いまはほとんど議論の対象にならなくなったけれど、一時期かなり真剣に「純文学とそれ以外の小説」の区別が問題になったことがある。純文学とそれ以外__中間小説、大衆小説と呼ばれていた__では発表される雑誌も違っていた。いずれのジャンルの小説も、いま考えると不思議なくらい量産されていて、毎月発行される雑誌も御三家(新潮社、文芸春秋、講談社)中心に数多かった。当時の流行作家だった瀬戸内晴美(寂聴)が「挿絵がついていないのが純文学で、挿絵つきはそうでない」という定義をしていて、そうなのか、と納得した覚えがある。その当時もいまも「純文学」というものを読んでわかった気になったことは一度もないのだが。
三島由紀夫は当時最もきらきらした流行作家で、かつ純文学の作家だった。ただ、私の文学体験が折口信夫全集からはじまるかなり特殊なものだったので、同時代人としての三島に関しては、高校の読書感想文の課題図書となった『潮騒』を読んだ、というより読まされた記憶しかない。当時の私にはさっぱり面白くない作品だった。純真だが貧乏で粗野な若者と美貌の資産家の娘が愛し合って、試練を乗り越えて結ばれる、というハッピィ・エンドの物語のどこに文学的興味をもてばよいのかわからなかった。いま読み直すと、この小説は、神話的枠組みの中で、どこまでも健康に異性間の愛と純潔を語り上げたという点で、三島の他の作品と際立って異なっていると思われる。
純文学かそうでないかの区別に話を戻すと、私なりの区別の仕方があって、それは、作品を読んだあとの後味のちがいである。純文学は、読み終わって、また同じその作品をもう一度読みたくなるのだ。読後に感動とともに謎が残っているので、それをつきとめたくなるのだろう。読み終わって、「ああ面白かった。で、次は何を読もうか」と未練なく読み捨てられるのは純文学ではない、という独断と偏見にみちた私の判断基準からいえば、上記の『潮騒』はまぎれもなく純文学である。だが、それ以外の三島由紀夫の作品は、いま読むとどれもあまりにも面白くて、しかも次の作品が読みたくなり、これがはたして純文学なのだろうか、と思ってしまう。私は三島の遺作ともいうべき「豊饒の海」四部作から読みはじめたのだが、それからやめられなくなって手当たり次第に濫読している。(なのでちっともブログが書けませぬ)
「豊饒の海」四部作については、いつかきちんとしたものを書きたいと考えている。それから、これはまちがいなく「純文学」であり、大江健三郎や深沢七郎にも大きな刺激と影響を与えた「憂国」も取り上げたいと思っているが、ここではあまりに面白い純文学として「仮面の告白」について、少しだけ書いてみたい。
有名な小説なのであらすじを紹介するまでもないと思う。三島由紀夫が二十四歳の時に書かれた「ゐたせくすありす」だといわれている。「自分が生まれた光景を見た」という不思議な体験を語ることからはじまるこの小説は、「近江」という少年への恋、残虐と恍惚が入り混じった死への異常な関心と傾斜、異性に対する不能を語りながら、「園子」という美貌の少女を登場させる。戦時下にこんな生活があったのかと思うような別世界で、天真爛漫で育ちのよい園子は語り手の「私」を愛する。その一途な愛が、あまりにも一途なので、かえって愛されている「私」を嫉妬させるほどに。だが「私」は愛を成就させることはできない。
「愛の不能」が三島の作品だけでなく、世界的な文学や芸術のテーマであった時代が当時だったのかもしれない。なんだかよくわからないけれどそんなようなテーマをうたったフランス映画を観に行った記憶がある。でも、いま「仮面の告白」で取り上げたいのは、そんな観念的なテーマについてではない。一途に「私」を愛する園子の見事な悪女性について、である。園子が悪女だとは作品の中に一言も書かれていない。少女期特有の甘やかな感傷を身にまとい、園子は純粋に「私」を愛そうとする。「私」も彼女以外に真剣に想う相手はいない。彼女と「私」の間に愛を阻む条件はないのである。戦時下で頻繁に空襲があり、いつ日常が断たれるかという状況はあっても、それだからむしろ一層園子の愛はまっすぐなのだ。純粋な善そのもののような園子を三島は身も凍るような悪女にしたのである。
「私」は園子の家から正式に縁談がもちこまれそうになると、逃げてしまう。そして原爆が落とされ戦争が終わった。官吏登用試験を目前にしている「私」は「偶然に」園子と再会する。配給の蒟蒻が入ったバケツをもって「私」の前に現れた彼女は人妻になっていた。その後再び彼女の兄の家で出会った二人は逢瀬を重ねるようになる。「どうして私たち結婚できなかったのかしら。」「あたくしをおきらいだったの?」とたずねる園子に、今度は「私」は「もう一度二人きりで会えない?」と誘い、彼女もそれに応じたのだ。どこまでいってもプラトニックな関係のままで。このかぎりなく狡猾で隠微な関係を三島はこう描写する。
私たちはお互いに手をさしのべて何ものかを支えていたが、その何ものかは、在ると信じれば在り、無いと信じれば失われるような、一種の気体に似た物質であった。これを支える作業は一見素朴で、実は巧緻を要する計算の結果である。私は人工的な「正常さ」をその空間に出現させ、ほとんど架空の「愛」を瞬間瞬間に支えようとする危険な作業に園子を誘ったのである。彼女は知らずしてこの陰謀に手を貸しているように見えた。知らなかったので、彼女の助力は有効だったということができよう。
しかし破綻はまちがいなくやってきた。再会から一年経った晩夏のある日、逢引の場所のレストランでの会話である。
彼女は指輪のきらめく指でプラスチックのハンドバッグの留め金をそっと鳴らした。
「もう退屈したの?」「そんなこと仰言っちゃ、いや」
何かふしぎな倦怠が彼女の声の調子にこもってきこえる。それは「艶やかな」と謂っても大差のないものである。
この後、夫に対する良心の呵責から受洗を考えているという彼女を誘って「私」は行き慣れぬ踊り場に足を運ぶ。そこで出会った名もしらぬ半裸の若者の肉体と刺青に「私」は突然の情欲に襲われる。忘我のうちに幻想を見ていた「私」は園子の「あと五分だわ」という叫びに我にかえる。彼女の逢引に使える時間は逼迫していたのだ。しどろもどろで取り繕う「私」に彼女はこう言うのだ。
・・・やがて そのつつましい口もとには、なにか言い出そうとすることを予め微笑で試していると謂った風の、いわば微笑の兆しのようなものが漂った。
「おかしなことをうかがうけれど、「もう」でしょう。「もう」勿論あのことはご存知の方(ほう)でしょう」
彼女は、「私」が女を買おうとして自分の不能を確定させた一晩の経験を知っているはずはない。ただ、彼女のなかの「女」がこう言わせたのである。それがたわむれな、あるいは偶発的なものでない証拠に、彼女はさらにたたみかけて聞くのだ。
私は力尽きていた。しかもなお心の発条(ばね)のようなものが残っていて、それが間髪を容れず、尤もらしい答えを私に言わせた。
「うん、・・・・・・知っていますね。残念ながら」
「いつごろ」
「去年の春」
「どなたと?」
「私は」、執拗に相手の名を聞く園子に「きかないで」と答えるのがやっとだった。完膚なきまでにたたきのめされた「私」の心象風景を三島はこう描写して一編を閉じる。
___時刻だった。私は立ち上げるとき、もう一度日向の椅子のほうをぬすみ見た。一団は踊りに行ったとみえ、からっぽの椅子が照りつく日差しのなかに置かれ、卓の上にこぼれている何かの飲み物が、ぎらぎらと凄まじい反射をあげた。
こんなにも魅力的な悪女を書き得たのが弱冠二十四歳の青年だったということが信じられない。園子をこのような悪女に造型するために、「私」は性的倒錯の不能者として描かれなければならなかったのだが、現実に女を知らない人間が書ける小説ではないのは言うまでもない。このあとも三島は次々と魅力的な悪女を書いてく。というより、『潮騒』のような例外を除けば、三島は悪女だけをかいたのではないか。遺作となった「豊饒の海」は悪女のオンパレードのように思われる。
大江健三郎を読み解くために三島由紀夫に取り組んだつもりだったのですが、やはり地がでて、ミーハー度満開の読書感想文になってしまいました。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
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