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2015年12月21日月曜日

大江健三郎『水死』__コギーという記号とあらゆる手続きの演劇化

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 大江健三郎の小説を読んで分かった、と思ったことは一度もない。分かった、と思うときがきたら、そのとき私は大江の読者でなくなるだろう。『水死』も分からない小説で、いろいろな分からなさがあるが、まずは「コギー」なる名称と存在が分からない。  物語の始めに、古義人が賞をもらったとき...
2015年12月14日月曜日

大江健三郎『水死』___フィクサー・アサの役割と沈黙する古義人

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 この小説ほど古義人の妹アサの活躍する作品はない。アサは、物語りの発端から終末まで事件の展開の節目節目に登場して、その主導権を握っていく。アサから古義人への手紙、というかたちで語り手としての役割も担っている。一方、古義人はなんら主体性なく沈黙がちで、結末の破局までなすすべもなかっ...
2015年12月5日土曜日

大江健三郎『水死』__「大黄さん」に関する備忘録

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 『水死』はやはり不思議な小説である。この作品だけ読めば、起承転結整っていてスキがないようにみえるが、長江古義人シリーズの最新作としては、これまでの作品との破綻があちこちにあると思う。もちろん、これも作者大江の戦略なのだろうが。  前回のブログ「ウナイコという戦略_『みずから...
2015年11月9日月曜日

大江健三郎『水死』__ウナイコという戦略__『みずから我が涙ぬぐいたまう日』を読み替える

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 『水死』は不思議な小説である。主人公は誰か?大江健三郎は何故この小説を書いたのか?  十七歳の少女が強姦され堕胎をさせられる。十七年後女優になった彼女は強姦した男に復讐する。物語の縦糸はこれである。縦糸に絡む横糸として、作家長江古義人の「水死小説」がある。縦糸と横糸で織り成...
2015年10月10日土曜日

夏目漱石『こゝろ』__いくつかの不思議の妄想的分析その2__「自白」が守った「純白の記憶」

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 渡部直己氏も触れていることだが、『こゝろ』の中には、登場人物が心中を吐露する文脈で「自白」という言葉が多用されている。上巻「先生と私」では二箇所だが、下巻「先生の遺書」では十六箇所、計十八箇所で使用され、後半に頻出する。これが作者の無自覚な用法でない証拠には、「告白」という言葉...
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