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2013年9月1日日曜日
「香具山は畝傍をゝしと耳梨と」続々続々折口学再考___「つま争い伝承」?
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額田王、柿本人麻呂といわゆる宮廷歌人の歌を取り上げてきた。今回は天智天皇御製と記載されている歌三首。 「香具山は 畝傍をゝしと、 耳梨と、あひ争ひき。 神代よりかくなるらし。 いにしへも然なれこそ。 うつそみも、つまを争ふらしき」 萬葉集巻一・...
2013年8月16日金曜日
「いかさまに 思ほしけめか」続々続折口学再考__懐古、鎮魂の目的
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わずか五年で廃都となった近江京は、その後多くの歌人たちの懐古の対象となって詠みつがれていく。ここではもっとも早く懐古、鎮魂の歌を詠んだ人麻呂の作品を取り上げてみたい。 「玉だすき畝傍の山の、橿原の聖の御代ゆ、 あれましゝ神のことごと、栂の木のいやつぎつぎに、天の下知ろ...
2013年8月12日月曜日
「うまざけ 三輪の山」続折口学再考___信仰_呪術の根底にあるもの
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前回に続いて、額田王の作品を取り上げてみたい。額田王は鏡王の娘ではじめ大海人皇子に娶され、後に姉鏡女王とともに中大兄皇子(天智天皇)に娶された。以下は天智天皇作とも伝えられる有名な長、反歌である。 「うまざけ 三輪の山。 あをによし 奈良の山の、 山の際にい隠るまで、...
2013年8月10日土曜日
「熟田津に 船のりせむと」折口学再考____信仰という名の思考停止を超えて
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前回取り上げたレイモンド・チャンドラーとともに、若い日の私を虜にしたもう一人の男折口信夫について読み直さなければならない、と考えている。と言っても、折口は文学、宗教その他あらゆるジャンルにわたる巨人だ。これは折口批判などいうだいそれたものではなく、あくまで私の個人的な読み直しで...
2012年1月30日月曜日
「家にてもたゆたふ命。波の上に浮きてし居れば、奥処(おくか)しらずも」___存在の不安
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以前二か所に家を持っていて、その間を行き来する生活をしていたことがあった。一つは一か月に一度くらいの割合で風を通しに帰る程度だったが、庭が割合広かったので、家庭菜園などしていた。優雅な生活といえなくもなかったが、一年くらいして、貸家にしてしまった。貸家にした理由は、経済的なことも...
2012年1月22日日曜日
「沫雪の ほどろほどろに降り頻けば、平城(なら)の京(みやこ)し 思ほゆるかも」____個人的感慨としての詩歌
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萬葉集巻八 大伴旅人の歌。以前「男の恋歌」でとりあげた「ますらをと思へる吾や。みづくきの 水城の上に、涙のごはむ」の作者が、任地九州にあって、降る雪に故郷を思って詠んだ歌である。「ほどろほどろに降り頻けば」の「ほどろほどろ」が好きである。水分を多く含んだぼたん雪が、次から次へと地...
2012年1月12日木曜日
「しるしなき恋をもするか」___男の恋歌
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昨日に続いて、聖書のなかの「ぶどう園の農夫のたとえ」と「ぶどう園の労働者のたとえ」について考えてみようと思ったのですが、もう少し後にします。今日は萬葉集の中から、男の恋歌をいくつか紹介します。 「しるしなき恋をもするか 夕されば ひとの手まきて 寝なむ子ゆゑに」巻十一 作者...
2012年1月10日火曜日
「愛(うつく)しき言つくしてよ」___聞かせてよ、愛のことばを
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プロフィールで紹介したように、わたしが一番好きな歌は「昭和枯れすすき」である。二番目に好きな歌は「愛のさざ波」で、私のミーハー偏差値が確認されると思う。でも、好きなものは好きなのだ。歌は、恋の歌でなくっちゃ歌じゃない、と思っている。いまの歌は、恋の歌なのかどうか、私には、耳をすま...
2012年1月2日月曜日
「あたらし」と「あらたし」と___折口信夫について
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昨日取り上げた大伴家持「新しき年のはじめの初春の、今日降る雪の、いや頻け。吉事(よごと)」の「新しき」は「あたらしき」と読むのだろうか?いま、折口信夫全集巻五の『口譯萬葉集』でたしかめようとしたのだが、ただ「新しき・・・」と表記されているだけである。 いうまでもなく「あたら...
2012年1月1日日曜日
移りゆく時見るごとに___閑散とした年の暮れに
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今まで何もしなかったわけではないのだが、それでも今日は最低限の歳末の家事をしていたら、この時間になってしまった。夕方、買い物にでかけて、人出があまりに少ないことに驚いた。昨日もそうだった。風もなく、冬晴れの暖かい日なのに、新年を迎える緊張感もざわめきもない年の暮れだった。 ...
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