2019年5月12日日曜日

宮沢賢治『ポラーノの広場』__山猫博士とレオーノキューストの社会学的考察


 『ポラーノの広場』の中で、一番魅力的かつ重要な人物は、じつは山猫博士と呼ばれるデストゥパーゴではないだろうか。『ポラーノの広場』で連日酒宴を催し、本気とも酔狂ともつかぬ決闘騒ぎを起こした後、忽然と姿をくらましてしまう。山猫博士とキューストたちの出会いがなかったら、そして、彼が密造酒をつくっていた工場を遺して姿をくらまさなかったら、ファゼーロやミーロは産業組合を起ち上げることができなかったのだ。

 山猫博士とはいったい何か。「山猫を釣って外国に売っている」と羊飼いのミーロはいうが、「山猫を釣る」とはどうやって「釣る」のだろう。魚は釣り針にかかるが、山猫はかからないと思うので、捕獲器で捕まえるのだろうか。また、捕まえた山猫を外国で売っているというが、誰がどのような目的で買うのか。謎に満ちた人物である。

 もうひとつ細やかな疑問がわくのが、デストゥパーゴとレオーノキューストの関係である。じつは、物語の始まる前に二人は出会っていたのではないかと思われるのだ。遁げた山羊を連れてきたファゼーロからデストゥパーゴの名を聞いたキューストは「あいつは悪いやつだぜ。」と言っている。実際にポラーノの広場でキューストを見たデストゥパーゴは「どうもわたくしのことを見たことはあるが考え出せないという風」だったと書かれている。博物館の職員のキューストと県会議員のデストゥパーゴはどんな関係だったのだろうか。

 ところで『ポラーノの広場』はタイトルの脇に「レオーノキュースト誌」とに書かれている。この作品はレオーノキューストーが「記録」したものである、ということになっている。それを(外国語で書かれているので)宮沢賢治が「訳述」したものである、とも。では、レオーノキューストとはどんな人物なのか。

 レオーノキューストの自己紹介は作品の冒頭に述べられている。「前十七等官」で県の博物局で「標本の採集、整理」の仕事をしていた、とある。好きな事だったので、「毎日「ずいぶん愉快にはたらきました」とあるのは賢治の性向と一致するのだろう。だが、「標本の採集、整理」は過去の遺物の記録、展示であることにも注目したい。レオーノキューストは『ポラーノの広場』を、「みんななつかしい青いむかし風の幻燈のように」私たちの前に呈示しているのである。

 俸給は「ほんのわずか」だったが、レオーノキューストの生活は自足したものだった。植物園に拵え直す予定の競馬場の跡地に、「小さな蓄音器と二十枚ばかりのレコードをもって」ひとり番小屋に住み、一匹の山羊を飼って毎朝乳をしぼり、パンにひたしてたべる。おそらくこれは賢治が憧れた生活だったのだろう。「靴もきれいにみがき」毎日さっそうと市役所に出勤する。経済的にも自足、自立した生活。富商の父の庇護から自立する生活を模索して一生葛藤したのが賢治の生涯だったと思われるのだが。

 一方、山猫博士と呼ばれるデストゥパーゴはどのような人物として描かれているか。彼はポラーノの広場の持ち主であるという。資産家なのである。木材の乾溜工場も経営していて、そこでじつは密造酒を作ってもいる。いかがわしいけれど、経営者である。同時に資本家あるいは投機家でもあって、姿をくらました後住んでいる大都市に土地を持っているらしい。だが、経営の失敗を株主に追及されて失踪せざるを得なかった(あるいは計画的失踪?)ところをみると、絶大な権勢を揮う人物でもないらしい。大酒呑みで粗暴なふるまいをするが、じつは気配りは細やかで機を見るに敏である。

 ファゼーロやミーロ、村の老人たちは、デストゥパーゴが放棄(?)した工場を利用して生産し始めた。彼らの産業組合は、デストゥパーゴが投下した資本の上に成り立ったのである。現実にはあり得ない展開は、作者賢治の最後の祈りを作品のなかに具体化したのだろう。

 レオーノキューストは「いまこの暗い巨きな石の建物のなかで」「友だちのないにぎやかながらすさんだトキーオ市のはげしい輪転器の音のとなりの室で」ひと夏の夢のような物語を記録する。レオーノキューストのこの姿に、ファゼーロたちとの同伴者、観察者のたたずまいを見る意見が多いが、私はもっと直截に、賢治の自己処罰、自己批判があると考える。ポラーノの広場の酒宴の席で、デストゥパーゴの決闘の相手にファゼーロをさしだして、自分は介添え人として後ろにひいたこと。決闘の後、帰る場所がなくなったファゼーロをそのままにしたこと。レオーノキューストにこのようなふるまいを、敢えてさせて、賢治は自分を罰しようとしたのだと思われてならない。そんな必要があるとは、私だけでなく誰も思わないだろうが。

 最後に記される「一通の郵便で受けとった」『ポラーノの広場』の楽譜と歌は、賢治の人生の到達点での希求である。You Tubeで岩手大学の混声コーラスを聞くことができるので興味のある方はそちらをお聞きになることを勧める。特に、ローテンブルクの聖フランシスコ教会で録音されたものが素晴らしい。

 まさしきねがいに いさかうとも
 銀河のかなたに ともにわらい
 なべてのなやみを たきぎともしつ、
 はえある世界を ともにつくらん
 
宮沢賢治の作品は「童話」というくくりで語られることが多い。自然界のすべてが対象で、擬人化されていることから「童話」というジャンルに属するのだろうが、文学、とくにすぐれた文学が時代の状況と切り結ぶものである以上、歴史的あるいは社会学的な考察が必要なのではないか。などと大それたことを考えているのですが、ここ二ヵ月近く五十肩に悩まされていることもあって、いかんせん力不足です。今日も不出来な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。

2019年4月23日火曜日

宮沢賢治『ポラーノの広場』__つめくさの花と聖パトリックの生涯

 その青じろいあかりが「つめくさのあかし」と呼ばれるつめくさの花のモチーフは「『ポラーノの広場』という作品の中で唯一の童話的要素である。「レオーノキュースト誌/宮沢賢治訳述」と冒頭に記される『ポラーノの広場』は、レオーノキューストの自分史ともいうべき小説である。この小説の中で、キューストたち三人を夜のポラーノの広場に導くかのように、野原一面に咲くつめくさの花は、何を寓意するのだろうか。

 つめくさの花の一つ一つに番号が記されていて、それを五千までたどればポラーノの広場に行くことができるという。作品中に、「レオーノ(獅子)」「山羊」「山猫」「御者(別当)」と星座の名前が用いられていることから、つめくさの花の番号は、天文学で使われる星の番号すなわちNGCという四桁の数字ではないかという仮説があるそうである。それでは、つめくさは、地に咲く星だろうか。

 つめくさの花が地に咲く星であるというイメージは非常に美しい。美しすぎるほどだが、賢治はつめくさの花を「この世を照らすひかり」としてモチーフにしただけなのだろうか。ここでまた、独断と偏見と妄想にかられる私は、つめくさ(正確にはシロツメクサ)とキリスト教のつながりについて考えてみたい。

 五世紀アイルランドにキリスト教を布教した聖パトリックという人がいる。四世紀の後半ウェールズのケルト人(ローマ人とも)のクリスチャンの家に生まれたが、十六歳のとき海賊にさらわれ、アイルランドに奴隷として売られる。六年間羊飼いとして働いた後神の召命を聞き、牧場を脱走して、およそ三百キロを歩いてウェールズに戻ったが、神学を学ぶためヨーロッパに渡る。七年間、神学を学んだ後帰国し、家族の反対を押し切って四三二年再びアイルランドを訪れてキリスト教の伝道をする。ドルイド教を信じていたアイルランド人十二万人を改宗させ、三六五の教会をたて、多くの讃美歌を作ったともいわれている。

 賢治が聖パトリックの生涯を知っていたという証拠はないのだが、知らなかったという証拠もない。博覧強記の賢治のことだから、知っていた可能性はあると思う。さらわれて奴隷となり、羊飼いをして六年間働き、その後召命を聞き脱走して聖職者の道に進む。その生涯の流れが『ポラーノの広場』のファゼーロ、ミーロのそれと重なってくるように思われる。

 もうひとつ、こちらのほうが重要かもしれないが、聖パトリックが伝道のとき、いつも手にしていたのが「シャムロック」という三つ葉のクローバーなのである。聖パトリックがシャムロック_三つ葉のクローバーを手にしていたのは、「父と子と聖霊」の三位一体を説明するため、といわれる。あるいは「信仰、希望、愛」とも。

 シャムロック_つめくさはキリスト教の信仰、あるいはキリストそのものの象徴である。賢治がこのことを知っていてつめくさを『ポラーノの広場』の重要なモチーフにした、というのはそんなに無謀な仮説ではないと思う。だが、「ポラーノの広場」とつめくさの花の関係は、実は微妙で複雑なものがある。

 キューストたちがポラーノの広場を見つけ出したのは、つめくさの花の番号をたどって行ったからではない。山猫博士の馬車別当に「這いつくばって花の数を数えて行くようなそんなポラーノの広場はねえよ」と嘲われたが、ファゼーロとミーロは広場の物音を頼りに探しあてたのである。

 つめくさの花は、キューストたち一行がポラーノの広場に着くまで夜の野原を照らす。広場で開かれていた酒宴の場でも「つめくさの花の咲く晩に」「つめくさの花のかおる夜は」と歌の主題となって歌われる。つめくさの花の咲きほこるときポラーノの広場の宴も最高潮だった。楽隊の音楽と人々のどよめき、いろいろな花の匂いと混ざったお酒の匂い、山猫博士の不思議な酔態・・・雑多な、だが活気にみちた夜の気配が描写され、キューストとファゼーロが家路につくときも、つめくさのあかりは二人を照らしていた。

 だが、それから二月余りが経って、姿をくらましていたファゼーロと出張から戻ってきたキューストが再会し、二人が山猫博士が置き去りにした工場に向かう晩には、もうつめくさの花は枯れて葉も縮んでしまっていた。ファゼーロ、ミーロそれにファゼーロの姉のロザーロや村の老人たちも一緒になって、ハムを作ったり、革をなめしたり、後に産業組合となる組織の萌芽がこの工場で芽生えるのだが、このときつめ草の花はその役割を果たしたかのように萎れていく。

 「そこへ夜行って歌えば、またそこで風を吸えばもう元気がついてあしたの仕事中からだいっぱい勢いがよくて面白いようなそういうポラーノの広場をぼくらはみんなでこさえよう。」とファゼーロは言って広場の開場式をするのだが、そこでは「つめくさの花の終わる夜は」「つめくさの花のしぼむ夜は」と、つめくさの花の終焉が歌われるのである。

 そして、風がやって来る。キューストのきもののすきまから吹き込む冷たい風。ファゼーロの言葉を途中でかき消す風。開場式でみんなが飲むコップの水を波立たせる風。キューストに別れを告げるファゼーロの言葉やみんなの叫ぶ声もかき消す風。

 賢治はつめくさの花に何を象徴させたかったのだろう。『ポラーノの広場』の主人公はレオーノ・キューストでも、ファゼーロでもなくつめ草の花なのではないかと思われてくる。あるいは、晦渋にみちて自己処罰的に描かれたレオーノキューストの分身_純潔で貞節な信仰の象徴としての_がつめ草の花である、とも。

 ようやく『ポラーノの広場』とつめ草の花についてのささやかな考察に一区切りがつきました。この後、レオーノキューストについてもう少し書いてみたいと思っていますが、まだ時間がかかりそうです。今日も最後までつきあってくださってありがとうございました。

2019年4月5日金曜日

映画『運び屋』__男と女、そしてデイリリー

 閑話休題。『ポラーノの広場』について書けないので、映画鑑賞などして怠けています。

 カメラマンをしている愚息に「クリント・イーストウッドがたまらなく素敵でセクシーだから、絶対見に行け」と脅迫されて、『運び屋』という映画を観た。映画に関してはまったくのビギナーなので、この映画について詳しく知りたい方は「運だぜ!アート」というブログをご覧になることをお勧めします。勝手に他人のブログを紹介して、著者の方にはご迷惑かもしれないけれど、この映画だけでなく、ほとんどのクリント・イーストウッドの作品について、ゆきとどいた解説がなされていて素晴らしい文章です。彼の映画が「アメリカ」とどのように切り結んできたのか、その問題意識も的確のように思われます。

 と、いうことで、またまた私の言うことなどないようだけれど、たぶん、これは、女だから言えることで、女だから言ってもいいことだと思うので、あえて言ってみたい。クリント・イーストウッドは「老い」を表現して「セクシー」(愚息は肘のしわまでセクシーだと言っていた)だけれど、同年齢の女優が「老い」を表現して「セクシー」といわれることがあるだろうか。最大限想像し得るのは「可愛い」ではないだろうか。ベティ・ディビスとジョーン・クロフォードという有名な女優二人がかつて「何がジェーンに起こったか」という映画で老いを演じたことがあったが、「可愛い」とは程遠い姿だったように思う。一言でいえば「凄惨」である。

 いや、あれはアメリカの女優だったからそうなったので、日本の女優たち、たとえば森光子とか山田五十鈴といった名優は十分美しかったではないか、という声が聞こえてきそうである。彼女たちはたしかに魅力的だった。だが、彼女たちが魅力的だったのは、「老い」を表現して魅力的だったのではない。スクリーンや舞台に出ていた最後まで「女」だったからである。「女」を表現して魅力的だったのだ。

 男は「老い」と「老い」に伴う孤独に耐えられるけれど、というより男は生まれたときから孤独が運命だろうが、女は「老い」と孤独にたえられないのだ。少なくともひとりでは。

 『運び屋』のアールの妻メアリは、家庭をかえりみない夫が許せなかった。孫娘の結婚式でアールから「きれいだよ」といわれても「過去をやり直すつもり?」と受け付けない。娘が生まれたときも、それから様々な節目の行事のどのときにも、アールが傍らにいることはなかった。メアリはひとりで生きてきたのだ。

  癌に冒されて死の間際のメアリは、運び屋の任務を放棄して駆けつけたアールに「あなたはいつも外にでていた。外の世界に価値があった。」と言う。その後、彼女は「あなたは私の最愛のひと。そして最大の痛みをあたえるひと」と言って息をひきとる。何という鮮烈な愛の言葉!

 そして、メアリを演じる女優のすばらしいこと!ひとりの男を想って、孤独にたえて、死の間際に戻ってきた男を受け入れて、死んでいく。女の悲しみと喜びをこんなにも切なく美しく表現できるとは。

 でも、この女優は、いうまでもなく「老い」を表現したのではない。「女」と「愛」を表現したのだ。ひとりの女が人生の最後で満たされた「愛」。

 『運び屋』の見どころは前述の「運だぜ!アート」にほぼ網羅されていると思われるが、ひとつだけ私が気になったことがある。映画の最初と最後に出てくるユリの花は、キリスト教ではかなり象徴的な、特別の花である。旧約聖書の「雅歌」2章は

 わたしはシャロンのばら、野のゆり。
 おとめたちの中にいるわたしの恋人は
 茨の中に咲きいでたゆりの花。

と始まる官能的な詩だが、新約聖書「マタイによる福音書」6章28節

 野の花がどのように育つのか、注意してみなさい。働きもせず、紡ぎもしない。
しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾っていなかった。

この「野の花」は(なぜか)ゆりの花とされている。
イエスその人を象徴したものがゆりの花であるという説もある。
 
 アールが最初におんぼろトラックで麻薬を運びながら「イエスは困った人を救いに来たんだ・・・」という歌を鼻歌交じりで歌っていたシーンもなぜか印象深い。アールは麻薬を運んだお金で困った人たちをみんな助けた。気前よく。自分のためにはいくらも使わないで。

 映画のモデルとなった老人が花栽培の農園を経営していたそうだが、主人公のアールがユリの花、とくに一日だけ咲くというデイリリーを愛してやまなかったという設定になったのは、実話に基づいているだけでなく、何か深い隠された意味があるのではないか。それもメアリに「あなたは芽がでるときだけ(そばにいる)」といわれるような愛し方で愛するということに。もっとも最後には、刑務所の花畑でいつもつききりで世話をして終わるのかもしれないけれど。

 エンディングに流れる Don't let the old man be in という歌の題名が「老いを迎え入れるな」と訳されていたのが感銘深かった。そして複雑な気持ちになった。私のブログのプロフィールにある通り、私がいままで見た数少ない映画の中で、一番好きな映画は『俺たちに明日はない』である。この映画は1967年アメリカで公開され、日本では1968年に公開された。アメリカ30年代の大恐慌時代の実話をもとにした作品である。同じように、実際の犯罪をもとにした『運び屋』が2018年に公開された。50年余を経て、アメリカも日本も、もちろん私も、変わった。年老いた。

 林檎をかじった後、体中蜂の巣のように銃弾を浴びて死ぬボニーとクライドの最後は、世界にたいして強烈に「ノー」を突きつけた。時代は1968年にピークを迎える学生運動の全盛期だった。そしていま、二十一世紀となって、優しくあたたかく「老いを迎え入れるな」と励まされる。励まされてようやく生きていく老後はもうすぐそこかもしれない。でも、私が望むものは励ましではない。私を含めた全世界に「ノー」という若者だ。いや、若者だけではない。何より私が「ノー」といわなければならない。

 Don't let the old man be in

直訳は「老人を中に置き去りにするな」だろう。

 とりとめもない駄文を最後まで読んでくださってありがとうございます。mule_騾馬という題名になった言葉についても考えているのですが、あまりにくだくだしい駄文を連ねても、映画からうける感銘をそこなうような気がするので、また機会があれば、と思います。
 

2019年3月30日土曜日

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』__ケンタウルス_牛殺し_生の軛

 『銀河鉄道の夜』については、多くの分析や論評がなされていて、いま私のような賢治初心者があらたにいうこともないのだが、初心者なりに気が付いたことを少しだけ書いてみたい。

 この作品も生前活字になったものではないので、決定稿がないのだが、物語が始まるのは、主人公ジョバンニの町の「ケンタウル祭」の夜である。「ケンタウル祭」とは何か。

 「ケンタウル」という言葉はあきらかに「ケンタウルス」という星座名に由来するのだろう。ケンタウルスとは半牛半人の怪獣である。半馬半人や半獅子半人として描かれている絵画もあるようだが、元来は牛の下半身と人間の上半身が合体したものである。ギリシャ語で「タウルス」は「牛」であり、「ケンタウルス」は「牛殺し」の意だそうである。

 賢治は巧妙に「ケンタウルス祭」と呼ばずに「ケンタウル祭」としているが、祭りの夜子どもたちは「ケンタウルス、露をふらせ」と叫ぶ。また、物語の最後近く、難破した船と運命をともにして、銀河鉄道に乗り込んできた「タダシ」と呼ばれる男の子も、突然「ケンタウルス、露をふらせ」と叫ぶのだ。「ケンタウル祭」とは何か。主人公ジョバンニは何故ケンタウル祭から疎外されるのか。

 ここで、少し脇道にそれるようだが、ジョバンニと、ジョバンニの同伴者カムパネルラについて触れてみたい。ジョバンニという名の由来はあきらかにヨハネである。新約聖書には、ヨハネという名は福音書の作者として、書簡の著者として、また黙示録の作者としてその名が記載されている。だが、この作品のジョバンニ_ヨハネは、福音書の中で、イエスの前に登場して、荒野で悔い改めを説く洗礼者ヨハネだろう。あるいはイエスの弟子となったヨハネかもしれない。イエスその人ではなく。

 カムパネルラについては、十六世紀後半から十七世紀前半イタリアルネッサンスの時代に生きた修道士トマソ・カンパネッラに由来するといわれている。この作品中のカンパネルラにトマソ・カンパネッラの実像がどれほど投影されているのか疑問だが、自然哲学者、科学者そして魔術者でもあったトマソ・カンパネッラの事跡は賢治の文学と人生に大きな影響を与えたと思われる。カンパネッラの主著「太陽の都」は賢治の『ポラーノの広場』のモデルともいわれている。

 「ケンタウル祭」が何か、ジョバンニは何故「ケンタウル祭」から疎外されているのかを考えることは『銀河鉄道の夜』という作品の最も大きな主題を探ることになると思う。それは、人間が、生きるために食べる、食べるために殺す、ということの絶対的な不条理を考えることである。原罪、という言葉を使うとどうしてもキリスト教の世界を呼び寄せてしまうような気がするので、あえて、不条理といっておきたい。

 ジョバンニは病気の母親のために、配達されなかった牛乳をもらいに行く。だが、牛乳はもらえなかった。物語の最後で種明かしのように明らかになるのだが、牛乳屋の主人が目を離した隙に、仔牛が親牛のところに行って、乳を飲んでしまったからである。

 仔牛が親牛の乳を飲むのは自然の摂理である。人間がそこに介入して、仔牛を疎外してしまう。仔牛の食べ物を人間が略奪しているのである。病気の母親のために必要だからという理由で略奪が赦されるのか。略奪という言葉もまだ欺瞞で、人間の生、食は他の生物の命の収奪である。

 ケンタウルス_牛殺しは神話ではなく、太陽神ミトラスを主神とするミトラ教の秘儀である。牛は古くから家畜として人間の生を養う存在だった。『銀河鉄道の夜』でも、ジョバンニとカムパネレラが「ボス」と呼ばれる牛の祖先の骨を発掘調査している大学士に出会っている。ミトラ教が牛を聖牛として崇め、屠る儀式は、やがてその「血で贖う」というモチーフがキリスト教の救済の教義と結びついていった、という説があるのだが、いまは、この秘儀が生命力の解放と豊穣をもたらすと信じられていたことを確認しておきたい。

 生=食=殺というジレンマが賢治の実生活を苦しめたことはよく知られている。どうにかしてこのジレンマから逃れるすべはないか。この世に生きている限り逃れるすべのないジレンマの、ありうべき解決のベクトルとして、賢治が提示してみせたのが、最初に銀河鉄道に乗り込んできた「鳥を捕る人」だったのではないか。

 鳥捕りは両手を広げていれば、舞いおりてくる鳥を何の苦もなく捕まえることができ、鳥は鳥捕りの袋のなかで「しばらく青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、目をつぶるのでした」という最後を迎える。そしてつかまる鳥よりつかまらない鳥のほうがはるかに多くて、それらは無事天の川に降りると「二、三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。」と書かれる。

 生物が自然の死を迎える直前に捕獲して、そのまま食物とする。しかも「ああせいせいした。どうもからだにちょうど合うほどかせいでいるくらい、いいことはありませんな。」と、必要なだけしか捕獲しない。これがシステムとして成り立てば、生=食=殺の軛から逃れることができる。

 ジョバンニは鳥捕りにすすめられて、押し葉になった雁を食べてみる。それはチョコレートよりもおいしいお菓子の味だった。一緒に食べていたカムパネルラも「こいつは雁じゃない。ただのお菓子でしょう」という。二人が食べたのは雁だったのか、それとも「ただのお菓子」だったのか。「ただのお菓子」は雁ではないのか。ここには賢治の巧妙な欺瞞があるような気がするのだが。

 「茶いろの少しぼろぼろの外套を着て」「赤髯の背中のかがんだ人」と描写される鳥捕りとは何か。ジョバンニはその人を見て「なにか大へんさびしいような悲しいような気」がする。赤ひげの人も「なにかなつかしそうにわらいながら」ジョバンニやカムパネルラのようすを見ている。鳥捕りの正体は謎に満ちているが、注目すべきは、ジョバンニは最初から鳥捕りを悲哀の目でみつめ、同情をよせていることである。

 もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸いになるなら自分があの光る天の川の河原に立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙っていられなくなりました。

 ジョバンニは、なぜこれほど異様なまでの感情の昂ぶりをあらわにするのか。「この人のほんとうの幸いになるなら」__幸いは「この人」のものであって、けっして「私の」幸いではないことに注意したい。「あなたのほんとうにほしいもの」は何か、ジョバンニが鳥捕りに聞こうとして後ろを振りかえると、鳥捕りの姿は消えていた。「この人のほんとうの幸い」」_絶対利他の到達点をもとめて、ジョバンニの旅は始まる。

 ケンタウルスの主題に戻ろう。ケンタウルスという言葉が再び登場するのは、汽車が蠍の火が燃え盛る天の川の野原を過ぎたときである。蠍の火については、賢治がほとんど同じ主題で「よだかの星」という有名な作品を残している。『銀河鉄道の夜』では、難破船から乗り込んできた女の子がカムパネルラと、食物連鎖から逃れようとした蠍の話をする。他者に自分をたべさせ、他者の生を養うことから逃げ回り、最後は井戸で溺れ死にそうになる蠍の祈りが語られる。この次はむなしく命をすてずに、まことのみんなの幸いのために自分のからだを使ってください、という蠍の願いが聞き入れられ、まっ赤なうつくしい火となって天上で燃え続けている、と女の子は語る。

 蠍の火から遠ざかるにつれて、町のお祭りのような気配がしてくる。突然、ここで、いままで睡っていたタダシという男の子が「ケンタウルス露を降らせ。」と叫ぶ。この後「ああ、そうだ、今夜ケンタウル祭だねぇ。」「ああ、ここはケンタウルの村だよ。」というやり取りがある。それまで天上を走っていた汽車が、突然日常世界に戻るのも不思議だが、難破船から乗り込んできた男の子が「ケンタウルス露をふらせ」と叫ぶのもわからない。

 この後、サウザンクロスで多くの人々が下り、ジョバンニはカムパネルラとどこまでも一緒に行こうと誓いをかわす。だが、そのカムパネルラが「あ、あすこ、石炭袋だよ。そらの孔だよ。」と暗闇を見つける。さらに「ああ、あすこの野原はなんてきれいなんだろう。みんな集まっているねぇ。あすこがほんとうの天上なんだ。あっ、あすこにいるのはぼくのお母さんだよ。」と叫んで消えてしまう。

 最初に書いたように、『銀河鉄道の夜』は決定稿がないが、第四次稿とされるものには、カムパネルラが級友のザネリを助けるために溺れ死んだことが示唆されている。カムパネルラが姿を消す前に蠍の火のモチーフが詳しく語られ、夜空に燃えさかるうつくしい火が描写されるのは、カムパネルラの死の意味を伝えるためだろう。

 友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。
                  ヨハネによる福音書15-13

カムパネルラの死の意味をいうとき、まずこの聖句が思い浮かぶだろう。それでいい、と思うし、そう考えなければいけない、とも思うのだが、カムパネルラの死は「自己犠牲」という言葉で終わらせてはならない、という誘惑にかられるのだ。それは「自己犠牲」ではなく「犠牲」の死だった。カムパネルラは「ケンタウルス、露をふらせ。」の叫びに答えたのだ、と。

 思いつきの走り書きです。複雑で底知れない深さの作品に、ほんのちょっとかぶりついてみて、自分の非力に茫然としています。この作品の隠されたテーマと思われる母と子の関係、後半突如として登場する空の工兵大隊と「星とつるはしを書いた旗」のことなど考えてみたいことはたくさんあるのですが、いったんは『ポラーノの広場』に戻りたいと思います。

 今日も不出来な文章に最後までつきあってくださってありがとうございます。
 

2019年3月20日水曜日

宮沢賢治『ポラーノの広場』その2__和解と祈り__宮沢賢治のキリスト教

 この作品は、おそらく作者の最晩年に現存のかたちにまとめ上げられたものと思われる。これは、作者の実生活での葛藤、相克を経て、最後に至り着いたしずかな「祈り」であり、現実との「和解」である。そしてその「祈り」は、作者が熱心な信徒だったという法華経の世界よりもキリスト教のそれに近いように思われる。近いということは必ずしも一致しているということではないのだが。

 宮沢賢治とキリスト教については『銀河鉄道の夜』が取り上げられることが多い。讃美歌が流れ、光が散りばめられた十字架と「神々しい白いきものの人」が登場するこの作品はキリスト教のイメージが色濃く漂っている。作中主人公のジョバンハニが「たったひとりのほんとうの神さま」について、難破した船に乗っていた女の子やその家庭教師の青年と議論する。天上に行くために次ぎの駅で下りるという女の子にジョバンニは言う。

 「天上なんか行かなくたっていいじゃないか。ぼくたちここで天上よりももっといいとこをこさえなきゃぁいけないって僕の先生が言ったよ。」
 「だっておっかさんも行ってらっしゃるし、それに神さまがおっしゃるんだわ。」
 「そんな神さまうその神さまだい。」
 「あなたの神さまうその神さまよ。」
 「そうじゃないよ。」
 「あなたの神さまってどんな神さまですか。」
青年は笑いながら言いました。
 「ぼくほんとうはよく知りません。けれどもそんなんでなしに、ほんとうのたった一人の神さまです。
 「ほんとうの神さまはもちろんたった一人です。」
 「ああ、そんなんでなしに、たったひとりのほんとうの神さまです。」
 「だからそうじゃありませんか。わたくしはあなたがたがいまにほんとうの神さまの前に、わたくしたちとお会いになることを祈ります」
青年はつつましく両手を組みました。

 この部分は『銀河鉄道の夜』の核心だろう。救命ボートに乗り込まずに、難破した船と運命をともにし、いま天上に向かう女の子と青年が信じる「神さま」と、ジョバンニの「たったひとりのほんとうの神さま」は違う神さまなのか。

 女の子と青年にとって、神さまは、最初から彼らの中にある。神さまの存在は自明の理なのだ。むしろ「始めに神ありき」といったほうがいいかもしれない。それに対してジョバンニの神さまは「ぼくほんとうはよく知りません。けれどそんなんでなしに、ほんとうのたった一人の神さまです。」という神さまなのである。それは「天上よりももっといいとこをこさえる」実践の旅の過程で「よく知らない。けれど」、きっと出会う神さまだろう。

 光り輝く十字架とその前にひざまずく女の子や青年たち、手をのばしてこっちに来る「ひとりの神々しい白いきものの人」を後にのこして汽車は過ぎて行く。ジョバンニの旅はサザンクロスで終わるわけにはいかなかったのだ。終末はもう近いのだが。

 さて、『ポラーノの広場』は主人公の前十七等官等官レオーノキューストが遁げた山羊を探す場面からはじまる。山羊が何の寓意であるかはひとまず置いて、レオーノキューストが、「教会の鐘」の音で目を覚ましたということ、山羊を探しに外に出たら「黒い着物に白いきれをかぶった百姓のおかみさんたち」に出会い、おかみさんたちが「教会へ行くところらしくバイブルも持っていた」という記述に注目したい。ここは明らかに、共同体の中心に教会がある場所なのだ。それにしても、「黒い着物に白いきれをかぶった」女たちの登場は異様である。

 遁げた山羊を連れて来てレオーノキューストに渡してくれたのは、ファゼーロという農夫の少年だった。レオーノキューストとファゼーロ、それから羊飼いのミーロという若者の三人は、つめ草の花を頼りに、歌と祭りがあるという伝説のポラーノの広場を探し始める。

 この作品の「つめくさ」は「小さな円いぼんぼりのような白いつめくさくさ」とあるので「白つめくさ」__クローバーのことらしい。いまはもう、ほとんど見かけなくなってしまったが、昔の農村はれんげの薄紅とクローバーの白で田起こし前の田んぼが覆われていた。夢のように美しい光景だった。蛇がいることがあったが、草むらの中で春の長い日が暮れるまでよく遊んでいた。だが、れんげもクローバーも観賞用ではなく、重要な土壌改良剤だった。とくにクローバーは、酸性土壌の改良剤としてアメリカから輸入したもので、賢治が「つめくさ」に托す思いは深かったのだろう。物語のいたるところで、つめ草は「あかしをともす」という象徴的な表現とともに姿をあらわす。

 探しあてたポラーノの広場では山猫博士の酒宴が開かれていた。ポラーノの広場は山猫博士のもので、県会議員である山猫博士は、そこで次の選挙のための酒宴を開いていたという。酒盛りの場で水をくれというレオーノキューストたちと、酔った山猫博士の間で諍いが起こり、ファゼーロと山猫博士は決闘することになる。本気なのか酔狂なのかよくわからない決闘は、山猫博士が一方的に降参して終わるが、勝ったファゼーロは親方の制裁を怖れる。テーモという親方は山猫博士の手下で、酒盛りに参加していたからである。

 この後、山猫博士とファゼーロは二人とも失踪してしまう。ちょっと不思議なのは、ここまでの出来事の時系列が混乱していることである。遁げた山羊を追ってレオーノキューストとファゼーロが出会った日が「五月の終わりの日曜日」で、それから十五日後にポラーノの広場」でファゼーロと山猫博士が決闘し、その「次の次の日」にキューストが警察から呼び出される。ところが警部はキューストに「おまえは(五月)二十七日の晩ファゼーロと連れだって村の園遊会にちん入したなあ」と言っており、キューストもそのことばを否定していないのだ。そして警察からの召喚状の日付は「一九二七年六月廿九日」となっている。

 キューストは必至にファゼーロを探すがどうしても見つからない。八月になって、キューストは「イーハトーヴォ海岸で海産鳥類の卵を採集」するために出張する。彼はモリーオ市の博物局の職員なのである。出張も終わりに近づいた時に、キューストは偶然に山猫博士を見つけ、ファゼーロの行方を尋ねるが、山猫博士も知らないという。彼は林の中に木材の乾溜会社を立てたが、薬品価格の変動で経営が行き詰まり、工場を密造酒の醸造に使っていた。そのことで部下に脅迫され、広場に株主が集まっていた。ファゼーロと決闘したあの晩はやけっぱちになっていたのだという。いまは零落して収入の道もない、という山猫博士に同情してキューストは彼のもとを去る。

 九月一日、出張から帰ってきたレオーノキューストの家にファゼーロが姿を現す。ファゼーロはあの晩どうしても家に入ることができなくて、ずっと離れたところまで歩いて行って座り込んでいたら、革の仲買人が車に乗せてたべものをくれた。それからファゼーロは革をなめしたり着色したりする技術を身につけてセンダードへ行った。八月十日にモリーオに帰ってきたファゼーロは、山猫博士が残した工場で村の人と共同で酢酸をつくっていたという。

 キューストとファゼーロはポラーノの広場のちょっと向こうにあるという工場に行く。そこでファゼーロやミーロは村の老人たちと酢酸をつくったり、革をなめしたり、ハムをこしらえるだけでなく、ここにむかしのほんとうのポラーノの広場、「そこへ夜行って歌えば、またそこで風を吸えばもう元気がついてあしたの仕事中からだいっぱい勢いがよくて面白いようなそういうポラーノの広場をぼくらはみんなでこさえよう。」と決意する。
ファゼーロが音頭をとって、「水を呑んで」新しいポラーノの広場の開場式が行われる。

 『ポラーノの広場』の物語はほぼここで終わっている。それから三年後、キューストは仕事の都合でモリーオ市を離れたが、ファゼーロたちの工場は立派な産業組合となり、みんなでつくったハムと皮類と酢酸とオートミールがひろく出回るようになった。最後はレオーノキューストが郵便で受けとった「ポラーノの広場の歌」が記され、作品も閉じられる。

 作品のあらすじを追うだけで、キリスト教とのかかわりについてはふれることがほとんどできなかったが、長くなるので、それについてはまた回を改めたい。キューストたちを導いて、読者ともにポラーノの広場にいざなうつめくさの花のモチーフを中心に書いてみたいと思う。

 書いては消し、書いては消し、いくら繰り返しても、まとまったものができないので、もう一度同じテーマでチャレンジしてみたいと思います。ひとえに私の能力と経験の不足です。未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。