2022年10月19日水曜日

宮澤賢治『風の又三郎』__誰が風の又三郎を見たか

  又三郎を見たのは嘉助である。「ガラスのマントを着て、ガラスの靴をはき」「小さなくちびるを強そうにきっと結んだまま、黙って空を見て」いて、「いきなり」「ひらっとそらへ飛びあが」った又三郎を見たのは、嘉助である。谷川の岸にある小さな学校の小学五年生の嘉助だけが風の又三郎を見たのだった。

 『銀河鉄道の夜』と並んで、賢治の代表作として評価の定まっている『風の又三郎』については、多くの研究者の考察がある。いまさら私がいうべきことがあるだろうか、との思いもあるのだが、他の研究者の方と少し違う観点から(というより、例によって独断と偏見で)この作品と向き合ってみたい。

 賢治の多くの他作品と同様に、『風の又三郎』も彼の生前に活字化されたものではない。いま私がテキストとしているのは、昭和二六年四月二五日初版の第二七刷谷川徹三編の岩波文庫に収められたものであるが、ひとつの完成された作品として読むには、プロットの展開に不連続な部分があったり、矛盾が生じたりして不都合である。不可解な部分は不可解なまま読むしかないが、全体を通読して浮かび上がってくるのは、これは「童話」ではなく、「小説」なのだ、という思いである。作品のあちこちに存在する不可解な部分_謎を、「童話」のカテゴリーに入れて溶解させてしまうのでなく、現実の出来事として、どうしたらそのような事象が存在し得うるか、そのような事象を自分自身の感覚でリアリティあるものとして納得できるか、ぎりぎりまで考えていかなければならない。

 さて、作品に戻ると、いつも「くちびるをきっと結んだ」異形の転校生高田三郎の造型も印象的だが、それ以上に印象的なのが、彼を「又三郎」と呼び、かかわっていく村の子どもたちの姿である。

 新学期が始まった九月一日の朝、谷川の岸の小さな小学校の一つしかない教室の一番前に見知らぬ赤い髪の子がすわっている。登校して、自分の机におかしな赤い髪の子がすわっているのを見た一年生の子は泣きだし、後から「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり」とわけのわからないことを叫びながら「まるで大きなからすのように」「わらって」運動場にかけて来た嘉助はだまってしまう。その後来た一番年長の一郎が、赤い髪の子に呼びかけて、教室から外へ出てくるよう促すが、その子はきょろきょろみんなの方を見るだけで、じっとすわっている。

 たぶん、子どもたちの言葉が赤い髪の子にはまったくわからないのだろう。この作品で、賢治は、村の子どもたちに徹底して土地の方言で喋らせている。村の子どもたちにとって、赤い髪の子は言葉が通じない異邦人なのである。服装も「変なねずみいろのだぶだぶの上着を着て、白い半ずぼんをはいて、それに赤い革の半靴をはいていたのです。」とあって、自分の机にすわられてしまった一年生の子が「黒い雪袴をはい」ていた時代では、「あいづは外国人だな」ということになってしまう。

 赤い髪の子を外国人から「風の又三郎」に昇華させたのは嘉助である。

 「そのとき風がどうと吹いて教室のガラスはみんながたがた鳴り、学校のうしろの山の萱や栗の木みんな変に青じろくなってゆれ、教室のなかのこどもはなんだかにゃっとわらってすこしうごいたようでした。
 すると嘉助がすぐ叫びました。
 「ああわかった。あいつは風の又三郎だぞ。」

 子どもたちも嘉助に同調して口々に赤い髪の子の又三郎たる所以を言い始める。これ以降、嘉助は一貫してその子を「又三郎」と呼び、子どもたちもそう呼ぶ。先生から「高田三郎」という本名を聞いた嘉助は、ここでも「わぁ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」と「まるで手をたたいて机の中で踊るようにしました」と書かれている。四年生の佐太郎だけが「又三郎だない。高田三郎だぢゃ。」というのだが、嘉助はどこまでも「又三郎だ。又三郎だ。」とがん張るのである。

 そうやって、「風の又三郎」を出現させた嘉助が、六年生の一郎に「嘉助、うなも残ってらば掃除してすけろ」といわれて「わぁい、やんたぢゃ。」と大急ぎで逃げだすと、

 「風がまた吹いてきて窓ガラスはまたがたがた鳴り、ぞうきんを入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。」

と、嘉助の退場に風がさわぐのだ。「風の又三郎」より、嘉助自身のほうが、風と近親性があるのかもしれない。

 翌二日、小さな小学校の授業が始まる。一郎と嘉助が注目する中、三郎が「お早う。」と言って登校してくる。子ども同士で「お早う」と挨拶する習慣のない一郎と嘉助は、気後れしてしまって、ことばが返せない。他の子たちも誰も三郎に近寄っていかない。所在なく三郎が学校の玄関から向こう側の土手の方へ歩きだすと、つむじ風が起こる。するとまたもや嘉助が「そうだ。やっぱりあいづ又三郎だぞ。あいづ何かするときっと風吹いてくるぞ。」と高く言って、だめ押しするのである。

 この後、新学期最初の日の授業風景が描かれ、三郎が四年生の佐太郎に自分の木ペンを与えるエピソードが語られる。佐太郎は嘉助に「又三郎だない。高田三郎ぢゃ。」と言った子だが、自分の木ペンをなくしたので、妹の木ペンを取り上げてしまったのである。妹のかよが取り返そうとしても、佐太郎が机にへばりついて渡さないので、かよは泣き出しそうになっている。三郎は困ったようにそれを見ていたが、だまって、自分の半分になった鉛筆を佐太郎の机の上に置く。にわかに元気になった佐太郎が、「くれる?」と聞くと、三郎はちょっととまどいながらも「うん」と言う。子どもながら抜け目ない佐太郎の策士ぶりが描かれていて、印象的なシーンである。

 佐太郎は、三郎が登場する最後の日でも重要な役割をになう人物である。

 このエピソードには、嘉助は登場しない。先生も佐太郎と三郎のやり取りには気がつかない。一郎だけが、一番後ろでこれを見ていた。そして、言葉にできない思いで歯ぎしりしていたのである。最後の三時間目の授業中、鉛筆を佐太郎にくれてしまった三郎が、消し炭を使って雑記帳に計算しているのを見たのも一郎だけだった。

 これが、赤い髪の転校生高田三郎が登場する二日間のできごとである。この後

 「次の朝、空はよく晴れて谷川はさらさらなりました。一郎は途中で嘉助と佐太郎と悦治を誘って一緒に三郎のうちのほうへ行きました。」という書き出しで、この作品の一つの山場が語られる。逃げた馬を追いかけた嘉助が気をうしなって「風の又三郎」と出会い、又三郎が空に飛びあがるのを見る場面は、前半のクライマックスである。

 ところで、「次の朝」とは、いつの次なのだろうか。この日登場する三郎は、九月一日谷川の岸の小学校に突然現れた赤い髪の異邦人転校生の三郎から、綺麗な標準語で村の子どもたちと自然に会話する「又三郎」へと変身している。明かな断絶がある。九月一日、二日とこの日(おそらく九月四日の日曜日)の間に、三郎の変化の過程を語る何らかのエピソードが挿入される予定だったが、どうしても断念せざるを得ない事情が賢治に生じたのではないか。そのようなエピソードがあったとしても、たった一日で劇的な変身を遂げるという筋書きは無理のように思われるが。

 いつ親交を深めたのかわからないが、一郎と嘉助ら四人の子どもたちは、三郎を誘って「上の野原」に行く。この「上の野原」と呼ばれる場所がどんな位置にあって、どのような地形になっているか、じつは、私はこの箇所を何遍読んでもよくわからない。「学校の少し下流で谷川をわたって」と書かれているので、川の「向こう側」である。「学校」という生活空間__「テニスコートのくらいの」運動場があり、たったひとつだが教室があって、いわば安全が担保された場所から、川を隔てた向こうへ、子どもたちは「だんだんのぼって行く」のである。子どもたちが楊の枝の皮で鞭をつくり、ひゅうひゅう振りながらのぼったのは、山のけものを追い払うためだと思われるが、もっと広くは魔ものをよけるためだろう。

 林の中の暗い道を抜け、息を切らしながら、三郎の待つ「約束のわき水」の出る場所まで登った子どもたちは、ここで三郎と出会い、冷たいわき水を飲む。ちょっとおかしいのは、ここまでかけ上がってきて、水を飲んだのが「三人」と書かれていることである。ここまで登ってきたのは四人のはずだが、誰かいなくなったのか、それとも作者の錯誤だろうか。

 三郎と一緒に子どもたちはさらに登って行く。上の野原の入り口近くから西のほうをながめると、たくさんの丘のむこうに、川にそった「ほんとうの野原」が碧くひろがっている、と書かれている。「ほんとうの野原」という言葉はこの後にも一回出てくるが、「上の野原」とどのように違う野原なのだろう。「上の野原」はほんとうの野原ではないのか。

 上の野原の入り口に、一本の大きな栗の木があって、幹の根本がまっ黒に焦げて、大きな洞のようになり、枝に古い縄や切れたわらじなどが吊るされている。神域を示す指標とも見えるが、何より無残な印象が強く、ここから先の「上の野原」がどのような空間であるかを象徴している。

 上の野原は草刈り場で、その中の土手で囲まれた内側には牧馬がいた。「来年から競馬に出る」「千円以上もする」馬だというが、子どもたちは、三郎の発案でそれらの馬を追って遊び始める。最初は、子どもたちがけしかけても反応しなかった馬が、「だあ」と一郎が掛け声をかけると、七匹が走り出す。そのうち二頭が、土手から外に出てしまう。土手の切れたところに丸太がわたしてあったのを、土手の内側に入るときに「おらこったなものはずせだぞ」と、軽率に嘉助が抜いてしまったので、障害がなくなっていたからである。

 物語の冒頭、嘉助が石をぶつけて教室の窓ガラスをわった、と子どもたちが言う場面がある。嘉助は乱暴ものなのだ。「風の又三郎」より嘉助のほうが風と近親性がある、と書いたが、作品中二回くり返される

 どっどど どどうど どどうど どどう
 青いくるみも吹きとばせ
 すっぱいかりんも吹きとばせ
 どっどど どどうど どどうど どどう

という歌の歌い手は、又三郎こと高田三郎より、嘉助のほうがふさわしいかもしれない。この歌の主題は、端的に破壊性である。

 さて、逃げた馬のうち一匹は一郎が抑えたが、もう一匹は本気で逃げてしまう。三郎と嘉助が必死に追うが、馬は捕まらない。ここからは、馬を追う嘉助の内部から物語が展開する。

 馬はどこまでも走る。後を追う嘉助は足がしびれて方向感覚もなくなってしまう。前を行く馬の赤いたてがみと三郎の白いシャッポが見えたのを最後に、嘉助は草むらに倒れてしまう。仰向けになって見上げる空はぐるぐる回り、雲がカンカン鳴って走っている。なんとか起き上がった嘉助は、馬と三郎が通った跡のような道を見つけて、歩きだす。だが、それも何がなんだかわからなくなってしまい、おまけに天気までおかしくなってくる。冷たい風が吹き、雲や霧が通り過ぎ、嘉助は道を見失う。破局の予感に脅えた嘉助は声を限りに一郎を呼ぶが、応答はない。

 嘉助はもう馬を追うことは諦めて、一郎たちのところに戻ろうとするが、来た道と違うところに出てしまう。あざみが茂り、草の底に岩かけがころがる。そして、いきなり大きな谷が現れ、その向こうは霧の中に消えている。風に揺らぐすすきの穂にまで翻弄されるが、急いで引き返すと、馬のひづめの跡の小さな黒い道を見つける。嘉助は喜んでその道を歩きだすが、行き着いたところは、てっぺんが焼けた大きな栗の木を囲む広場で、野馬の集まり場所だった。

 嘉助はがっかりして、ふたたび黒い道を戻りはじめる。ここからの描写は、現実のことなのか、嘉助が幻をみていたのか、どちらともいえない書き方である。見知らぬ草がゆらぎ、空が光ってキインと鳴る。霧の中に大きな黒い家の形のものがあらわれるが、近寄ってみると、冷たい大きな黒い岩だった。空がまた揺らぎ、草がしずくを払う。死を思った嘉助が一郎を呼んで叫ぶと、明るくなって、草はよろこびの息をする。山男に手足をしばられた子どものことを話す人声が聞こえる。それから、黒い道が消え、しばらくしいんとした後、強い風が吹いてくる。空が光って翻り、火花が燃えて、嘉助は草の中に倒れて、眠ってしまう。

 そして嘉助は風の又三郎を見たのである。又三郎の肩には栗の木の影が青くおちている。又三郎の影は青く草に落ちている。風が吹いている。それから、いきなり又三郎はガラスのマントをギラギラ光らせて空へ飛びあがったのである。

 岩波文庫版テキスト四ページにもわたる嘉助の彷徨は最後に

 「そんなことはみんなどこかの遠いできごとのようでした。」

という一行で読者を突き放したのち、「風の又三郎」を出現させて幕を閉じる。「もう又三郎がすぐ目の前に足を投げ出してだまって空を見あげているのです。」以下の八行は嘉助の臨死体験である。もしかしたら、最初に草むらに倒れてからの叙述全体が臨死体験なのかもしれない。

 死に臨んだ嘉助が見た「風の又三郎」は死神である。同時に、臨死体験、あるいはもっと常識的に夢、というべきかもしれないが、日常と異次元の時間の中で存在するものはすべて自意識の反映であるとすれば、「風の又三郎」は嘉助自身である。子どもたちに「又三郎」と呼ばれる「高田三郎」ではなく。

 それからどれほどの時間が流れたかわからないが、嘉助が目を開くと、馬と三郎がいる。嘉助が彷徨していた間、馬と三郎が何をしていたかは一切語られない。上の野原の出来事の主人公は嘉助であって、嘉助に臨死体験をさせるために、馬と三郎はそれぞれの役割を果たしたのだ。

 なぜ、嘉助はそのような体験をしなければならなかったのか。「嘉助」とはいったい何だろう。

 嘉助の物語は、みんなが上の野原をおりることでいったん終わる。

 「草からはしずくがきらきら落ち、すべての葉も茎も花も、ことしの終わりの日の光を吸っています。
 はるかな西の碧い野原は、今泣きやんだようにまぶしく笑い、向こうの栗の木は青い後光を放ちました。」

 とりあえず、自然は嘉助の体験を嘉したのだ。

 『風の又三郎』の主題は複雑かつ重層的で、今回はほんの一部分の表面をさらったにすぎません。これ以降の部分は、子どもたちから又三郎と呼ばれる少年高田三郎の物語になっていきます。異邦人三郎がどのように子どもたちに受け入れられ、どのように疎外されていったか、という視点から作品を読み直してみたいと思います。

 未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。

2022年8月24日水曜日

宮澤賢治『注文の多い料理店』シベリア出兵のナインストーリー__「水仙月の四日」__北の雪嵐大作戦とやどりぎ

  『注文の多い料理店』中「からすの北斗七星」に次いで五番目の作品で、春間近の北国を襲う雪嵐を描いた短編である。

 「雪婆んごは遠くへ出かけておりました。」と始まるこの童話は擬人法で語られている。雪婆んごとその指揮下にある四人の雪童子、雪童子の手下となって獅子奮迅の働きをする十一匹の雪狼、これらが雪嵐を起こすのだが、「猫のような耳をもち、ぼやぼやした灰色の髪をした」雪婆んごの存在は特異である。「きょうはここらは水仙月の四日だよ。さあしっかりさ。ひゅう。」と檄を飛ばし、縦横無尽に空をかけめぐる雪婆んごの命令は絶対で、雪童子も雪狼も極度に緊張して動き回る。

 雪婆んごが「西の山脈の、ちぢれたぎらぎらの雲をこえて、遠くへ出かけて」しばし不在のとき、この物語は始まる。子どもが一人「大きな象の頭の形をした、雪丘のすそを」歩いている。子どもは「赤い毛布(けっと)にくるまって、しきりにカリメラのことを考えながら」家に急いでいる。あたりの光景は、

 「お日さまは、空のずうっと遠くのすきとおったつめたいとこで、まばゆい白い火をどしどしおたきなさいます。
 その光はまっすぐ四方に発射し、下の方に落ちてきては、ひっそりした台地の雪を、いちめんまばゆい雪花石膏の板にしました。」

 と書かれ、絵画のように美しい描写である。ここに「白くまの毛皮の三角ぼうしをあみだにかぶり、顔をりんごのようにかがやかし」たひとりの雪童子が登場して、物語は展開するのだが、この雪童子とは何者なのか。「象の頭のかたちをした雪丘」、「四方に発射された」太陽の光、「雪花石膏の板になった台地」という表現とともにあらわれる「童子」は、たんに雪婆んごの命令の執行者ではないだろう。ある宗教的存在を暗喩していると思われる。

 「象の頭のかたちをした、雪丘」を、雪狼のうしろから歩いていた雪童子は、空を見上げて呪文のような言葉をさけぶ。

 「カシオピイヤ、
 もう水仙が咲き出すぞ
 おまえのガラスの水車
 きっきとまわせ」

 「アンドロメダ、
 アザミの花がもうさくぞ、
 おまえのラムプのアルコオル、
 しゅうしゅとふかせ。」

カシオペア座とアンドロメダ座という二つの星座(それらはいまは見えない星々なのだが)への叫びの意味するものについては、「熱機関概念の拡張とネゲントロピー〈宮沢賢治の物理学〉」という論文で元近畿大学理工学部の伊藤仁之氏が解析しておられる。物理学はおろか、自然科学一般について知識と素養の乏しい私は、残念ながら、伊藤氏の論を十分理解できたとは言い難く、したがって、うまく要約、紹介することができない。興味のある方は上記のタイトルでPDFになっているものを読んでいただきたい。

 伊藤氏の論文に助けられながら、私なりに考察すると、賢治はこの二つの星座が連携し合って行う運行と、カリメラ≒電気菓子の装置をある相似形のものとしてとらえたのではないか。どちらも、熱と回転の作用で、星座の運行は吹雪を、カリメラ≒電気菓子の装置は綿菓子をつくる。伊藤氏はこの作品を

 「電気菓子と吹雪の機構を同一視する賢治の洞察は、物理学的には、相変化もアウトプットとするような熱機関概念の一般化へと止揚されるであろう。さらにこの類推は大気の大循環にまでひろげることもできる。じつは「水仙月の四日」は局地的な吹雪の物語にとどまるものではなく、この大循環を下敷きに、宇宙原理(文学的な)にいたろうという壮大な童話なのである。天の星座に水車とランプがかくされており、ランプの熱と水車の回転の結果が森羅万象なのである。」

と総括しておられる。作品の自然科学的理解としてほぼ完璧だと思われるのだが、私にももう少し言うべきことが残されているような気がするので、そのことを書いてみたい。ひとつは、雪童子が子どもになげつけたやどりぎについてである。

 象の形の丘にのぼった雪童子は、その頂上に一本の大きなくりの木が、黄金いろのやどりぎのまりを付けて立っているのを見つける。雪童子は雪狼の一匹にいいつけて、それを取ってこさせる。雪狼がかじりとったやどりぎを拾いながら、雪に覆われた下の町をながめた雪童子は、赤毛布を着た子どもが家路を急いでいるのを見る。「あいつはきのう、木炭のそりを押して行った。砂糖を買って、じぶんだけ帰ってきたな。」と、雪童子はわらいながらやどりぎの枝を子どもにむかってなげつける。

 いきなり目の前にやどりぎの枝が落ちてきて、子どもはびっくりするが、枝をひろってあたりを見まわす。そこで、雪童子が革むちをひとつならすと、一片の雲もない真っ青な空から、さぎの毛のような真っ白な雪が一面におちてくる。

 「それは下の平原の雪や、ビールいろの日光、茶いろのひのきでできあがった、しずかなきれいな日曜日をいっそう美しくしたのです。」

と書かれる光景は、東北の寒村というより、どこかユーラシア大陸の北の農村のように思われるのだが。

 雪童子はなぜやどりぎのまりを雪狼に取ってこさせたのだろう。ここにこの童話を読み解く重要な鍵があるのかもしれないが、いまの私には解けない謎である。

 それに比べれば、雪童子がやどりぎを赤毛布を着た子どもに投げた理由はわかりやすい。子どもの頭をいっぱいにしているカリメラとやどりぎのかたちが似ているからである。糸状にした砂糖が綿のようにかたまったカリメラと、細い枝が交叉してまりのようになったやどりぎは、カシオペアとアンドロメダの二つの星座の連携と綿菓子の製造装置が相似形であるように、菓子と半寄生の生物の違いはあれ、かたちは相似形といえるのではないか。「ほら、カリメラをやるよ。」くらいの親近感とユーモアで雪童子は子どもにやどりぎを投げた、とひとまず解釈しておきたい。

 子どもはやどりぎの枝をもって歩きだすが、その後雪嵐が襲ってくる。雪婆んごが戻ってきたのだ。擬人化された雪婆んごの脅威は絶大で、その到来の予兆だけで雪童子も雪狼も緊張の極に達する。灰色の雪ときりさくような風の中から雪婆んごの声が聞こえると、りんごのようにかがやいていた雪童子の顔は青ざめ、くちびるはかたくむすばれる。「ひゅうひゅう、ひゅひゅう、ふらすんだよ、飛ばすんだよ。」「さあ、しっかりやっておくれ。きょうはここらは水仙月の四日だよ。」と、雪婆んごは檄をとばしつづけるのだが、「水仙月の四日」とは何か。

 「ここらは」水仙月の四日、ということは、「ここら」以外は「水仙月の四日」ではない。「水仙月の四日」とは、暦の上の特定の日ではなく、特別なイベントなのだろう。北の雪嵐作戦、とでもいうような。二十年くらい前、アメリカがイラクに攻め込んだとき「砂漠の砂嵐作戦」と名付けていたような気がする。作品と関係ないことで、うろ覚えだが。

  突然襲ってきた雪嵐の中、赤毛布の子は歩くことが出来なくなって、倒れてしまう。雪童子は、子どもに、毛布をかぶってうつむけになるよう声をかけるが、子どもにはただの風の声としか聞こえず、立ち上がろうともがいて泣いている。その声を聞いた雪婆んごは、「おや、おかしな子がいるね、そうそう、こっちへとっておしまい。水仙月の四日だもの、ひとりやふたりとったっていいんだよ。」という。雪童子は、子どもにわざとひどくぶつかり、雪婆んごに聞こえるように「ええ、そうです。さあ、死んでしまえ。」と言うが、子どもには、倒れたままで動くなと指示する。そしてもういちどひどくぶつかって、もう起き上がれない子どもに毛布をかけてやり、こごえないように、その上にたくさんの雪をかぶせたのである。

 この後、雪婆んごは「きょうは夜の二時までやすみなしだよ。ここらは水仙月の四日なんだから、やすんじゃいけない。」とさけぶ。そして、日が暮れ、夜を徹して雪がふったのだった。夜あけに近くなって、ようやく雪婆んごは、これから海のほうへ行くという。「ああ、まあいいあんばいだった。水仙月の四日がうまくすんで。」と東の方へかけていったのである。北の雪嵐作戦無事終了、といったところだろうか。雪婆んごは恐怖の総司令官であり有能な任務遂行者だが、作戦執行を命じる側の存在ではない。ヒエラルキーのトップは天のどこかにいるのだろう。

 雪婆んごが去ると、空は晴れ、いちめんの星座がまたたきだす。雪婆んごが連れてきた三人の雪童子とやどりぎを子どもに投げた雪童子は、はじめて挨拶を交わす。今年中にあと二回くらい会うだろう、と言って雪童子たちは別れ、朝になる。丘も野原もあたらしい雪でいっぱいで、雪狼はぐったりしているが、雪童子は雪にすわってわらっている。「そのほおはりんごのよう、その息はゆりのようにかおりました。」とあって、ふたたび宗教的存在を暗喩する表現となっている。

 太陽がのぼると、雪童子は雪に埋もれた子どもを起こしに行く。雪狼に命じて、雪をけちらし、赤い毛布の端がみえるようにする。村のほうから、かんじきをはき毛皮をきた子どもの父親らしき人がいそいでやってくる。「お父さんがきたよ。もう目をおさまし。」と雪童子がよびかける。「子どもはちらっとうごいたようでした。そして、毛皮の人は一生けん命走ってきました。」と結ばれる。

 はたして、子どもは助かったのだろうか。

 子どもの生死を考えるとき、雪童子が投げかけたやどりぎについてもう一度検討する必要があると思われる。「あしたの朝まで、カリメラのゆめをみておいで。」と子どもにいって、雪をかぶせた雪童子は

「「あの子どもは、ぼくのやったやどりぎをもっていた。」

とちょっと泣くようにしました。」
と書かれている。

 やどりぎは、冬になって、宿主の木が葉を落としても枯れないことから強い生命力の象徴とされ、神が宿る木とされる。雪童子は、カリメラとのかたちの相似から子どもにやどりぎを投げかけたのだろうが、作者は、物語の要素として、死と再生の象徴をやどりぎに託したのではないか。だからといって、子どもが助かったかどうかは、不明だが。

 やどりぎについて、最後にまた、蛇足をひとつ。十九世紀後半から二十世紀前半にかけて出版され、日本でも多くの学者に読まれたフレイザーの『金枝篇』という大作がある。世界各地の神話、民俗の研究書であるが、誰も折ってはならないとされる金枝を折ることができるのは逃亡奴隷だけで、金枝を折った者は森の王を殺さなければならない、というイタリアのネーミに伝わる神話から始まる。この金枝がやどりぎのことである、といわれている。

 賢治が『金枝篇』を読んでいたかどうかはわからない。だが、賢治より少し年長だが、ほぼ同時代の折口信夫が『金枝篇』について言及しているので、博覧強記の賢治の目に触れる機会があった可能性もある。であれば、やどりぎは、死と再生の象徴以上のものとして作品に登場したのではないか。雪童子がそれを雪狼に取ってこさせ、さらに、赤い毛布を着た子どもに投げた、という行為の意味をもう一度考えなければならない。

 雪童子については「りんごのようなほお」と「ゆりのようにかおる息」という表現が暗喩する宗教的存在を語らなければならないと思うのだが、仏教の素養が乏しい私の力の及ぶところではない。たぶん、菩薩と呼ばれるものだろうと思う。いっぽう「白くまの毛皮の三角ぼうしをあみだにかぶり」と書かれているのは、また別の表徴である。雪童子とは何か、雪童子が救おうとした赤い毛布を着た子どもは、なぜ、一人で雪道を家に向かっていたのだろう、とまたもや物語の原点に戻って、私は謎と向き合っている。

 緊張感にみちた美しい叙景詩ともいうべきこの作品に、無用の解析を試みてしまったような気がしています。今日も不出来な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

2022年8月10日水曜日

宮澤賢治『注文の多い料理店』シベリア出兵のナインストーリーズ__「狼森と笊森、盗人森」__入植と侵略のユートピア

 『注文の多い料理店』第二話の短編である。狼森、笊森、盗人森はいずれも実在する黒いまつの森で、小岩井農場の北にあるという。自然と人間の交流を描いた作品として評価する論者が多いようだが、はたして、そのような牧歌的鑑賞にとどまってよいのだろうか。

 森と人間の歴史を語るのは、笊森と盗人森との間に位置する黒坂森のまん中の大きな岩である。これは、黒坂森の大きな岩が「わたくし」にきかせた話の記録である、という体裁になっている。黒坂森の大きな岩による建国神話であり、森の命名譚なのである。

 岩手山が何遍も噴火して、噴火がしずまると、灰に埋もれた場所に草が生え、木が生え、最後に四つの森ができる。まだ名前もない四つの森に囲まれた小さな野原に、ある年の秋「四人の、けらを着た百姓たちが、山刀や三本鍬や唐鍬や、すべての山と野原の武器を堅くからだにしばりつけて」やってくる。「よくみるとみんな大きな刀もさしていたのです」とあるので、彼らはたんなる農民ではない。

 四人の百姓は、日あたりがよくきれいな水の流れる場所を選んで、定住して畑を起こすことを決める。百姓たちの家族もすぐにやってくる。「荷物をたくさんしょって、顔をまっかにし」たおかみさんたちが三人と、「五つ六つより下の子どもが九人」とあるので、ひとりの百姓は独身であるようだ。四人の百姓たちは、畑を起こすこと、家を建てること、火をたくこと、木を切ることのそれぞれに森に伺いをたてる。そして森はそのすべてに許可をあたえたのだ。

 それから四人の百姓とその家族は死の物狂いで働き、最初の冬を越す。いちめんの雪がきたが、冬のあいだ、森は家族のために北風をふせいでくれた。春が来て小屋が二つになり、そばとひえが播かれる。秋には小屋が三つになり、穀物はともかくもみのったのだが、ある「土の堅く凍った朝」九人の子どもたちのなかの小さな四人がいなくなる。

 あたりをさがしまわっても見つからないので、百姓たちは森に尋ねるが知らないといわれる。そこで、彼らはさがしに行くことを宣言して、みんないろいろの農具をもって、一番近い狼森に入って行く。森の奥では火がたかれ、九匹の狼が火のまわりを歌いながら踊りまわっていて、いなくなった四人の子どもたちは火に向かって、焼けたくりやはつたけなどを食べている。百姓たちが声をそろえて「狼どの、子どもを返してけろ」とさけぶと、狼たちはびっくりして、歌と踊りをやめる。すると「すきとおったばら色」に燃えていた火は消え、あたりは青くしいんとなって、子どもたちは泣きだしてしまう。

 途方に暮れた狼たちは森の奥に逃げていくが、子どもを連れて帰ろうとしている百姓たちに、自分たちに悪意はなく、子どもたちにご馳走したのだ、とさけぶ。これを聞いて百姓たちは、うちに帰ってあわ餅をつくり、狼森にお礼としておいてくる。

 ここで語られるのは贈与と謝礼の経済である。四人の百姓_刀を持った開拓者たちと森との関係は、北風を防ぎ、木を切らせて、森は一方的にあたえる側である。九匹の狼たちも、見返りをもとめて子どもたちをご馳走したのではない。冬のあいだ「冷たい、冷たい。」と泣いていた子どもたちに、暖かい火のまわりで、おいしいくりときのこを食べさせたのだ。四人の子どもたちは、もしかしたら人質にとられていたのかもしれないが、ここにはまちがいなく祝祭の空間が存在した。だから、百姓たちは狼のもてなしに対して、自発的にあわ餅を謝礼として返したのである。

 次の春は、子どもが十一人になり、馬が二匹きて、畑に腐った草や木の葉と一緒に馬の肥も入って、秋には穀物がよくとれるようになった。ところが「霜柱のたったつめたい朝」すべての農具がなくなってしまう。百姓たちは今度も森に尋ねるが、知らないといわれ、またも「さがしに行くぞぉ」とことわって、てぶらで森に入って行く。

 狼森では、九匹の狼がすぐ出てきて、ここにはないから外をさがせ、といわれる。百姓たちが、西のほうの笊森に行くと、かしわの木の下の大きな笊の中になくなった農具が九つとも入っている。それだけでなく「黄金色の目をした、顔のまっかな山男」があぐらをかいてすわっていた。農具を隠したのは山男だったのである。「山男、これからいたずらやめてけろよ」という百姓たちに、山男は自分にもあわ餅をもってきてくれ、とさけぶ。百姓たちは笑ってうちに帰り、またあわ餅をつくって、狼森と笊森に持って行ったのだった。

 今回山男にもって行ったあわ餅は、狼森にもっていった謝礼としてのあわ餅ではない。山男がいたずらを止める見返りとしてのそれである。山男は強要、といっては言い過ぎかもしれないが、懇願よりははるかに強い要請としてあわ餅をくれ、といったのである。農耕生産の道具を奪われたら、百姓は生きていくことができなくなってしまう。山男にとっては「いたずら」かもしれないが、農具をなくすということは開拓者共同体の危機である。生産手段の確保のためにあわ餅を供与したのだとすれば、これは限りなく納税に近くなってくる。

 そしてまた次の夏、耕地はひろがり、馬が三匹になった。納屋も木小屋もできて、みんなは豊かになった。今年こそは、どんな大きなあわ餅でも作ることができる、と思ったが、今度はそのあわが一粒もなくなってしまう。百姓たちはあわのゆくえを森に尋ね、またもや知らないといわれるので、ことわった上で、今度はめいめい「すきなえものをもって」森に入って行く。

 注目すべきは、この後語られる狼森の九匹の狼と笊森の山男との百姓たちに対する態度の微妙な変化である。狼も山男も自分たちのところにはないから外を探せ、というのだが、狼は「みんなを見て、フッとわらって」、山男は「にやにやわらって」と書かれている。あからさまな嘲弄ではないが、かすかに冷笑している気配である。えものをもって、あわ泥棒をやっつけなければ、という百姓たちの意気込みが滑稽にみえたのだろう。百姓たちは決死の覚悟だったが。

 さて、百姓たちにあわのゆくえを教えたのは、タイトルに名前の出てこない黒坂森だった。百姓たちの呼びかけに、「形は出さないで、声だけで」こたえた、と書かれる黒坂森は、あわ餅のことなどはひとこともいわずに、「あけ方、まっ黒な大きな足が、空を北へとんで行くのを見た」と言ったのである。そうして、「もう少し、北のほうへ行ってみろ」と指示したのだ。

 百姓たちが北に行くと、「まつのまっ黒な盗人森」から「まっくろな手の長い大きな大きな男」が出てくる。「あわ返せ、あわ返せ。」とどなる百姓たちに腹をたてた大男は、自分は盗んでいないと言って、盗人よばわりするものはみんなたたきつぶしてやる、と威嚇する。百姓たちは恐ろしくなって逃げだそうとする。だが、そのとき、「銀の冠をかぶった岩手山」の「それはならん。」という鶴の一声がすると、黒い男は地に倒れてしまう。

 岩手山は、あわを盗んだのはたしかに盗人森(黒い大男)であると審判を下す。そして、必ずそれを返させる、とも確約する。盗人森は、自分であわ餅をつくってみたくなったので、あわを盗んできたのだ、と盗人森の「動機」を説明もしたのである。岩手山が話し終えると、男はもう姿を消していた。

 百姓たちが家にかえってみると、あわは納屋にもどっていたので、みんなはあわ餅をつくって四つの森にもって行く。盗人森には、少し砂が入っていたが、いちばんたくさんのあわ餅をもっていった、とある。それから森は「すっかりみんなの友だち」で、毎年冬のはじめには、きっとあわ餅をもらったが、そのあわ餅も、時節がらずいぶん小さくなって、これはどうも仕方がない、と黒坂森の韜晦の言葉で建国神話は結ばれる。

 最後の盗人森の大男にもって行ったあわ餅にはどんな意味があるのか。狼や山男とは異質の凶暴な大男と百姓たちの交渉は、銀の冠をかぶった岩手山がいなければ、百姓たちの一方的な敗北である。せっかく作った食料をすべて奪われては共同体は壊滅する。百姓たちは、岩手山の権威のもとで、盗人森にシノギを納めて生産を続けることができたのだ。上品なことばでそれを納税というのだろう。

 返礼から納税へとあわ餅の意味は共同体の変化とともに変わっていった。森と開拓者たちの関係も変わっていったのはいうまでもない。これは黒坂森が語る「百姓の側からの歴史」であり、入植あるいは開拓の歴史だが、森の側からみれば「侵略」の歴史でもある。毎年冬のはじめにあわ餅をもらう狼や山男やまっくろな大男はその後どうなっていったのだろう。

 最後に、ささいなことかもしれないが、少し気になることを考えてみたい。この作品では、4、9の二つの数にこだわっているように思われる。四つの森、四人の百姓、九人の子ども、九匹の狼、九つの農具。九匹の狼は「水仙月の四月」にも「三人の雪童子」が「九匹の雪狼」を連れている、とあって、ここでも4、9が登場する。4、9は何の数字なのだろう。どうでもいいようにみえて、この疑問が解けないので、作品の土台のところでわかっていないような気がしてならない。

 結局尻切れトンボで終わってしまい、相変わらずの非力を覚えています。今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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2022年6月23日木曜日

宮沢賢治『注文の多い料理店』______シベリア出兵のナインストーリーズ__「かしわばやしの夜」の謎

  岩手大学名誉教授の米地文夫氏に「宮沢賢治「月夜のでんしんばしら」とシベリア出兵」という論文がある。「啄木短歌・「カルメン」「戦争と平和」との関係を探る」と副題のついた精緻で素晴らしい論文である。米地氏は『注文の多い料理店』におさめられた作品中この「月夜のでんしんばしら」と「烏の北斗七星」について論文を書かれている。そのどちらも、これらの作品に深く影を落とす戦争とのかかわりを解析したものだが、私は賢治が唯一生前活字化した『注文の多い料理店』全体が、つねに戦時下にある当時の日本の状況を暗喩したものだと考えている。

 例によって独断と偏見でいえば、『注文の多い料理店』という作品集は宮沢賢治の「ナインストーリーズ」であると思う。サリンジャーが太平洋戦争の真実を「ナインストーリーズ」で書いたように、賢治は、明治維新というグレートリセット以来日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦そしてシベリア出兵と、戦争が日常であったといっても過言でない日本の状況を童話のかたちで書いたのではないか。といっても、日本の国土が戦場になったのではない。国土に根を下ろして生きていた日本の若者が徴兵されて、海外の戦場で戦わされたのだ。かしわの木が「九十八」本切られてその「足さき」が林の中に残ったように。

 「かしわばやしの夜」は非常に不思議な作品で、難解である。冒頭からの数十行、平易な日本語で書かれている部分がすでにわからない。

 「清作は、さあ日暮れだぞ、日暮れだぞと云いながら、稗の根もとにせっせと土をかけていました。
 そのときはもう、銅(あかがね)づくりのお日さまが、南の山裾の群青いろをしたとこに落ちて、野はらはへんにさびしくなり、白樺の幹などもなにか粉を噴いているようでした。
 いきなり、向こうの柏ばやしの方から、まるで調子はずれの途方もない変な声で、
「欝金しゃっぽのカンカラカンのカアン。」とどなるのがきこえました。
 清作はびっくりして顔いろを変え、鍬を投げ捨てて、足音をたてないように、そっとそっちへ走って行きました。
 ちょうどかしわばやしの前まで来たとき、清作はふいに、うしろからえり首をつかまれました。
 びっくりして振りむいてみますと、赤いトルコ帽をかぶり、鼠いろのへんなだぶだぶの着ものを着て、靴をはいた無暗にせいの高い眼のするどい画かきが、ぷんぷん怒って立っていました。
「何というざまをしてあるくんだ。まるで這うようなあんばいだ。鼠のようだ。どうだ、弁解のことばがあるか。」
 清作はもちろん弁解のことばなどはありませんでしたし、面倒臭くなったら喧嘩してやろうとおもって、いきなり空を向いて咽喉いっぱい、
「赤いしゃっぽのカンカラカンのカアン。」とどなりました。するとそのせ高の画かきは、にわかに清作の首すじを放して、まるで咆えるような声で笑いだしました。その音は林にこんこんひびいたのです。」

 細かいことにこだわるようだが、清作が「さあ日暮れだぞ、日暮れだぞ」と独り言をいいながら農作業をしていた、と書かれていることにまず注目したい。「もう」日暮れだぞ、ではないのだ。「もう」日が落ちて農作業をやめるときがきた、というのではない。「さあ」日暮れになった、と自分に言いきかせている。日が暮れたら、何かが起こることを予期しているのである。

 そして突然、「欝金しゃっぽのカンカラカンのカアン」というどなり声が聞こえる。「清作はびっくりして顔いろを変え」とあるので、この声は清作には予期せぬものであったようだ。声に驚いた清作は、逃げるのではなく、「鍬をなげすてて、足音をたてないように、そっとそっちへ走っていきました」と書かれているが、「そっと走る」のは忍者ならぬふつうの人間には難しい。案の定、清作は赤いトルコ帽をかぶった男に見つかり、その「鼠のよう」なあるき方を「何というざまをしてあるくんだ」と非難される。不思議なのは「弁解のことばはあるか」と男にいわれて「もちろん弁解のことばなどはありませんでしたし、面倒臭くなったら喧嘩してやろうとおもい」清作も「赤いしゃっぽのカンカラカンのカアン」とどなることである。

 いったい清作と赤いトルコ帽をかぶった画かきとはどういう関係なのか。「欝金しゃっぽのカンカラカンのカアン」という声を聴いて清作が顔いろを変えたのはなぜか。そもそも「欝金しゃっぽ」とは何か。清作は欝金いろの帽子をかぶっているのか。それとも清作の髪が欝金いろなのか。あるいは「欝金しゃっぽのカンカラカンのカアン」とは何かの合言葉なのか。私にとって、「欝こんしゃっぽ」は謎のはじまりであり、最後まで解けない謎だった。

 清作が「赤いしゃっぽのカンカラカンのカアン」とどなり返すと、画かきはにわかに機嫌がよくなって「咆えるような声で笑いだし」その声は「林にこんこんひびいた」とある。「せいの高い」「眼のするどい」画かきとは何者か。

 この後画かきと清作は禅問答のような挨拶を交わす。清作の応答によろこんだ画かきは「おもしろいものを見せてやる」といって、林の中に入って行く。

 林の中は清作にたいする悪意にみちていた。それもそのはずで、清作は林の中の柏の木を九十八本も切ってしまったからである。林の中には「しっかりとしたけらいの柏ども」にかこまれて、「大小とりまぜて十九本の手と、一本の太い脚とを持」った「柏の木大王」がいるが、大王は画かきと一緒にやってきた清作のことを「前科九十八犯」の前科者と呼ぶ。だが、清作は「おら正直だぞ」と臆するところがない。自分は山主の藤助に酒を二升買ってあるから、切る権利があるという。山主の藤助がたった二升の酒を受け取ったために、九十八本の柏の木はなんら抵抗するすべもなく切られてしまったのだ。

 ところで、柏の木大王は、清作が柏の木を切った行為そのものにをとがめたのではないようである。山主の藤助に酒を買ったのに、なぜ自分には買わないのかと文句をいうのだ。

 「そんならなぜおれには酒を買わんか。」「買ういわれがない。」「いや、ある、たくさんある。買え。」「買ういわれがない。」

 柏の木大王と清作のこの問答は作品中三回繰り返される。柏の木大王にとって、林の柏の木の命は二升の酒と引き換えになるものなのだろうか。

 林の中の険悪な空気は画かきのことばで一変する。
 「おいおい、喧嘩はよせ。まん円い大将に笑われるぞ。」東の山脈の上に「大きなやさしい桃いろの月」がのぼったのだ。柏ばやしは、若い木も柏の木大王も

 「かしわばやしの よろこびは 
  あなたのそらにかかるまま」

と月への讃歌をうたう。

 ちょっと不思議なのは、柏の木大王が

 「こよいあなたは ときいろの
  むかしのきもの つけなさる
  かしわばやしの このよいは
  なつのおどりの だいさんや

  やがてあなたは みずいろの
  きょうのきものを つけなさる」

と、うす桃いろの月が「むかしのきもの」を着て出てきて、今晩「なつのおどりのだいさんや」に「みずいろの きょうのきもの」に着替える、といっていることである。「むかしのきもの」を着ている月に、若い柏の木たちも

  「あんまりおなりが ちがうので
   ついお見外れしてすみません」

と謝っている。うす桃いろあるいは水色の優美な衣装を着けた月を、画かきが「まん円い大将」と兵隊の位でよぶことにも微かな違和感を感じるのだが、いったい、月は何の表徴なのだろうか。

 柏の木たちの月讃歌によろこんだ画かきは興に乗って「じぶんの文句でじぶんのふしで歌う」歌のコンクールをしようと言い始める。一等から九等まで画かきが書いたメタルをくれるという。白金、きんいろ、すいぎん、ニッケル、とたん、にせがね(?)、なまり、ぶりき、マッチ(?)とあって、最後は「あるやらないやらわからぬ」メタルだそうだが、「書いた」メタルって何のことだろうか。

 画かきがまず、賞品のうたをうたい始めると、柏の木たちは柏の木大王を正面に環をつくる。月も水いろの着ものと取りかえ、あたりは浅い水底のようになる。月影に「赤いしゃっぽもゆらゆら燃えて見え」る画かきは、まっすぐ立ってスタンバイするのだが、最初の小さな柏の木が歌い始めると、なぜか、鉛筆が折れた、といって靴の中で削りはじめる。削り屑で酢をつくるというのだが、出ばなをくじかれてみんな一瞬しらけてしまう。

 それでも、若い柏の木から順々に歌い始めると、画かきはその都度「わあ、うまいうまい」とほめて一等から順に評価を与える。だが、そのうたたるや

 「うさぎのみみはながいけど
  うまのみみよりながくない」

というようなナンセンス、というほどの意味もないようなうたである。きつねや猫、くるみ、さるのこしかけなど、林のなかの生きもののうたが続いて五等賞まで進む。

 そして、六番目に出てきたのは、清作が林のなかに入ろうとしたとき、脚をつき出してつまずかせようとした若い柏の木で、

 「うこんしゃっぽのカンカラカンのカアン
  あかいしゃっぽのカンカラカンのカアン」

とうたう。いうまでもなく、林の入り口で画かきと清作がかわしたやりとりである。画かきはこれを「うまいうまい。すてきだ。わあわあ」とほめるが、清作は当然おもしろくない。

 さらに続く三本の柏の木が、清作が葡萄酒を密造しようとして失敗したことを暴露する。清作の怒りは頂点に達するが、画かきにつかまれて身動きがとれない。柏の木たちももう言うべきことを言いつくしたのか、みんなしんとしてしまう。うんといいメタルを出すから、と画かきに促されて、柏の木がざわついたときに、ふくろうの軍団がやって来る。

 「のろづきおほん、のろづきおほん、
  おほん、おほん、
  ごぎのごぎのおほん
  おほんおほん」

と奇妙な鳴き声のふくろうの集団が、柏の木のあちこちにとまる。清作と会ったばかりの画かきが「野はらには小さく切った影法師がばら播きですね」と言ったのはこの光景だったのかもしれない。その中から、立派な金モールをつけて眼のくまがまっ赤な年寄のふくろうの大将が、柏の木大王の前に出ていう。ふくろうたちはいま「飛び方と握み裂き術の大試験」を終えたところで、「たえなるしらべ」が聞こえてきたのでまかり出てきた。ついては、これから柏の木たちと連合で大乱舞会をやろうと。そして、梟の大将みずからうたい始める。

 「からすかんざえもんは
  くろいあたまをくうらりくらり、
  とんびとうざえもんは
  あぶら一升でとううろりとろり、
  そのくらやみはふくろうの
  いさみにいさむもののふが
  みみずをつかむときなるぞ
  ねとりを襲うときなるぞ」

「黒砂糖のような甘ったるい声で」うたった、とあるがえげつない、不気味なうたである。他のふくろうたちも「ばかみたいに」

 「のろづきおほん、
  おほん、おほん、
  ごぎのごぎおほん、
  おほん、おほん、」

と、どなったのにたいして、さすがに柏の木大王は「きみたちのうたは下等じゃ」と眉をひそめる。そこで、副官のふくろうがとりなして、今度は上等のうたをやるから一緒におどろうと音頭を取る。

 「おつきさんおつきさん まんまるまるるるん
  おほしさんおほしさん ぴかりぴりるるん
  かしわはかんかの  かんからからららん
  ふくろはのろづき  おっほほほほほほん。」

副官のうたで、柏の木とふくろうは息を合わせて大乱舞会をやったのである。

 大乱舞会は実にうまくいったのだが、月はすこし真珠のようにおぼろになった。これもまた、画かきと会ったばかりの清作が「お空はこれから銀のきな粉でまぶされます」と予言された事態かもしれない。そして、乱舞会の成功によろこんだ柏の木大王が


 「雨はざあざあ ざっざざざざざあ
  風はどうどう どっどどどどどう
  あられぱらぱらぱらぱらったたあ
  雨はざあざあ ざっざざざざざあ」

とうたうと、霧が矢のように林の中に降りてきたのである。急転直下の事態に、踊りの途中の柏の木たちは、化石したように硬直したままだが、画かきの姿はなく、赤い帽子だけがほうりだされている。まだ飛び方の未熟なふくろうがばたばた遁げていく音がした。

 林を出た清作が空を見ると、月があったあたりはぼんやり明るく、黒い犬のような形の雲がかけて行き、林の向こうの沼森のあたりから「赤いしゃっぽんのカンカラカンのカアン。」と画かきが叫ぶ声がかすかにきこえる。

 以上作中歌われる不思議な「うた」を中心にあらすじを追いかけてきたが、謎は深まるばかりで、いっこう解ける気配がない。そもそも、振出しに戻って、「清作」とは何か。鍬を持って農作業をしているので、農民なのだろうが、何故柏の木を九十八本も切ったのだろう。切った柏の木をどうするのか。山主の藤助がたった酒二升で伐採を許したのも解せない。また、野原にぶどうをとりに行った清作が「一等卒の服」を着ていた、とうたわれているが、清作は兵隊なのか。

 柏の木大王は、清作を「前科九十八犯」と呼んで弾劾する。だが、その罪は清作が柏の木を伐採した行為そのものではない。清作が山主の藤助には酒を買いながら、大王には酒を買わなかったことを非難しているのだ。清作は買う「いわれがない」といい、大王は「(いわれは)ある。沢山ある。買え」と言って、この問答は三回繰り返される。どこまで行っても平行線のこの論争で、当の柏の木の命は議論の圏外である。 

 清作を林へいざなう画かきの正体は何か。清作が「赤いしゃっぽのカンカラカンのカアン」とどなると、「まるで咆えるような声で笑いだしました。その音は林にこんこんひびいたのです。」と書かれている。これは人間だろうか。「赤だの白だのぐちゃぐちゃついた汚ない絵の具箱」を持っているが、いったいどんな絵を描くのだろう。清作を林に連れて行った目的は何か。白日ならぬ月光の下で、清作の冒した密造酒づくりという罪を暴き、償わせようとしたのか。

 この作品の前半は清作対柏の木の敵対関係がテーマだが、後半ふくろうが登場すると、清作も画かきも出る幕がなくなる。ふくろうの大将が

「そのくらやみはふくろうの、
 いさみにいさむものふが 
 みみずをつかむときなるぞ
 ねとりを襲うときなるぞ」

と宣言するように、ふくろうは森の殺戮者である。森の殺戮者と、神が宿る神聖な木ともいわれる柏の林が「大乱舞会」をくりひろげた、というのはどういうことなのか。そして、これが最も難問だが、この「大乱舞会」によろこんだ柏の木大王が「すぐ」

 「雨はざあざあ ざっざざざざざあ……」とうたいだすと霧が「矢のように」降りて来て、饗宴が突然の終わりを迎えたのはなぜだろう。柏の木大王はふくろう軍団に友好的ではなかったのか。

 最後に赤いシャッポを残して、画かきはいつ姿を消したのだろう。「赤いしゃっぽ」っていったい何だろう。「欝金しゃっぽ」も、そもそも帽子だろうか。_______とまたもや振出しに戻ってしまい、何ひとつ解決できないままである。

 書いているうちに何か解き明かされるかもしれないとかすかな期待をかけていたのですが、やはり非力な自分を思い知らされました。探っても探っても真相は遠のいていくような気がします。それが賢治の作品の魅力なのかもしれませんが。不得要領な一文を最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

2022年2月19日土曜日

宮崎駿『千と千尋の神隠し』__「黙説法」に挑む__再び「油屋」と「銭屋」の双頭支配について

  世の中には「黙説法」という語り方があるという。中心となる事実は語らないで、その周辺を語る。語り口が巧みであるほど、読者あるいは観客の関心はたかまり、より多く知りたいという欲望にかられる。だが、決して、核心に直接触れることはできない。核心のまわりに衛星のように散りばめられたディテールが、かえって核心を隠すからである。ディテールに惹かれ、読者あるいは観客は核心に接近しようとするが、阻まれる。このような経緯を「接近、回避のディスクール」と呼び、その語り方を「黙説法」という。以上のことを、渡部直己氏の『不敬文学論序説』という書物で学んだ。

 『千と千尋の神隠し』は、確信犯的に「黙説法」の語りで作品を組み立ていると思われる。さりげなく、緻密に描きこまれたディテールの深層を読み込まなければ表面上のプロットしかわからない。だが、そのディテール自体にこだわって、そこにある謎を解こうとしても、単独のディテールだけでは解けないのだ。作品全体が複雑に組み立てられたジグゾーパズルのようで、たった一つのピースでも欠けたらジグゾーパズルは完成しないように、すべてのディテールの意味が分からなければ、結局謎はいつまでも謎のままで、堂々巡りである。

 黙説法の危険なのは、魅力的なディテールと一見わかりやすく感動を誘う表面上のプロットの威力で、多くの人にカタルシスをもたらすことである。剥き出しの真実より、美しいヴェールを人間は好むのだ。_______この頃は、もう、それでもいいかもしれない、と思ってしまう。年齢のせいだろう。

 それでも、美しいヴェールをめくることはできなくても、その裾を踏んづけることくらいには挑戦してみたい。

 この映画は、蛙となめくじが従業員で、経営者が魔女の「油屋」と言う名の湯屋が舞台である。湯婆と呼ばれる魔女は、鷲の鼻、もしくは天狗の鼻を持ち、眉間に丸い玉を埋め込んでいる。女の従業員は源氏名がついていて、「年季明け おめでとう」という貼り紙があるところを見ると風俗営業であるようだ。そこへ、一人だけ「いくら何でも人間はこまります」といわれる千尋が入ってくる。この店で人間は千尋だけである。ハクとリンは人間に数えられないようだ。経営者の湯婆は、明け方になると、手下を連れて空を飛び、何か偵察している様子で、これももちろん、人間ではない。

 油屋は「八百万の神様が疲れを癒しに来るところ」で、客も人間ではない。ここに「オクサレサマ」ならぬ「名のある河の主」がやって来て、千尋にニガヨモギを与え、膨大な廃棄物と砂金を残して去っていく。従業員は砂金に群がって拾うが、拾った砂金はすべて湯婆に取り上げられてしまう。金に目が眩んだ従業員は、正体不明のカオナシが繰り出す偽造の金におびき寄せられて、手あたり次第食べ物と一緒にカオナシに飲み込まれてしまう。

 ここまでの展開に、日本の高度経済成長からバブルへの仕掛けとその崩壊を読み取るのは、そんなに無理でもないと思う。「ニガヨモギ」が何か、という問題はあるが。難解なのは、その後である。なぜ、湯婆はハクに命じて、銭婆の持つ契約印を盗みに行かせたのか。ハクはどうやって盗んだのか。そもそも契約印とは何か。盗んだ契約印を千尋が勝手に銭婆に返してしまったことに対して、ハクはどう思うのか。せっかく盗んだ契約印を銭婆に返してしまった千尋に対して、なぜ湯婆は寛大なのか。等々、多くの疑問は、物語内部には、解決の糸口すら見つけられない。核心へのこれ以上の接近は拒まれている。

 ここまで書いてきて、一番の疑問は、この物語が過去の出来事を語ったものか、それともこれから起きる未来の予告なのか、ということである。以下はまたしても、私の独断と偏見、妄想である。

 どちらもまったく同じ顔をもつ双子の鷲がヒエラルキーの最上位にいる世界があって、その世界を回すエネルギーは油と金融である。油と金融で覇権争いがあって、油が覇権を握るかに見えたが、結局金融の覇権は揺るがなかった。ここに登場したのが、ニギハヤミと千尋という人間__日本人である。ニギハヤミの奪ったものを、千尋がニガヨモギの力で無にした。ニギハヤミも千尋も覇権の構造の外にある存在である。千尋は役割が終われば人間の世界に戻ることができるが、ニギハヤミはわからない。

 というわけで、最後まで謎は謎のままで、ジグゾーパズルは完成できなかった。終わりに、DVDを持っている方は、「おわり」という文字が浮き出す最後の絵コンテを、もう一度よく見ていただきたい。水面に小さく靴が描かれ、白い波しぶきのようなものが何か所か描かれている。だが、目を凝らすと、水面下にいろいろなものが沈んでいるのがわかる。はっきり見えるのが車で、その他建物や、動物?のようなものも描かれているように見える。何のためにこのようなものを描いたのかわからない。エンディングに流れる主題歌ともども、何となく不気味である。

 ちょっと寄り道のつもりが、随分長く立ち止まってしまいました。これから、また、幕末明治と島崎藤村に戻ります。今日も舌たらずなな文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。