2018年4月3日火曜日

小津安二郎『秋刀魚の味』___秋刀魚の味と「秋刀魚の歌」

 小津安二郎の映画のタイトルは不思議なものが多い。『早春』という映画のタイトルがなぜ「早春」なのか、いまだにわからない。季節は真夏のようである。蚊取り線香が焚かれる画面から真夏の熱気が伝わってこないのが不思議だが。

 『秋刀魚の味』も何故このタイトルなのか、ずっとわからなかった。そもそも『晩春』と同じ「父と娘」「娘の結婚」のテーマを繰り返す理由がわからなかった。いま、『晩春』の焼き直しのように見えるこの映画が『晩春』とどこが違うのか(表面的なプロットの違いでなく)検討する前に、『秋刀魚の味』というタイトルの意味するものについて、少しだけ考えてみたい。

 映画の冒頭、煙突が5本映し出されて、舞台が工場地帯であることが示される。主人公の平山は丸の内近辺の大手会社ではなく、工場地帯で製造業を営む会社の役員という設定である。平山の役員室を友人の河合__こちらは丸の内の大手会社の役員のようである__という男が訪れる。挨拶もそこそこに、平山は河合に「奥さん怒ってなかったか、こないだ」と聞く。「怒ってない、怒ってない。おもしろがってたよ」と言う河合に「どうも、酒飲むとよけいなこと言いすぎるな」、と平山が返し「すぎる、すぎる、お互いにな」と河合が受ける、というやりとりがあって、これが何を意味するのか、ずっとわからなかった。河合の家で酒を飲んだ平山と河合の奥さんがどうしたというのか、この後の展開で触れられることはまったくないのである。

 ところで、私くらいの年代以上の人は「秋刀魚の味」と言えば佐藤春夫の「秋刀魚の歌」を連想するのではないか。

あはれ
秋風よ
情〔こころ〕あらば伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉〔ゆふげ〕に ひとり
さんまを食〔くら〕ひて
思ひにふける と。

私の記憶にあったのはこの部分までだった。秋の気配の立つ頃、一人食卓に向かって秋刀魚の味をかみしめる男の孤独の詩。しかし、この後、

さんま、さんま
そが上に青き蜜柑の酸〔す〕をしたたらせて
さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみてなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
愛うすき父を持ちし女の児〔こ〕は
小さき箸〔はし〕をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸〔はら〕をくれむと言ふにあらずや。

あはれ
秋風よ
汝〔なれ〕こそは見つらめ
世のつねならぬかの団欒〔まどゐ〕を。
いかに
秋風よ
いとせめて
証〔あかし〕せよ かの一ときの団欒ゆめに非〔あら〕ずと。

あはれ
秋風よ
情あらば伝へてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児〔おさなご〕とに伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて
涙をながす と。

さんま、さんま
さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。

と続くドラマがあるのだ。谷崎不在の谷崎家の食卓を、谷崎の妻千代、娘の鮎子、佐藤春夫の三人で囲んで、秋刀魚を食べる。その折の回想と、不遇の妻といたいけな幼女へ寄せる思いをうたった「秋刀魚の歌」は長く人口に膾炙したが、この「秋刀魚の歌」にちなんで、それと同じくらい有名になったのが、谷崎と佐藤の間のいわゆる「細君譲渡事件」である。千代をめぐる三人にどのような人情の機微があったか、いまとなっては私などにわかるはずもないが、当時二十代のはじめだった小津にとって、センセーショナルな出来事として記憶されたものと思われる。

 平山と河合の妻との間に具体的な何かがあったとは思われないが、酒を飲んだ平山が酔った勢いで河合の妻に何らかの言葉をかけたのだろう。映画の冒頭、さりげなくかわされる平山と河合の会話から、温厚そうな初老の平山という男の内側にうごめく情動を、まず、うけとめなければならないのではないか。画面に河合の妻が登場するのは、平山が道子の縁談を頼みに河合の家を訪れたときが最初である。先に河合の家に来ていたもう一人の友人と河合が示し合わせて平山を担ごうとしたときに、二人の嘘を平山に教えに入ったのが河合の妻だった。このときの河合の妻は、典型的な上流婦人のたたずまいで、それ以外のなにものでもないのだが。

 「秋刀魚の歌」と直接関係ないのかもしれないが、この映画には不思議なことがもう一つあって、平山と河合が同じ(ように見える)カーディガンを着ているのである。平山の娘の路子が思いを寄せていた男がすでに婚約していたことを告げるシーンの平山と、道子の縁談を頼みに河合の家を訪れたときの河合が、どうみてもまったく同じカーディガンを着ている。平山を演じる笠智衆と河合役の中村伸朗は体型が似ているので一つのカーディガンを着回ししたのかと思ってしまう。小津はどのような意図でこんな演出をしたのか?衣装の類似については、平山の娘路子と、軍艦マーチのレコードをかけるバーのマダムの服装についても指摘される方がいるようだが。

 いつもながらの独断と偏見でいえば、『秋刀魚の味』は男の老醜を描いた作品ではないか。老醜とは、平山たちの中学校の漢文教師だった「ひょうたん」という綽名の男の落魄の姿をいうのではない。「ひょうたん」を二度にわたってなぶりものにする平山や河合をはじめとする、いまは功成り遂げた男たちの内面である。娘のように若い妻を娶った大学教授に平山が「この頃、お前が不潔に見えてきた」と言うシーンがある。「不潔」の意味するところは、けっこう複雑なものではないか。

 『秋刀魚の味』は、小津安二郎の作品の中で、最初に観た映画でした。そのときの、いわば卒読の印象と『晩春』『麦秋』・・・・と小津作品をいくつか観てきた印象とは、微妙に変わってきたように思います。不思議なシーンがいくつもあって、それらを繋いでいくと、何か暗くて重いものに行きつきそうなのですが、形として存在するのは静謐、平穏な日常性です。静謐、平穏な日常性が、こんなに緊張感のある画面で語られるということの不可解が小津作品の魅力なのでしょう。もう少し、その不可解にかかわってみたいと思います。

 今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
 









 

2018年3月24日土曜日

小津安二郎『東京暮色』__前稿の訂正と補筆__再び「父と子」について

 最初の稿で、杉山周吉の家の玄関前にイチジクの鉢植えがある、としたのだが、イチジクではなくヤツデだったようである。イチジクは落葉樹なので、雪の降る季節に葉を茂らせているわけはない。「千客万来」をもたらすとされるヤツデはよく玄関前に植えられるそうなので、ヤツデの木があるるのはとくに珍しいことではなかったようだ。いまはほとんど見かけないが。

 『東京暮色』については、もう書くのを終わりにしようと思ったのだが、どうしてもやり残したような気がしてならない。プロットを追いかけての感想はもうお終いにして、少し、独断と偏見に満ちた妄想を書いてみたい。

 小津安二郎は、私にとって、謎に満ちた作家である。戦後の作品のほとんどが、大きな事件も起こらず、淡々とした日常生活の機微をこまやかに描いたように見えながら、どこかに微妙な違和感をもたらすシーンが存在する。でも、最後は観客が期待した通りの結末になって、それなりのカタルシスがあるのだが、『東京暮色』には、激情的なドラマがあって、救いがない。救われないことへの絶望もない。まったくの「純文学」で、観客が見終わって得られるものは諦念でしかない。『東京暮色』の前作『早春』も同じように「純文学」だが、こちらはまだいくばくかの希望に近いものを感じることができる。ほんものの「希望」といえるかどうかあやしいのだけれど。

 救いがない、と感じるのは、線路に跳び込んだ明子が「死にたくない」「もう一度やり直したい」と言いながら死んでいったことにあるのではない。孝子に拒絶された母の喜久子が室蘭に行ってしまうことでもない。「相馬さん」に誘われて、喜久子が連れ合いと一緒に室蘭に行くことは、むしろ、かすかな救いだろう。救われないのは、愛することのできない夫のもとへ戻っていく孝子であり、それを容認する父の周吉である。とりわけ周吉が明子の遺影に向かってお経のようなものをつぶやくシーンには慄然とするものがあった。

 堅実な銀行マンであり、温厚で子煩悩な家庭人として描かれる周吉は一見非の打ちどころがない。だが、その周吉が「無理にすすめて」孝子に不幸な結婚をさせたのである。二歳の子を連れて孝子が家に戻ってくると、「こんなんだったら、佐藤なんかのほうが良かった」と平然といってのける。深夜喫茶で恋人を待っていて警察に補導された明子に「そんな子はお父さんの子じゃない」と言い放つ。周吉役を演じる笠智衆の演技にめくらましされてしまうが、周吉の根底にあるのは冷徹なエゴイズムである。明子を死に追いやったのは、直接には「憲ちゃん」という恋人の不実だが、その深層にあって、しかもトリガーとなったものは、周吉の「そんな子はお父さんの子じゃない」と言う言葉だろう。

 ドラマを展開させていくのは三人の女たちの行動で、とりわけ孝子の両義的な存在の描き方は見事である。だが、見終わって、最後に残るのはドラマが始まる前と同じ生活に戻っていく周吉の変わらない日常なのだ。女たちの葛藤が鮮明に描かれれば描かれるほど、葛藤の枠の外にあるかのような周吉の孤独な姿が浮き彫りになってくる。一枚の絵が二通りに見えるだまし絵のようだ。

 この映画は『エデンの東』を下敷きにしているといわれる。いくらかプロットに共通するものはあるかもしれない。だが、むしろよりラディカルに「楽園追放」のモチーフが潜んでいるのではないか。喜久子が明子と話をするために入った居酒屋は「Bar EDEN」という看板の店の前にあった。雑司ヶ谷の坂の向こうに浮かび上がる十字架のように見える電柱、周吉の家の玄関にかかる「森永牛乳」(エンゼルマークの暗示?)、喜久子と連れ合いを室蘭に誘う「相馬」_「相馬愛蔵」という有名なキリスト教の牧師を連想させる_などキリスト教もしくはヘブライズムを示唆する要素がさりげなく配置されている。冷徹なエゴイストとして描かれる周吉は、雑司ヶ谷の家の家長、父であり、同時に大文字の「父」_FATHERではなかったか。

 もう少し原節子の演じる孝子の両義性、というより小津の映画における彼女の存在の両義性について書きたいのですが、それはまた別の機会にして、『東京暮色』はこれでお終いにしたいと思います。最後まで不出来な感想文につきあってくださって、ありがとうございました。

2018年3月14日水曜日

小津安二郎『東京暮色』__母の背負う十字架

 最初に私は「これは父子家庭の物語である」と書いた。だが、同時に、これは「母の物語」である。母と子ではなくて、「母と女」の物語だ。あるいは「母と女の子」の物語である。主題を明瞭にするため、「母と男の子」の物語は慎重に排除されている。姉妹の兄の「和ちゃん」は谷川岳で死んだことになっている。

 テーマ音楽が流れて、高架の線路と巨大なトンネルが映し出される。「壽荘スグソコ」という矢印の看板が画面の右端に映る。車の入れない狭い通路の両側に、飲食店がひしめきあっている「。壽荘」はそのなかの二階にある。何組もの客が卓を囲んでいて、明子もその中にいる。店番をしていた亭主が店屋物の注文を取り次ぎに出ると、入れ違いのように着物姿に前掛けをかけた中年の女が階段を上ってきて、「いらっしゃい」と客に挨拶する。すると、明子の卓をのぞき込んでいた若い男が「ねぇ、おばさん、おばさんの捜していたの、この子だ」と明子を指す。軽くうなづいて「いらっしゃい」という女。不思議そうな顔をしながら明子もうなづく。まじまじと明子を見つめる女。女の視線は明子に釘付けである。

 若い男と卓を交代した明子に女は次々と家族の消息をたずねる。再会した喜びを抑えきれない様子である。いったん戻った亭主が再び出前の取次に外に行ったのをきっかけに、女は明子に座敷に上がるようにすすめ、明子も上がり框に腰かける。英文速記を習っているという明子に「あなたこんなとこちょいちょい来るの?」と聞いて、「ううん、時々」という返事に「そうね。その方がいいわね」と言う女。明子はその後、卓に呼び戻されるのだが、女は何か考え込んでいる様子である。

 女が出奔した母だったことがわかるのは、叔母の重子が明子に縁談をもって杉山家を訪れたときのことである。明子は不在である。縁談話のついでに、重子は偶然に大丸のエスカレーターで母と遇ったと報告する。母は「喜久子」という名であることも明かされる。「山崎さんね、アムールに抑留されている間に亡くなったんですって」と言うので、駆け落ちの相手は山崎という男らしい。「そのことを喜久子さん、腰越じゃない、ブラゴエ、そうブラゴヴェチェンスクよ。そこで風の便りに聞いて、それからナホトカに連れていかれたんですって。今ね、五反田で麻雀屋しているらしいのよ」という重子の言葉に、孝子は先に明子から聞いていた「麻雀屋のおばさん」が母であることを確信する。

 余談だが、「アムール」、「ブラゴヴェチェンスク」、「ナホトカ」という地名は、それぞれ「愛」、「受胎告知」、「発見、掘り出し物」という意味だそうである。喜久子の恋人は「アムール=愛」で抑留されて死に、喜久子はそれを「ブラゴヴェチェンスク=受胎告知で風の便りに聞き」、「ナホトカ=掘り出し物に連れていかれ」て今の亭主と知り合った、ということになる。

 再び高架とトンネルが映し出される。今回は昼で明るい画面である。近くに川があるのか、揺らめく水の影が映る。マスクをして黒っぽい外套を着た孝子が車から降りて壽荘にやってくる。麻雀の牌の音がする二階に上がって、部屋の中を見まわし、座敷の上がり框に腰かけて編み物をしている喜久子に向かって、マスクを外す。「お母さんですか」という孝子。編み物の手を止めて、見上げた喜久子と「孝子です」というやりとりがあって、喜久子は一瞬目を見張るが、次の瞬間喜びを爆発させる。「まぁまぁたかちゃん、さ、上がってちょうだいよ」と編みかけの毛糸を放り出してすすめる。孝子はためらっている。

 やっとのことで座敷に上がる孝子に喜久子は嬉しくて、「本当によく尋ねてきてくれたわねえ。あんたもお母さんになったんだってねえ。女の子だって?可愛いでしょう。ご主人どんな方?何してらっしゃるの?」と矢継ぎ早に話しかける。だが、孝子の表情は硬いままで「お母さん、あたし、お願いがあって来たんです」と切り出すのだ。「あきちゃんに、お母さんだってことおっしゃってほしくないんです」と必死の形相である。一瞬にして笑みが消え、凍り付く喜久子の顔。明子は母の記憶はすべて消えているという。。「お父さんがかわいそうです。そう、お思いになりません?」と孝子は言うのだ。絶句する喜久子に「じゃ、どうぞお願いします。帰ります」と言って、昂然と顎を上げ、足早に孝子は階段を降りていく。

 再び孝子が母のもとにやってくるのは、明子の死を告げるためである。紋付の喪服姿である。座敷で読み物をしていた喜久子の前に突然孝子が現れ、「お母さん」と呼びかける。目を上げた喜久子に孝子は、「あきちゃん死にました」と睨むようにして言う。「まぁ!どうして?いつ?」と驚く喜久子に向かって何も答えず、「お母さんのせいです」とだけ言って踵を返す。

 残された喜久子は店番を投げ出して、ふらふらと外に出て行く。路地に孝子の姿を追うかのような仕草をするが、孝子はいるはずもない。スカーフと外套姿の、死んだ明子と年恰好も同じような娘が一人すれ違う。喜久子が腰を落ち着けるのは「Bar  EDEN]と書かれた看板の向かいにある飲み屋である。盃を手に悄然とする喜久子。やがて喜久子を探して店に入ってきた亭主に北海道へ行くという。以前から「相馬」と言う亭主の知り合いに誘われていたのだ。

 最後に母子が対面するのは杉山家の玄関である。黒っぽいコートの着物姿の喜久子が花束を手に急坂を上がってくる。杉山家の玄関先に、なぜか、みすぼらしい犬がうろうろしている。家を探している喜久子に教えるように塀の中に入って行く。喜久子が玄関を入ると、三和土と廊下の仕切りの戸が開いていて、ガラスの枠がない。カメラが正面から喜久子の姿を映す。「ごめんください」と呼んで、玄関先に落ちていたガラガラを手に取って三和土に戻す。もう一度「ごめん下さい」と呼ぶと「はい」と小さな声がして、孝子が現れる。無言で廊下に座り込む孝子。喜久子が「さっきはどうも。電話で・・・・・・あたし、今晩九時半の汽車で北海道へたつの。これ、あきちゃんにお供えしたいと思って」と花束を目で示すが、孝子は黙ったままである。「いけないかしら」と言う喜久子。今度は「じゃ、これ」と花束を突き出すようにする。ようやく孝子は花束を受け取るが、やはり無言である。

 「それじゃ、もう会えないかもわからないけど、いつまでも元気でね。じゃ、帰るわ。じゃ、さよなら」と喜久子は帰っていく。喜久子が玄関を出ると泣き崩れる孝子。黙っていたのは、泣くのを我慢していたのだ。

 夜の上野駅。「12」とホームの番線を示す数字がある。さまざまな見送り客と乗客でごった返すホーム。なぜか明治大学の校歌を合唱する応援団もいる。喜久子はホームの人混みの中に孝子の姿をさがしている。最後は曇った汽車の窓を懐紙で拭いている。

 最後まで母を許せない孝子の心には何があるのだろう。喜久子に向き合うときの孝子は、ほとんど能面のように無表情である。それに対して、喜久子は天真爛漫、と言っていいほど無邪気である。そして、可憐なのだ。「苦労したらしいわよ」と大丸で遇った重子が言うように、姦通が犯罪として罰せられた時代に、極寒の異国の地で駆け落ちした相手に死なれ、生き延びて日本に帰ってくるまでの体験は筆舌しがたいものがあっただろう。だが、いくらか生活の影はあるが、それでも、明子が「さぁ、いくつかしら。若く見えるけど。きれいな人よ」と孝子にいうような容姿なのである。素直に「女」であり、「母」なのだ。その「女」と「母」を孝子は許せなかったのだ。何故なら孝子もまた「女」であり「母」だからだ。

 明子と喜久子のかかわりは、実は、孝子よりはるかに自然な親子の情に満ちている。麻雀屋で最初に喜久子から声をかけられたとき、明子は素直に応じて、上がり框に腰かけ、喜久子の質問に答えている。帰宅して孝子に「あの人、お母さんじゃないかしら」と言っている。次に、明子は、孝子と口論して家を跳びだし、喜久子を「二人きりで話したい」と呼び出す。喜久子は驚きながらも明るい表情である。麻雀屋の近くの飲み屋の奥の部屋で向かい合って、明子に「おばさん、あたし、いったい誰の子なんです?」と聞かれて、喜久子はとっさに意味が分からない。「自分はずっと子供のことを忘れていなかったと話し出す。だが、明子の関心は自分の父親は誰か、ということなのだ。そのことに気がついた喜久子は憤慨する。

 「あんたがお父さんの子だっていうことは、お母さん、誰の前だって立派に言えるのよ。ねぇ、あきちゃん、そのことだけはお母さんを疑わないで。そのことだけは信じて」」と必死に潔白を証しようとする喜久子。女の意地である。明子は涙を浮かべて聞いている。わかってくれる?わかってくれるわね。・・・・ありがとう」という喜久子。だが、明子にとって、喜久子が潔白であるということは、周吉以外に父はいないという事実をつきつけられることなのだ。泣きじゃくる明子に喜久子は妊娠したのではないか、と尋ねる。娘の身を気遣う親心である。

 その瞬間明子は顔を上げ、「あたし、子供なんか生みません。一生子どもなんか生まない!」とたたきつけるように言う。もし生んだら、お母さんのように捨てて出ることはしない、思い切り可愛がってやる、と叫び「お母さん、嫌い!」という言葉を残して走り去っていく。直情と直情がぶつかり合って、明子は絶望の淵に追いやられる。喜久子に投げつけた「お母さん、嫌い!」という最後の言葉は、私には「お母さん、助けて!」という悲鳴のように聞こえる。明子が店から駆け出して行ったあと、喜久子はじっと座ったままである。後ろ姿に十字架を背負っているようだ。

 明子が死に、喜久子が室蘭に去り、孝子も夫の元に戻って、周吉は一人になる。春がきて、イチジクの枝が伸びてくる。「富沢さん」がまた家事をみるようになった。周吉が家を出て、十字架に見える電柱の立つ街へ坂を下りて行くところで映画は終わる。誰もさばかれない。誰もゆるされない。季節はまた巡ってくる。  

 周吉と孝子、周吉と明子の父と子の関係、孝子と明子の姉と妹の関係、それから周吉と喜久子、喜久子がなぜ家を出なければならなかったのか、などもっと考えてみたいことはあるのですが、それを文字にすることはこの映画の感想からはみだすような気がします。

 今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
 

2018年3月10日土曜日

小津安二郎『東京暮色』_____孝子の見ているものは何か

 『東京暮色』は徹底したリアリズムの映画でありながら、同時に完璧なドラマである。

 冒頭周吉がガラス格子の杉山家の玄関を入ると、三和土と廊下の間が障子戸で仕切られている。障子戸の真ん中にガラスがはめ込まれていて、玄関から入ってきた人間は家の内部(と同時にそれは観客の視線でもある)からガラスの枠を通して覗かれることになる。ガラスの枠は廊下の左右にある部屋と廊下を仕切る障子にもはめこまれているので、庄吉が玄関を開けると、ガラス越しに周吉の顔が三面映りだされる。非常に手の込んだ仕掛けである。そうまでして、この徹底的にリアルな映画が「お芝居」で、登場人物は「役者」なのだ、と強調したかったのだろうか。

 さて、「ただいま」と帰宅した周吉を「お帰りなさい。お寒かったでしょ」と娘の孝子が出迎える。孝子は夫の沼田との折り合いが悪くて、赤んぼうの道子を連れてこの家に戻ってきたばかりなのだが、いそいそと周吉の着替えを手伝う姿は、ずっとこの家にいて主婦をやってきた女のたたずまいである。孝子がいることを予期していなかった周吉は沼田のことをあれこれ話すが、孝子は話題にしたくない様子である。そんな二人の間に、妹の明子が「お姉さん、お床敷いてあるわよ」と割って入る。何気なく見過ごしてしまうのだが、ここは意味深長な場面である。

 このとき初めて周吉は「お前、帰らないのかい?」と孝子に問いかけ、孝子と沼田の関係のただならぬことに気づくのだが、より注目すべきは、いつもより早く帰宅した明子が、周吉より先に孝子から事情を聞いていたのではないかということである。孝子がどこまで話したかはわからないが、道子ともども少なくとも今日は夫の元に戻らないことを、その時点で明子は知っていたのだ。姉妹の間に何らかの「女同志の会話」が成立していたと考えるのが自然だろう。その際に、ずいぶん飛躍したことをいうようだが、孝子は明子の体の変化にまったく気づかないということがあるだろうか。

 周吉は沼田の家を訪れて、孝子と沼田の間に何があったのかを聞き出そうとする。本箱と本だけが目立つ寒々としたな部屋で、周吉と沼田が向き合うのだが、沼田は孝子の夫というより父の周吉の年齢に近いように見える。孝子との関係を問われているのに、とうとうと空疎で抽象的な愛情論を述べ立てる沼田は、なんとも軽薄でいやみな男として描かれる。夫に会ったことを周吉から聞いた孝子が「お父さん、気持ち悪くなさらならなかった?」というほどである。

 降り出した雪のなか傘もささずに帰宅した周吉を「お困りになったでしょ」と孝子が出迎える。着物に割烹着の主婦のたたずまいである。「沼田に会って来たよ」と切りだす周吉に、孝子の態度が急に変わる。取り合いたくないのだ。着替えもせずに背広姿のまま炬燵に手を突っ込んで、周吉は「お父さん、なんだかお前にすまないような気がしてね」というのである。孝子はふっと涙をこらえているようなバツの悪そうな表情をする。

 この後の周吉の言葉に私は耳を疑ってしまった。「こんなんだったら、佐藤なんかのほうが良かったかもしれないよ。お前も嫌いじゃないらしかったし」と言うのである。「佐藤なんかのほうがよかった」__「佐藤がよかった」のではない。「佐藤なんか」「のほう」がよかった、のである。沼田以外に「佐藤」という候補者がいて、いまとなってはそちらのほうがよかった、と言っているのではない。たいして(周吉の)意に沿うわけではないが、こんなことなら他にもいる候補者のなかで「佐藤なんか」のほうがよかった、と言っているのだ。この瞬間孝子の表情は凍り付く。だが、すぐに「いいのよお父さん。もういいの」と孝子はとりなすように言って、伏し目がちにややはにかんだ甘やかな若い女の顔になる。だが、周吉はさらに「だけど、お前に無理にすすめて」と続けるのである。

 この場面から読み取れるのは、孝子は、「佐藤なんか」のほうが、少なくとも沼田よりは好きだった、ということ、それを、どんな事情があるのか、周吉が「無理にすすめて」沼田を孝子の夫に選んだ、ということである。周吉と沼田、そして「佐藤」の関係はよくわからないが、大学の先輩と後輩の関係だろうか。その結果、「無理にすすめられて」結婚した沼田と孝子はどちらも不幸になっている。その原因は直接にも間接にも周吉にあるのだ。温厚で朴訥に見える周吉が、なぜ孝子に意に沿わぬ結婚を強いたのか。

 前回、これは父子家庭の物語である、と書いた。父周吉と孝子、明子の姉妹の物語である。そのうち、周吉と孝子の父子関係は冒頭のシーンから映像が雄弁に物語っている。不在の母の役割を長女の孝子が担ってきたのである。あるときは周吉の妻のように、周吉に寄り添って。孝子が着物姿で登場する時は齢の離れた夫婦のように見える。一方、明子と周吉の関係はどうだったのだろう。

 周吉が沼田に会いに行った夜、周吉より少し遅れて明子が帰ってくる。玄関で雪を払いながら入ってきた明子がそのまま二階に上がって行こうとするのを、周吉が「おい!」と呼び止めるが、明子は立ったまま「なあに」と面白くなさそうな顔でこたえる。周吉が「お前、叔母さんに金借りに行ったってね。なんでお父さんに言わなかったんだ」と問い詰めるが、明子は「もういいの。もう済んじゃったんだから」とその場を離れようとする。金の使い道をきかれても「友達が困っていたから」とうそをつく。被っていたスカーフは脱いでいるが、外套を着たままの姿で、これも背広姿の周吉との間には、最初から険悪な空気が漂っている。

 次に周吉と明子が相対するのは、憲ちゃんを待って深夜喫茶にいた明子が警察に補導され、周吉に内緒で孝子が引き取りに行った晩である。警察からの再度の電話で事情を知った周吉が明子を問い詰める。この場面の周吉は、これ以外では見せることのない冷酷で厳しい顔つきである。明子はしようことなく周吉の前に座るが、下を向いて黙っている。「うちには、警察なんかに呼ばれるものはいないはずだ」と言う周吉。何を問い詰められても黙っているだけの明子に、周吉はついに「なぜ黙っているんだ。そんなやつはお父さんの子じゃない」と言い放つ。「お父さん、そんな」と孝子が周吉を押しとどめて、やっと明子は解放される。この間、明子はスカーフを被り、外套も着たままである。

 明子を二階にやって、周吉と孝子が話し合う場面がある。「どうしてあんな風になったか。困ったもんだ」と周吉がつぶやく。それに対して、孝子が「あきちゃんもさびしいのよ、きっと」と答えるのだが、このとき一瞬孝子の口もとに微笑のようなものが浮かぶ。この後、周吉は、明子にはさびしい思いをさせないように、ときには孝子がひがむのではないかと思うくらい可愛がって育ててきた、と述懐し「いやぁ、子供を育てるってのは難しいもんだ」と嘆く。すると、微笑のようなものが、周吉の言葉を聞き終わった孝子の口もとに再び漂うのだ。口もとだけでなく、目もかすかに笑っているように見える。

 これは私の錯覚なのか?「お父さん、お休みになって」と孝子が促して、周吉が隣の部屋に去った後、カメラがしばらく無言の孝子の表情をとらえるのだが、これが何ともいえず、おそろしいのである。一人になった孝子は、やはり微かに笑みを含んだような表情で数秒間じっとしている。それから何かを決意したようにコートを脱ぎ始める。この間ずっと視線は斜め下に向けられている。蛇のような視線である。

 このとき孝子が見ていたものは何か、という疑問はいつまでも解決できない問題として私の中に残っている。というより、孝子とはいったい、どういう存在なのだろう。このドラマの中で、孝子はまだ明子の妊娠には気づいていない、という設定になっている。あるいは、最後まで、孝子も周吉も知らなかった、ということかもしれない。この時の孝子が見つめていたものは、妹の妊娠、あるいは酒に溺れる夫との生活、などの具体的な生活の苦悩ではなく、もっとたんてきに地獄そのものかもしれない。沈黙と不動の数秒間は、みずからが地獄の中で生きていることを確認している時間だったのではないか。

 ラスト、夫との生活に戻ることを告げる孝子に、周吉が「お前、向こうへ帰って、沼田とうまくやっていけるのかい」と言う。孝子は「やっていきたいと思います。やっていけなくても、やっていかなきゃならないと思います」と答える。孝子は、地獄が日常である生活を生きることを宣言したのである。

 孝子の地獄とこの映画のテーマについては、後半姉妹の母がプロットの展開に介入してくる部分も含めて、もっと追いかけなければならないのですが、すでにかなりの長文になってしまったので、ここでいったん切り上げたいと思います。周吉の家をとりまく十字架に見える電柱とイチジクの木と森永牛乳(エンゼルマーク)の木箱についても、できれば、次回で考えてみたいと思っています。できるかどうか、自信はないのですが。

 不出来な長文を最後まで読んでくださってありがとうございます。
 

2018年3月6日火曜日

小津安二郎『東京暮色』__緻密で隠微な心理劇の指し示すもの__明子を殺したのは誰か

 映画館に出向いて映画を観たことはこの齢になるまで数えるほどしかないのに、無料トライアルでたまたま小津安二郎のビデオを見て、あまりの面白さに嵌まってしまった。観ることができたのは、主に戦後の作品である。『晩春』から『秋刀魚の味』まで、そのほとんどが「家族」をテーマにしている。「政治」や「社会」を介入させない、という点でそのこと自体逆に極めて「政治的」であるともいえると思う。今回は、一九五七年に封切られた『東京暮色』について書いてみたい。

 小津の作品はどれを取ってみても無駄なシーンや不必要な台詞がないので、活字で紹介するのはなかなか難しいのだが、これは父子家庭の物語である。一家の母は、銀行員の父が京城に赴任中に関係を持った父の部下と出奔して不在である。残された子は三人いて、父親が男手一つで育ててきたが、和ちゃんと呼ばれる兄は「(昭和)二六年に山で遭難」して死んだ。母が出奔したとき三歳だった「明子」と姉(年齢はわからない)の「孝子」が登場する。季節は冬である。

 姉の孝子は学者の夫との折り合いが良くなくて、二歳の女の子(「道子」という名である)を連れて、実家に戻っている。妹の明子は短大を卒業して英文速記を習っているが、「憲ちゃん」という男の学生の子をみごもっている。明子がみごもったのを知って、憲ちゃんは逃げ回っている。憲ちゃんの後を追って、不良学生らがたむろする麻雀屋に行くと、麻雀屋の女将が明子に話しかけてくる。明子が小さいときに近所に住んでいたというのだが、明子はその女が自分の母親である、と気づく。

 その後、明子は、やっと(偶然に)会えた憲ちゃんに窮状を訴えるが、誠意のある対応をしてもらえない。約束した喫茶店に現れない憲ちゃんを深夜まで待っていた明子は警察に補導されてしまう。孝子に引き取られて帰宅した明子だったが、警察からの電話で事情を知った父に叱責されて、「(そんな子は)お父さんの子ではない」とまで言われてしまう。

 絶望の中で明子は堕胎手術を受ける。費用は父の友人の妻に工面してもらったらしい。そんな明子に父の妹が縁談を持ち込んでくる。その折に、父の妹から出奔した母親(喜久子という名であると明かされる)が東京にいると聞いた孝子は、明子に話しかけてきた麻雀屋の女将が母親であると確信して、喜久子に会いに行く。そして、明子が訪ねてきても、母と名乗らないでくれ、と言う。

 だが、明子は再び喜久子に会いに行って、問いただすのだ。自分は本当に父の子か、と。潔白を疑われた喜久子は血相を変えて、「お父さんの子じゃなければ、誰の子だと思ってるの」と明子の疑惑を否定する。一縷の望みを託した仮定も否定されて、明子は絶望する。

 明子は、その後、またまた偶然に鉢合わせした憲ちゃんの口先だけの言葉に激怒して、彼に平手打ちを食わせ、踏切に飛び込んで電車にはねられる。深夜勤務の看護婦だけがあくびを噛み殺しながら宿直する病院で、父と孝子に看取られ、「死にたくない。もう一度やり直したい」と言いながら、明子は死んでいく。

 喪服を着て麻雀屋を訪れた孝子から「あきちゃん死にました。お母さんのせいです」と告げられた喜久子は麻雀屋をたたんで、連れ合いとともに室蘭に行くことを決意する。青森行きの列車の出発時刻が迫る中、喜久子は必死でホームに孝子の姿を求めるが、彼女は来ない。孝子は父に夫のもとに帰って、もう一度やり直すという。彼女の言葉を聞いて、父は明子の遺影に向かって読経のようなものをくちずさむのだ。

 以上、稚拙にプロットをたどってみたが、この映画のすばらしさがまったく伝わらないないのがもどかしい。一見、不実な男に弄ばれて身を持ち崩した女の死に至る物語のようだが、実は男の存在は家族の問題を炙り出す触媒の役割なのではないか。これは複雑で隠微な肉親の愛憎と葛藤の物語なのである。温厚で子煩悩の父親、妹思いの気丈な姉、世話好きのやり手実業家の叔母、血族の誰もが「いい人」なのだが、誰も明子を救えなかった。いや、彼らが明子を死に駆り立てたのだ。

 映画の冒頭、「小松」という小料理屋に初老の男が入ってくる。主人公の父親杉山周吉である。飲み屋の店先に、たぶん当時は珍しかっただろう大型のオートバイが止まっている。店の中ではこのオートバイの持ち主らしい革ジャン(これも当時は貴重品だったと思われる)を着た男が一人で酒を飲んでいる。女将と周吉、それに先客の男をまじえたさりげない会話から、これ以降の物語の展開に必要な情報が過不足なく提示されていく。

 女将と周吉は古いなじみで、家族ぐるみのつきあいのようである。女将は明子も孝子もよく知っているようだ。周吉は銀行員である。だが、どうも、ばりばり仕事をして出世していく、というタイプでもないらしい。「くにからこのわたを送ってきた」という話から、女将の郷里の志摩が話題になり、先客の男が真珠の養殖の話をする。先客の男が「深い海の底で育つ」という真珠の養殖は、この映画のテーマの何らかの寓意なのだろうか。

 小料理屋の店内に孝子の夫(沼田という名である)の帽子が掛けてあったことから、周吉は孝子の夫が数日前酔ってこの店を訪れたことを知る。そして、帰宅すると、孝子が赤んぼうの道子を連れて戻ってきている。

 ここまでわずか数分間の映像で、周吉と彼を取り巻く家族の不幸が暗示される。明るい飲み屋の店内と一変して、周吉の家のある雑司ヶ谷の坂道の暗いこと。周吉の家は、かなり急な坂道を上がったところにあるのだが、坂道の後ろに十字架のように見える電柱が立っている。家の玄関の前には、(このときは暗くてよくわからないのだが)鉢植えのイチジクの木と大きな壺が置かれ、森永牛乳の木箱が玄関のガラス戸に掛かっている。

 これらの映像から、神話的、あるいは宗教的な寓意をよみとることはもちろん可能だが、それよりも徹底してリアルな、緻密に組み立てられた心理劇の伏線として受け取るべきだろう。この心理劇は、孝子を演じる原節子の怖ろしいまでの名演技にかかっているのだが、長くなるので、詳細はまた次回に書きたい。

 一カ月間小津三昧で、その割にまとまったことも書けませんが、何とか出だしの部分まで漕ぎつけました。もう少し、怠けないで頑張りたいと思っています。今日も不出来な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。