、そのママのことを、千樫は「私のお母様」と考えていた、とある。「私のお母様」の夫=千樫(と兄の塙吾良)の父は早くに亡くなって不在であり、さらにいえば、古義人も同様だった。センダックの世界と『取り替え子』の世界は「不在の父」という共通項が隠されている。

 父が不在である、ということは、子どもと残された母親との関係に何ほどかの翳を落とすと思われる。物語に即していえば、"Outside  Over  There"の赤んぼうは、頑健な男親がいたら、やすやすと盗まれることはなかっただろう。そして、まだ少女のアイダが、母親になり代わって___そのことはアイダが母親の黄色い雨外套を着ることに象徴されている__赤んぼうを取り戻しに窓から飛び出す危険を冒す必要もなかった。少女のアイダは、赤んぼうと同じような子どもであることが許されていない。大人の、むしろ父親の代わりでもあるかのごとく、彼女の妹を「きたならしいゴブリン」の手から救い出す闘いをしなければならない。そして千樫は、そのようなアイダと自分を同一視するのである。

 ところで"Outside  Over  There"とはどのような世界なのだろうか。それについては、モーリス・センダック自身がセミナーで、そこからの帰還が決してたやすいものではないと語っている、と書かれている。『取替え子』の作品世界に即して考えれば、それが古義人と吾良が少年のときに経験したアレであり、作中「外側のあの向こう」と書かれている時間、空間の出来事なのだろう。それはモーリス・センダックが描いている世界より、もっとずっと複雑な「こと」なのではないだろうか。『取替え子』の最後で、作者は吾良の残した二つのシナリオ、というかたちでそれを示唆しているが、その二つのシナリオが真相をあきらかにするものだとは思われない。しかし、果敢な千樫は、"Outside  Over  there"のアイダのように、いやアイダよりもっと勇敢にアレに立ち向かい、これから生まれてくる者が「外側のあの向こう」に連れ去られないように、出発するのである。

 作品の」中心、核となる部分になかなか到達できず、私自身が「欠説法」で書いているような有様になってしまいました。「アレ」と何やらいかがわしい響きを持つ事柄の真相にいたる道のりについては、もう少し考えを整理してから書きたいと思います。書けるかどうか、自信はないのですが。

 今日も未整理な覚書を読んでくださってありがとうございます。

2014年11月26日水曜日

大江健三郎『取り替え子』___フリーダ・カーロとモーリス・センダック (その1)

 小説後半の古義人の受けた暴力について考えていかなければならないのだが、どうしても集中できないでいる。それで、ちょっと閑話休題、作中取り上げられる二人の画家、フリーダ・カーロとモーリス・センダックのことを書いてみたい。

 フリーダ・カーロはメキシコの女流画家で、たしか大江の『同時代ゲーム』でも名前が出てきたように思う。作品のほとんどが自画像で、美しい人だったようだが、六歳のとき小児麻痺にかかり、十八歳で恋人と一緒に乗っていたバスが路面電車と衝突、腹部をバスの手すりに貫徹されるという重傷を負う。一生肉体の痛みに苦しんだ人だった。私生活も波乱万丈で、何回も恋をして、何回も恋に破れた。(そのうちの一人がスターリンとの権力闘争に敗れて、メキシコに亡命してきたレフ・トロツキーだった)最初から無理な妊娠、出産をし、その結果三回流産した、とある。痛みは人間をかえってエネルギッシュにするのだろうか、と思ってしまうような人生である。

 大江がこの小説で取り上げているのは「ヘンリー・フォード病院」と「ふたりのフリーダ」という絵である。作中、古義人は田亀に惑溺する自分を立て直そうとベルリン自由大学の客員教授としてベルリンに赴く。百日のQuarantine(隔離、交通遮断、検疫etc・・・など辞書の訳語がそのまま羅列されている)を終えて帰国し、時差ボケに悩む古義人は、彼の帰国を待ち構えていたかのように、郷里から送りつけられてきたスッポンを悪鬼のようになって殺戮せねばならなかった。無惨で無為な殺戮の後、彼は書斎でなじみの本に囲まれていることで安堵する。

 不思議なのは、ここからで、彼は自分の頭蓋のなかに赤い心臓を透視し、それらの弁にこまかな血管がいくつもつながっていて、体外に出て書棚の書物に届いている、というのだ。そう透視することで安堵ともの悲しい失墜感を覚えた、という。そして、それがフリーダ・カーロの「ヘンリー・フォード病院」の絵と同じ構図だと思っていたのだ、とある。

 ところが、「ヘンリー・フォード病院」という絵は、そういう構図ではない。古義人も自分の思い入れがまちがっていたことに気づくのだが、土台の枠組みに「ヘンリー・フォード病院」と書いてあるベッドに横たわった裸身の女性は、下腹のところで何本かの赤い紐を束ねて持っていて、その紐がなにやらわけのわからないもの(私がよくわからないだけかもしれないが)___胎児やカタツムリや旋盤機械や花束などらしい___につながっている。シーツに性器からのものらしい出血がはっきりと描かれているので、赤い紐は血管なのかもしれない。ベッドは空中に浮き上がっているように描かれ、遠景に工場らしきものがいくつか小さく描かれている。

 「ヘンリー・フォード病院」は有名な作品なので、古義人が、というより大江健三郎が記憶違いをする筈はない、と思うのだが、何故このような取り上げ方をしたのだろうか。古義人は、というか大江は、フリーダ・カーロの「ふたりのフリーダ」という絵に言及して、それとの混乱をほのめかしているのだが。

 「ふたりのフリーダ」は白いスペイン風(?)の衣裳を着た女性とメキシコの民族衣装(?)を着た女性がそれぞれの左手と右手をかさねて並んで座っている。メキシコ風の衣裳の女性のむきだしの心臓からスペイン風の衣裳の女性の衣服に覆われた心臓に、細い血管を通して、血液が送りこまれている。何とか出血を止めようとスペイン風の衣裳の女性はカンシを手にしている。これも有名な作品のようだが、ちょっと不思議なのは、作中「雲の密集するスクリーンの前に立つ『ふたりのフリーダ』の肖像」とあるが、どう見てもこれは坐像である。後ろに籐で編まれたような腰掛が見えるのだ。これも、たんに作者の記憶違いなのだろうか。

 要するにフリーダ・カーロは、「頭蓋のなかに赤い心臓があって、そこから出る血管がもの_書物_とつながっている」ような絵は描いていないのだ。そのようなイメージは古義人自身の、普通の人にはなかなか理解できない感覚でしか見えない幻視なのである。フリーダ・カーロが生涯痛みに苦しみ、実際に体を切り刻まれながらも、なお情熱とエネルギーに満ちて創作を続けたのに対して、古義人は、古いなじみの本に囲まれて、それらと血脈を通じている、と思い込むことで余生を「死んでいる者のように穏やかに生きてゆけそうに感じた」のだ。だが、そのような彼を再び創作に追い込むモノを携えて、妻の千樫がやってくる。

 モーリス・センダックについても書こうと思っていたのですが、思いのほか長くなってしまったので、続きはまたの機会にしたいと思います。今日も不出来な覚書を読んでくださってありがとうございます。

2014年11月19日水曜日

大江健三郎『取り替え子』___「欠説法」と言う語り方___アンフェアなモデル小説

 悪戦苦闘して『宙返り』を読んだ後、『取り替え子』を読み始めると、時系列が錯綜するものの、身辺雑記風の書き方なので、すらすら読めてしまう。ネット上の評価では「わかりやすい文章」という言葉が多く見受けられる。だが、文章そのものは『宙返り』等の大江健三郎の他の小説とそんなに違っているとは思われない。たぶん、主人公の塙吾良のモデルは大江の義兄であり、高名な映画監督であった伊丹十三である、ということに疑いの余地がないので、誰もが生前の伊丹十三その人と彼の事跡を思い浮かべながら読むからだろう。でも、これは「わかりやすい文章」で書かれているかもしれないが、「わかりやすい小説」ではない。

 この小説は実にアンフェアなモデル小説である。作者=大江健三郎=長江古義人であり、伊丹十三=塙吾良である、と誰もが無意識のうちに前提して読みすすめる。念の入ったことに、小説の後半に一葉の写真が挿入され、それが若き日の古義人のものであると書かれている。ダメ押しの証拠写真、であろうか。

 ところが、そのような一対一対応を微妙にゆるがせる仕掛けが施されている。作中引用される長江古義人の小説の題名が現実に出版されているものとほんの少し違っているのだ。『万延元年のフットボール』は『ラグビー試合1860』、『みずから我が涙ぬぐいたもう日』は『聖上は我が涙をぬぐいたまい』と書き換えられている。引用される文章は現実に出版されているものと同じなのに、どうして題名を変える必要があったのか。長江古義人=大江健三郎を無条件に前提させないためなのか。

 小説の冒頭もまたアンフェアな出だしである。「書庫のなかの兵隊ベッドで」古義人が吾良から送られたテープを再生して聞いている。「おれは向こう側に移行する」という吾良の声の後ドシンという大きな音がして、さらにそのしばらく後「しかし、おれはきみとの交信を断つのじゃない」という吾良の言葉が記される。そしてその晩、古義人の妻であり吾良の妹の千樫が吾良の自殺を告げる。テープが再生した吾良の声とドシンという大きな音は手の込んだ吾良の仕掛けなのか。それとも古義人の幻聴なのか。あるいはまた、「こういう書き方をする小説」なのだ、と読者に対する暗黙の強制がなされているのだろうか。

 こういう書き方をする小説なのだ、と読者は納得して読まなければならないのだろう。序章「田亀のルール」で始まる小説の冒頭、前述の吾良の言葉に続けて、作者は吾良に「そのために田亀のシステムを準備したんだからね」と言わせている。「田亀」とは吾良が送りつけてきたテープの再生装置であり、そのかたちがタガメ_田亀に似ていることからそう名づけられたのである。「田亀のルール」とは古義人が吾良と交信するためのルールであり、読者がこの小説を読むためのルールなのだ。それにしてもタガメ_田亀とはなんともグロテスクな生物ではある。吾良と古義人の魂の交信の回路にこのようなグロテスクな生物の名前をつけたのは何故だろうか。

 
 小説はすでに「向こう側」に行ってしまった吾良と古義人の対話を中心として展開していく。そこで開示される情報は、事件当時報道されていたものと大きく異なるところはないように思われる。吾良=伊丹十三をイメージした場合、いかにもありそうなエピソードがいくつか書かれるが、そういうものを通じて吾良=伊丹十三の死の真相に迫ろうとしても無駄である。作者がそれを目的としていないからだ。小説の中盤から、作者は吾良の死と直接に関係があるか否かを曖昧にしたまま、古義人の受けた暴力に主題をずらしていく。しかし、その暴力についても、結局、読者は何も知らされることはないのだ。

 修辞学に「欠説法」もしくは「黙説法」という技法があるそうだが、この小説は全体としてその技法でなりたっているのではないか。作品の中に、いくつもの事実と事実らしきもの、それを補強するためのフィクションが存在する。しかし、その中心となる事柄は決して語られない。吾良の死と古義人の受けた暴力とを結びつける過去の出来事の真相は何か。読者の関心をそこに向けて集中させることはするが、集中させられた関心は行き止まりになってしまう。いったい「真相」そのものは存在するのか。おしまいは、いつもの大江節で

__もう死んでしまった者らのことは忘れよう、生きている者らのことすらも。あなた方の心を、まだ生まれて来ない者たちにだけ向けておくれ。

と結ばれるのだが、他の人はいざ知らず、私は死んでしまった者のことをそんなに簡単に忘れることはできない。まだ生まれて来ない者のことだけ思うほどの余裕もない。もう少し詳しく小説の後半、古義人の受けた暴力と谷間の村で起きた出来事について考えてみたいが、長くなるので今回はここまでとしたい。

 読みやすいようで、なかなか手の込んだつくりの小説だと思います。迷路の中で作者と鬼ごっこをしているような気がします。とりあえずの経過報告で、抽象的なことしか書けず、力不足の感ひとしおです。今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。