2024年11月28日木曜日

宮沢賢治『銀河鉄道の旅の夜』__旅の終わりに___カムパネルラの消失から死まで

  前回の投稿を終えて、ずっとカムパネルラのことを考えている。カムパネルラとは何だったのか。

 カムパネルラについては、今回『銀河鉄道の旅の夜』を読み直すにあたって、最初に「カムパネルラという存在とその消失の意味するもの」と題して書いている。興味のある方はそちらを参照していただけるとありがたい。今回あらためて考えてみたいのは、「カムパネルラとは何か」あるいは「ジョバンニとは何か」である。

 前回「カムパネルラという存在とその消失」でも述べたように、第三次稿で具体的に記されたジョバンニとカムパネルラのかかわり、そして縷々と綴られたジョバンニのカムパネルラへの切ない思いは最終稿ではほとんど削除されてしまっている。代わりに、病気で臥せっているジョバンニの母とジョバンニとの会話のなかで、少し不思議なことが語られている。

 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまへたちのやうに小さいときからのお友達だったさうだよ。」これはジョバンニの母のことばだが、「あの人=カムパネルラ」が「うちのお父さん」と「小さいときからのお友達だった」とはどういうことを意味するのだろう.

 「あの人のお父さん」と「うちのお父さん」が小さいときからの友達だった、と言っているのではない。ややこしい話だが、「あの人=カムパネルラ」が「うちのお父さんの友達だった」と言っているのである。作者賢治の書き間違いだろうか。ジョバンニの同級生のカムパネルラがジョバンニの父と「小さいときからの友達だった」という状況は普通はあり得ない。また、ジョバンニの母の「小さいときからのお友達だったさうだよ」という言葉は、母がジョバンニの父からカムパネルラとジョバンニの父が友達であると聞いていたことを示している。

 ところで、『銀河鉄道の旅の夜』の多くの読者は、ジョバンニのモデルは作者賢治であり、カムパネルラのモデルは賢治の思慕の対象となった保阪嘉内、あるいは亡くなった妹のとし子を想定していると思う。おおむねそれで間違ってはいないと思うが、ジョバンニとカムパネルラの人物造型は少し複雑である。

 ジョバンニは父が不在で、貧しく、病気の母の面倒をみながら、学校の前後に働かなくてはならない。そのため同級生にいじめられ、疎外されている。この状況は賢治とまったくかけ離れたものである。賢治はむしろ、何不自由ない暮らし向きのカムパネルラと同じ境遇だった。では、ジョバンニは賢治とまったくことなった人物として描かれているのかといえば、もちろんそうではない。

 「天上へなんか行かなくたっていゝぢゃないか。ぼくたちこゝで天上よりももっといゝとここさへなけぁいけないって僕の先生が云ったよ。」サウザンクロスの駅で降りる支度をしている女の子にかけたジョバンニのことばだが、これは賢治の思想だろう。この後、クリスチャンの青年とジョバンニは「たったひとりのほんたうのほんたうの神さま」について神学論争をはじめるのだが、結論は出るはずもない。ほかならぬ「ここで」、「天上よりももっといゝとここさへなけぁいけない」とは、賢治の至上命題で、ジョバンニはまさに賢治の代弁者である。

 そのジョバンニを、なぜ賢治は自身と正反対の境遇においたのか。おそらくそれは、「みんなのほんたうのさいはひをさがしに行く」主人公を、経済的、あるいは政治的にも賢治の属する階層とは異なった階層の人間として設定したかったのだと思われる。そして、それは、旅の途中で唐突に新大陸のインディアンや「星とつるはしの旄」が登場することにつながっているのではないか。

 賢治とほぼ重なる境遇のキャラクターとして造型されたのは、先に述べたようにカムパネルラの方である。裕福な家庭に育ち、学力も高く、絵も上手で、「運動場で銀貨を二枚弾いてゐたりしていた。」と第三次稿で書かれている。もっともこの部分は最終稿では完全に削除されてしまっているのだが。

  では、カムパネルラは銀河鉄道の旅の中で、何をしたのか。

 ひとことでいえば、何もしていないのだ。何もしていない、といえば語弊があるかもしれない。先に汽車に乗ったが、ジョバンニの同行者として最後まで彼の傍らに「ゐた」のである。

 ジョバンニが持っていない「銀河ステーションでもらった地図」をもっていて、旅の途中都度々々地図を開いて、現在地とその状況を確認するのがカムパネルラだった。天の川の砂を見て、「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えてゐる。」と言ったり、河原に列をなしてとまっている鳥が烏でなくかささぎであると判定したり、自然科学の知識が特に豊富なようだ。空を渡る鳥の大群に旗を振って信号を送る渡し人が現れる場面では「どこからかのろしがあがるため」だろうと推測したりしている。両岸に「星とつるはしの旄」が立つ川に発破がしかけられ、鮭や鱒が打ち上げられる場面では、ジョバンニとともに小躍りして喜んでいる。

 『銀河鉄道の旅の夜』は三人称の作品だが、一貫してジョバンニの心情から語られているので、カムパネルラが何を考えているかはわからない。ほぼジョバンニと重なっているように見えるが、二人の距離は稿を重ねるごとに微妙に離れていく。少し煩雑になるが、サウザンクロスでほとんどの乗客が降りたあとのジョバンニとカムパネルラの会話を比べてみたい。

 「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねぇ、どこまでもどこまでも一緒に行かう。僕はもうあのさそりのやうにほんたうにみんなの幸のためならばそしておまへのさいはひのためならば僕のからだなんか百ぺん灼ひてもかまはない。」(下線は筆者)
 「うん、僕だってさうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでゐました。
 「けれどもほんたうのさいはいは一体何だらう。」ジョバンニが云ひました。
 「僕わからない。」カムパネルラはさうは云っていましたがそれでも胸いっぱい新しい力が湧くやうにふうと息をしました。
 「僕たちしっかりやらうねぇ。」ジョバンニが云ひました。

 これが初稿だが、第二次稿もほとんど同じである。ただジョバンニのことばから「そしておまへのさいはひのためならば」が削除されている。第三次稿と最終稿ではこうなっている。

 「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねぇ、どこまでもどこまでも一緒に行かう。僕はもうあのさそりのやうにほんたうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼ひてもかまはない。」
 「うん、僕だってさうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでゐました。
 「けれどもほんたうのさいはひは一体何だらう。」ジョバンニが云ひました。
 「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云ひました。(下線は筆者)
 「僕たちしっかりやらうねぇ。」ジョバンニが胸いっぱい新しい力が湧くやうにふうと息をしながら云ひました。(下線は筆者)

 初稿では、ジョバンニはカムパネルラを前にして「そしておまへのさいはひのためならば」僕のからだなんか百ぺん灼ひたってかまはない、と言っている。はっきりと、カムパネルラそのひとを対関係の対象にすえている。

 第二次稿では「そしておまへのさいはひのためなら」は削除され、「おまへのさいはひ」は「みんなの幸」と集約され一般化されている。さらに第三次稿と最終稿では、それまでの稿と以下の二点で明確に異なっている。

 ひとつは、初稿と第二次稿では、本当の幸いはなんだろう、というジョバンニの問いにカムパネルラは「僕わからない」と言いながら、「それでも胸いっぱい新しい力が湧くやうにふうと息をしました。」と書かれているのに対し、第三次稿と最終稿では、「「僕わからない」カムパネルラがぼんやり云ひました。」となっていること。また、「胸いっぱい新しい力が湧くやうにふうと息をしたのは、カムパネルラではなく、ジョバンニなのだ。

 初稿から最終稿まで、ジョバンニの傍らにいるカムパネルラは、「きれいな涙を「うかべて」ジョバンニに共感するたたずまいはかわらないが、最後は「ほんたうのさいはひはなんだらう。」というジョバンニの問いに「僕わからない」と「ぼんやり」言うだけなのだ。ジョバンニひとりが「「僕たちしっかりやらうねぇ。」と「胸いっぱい新しい力が湧くやうにふうと息をした。」のである。賢治は、ジョバンニから完全ににカムパネルラを引きはがしたのだ。

 「僕たちしっかりやろうねぇ。」とジョバンニが言った直後「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」とカムパネルラが天の川に空いた大きなまっくらな孔を指し示す。そして彼は「どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行かう。」というジョバンニに「あゝきっと行くよ。」と言いながら消えてしまう。

 注意しなければならないのは、初稿と第二次稿では、カムパネルラは「いなくなった」のであり、必ずしも「死んだ」ことにはなっていないことだ。というより、作者の関心は「さあ、やっぱりぼくはたったひとりだ。きっともう行くぞ。ほんたうの幸福が何だかきっとさがしあてるぞ。」(下線は筆者)というジョバンニの決意表明にある。そしてジョバンニは「セロのやうな声」の主に、切符をしっかりもって、厳しい現実を歩いて行くよう訓示をうけ、次に現れた「ブルカニロ博士」から金貨を二枚もらって帰途に向かう。

 第三次稿のカムパネルラは、「どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行かう。」というジョバンニに「あゝきっと行くよ。」といった後「あすこの野原はなんてきれいだらう。みんな集まってるねぇ。あすこがほんたうの天上なんだ。あっあすこにいるのはぼくのお母さんだよ。」と叫んで消えてしまう。カムパネルラの消失に慟哭しているジョバンニに声をかけたのは、「黒い大きな帽子をかぶった青白い顔の痩せた大人」だった。その人はカムパネルラが「ほんたうにこんや遠くへ行ったのだ。」といい、もうさがしてもむだだ、と彼の死を示唆する。

 『銀河鉄道の旅の夜』の成立論を始めるつもりはないのだが、第三次稿はそれまでの二稿に比べて、かなり異色である。初稿、第二次稿は前半が欠落しているので、一概にいえないが、第三次稿は分量が前の二稿の倍以上になっている。とくに、カムパネルラが消えた後に不思議な人物が現れるが、その人物がジョバンニに世界の真理を説く部分が長いのである。

 前の二稿では「セロのやうな声」がして、ジョバンニを励まし、「天の川のなかでたった一つのほんたうの切符」を持って「本当の世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐ歩いていかなければならない。」という。それから、「あのブルカニロ博士(欠落している前半部分にすでに登場しているのだろうか)が近づいてきて、ジョバンニの銀河鉄道の旅の体験が「遠くから私の考えを伝える実験」であり、「これから、何でもいつでも私のとこへ相談においでなさい。」と言って、金貨を二枚ジョバンニに与える。

 第三次稿では、消えたカムパネルラの座っていた席に「「黒い大きな帽子をかぶった青白い顔の痩せた大人」が「優しく笑って大きな一冊の本をもって」いた。そして、その人は、カンパネルラの死を示唆した後、人生と世界の秘儀について長い講釈をするのだが、私の能力ではそれを要約することができない。おそらく仏教の宇宙観、もしかしたら三島由紀夫が「暁の寺」で精緻な説明を試みていた阿頼耶識のことかもしれない。それからその人はジョバンニに不思議な実験をする。

 「そのひとは指を一本あげてしづかにそれをおろしました。するといきなりジョバンニは自分といふものがじぶんの考といふものが、汽車やその学者や天の川やみんながいっしょにぽかっと光ってしぃんとなくなってぽかっとともってまたなくなってそしてその一つがぽかっとともるとあらゆる広い世界ががらんとひらけあらゆる歴史がそなはりすっと消えるともうがらんとしたたゞもうそれっきりになってしまふのを見ました。だんだんそれが早くなってまもなくすっかりもとのとほりになりました。」

 前の二稿はブルカニロ博士が実験をしたのだが、第三次稿ではカンパネルラの席に座った不思議な人が汽車のなかでジョバンニに実験をする。だが、この後またしても「あのブルカニロ博士」が現れ、この実験を含む銀河鉄道の旅すべてが私の実験だった、という。賢治はなぜこんな重複とも見える筋立てにしたのだろう。

 不思議なことに、こんなに詳しく世界を語ることに情熱を傾けた第三次稿の最期の部分は最終稿では完全に削除されている。「あのブルカニロ博士」の実験のくだりもなく、代わりに、「青じろい尖った顎をした」カムパネルラのお父さんが黒い服を着て登場し、カムパネルラの死を宣告する。第三次稿と最終稿の断絶については検討しなければならない多くの課題があるが、それについてはもう少し時間がほしいと思っている。

 ひとつの仮説として、第三次稿までは、ジョバンニが求道者として世界に屹立するまでの物語だった。そのためにジョバンニは、カムパネルラから自立しなければならなかった=カムパネルラを失わなければならなかった。そのことによって、「みんながカムパネルラだ」という真実に気づくために。

 『銀河鉄道の旅の夜』の難解さは、決定稿がないため、活字化されたものでも初稿から最終稿まで段落が錯綜していることにも原因があるように思います。今回は岩波現代文庫の『「銀河鉄道の旅の夜」精読』を参考にさせていただきました。初稿から最終稿まで掲載されているので、賢治の推敲の過程がわかりやすく、非力な私でもいくらか読解を深めることが出来たように思います。著者の鎌田東二氏に感謝申し上げます。

 未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

2024年10月4日金曜日

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』___燃える蝎__救済か地獄の劫火か

  双子の星の話は、姉と弟のの要領を得ない会話のあと、男の子の「ぼく知ってらあ。ぼくおはなししやう。」ということばの後は空白になり、段落が切り替わる。

 「川の向ふ岸が俄かに赤くなりました。楊の木や何かもまっ黒にすかし出され見えない天の川の川の波もときどきちらちら針のやうに赤く光りました。まったく向ふ岸の野原に大きなまっ赤な火が燃されその黒いけむりは高く桔梗いろのつめたそうな天をも焦がしさうでした。ルビーよりも赤くすきとほりリチウムよりもうつくしく酔ったやうになってその火は燃えているのでした。」

 近くの光景は黒い影絵のようで、その向こうに巨大な燃焼がある。賢治は筆を尽くして、それこそ「うつくしく酔ったやう」に銀河鉄道の旅のクライマックスを描写する。

 あれは何の火だろう、とジョバンニが言うと、カムパネルラが地図を見て蝎の火だとこたえる。すると、女の子が「蝎がやけて死んだのよ。」と説明をはじめる。父親から何度も聞いた話だという。

 むかし、バルドラの高原にいた一びきの蝎が、いたちに食べられそうになって、必死に遁げ、そして井戸に落ちてしまう。井戸からあがれなくて、溺れそうになって、蝎は祈る。

 「あゝ、わたしはいままでいくつの命をとったかわからない。そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもたうたうこんなになってしまった。あゝなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったらう。そしたらいたちも一日生きのびたらうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸いのために私のからだをおつかひ下さい。」

 蝎は後悔している。いままでたくさんほかの命をとってきた自分が、今度は命をとられそうになったら遁げて溺れ死のうとしている。遁げないで、自分のからだを「だまって」いたちに食わせてやるべきだったのに、そうしないで、「むなしく」命をすてようとしている。そして祈っている。次に生まれてきたら、「まことのみんなの幸い」のために自分のからだを使ってください、と。

 そして蝎は自分のからだがまっ赤なうつくしい火になって燃え、夜の闇を照らしているのを「見た」、と女の子はいう。蝎は、自分のからだが燃えているのを自分で見ている。幽明境をことにした世界ではそのようなことができるのだろう。

 多くの人がここに銀河鉄道の旅の倫理的、思想的到達点をみている。「まことのみんなの幸いのため」という絶対利他の考えが、ことばとしてわかりやすいこともあるかもしれない。仏教の素養のない私には詳しいことはわからないが、捨身説話の一つのパターンがここで語られているのだと思われる。

 自然界で食うものと食われれるものとの関係は「捕食」とよばれる。実は、捕食者(=食うもの)は、被食者(=食われるもの)を必ずしも仕留めることが出来るとは限らず、逃げられることも多いが、捕食者が追い、被食者が逃げるという関係に、それぞれの自由意志がはたらくことはなく、それは自然の必然である。蝎がたくさんの命をとってきたのも、いたちに追われて逃げたのも必然の行為である。蝎が自分のからだを「だまっていたちに呉れてやる」ことはありえない。また、井戸に落ちて溺れ死のうとしているからといって、「こんなにむなしく命を捨てずに」と罪の意識を覚えることもない。

 一言でいえばこの話は嘘である。「おはなし」なのだから嘘に決まっている。問題は、この嘘の話が、「まことのみんなの幸いのため私のからだをおつかひ下さい。」という蝎の「心」をみた「神さま」が蝎のからだを燃やしまっ赤なうつくしい火と変えたと閉じられることである。あまりにも美しい嘘なので看過されそうだが、ここには「死」は「有用」であるべきだという思想が潜んでいる。「有用な死」と「自己犠牲」との間に距離はほとんどない。「自己犠牲」は『銀河鉄道の夜』のテーマの代表的なものとなった。

 たくさんの命を奪ったから、自分の命も誰かに与えて死ななければならないという掟は自然界に存在しない。Give and Take は人間社会の論理である。人間社会の論理を自然に当てはめ、「自己犠牲」のベクトルのもとに語るのはプロパガンダである。作品がプロパガンダであってわるいということはない。蝎の話は初稿から最終稿まで一貫して存在し、多くの読者がこの部分を、というよりこの作品そのものを「自己犠牲」のテーマで論じているのだから、作者の狙い通りになったといえる。

 もうひとつ微妙なのは、蝎の焼死は救済なのか、という問いである。「蝎がやけて死んだのよ。」という女の子の即物的な説明からこの話は始まっている。神に祈って、そのからだが天に引き上げられ、「まっ赤なうつくしい火になって燃えてよるのやみを照らしている」__未来永劫照らし続けるだろう。未来永劫焼かれ続けるのである。「その黒いけむりは高く桔梗いろのつめたさうな天をも焦がしさうでした。」これは地獄の劫火ではないか。

 救済か、地獄の劫火か。一見美しくわかりやすい蝎の話に、私は賢治の抱え込んだ深い闇を見る気がする。新大陸アメリカのコロラドインディアンから誕生間もないユーラシアの共産主義国家へ、銀河鉄道は地上を旅し、ふたたび天井を行く。天上の旅の最期に永遠の劫火を見て、ケンタウルの村に帰ってくる。だが、ジョバンニとカムパネルラ、そしてクリスチャンの一行との旅は終わらず、南十字星をめざすのである。

 最後にまたもや蛇足をひとつ。宮沢賢治の抱えこんだ闇について関心のある方は、見田宗介著『宮沢賢治__存在の祭りの中へ』を読むことをおすすめしたい。あとがきに「わたしはこの本を、ふつうの子高校生に読んでほしいと思って書いた。」とあるが、わかりやすく、頭の中が整理されるような気がして、しかも、創作の秘儀にたちあっているような感覚を覚える。ただし_吉本隆明の『宮沢賢治』にも共通するのだが_不思議なほど時代状況とのかかわりへの関心が薄いのだ。いつかもういちど見田宗介の本については、熟読して思ったところを書きたいと考えている。

 たくさんの謎を謎のままにして、ようやく蝎の話までたどり着きました。多くの人がとりあげる「自己犠牲」について、私も言わなければならないことがあるように思いますが、もう少し先の「カムパネルラの死」を読んでから考えたいと思います。きょうも不出来な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

2024年9月29日日曜日

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』__星とつるはしの旄、双子の星

  銀河鉄道はコロラド渓谷を下って、ふたたび天の川の横手を走る。河原にはうすあかい河原なでしこの花が咲いている。ゆっくり走る汽車の両岸に「星のかたちとつるはしを書いた旄」が立っている。

  ジョバンニもカムパネルラも「「星のかたちとつるはしを書いた旄」が何の旗かわからない。鉄の舟もおいてある。女の子が橋を架けるところではないか、と問いかけると、ジョバンニは、これは工兵隊の旗で、架橋演習をしているのだと気づく。

 少し下流の方で発破が仕掛けられ、烈しい音とともに天の川の水がはねあがり、大きな鮭や鱒が空中に抛り出され、輪を描いてまた水に落ちる。「空の工兵大隊だ。」とジョバンニは昂奮する。「僕こんなに愉快な旅はしたことない。いいねぇ。」とジョバンニの機嫌はすっかり直り、女の子と水の中の魚についてことばを交わしたりする。

 この後しばらく架橋演習のシーンが続くのかと思いきや、ジョバンニと女の子の会話に追いかぶさるように、男の子が「あれきっと双子のお星さまのお宮だよ。」と叫んで、場面が急転換する。「双子のお星さま」の話とは、ポウセとチュンセという双子の星が傷ついた蝎を助けて難儀したり、箒星に騙されて海の底に落とされたりするが、最後は「王様」が救いの手をさしのべてくれるというあらすじで、賢治の処女作ともいうべき童話である。なぜ、この話が、唐突に、しかも男の子の要領を得ない説明とともに持ちだされるのか、わからない。

 さらに、男の子が「ぼく知ってらあ。ぼくおはなししよう。」というのに、この後「双子の星」の話は展開せず、有名な蝎の話が語られるのである。「星とつるはしの旄」から空の工兵大隊、架橋演習の場面から「双子の星」の話への急転換、さらに尻切れトンボにうちきられた「双子の星」から、燃え続ける蝎の話、木に竹をついだようなエピソードの羅列は何を意味するのだろう。  

 ところで、細かいことだが、賢治は「星のかたちとつるはしを書いた」と「工兵の」と「はた」の文字を使い分けている。おそらく意図的だろう。「旄」は見慣れない文字で、「漢字の音符」というサイトによると、「ヤクの毛をまるめて丸くした飾りを五つほど連続して旗竿の上からつるしたもの。皇帝の使節に任命したしるしとして与えられた」とある。のちに舞踊あるいは軍隊を指揮する際にも使われたようだが、なんとなく「旗」よりも生々しい表情を帯びている。

 そもそも「星のかたちとつるはしを書いた旄」が「空の工兵大隊」の旗として登場するのは何故か。「星のかたちとつるはし」からただちに連想されるのはソビエト連邦の旗だろう。一九二三年七月に制定されてから、いくたびか変更はあっても、ソビエト連邦の国旗に共通しているのは「槌と鎌と五芒星」である。「星のかたちとつるはしを書いた旄」にはじまる一連のエピソードは初稿から最終稿まで一貫して存在しているが、この時代に共産主義国家を連想させるものは危険だったのではないか。にもかかわらず、賢治はこの部分をどうしても残したかった。

 「星とつるはしを書いた旄」が掲げられ、架橋演習が行われている。投げ出された鮭や鱒を見て、ジョバンニは欣喜雀躍する。このくだりについて、賢治は好戦的であるとする評者もいるようだが、そんなに短絡的に断定してよいものだろうか。

 以前「桔梗いろの空にあがる狼煙と鳥の大群_ジョバンニの孤独感」でも書いたように、賢治は、体に横木を貫かれた兵隊の姿を画いて不気味で無残な表紙絵にしている。その名もずばり『飢餓陣営』では、餓死寸前の兵士をユーモアのオブラートでくるみこんで登場させる。『北守将軍と三人の兄弟医者』も、北守将軍は反英雄の英雄で、よく練られた反戦小説である。モデル(というより反モデル)は賢治の時代からそんなに離れていない時代の人かもしれない。賢治の戦争に対する意識は単純ではない。

 ソビエト連邦を連想させる「星とつるはしを書いた旄」「空の工兵大隊」が行う「架橋演習」は何かの隠喩だろうか。「抛り出された大きな鮭や鱒」や遠くからは見えない小さな魚も同様だろうか。隠喩だとしたら、あまりにも危険である。「旄」という漢字を使い、祝祭をイメージさせながら、隠喩されたものがあからさまになることが危険すぎるので、唐突に男の子の「双子の星」の話を挿入して流れを中断したのではないか。全能で慈悲深い王様が、冒険して苦境におちいった双子の星を救ってくれるという予定調和のストーリーも危険な暗喩のめくらましになる、と賢治が考えたのかもしれない。あくまで推測の域をでないのだが。

 男の子の「ぼく知ってらあ。ぼくおはなししやう。」ということばの後は空白になり、段落が切り替わる。この後、有名な燃える蝎の話になるのだが、長くなるので、また回を改めたい。蝎の話は、賢治の多くの作品がそうであるように、「自己犠牲」というテーマで語られることが多い。私は、「自己犠牲」ということばに回収されてしまってはならない複雑微妙な要素がここに含まれていると思う。

 新大陸アメリカのコロラド高原からユーラシア大陸へ自在に、海峡を越えて汽車は走ったのだろうか。蝎の話まで含めてひとつながりの投稿にするべきかとも考えたのですが、ひとまずこれで区切りたいと思います。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

2024年9月12日木曜日

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』___新世界交響楽とインディアン

  桔梗いろの空を鳥の大群がわたり、どこからかのろしが上がる。カムパネルラと女の子がことばを交わすかたわらで、ジョバンニはかなしくなって泪にくれている。

 「そのとき汽車は川からはなれて崖の上を通るやうになりました。」と書かれて、なぜ「それから」でなく「そのとき」なのか微かな違和感をおぼえるのだが、これ以降汽車は渓谷を登っていく。黒いいろの崖の上には、野原の地平線のはてまで、ほとんどいちめん美しく立派なとうもろこしが実っている。「あれたうもろこしだねぇ。」とカムパネルラがジョバンニに話しかけるが、ジョバンニの気分は変わらない。

 それからまた「そのとき汽車はだんだんしづかになって」小さな停車場にとまる。停車場の時計の振子が規則正しく音を刻む合間に、遠くの野原のはてから「新世界交響楽」のかすかな旋律が流れてくる。汽車の中は誰もがやさしい夢を見ているが、ジョバンニはひとり沈んでいる。

 「すきとほった硝子のやうな笛が鳴って」汽車が動き出し、後ろのほうでとしよりらしい人が話している。この辺はひどい高原で、川までは二尺から六尺もある渓谷なのでとうもろこしの種は二尺も穴をあけておいてそこにまくという。それを聞いたジョバンニは、ここはコロラドの高原ではなかったかと思う。カムパネルラはさびしそうにひとり星めぐりの口笛を吹き、女の子は「絹で包んだ苹果のやうな顔色をして」ジョバンニと同じ方向を見ている。

 突然とうもろこしがなくなり「巨きな黒い野原」がひらけ、新世界交響楽がいよいよはっきり地平線のはてから涌く。そのまっ黒な野原のなかを一人のインディアンが走ってくる。インディアンは「白い鳥の羽根を頭につけたくさんの石を腕と胸にかざり小さな弓に矢を番へて」いる。やさしい夢を見ていた青年が眼をさまし、「インディアンですよ。ごらんなさい。」とよびかけ、ジョバンニとカムパネルラも立ち上がる。

 インディアンは半分は踊っているように見えたが、急に立ちどまって、弓を空にひくと、一羽の鶴が落ちてきて、また走り出したインディアンのひろげた両手に落ちこむ。インディアンはうれしそうに立ってわらうが、その影もどんどん小さくなって、またとうもろこしの林になってしまう。

 天の野原を走っていた銀河鉄道がいつの間にか新大陸アメリカのコロラド渓谷を登っている。コロラドの高原にとうもろこしが植わっている。とうもろこし畑を行くと小さな停車場があって、新世界交響楽がかすかに聞こえてくる。停車場を過ぎると、突然とうもろこしがなくなって、黒い野原がひらけ、新世界交響楽がはっきりと聞こえるようになる。そしてインディアンが登場する。新世界交響楽とインディアンの登場がもたらす意味は何か。

 ドヴォルザークが一八九三年アメリカ滞在中に作曲した新世界交響楽は日本でも親しまれたようだが、賢治は第二楽章の主題に詩をつけて、一九二四年夏には「種山ヶ原」として歌っていたといわれている。

 「春はまだきの朱雲を
  アルペン農の汗に燃し
  縄と菩提皮にうちよそひ
  風とひかりにちかひせり
    四月は風のかぐわしく
    雲かげ原を超えくれば
    雪融けの草をわたる

  繞る八谷に霹靂の
  いしぶみしげきおのづから
  種山ヶ原に燃ゆる火の
  なかばは雲に鎖さるる
    四月は風のかぐわしく
    雲かげ原を超えくれば
    雪融けの草をわたる」

 第二楽章の主旋律には、野上彰、堀内敬三がそれぞれ「家路」「遠き山に日は落ちて」という歌詞をつけていて、その親しみやすいメロディとあいまって、日本人の感性に訴える名曲としての評価がさだまっている。だが、そのいずれも一九三〇年代以降のことなので、日本で最も早く歌詞をつけて歌っていたのは賢治だろう。注目すべきは、時期的に賢治の歌詞が早いということだけでなく、むしろ、賢治のそれが、アメリカで一九二二年ドヴォルザークの弟子だったウィリアム・アームズ・フィッシャーのつけた「Goin' Home」の歌詞と共通のベースをもつと思われることである。

 フィッシャーの歌詞は「Goin' Home」というタイトルからうかがわれるように黒人奴隷の労働の歌である。

 Goin' home,goin' home,
  I'm a goin' home,
  Quiet-like ,some still day,
  I'm  jes goin' home
  It's not far, jes closs by,
  THrough an open door,
  Work all done ,care laid by,
  Gwine(or:Goin') to fear no more.

  Mother's there 'spectin' me,
  Father's waitin' too,
  Lots  o' folk gather'd there,
  All the frend I knew,
  All the frends I knew,
  Home I'm goin' home!
            以下略。

 フィッシャーの詞は、過酷な労働からの解放を歌い、次に同胞の待つ故郷への帰還を歌う。故郷への帰還はまた天国への導きとなっていく。余談だが、私は黒人霊歌を聴くのは好きではない。ほとんど絶望的な状況のなかで渇望する救済が、彼らを支配する白人の宗教であるキリストによるものであるというパラドックスが何ともやりきれないのだ。フィッシャーは白人なので、きれいにまとめた詞をつけているが、それでも黒人たちが置かれた状況の過酷さが浮かび上がってくる。

 これに対して賢治の「種山ヶ原」の詞は、颯爽と「アルペン農」の労働を歌い上げる。「アルペン農」とは、高原で牛や馬を放牧させることだそうで、自立した農業労働のひとつの理想をそこに見ていたのかもしれない。あくまで理想だったが。

 だが、新世界交響楽とともに、突然ひらけた巨大な黒い野原の中に現れたのは、いうまでもなくアルペン農でもなければ黒人奴隷でもなかった。鳥の羽根と石で身を飾った一人のインディアンが汽車の後を追って走ってきたのだった。

 『銀河鉄道の夜』は解けない謎に満ちているが、私にとって最も大きな謎は、このインディアンが鶴を射ることである。コロラド高原にインディアンが現れるのは不思議ではなく、もともとはコロラド高原に限らず、アメリカ大陸に先住していたのは彼らだったのはいうまでもない。一面に植え付けられた美しいとうもろこしはインディアンの命を養ってきた作物だった。

 コロラドでは、新世界交響楽が作られる三十年前に「サンドクリークの虐殺」と呼ばれる有名な事件が起きている。映画「ソルジャーブルー」はこの事件を提示することで、ベトナムでおきたソンミ村の虐殺を告発したともいわれている。男たちがバッファロー狩に出かけて不在のときに、軍の騎兵隊がインディアンのキャンプを襲い、無抵抗の女、子供を無差別に、口にするもおぞましいやり方で殺したのである。

 だが、賢治がこの事件を知っていたとは思われないし、仮に知っていたとしても、新世界交響楽とともにコロラド高原にインディアンが登場することとどのような関係があるのかわからない。 

 新世界交響楽とインディアンとのかかわりといえば、第二楽章と第三楽章は、アメリカの詩人ロングフェローの「ハイアワサの歌」というインディアンの英雄譚から着想を得て、これをオペラ化しようとしたスケッチがもとになっているといわれている。第二楽章は、「森の葬礼」と題して、ハイアワサの妻ミンネハハの死を悼んだレクレイムだそうである。たしかに第二楽章の旋律は、颯爽とした労働歌よりも悲傷の情がしみとおるようなレクレイムの方がふさわしいように思われる。だがこれも、インディアンが鶴を射止めてわらうことと直接結びつけて考えることは難しい。

 そして、何の根拠もなく思うのだけれど、インディアンが弓を射て鶴を射止め、落ちて来た鶴を両手でうけとめるという行為が、青年のいう「猟をするか踊るか」どちらにしても、ここには濃密なエロスの交換があるのではないか。

 これもまた余談だが、私の住む町は東京からそんなに離れていない小都市で、わずかに残った田んぼと急速に増えた耕作放棄地の間にけっこう新しい家が建ったりしている。越してきて十年余りだが、この町で私は初めて鶴という鳥をま近に見た。建物のすぐ傍らの小川だったり、その上を車が通る橋の下の川だったり、刈り入れの終わった田んぼだったり、鶴はいつも一羽で、そんなに警戒心もないようだった。だが、もちろん、近づくと飛び上がって逃げる。体が大きいからだろうが、ゆったりと、優雅に、泳ぐように空をかけるのだ。

 時空の次元を越境して、銀河鉄道はアメリカ大陸を走る。コロラド渓谷を下り川が下に見えるようになると、ジョバンニの気持ちはだんだん明るくなってくる。なぜか、小さな小屋の前にしょんぼり立っている子供を見つけてほうと叫んだりする。

 ジョバンニが、というより賢治がアメリカ大陸で見たものは、故郷を追われて絶滅寸前のインディアンだった。美しいとうもろこし畑を見ても気持ちの晴れなかったジョバンニの心は、鶴を抱いたインディアンの姿を後にして、徐々にほぐれていく。ジョバンニの心理の機微をこのように描く賢治の意図はわからないが、賢治はここに生きることへの希望あるいは可能性を見出したのは事実だろう。そして、それは次の「星とつるはしの旄」へとつながっていく。

 書いては削除し、また書いては削除の悪戦苦闘の日々でした。最後まで論旨を整理することが出来ず、何か言い足りないような、それでいて余計なことを言っているような、歯切れの悪い一文です。ほんとうは賢治と農業についても考えたいのですが、それはまた別の機会にしたいと思います。最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年8月21日水曜日

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』__桔梗いろの空にあがる狼煙と鳥の大群___ジョバンニの疎外感

 銀河鉄道は讃美歌の合唱とともに橄欖の森を通り過ぎていく。やがて青い森が「緑いろの貝ボタン」のように見えるようになり、その上で孔雀のはねが青じろく光を反射させている。橄欖の森=オリーブ山の上に立つ孔雀が何を象徴するのか、そのことについても考えなければいけないのだが、ひとまず、それは措いて、孔雀の声を話題にして、カムパネルラと女の子(ここでは「かほる子」と呼ばれる)が会話するのを聞いているジョバンニの疎外感に注目したい。

 「孔雀の声だってさっき聞こえた。」とカムパネルラが言うと、女の子は、孔雀は三十疋ぐらい居て、ハーブのように聞こえたのは孔雀の声だと答える。「ハーブのやうに聞こえた」孔雀の声とは、青年をぞくっとさせた「何とも云へずきれいな音色」であり、それを奏でる「あやしい楽器の音」のことだろうが、孔雀の声はそんなにきれいな音色だろうか。孔雀は雉科の鳥で鳴き声は決して美しいとは言えないと思うのだが。

 それはともかく、女の子とカムパネルラが親しくことばを交わす傍らで、ジョバンニは急にかなしくなる。カムパネルラを誘って、ここで降りようとしたくらいだった。ジョバンニはなぜ「俄かにかなしくなり」「こはい顔をして」カムパネルラと女の子を離そうとしたのだろうか。たんなる嫉妬だろうか。

 この後、川が二つにわかれる。「そのまっくらな島」と書かれるのは川の中州のことだろうか、中州のまん中に高いやぐらが組まれ、その上に「寛(ゆる)い服を着て赤い帽子をかぶった男」が立っている。男は赤と青の旗を交互に振りあげ、「美しい美しい桔梗いろのがらんとした空の下」をせわしく鳴きながら通っていく何万という小さな鳥に「いまこそわたれ、わたり鳥。」と叫んでいる。

 「まっくらな島」の「寛い服と赤い帽子」の男は何者だろう。銀河鉄道はどこを走っているのか。男が「俄かに赤い旗をあげて狂気のやうにふりうごか」すと、鳥の群れは通らなくなり、同時にぴしゃぁんという潰れたような音が川下の方でおこった、とあるのはどんな事態なのか。女の子の「あの人鳥へ教へてるんでせうか。」という問いにカムパネルラは「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでせう。」と答えている。のろし?どこで誰があげるのだろう。

 桔梗いろの空にのろしがあがる光景は、先に難破船から乗り込んできた青年が灯台看守とことばを交わした後にも描写されている。

 「ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光の川の岸を進みました。向ふの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈のやうでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなもの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のやう、そこからかまたはもっと向ふからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のやうなものが、かはるがはるきれいな桔梗いろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとほった綺麗な風は、ばらの匂いでいっぱいでした。」

 ほんとうに「幻燈のやう」に美しく夢幻的な光景だが、この場面ですでに「狼煙」がうちあげられている。ところでこの「のろし_狼煙」のくだりは、第一次稿と第二次稿でカムパネルラは「わたり鳥へ信号してるんです。射手のとこから鉄砲があがるためでせう。」と説明している。総じて、第一次稿から最終稿への推敲の過程で、直接的具体的な叙述は控えられ、より抽象的、というよりあえて言えば曖昧な叙述にかわっていったように思われる。「すきとほった綺麗なばらの匂いでいっぱい」な風がそよぐ空にうちあげられる「狼煙(先の箇所では漢字で「狼煙」と表記されている)」が意味するものは何だろう。

 鳥の群れが止まったと同時の「ぴしゃぁんという潰れたやうな音」と「のろし_狼煙」、ここは戦場だろうか。『「銀河鉄道の夜」の謎を解く』という著書のなかで、著者の三浦幸司氏は、この場面を陸軍の渡河演習の様子であると解釈しておられる。「寛い服」は満州人の着る「旗袍」で「ぴしゃぁんという潰れた音」は砲撃の着弾音であり、最終弾落下とともに「進め!」と号令をかけるそうである。だとすると、「せわしくせわしく鳴いて通って行く鳥」は戦場に駆り出された兵隊たちだろう。旗振り役が「旗袍」というの「は満州人に化けた日本兵」という二重の意味をもっていた、とされているが、そこまで特定しうるのだろうか。

 「寛い服」を着た男が何者かわからないのだが、「せわしくせわしく鳴いて通って行く鳥」は、兵隊ではなく戦場を逃げまどう人々かもしれない。だとすれば、「寛い服を着て赤い帽子をかぶった男」は避難民を誘導する存在となる。いずれにしろ、この場面はこれまでの静謐な宗教的雰囲気とは異質な空間である。

 なお、三浦氏は「賢治は軍隊が大好きな人で、「月夜のでんしんばしら」や「虔十公園林」にそれが表れていますし、反戦的といわれる「飢餓陣営」でもバナナン大将が兵士たちの実情(飢え)を理解することで大円団となっています。とくに『銀河鉄道の夜』では、軍事演習を見てジョバンニもカムパネルラも大喜びしていることに留意すべきでしょう。」と書かれているが、これはあまりに単純な見方ではないか。まずは、賢治自身が画いた「月夜のでんしんばしら」の表紙絵をみてほしい。兵隊帽をかぶった男の体に横木が三本つらぬかれている。何とも無残でグロテスクである。

 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるんでせう。」とカムパネルラが答えると、車の中はしづまりかえる。ジョバンニは口笛を吹きながら涙にくれている。

 「(どうして僕はこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこゝろもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずぅっと向ふにまるでけむりのやうな小さな青い火が見える。あれはほんたうにしづかでつめたい。ぼくはあれをよく見てこゝろもちをしづめるんだ。)ジョバンニは熱って痛いあたまを両手で押さへるやうにしてそっちの方を見ました。」

 ジョバンニ自身も不可解なまでのかなしみの感情はどこから湧き上がるのだろう。また、その感情を鎮めるためにみつめる「しづかでつめたい」「けむりのやうな小さな青い火」とは何か。自然科学の世界では「青い火」は赤く燃える火よりさらに高温だが、「しづかでつめたい」のはこの世の炎ではないのだろうか。

 「あゝほんたうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだらうか。」というジョバンニの希求は満たされることなく、銀河鉄道の旅は続き、この後、汽車はしばらく川から離れてコロラドの高原を行くのである。

 ほんとうはコロラド渓谷とインディアン、それから星とつるはしの旗のことを書きたかったのですが、その前の鳥の大群と「寛い服」の男で立ち止まってしまいました。例によって立ち止まって謎を深めているだけなのですが、とりあえず備忘録として書き留めてみました。最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

2024年7月22日月曜日

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』__橄欖の森のあやしい音いろ

  燈台看守が配った苹果はジョバンニとカムパネルラのポケットにしまわれ、汽車は青い橄欖の森にさしかかる。

 「川下の向ふ岸に青く茂った大きな林が見え、その枝には熟してまっ赤に光る赤い円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標がたって、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云へずきれいな音いろが、とけるやうに浸みるやうに風につれて流れてくるのでした。」

 橄欖の森は、白鳥の停車場から南十字星まで、銀河鉄道の旅のほぼ真ん中に当たる部分に位置する。『銀河鉄道の夜』はどの部分をとっても難解だが、とくに橄欖の森の場面はいつまでも解決のつかない謎にみちている。「橄欖の森」が何の寓意であるかは、私にとっては明らかで、橄欖=オリーブであることから、「オリーブ山」とほぼ同定している。旧訳の聖書ではオリーブ山を橄欖山と訳している。

 もっとも、「オリーブ」を「橄欖」と訳したのは中国語聖書の誤訳であるといわれているので、これもじつは橄欖の森をオリーブ山と同定することにゆらぎがまったくないわけはないのだが。

 問題は、「青く茂った大きな林が見え、その枝には熟してまっ赤に光る赤い円い実がいっぱい」と書かれる「まっ赤に光る赤い円い実」が何を意味するのか、「その林のまん中」の高い高い三角標」はたぶん十字架のことだろうが、それでほんとうにいいのか、そしてまた、「オーケストラベルやジロフォンにまじって」流れてくる「何とも云へずきれいな音いろ」とは何か、皆目見当がつかないのだ。

 橄欖もオリーブもその実が「まっ赤に光る赤い円い実」をつけることはないので、この部分が何を指しているのかわからない。何かの比喩なのか、あるいは、実際は青や紫の実を「赤」と書いているのか。余談だが、賢治は色彩の表現、とくに「赤」にはこだわりがあるようである。この作品でも、ふくろうや蠍の眼を「赤」と書いているが、どちらの眼も実際には赤くない。

 続いて、

 「青年はぞくっとしてからだをふるふやうにしました。
 だまってその譜を聞いてゐると、そこらいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蠟のやうな露が太陽の面を捺めて行くやうに思われました。」

と書かれているのも不審である。まず第一に、「青年はぞくっとして」という叙述は青年の心理を内側から描写したもので、三人称の話法ではルール違反ではないか。一方「だまってその譜を聞いてゐると...」という文章は、主語がない。おそらく「ジョバンニが」という主語を示す部分が省かれていて、主語がなくても日本語は成り立つので、些細な事にとらわれる必要はないのかもしれないが。

 だが、何よりも、「何とも云へずきれいな音いろ」で「そこらいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物がひろがり、またまっ白な蠟のやうな露が太陽の面を捺めて行くやう」な光景を浮かびあがらせるような「譜」が青年を「ぞくっと」させるのはなぜか、いったいその「譜」は何だろう、という疑問の解決の糸口さえわからないのである。そもそも、青年の「ぞくっとした」と表現される心理の内容がわからない。たんなる「怯え」ではないだろう。

 初稿では、橄欖の森を「琴(ライラ)の宿」と呼び、橄欖の森を過ぎた後イルカ_イルカ座が登場する。琴座とイルカ座は、そのどちらもオルフェウス、アリオンという琴の名手を主人公とする神話を持つ星座であることから、「何とも云へずきれいな音いろ」は竪琴を鳴らす音だと思われる。だが、第二次稿以降はその部分はどちらも削除されてしまっているので、これもまた断定はできないのだが。

 このあと、少し唐突な感を覚えるのだが、天の川の河原にたくさんのかささぎが列をなしてとまっている描写が挿入される。かささぎといえば、

 かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける 大伴家持

が有名である。七夕に織女と牽牛の逢瀬のために天の川を填めて橋をなしたという伝承が想起されるが、そのことと青年をぞくっとさせる「あやしい音いろ」は関係があるのだろうか。

 「あやしい音いろ」が竪琴を鳴らす音であると仮定すると、前述したように、琴の名手オルフェウスの伝説に行きつく。オルフェウスは、毒蛇にかまれて死んだ妻エウリュディケーを取り戻しに冥界に入り、いったんは取り戻すことをゆるされたが、はやまって失敗する。妻を失ったオルフェウスは、女性との愛を断ち、オルフェウス教を広めるが、ディオニューソスの信者の女たちに八つ裂きにして殺される。ばらばらになったオルフェウスの首と竪琴は歌を歌いながら、投げ込まれた川をくだって海に出、レスボス島に流れ着いたといわれている。

 不思議なのは、オルフェウスの伝説もかささぎの七夕伝承も、どちらも恋愛の話なのである。なぜ、この時点で恋愛がテーマになるのか。橄欖山=オリーブ山であるとすれば、聞こえてくるのは、マタイ受難曲のたぐいのものではないだろうか。もしかしたら、オーケストラやジロフォンの奏でる曲はそれかもしれない。「あやしい音いろ」はそれにまじって、だがかき消されることなく聞こえてきたのだった。

 この後、汽車が橄欖の森を正面に見る位置に来たとき、汽車の中で起こった合唱はまぎれもなく讃美歌だった。第二次稿では詳しく歌詞を紹介しているが、有名な「主よみもとにちかづかん」である。

 「主よみもとにちかづかん
 のぼるみちは十字架に
 ありともなどかなしむべき
 主よみもとにちかづかん」

なぜか歌詞は第三次稿以降省かれ、讃美歌の番号も不明のままにされているが、汽車のうしろの方からこの讃美歌が聞こえてくる。ジョバンニもカムパネルラも一緒にうたいだしたが、かほる子と呼ばれる女の子はハンケチを顔にあててしまい、「青年はさっと顔いろが青ざめ、立っていっぺんそっちへ行きそうにしましたが思ひかへしてまた座りました。」と書かれる。青年は讃美歌を歌ったのだろうか。

 またしても謎は謎のままで、かえって深まるばかりです。この後、遠くになって緑いろの貝ボタンのように小さく見える橄欖の森の上に登場する孔雀についても書きたいのですが、もう少し時間がかかりそうです。

 ここまで書いてきて、橄欖の森=オリーブ山と同定するならば、もう少し深くオリーブ山について考えなければいけないことに気がつきました。たんに、イエスが十字架にかけられる直前に祈ったゲッセマネがそのふもとにあり、復活のイエスが昇天したのがその頂であるというだけで、橄欖の森_オリーブ山がこの作品の肝ともいうべき部分に登場するのではないように思います。そのことを書くかどうか、迷っています。『銀河鉄道の夜』論、あるいは宮沢賢治論を根底から検討し直すことにつながるかもしれず、軽々に文章にできないのが現状です。

 いま、私が立てている仮説が正しいならば、「まっ赤に光る赤い円い実」と「高い高い三角標」の意味するところも分かるような気がするのですが、むしろ、その仮説が間違っていてほしいような矛盾した思いがあります。

 混乱を極めた文章を、最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

2024年7月2日火曜日

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』__燈台看守が配る苹果

  プリオシン海岸の発掘現場を後にして、再び汽車に乗ったジョバンニの隣に不思議な人物が座る。天の川に帰って死ぬ間際の鳥を捕まえて「からだに恰度合ふほどに稼いでゐる」鳥捕りである。鳥捕りについては以前「ケンタウロス_生の軛」というサブタイトルの投稿で触れたので、ここでは詳しく語らないが、ジョバンニがその人を見て「なにか大へんさびしいやうなかなしいやうな気がし」たこと、その人が、ジョバンニが車掌にわたした紙切れを横目で見て「ほんたうの天上へさへ行ける」「どこでも勝手に歩ける通行券」とほめだしたこと、そしてジョバンニはその鳥捕りが気の毒になって「ジョバンニの持ってゐるものでも食べるものでもなんでもやってしまひたい、もうこのひとのほんたうの幸いになるならじぶんがあの光る天の川の河原に立って百年つゞけて鳥をとってやってもいゝといふやうな気がし」たことを覚えておきたい。

 とくに、ジョバンニ自身も不可解な「いちめん黒い唐草のやうな模様の中に、をかしな十ばかりの字を印刷した」紙切れを解読したのが鳥捕りだったこと、さらに、鳥捕りが、これがあれば「こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこでも行ける筈」とまで断言していることは忘れてはならない。ジョバンニの持っていた紙切れは、独断と偏見で推測すれば、何かの護身符の役割をするものだったと思う。そしてそれは、後に登場する孔雀と関連するのではないかと考えている。

 鳥捕りが姿を消すのと入れ替わりに、苹果と野茨の匂いがして、「つやつやした黒い髪の六つばかりの男の子」と「黒い服をきちんと着たせいの高い青年」、「十二ばかりの眼の茶色な可愛らしい女の子」が登場する。氷山にぶつかって沈没したタイタニック号を思わせる客船に乗っていて、船とともに沈没した三人連れらしい。黒服のせいの高い青年は二人の子どもたちの家庭教師で、一足先に帰国した父親のあとに子どもたちを連れて本国に帰るための航海だった。

 船が沈んでいくなかで、青年は葛藤する。子どもを含む他の客をおしのけて、二人の子どもたちを救命ボートに乗せて救うか、それとも、このままみんなで神の前に行くほうが子どもたちの本当の幸福なのか。「神に背く罪」は自分ひとりで引き受けて、子どもたちはぜひとも助けてあげよう、と思いながらどうしてもそれができず、船はどんどん沈んでいく。青年は覚悟して子どもたちを抱いて沈む船と運命をともにしたのだった。

 ちょっと不思議なのは、青年の話を聞いたジョバンニの反応である。青年の話のあと、汽車の中では「小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れてゐたいろいろのことをぼんやり思い出して眼が熱くなりました。」とあるが、ジョバンニはどんなことを思い出したのだろう。

 (あゝ、その大きな海はパシフィックといふのではなかったらうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍りつく潮水や、烈しい寒さとたたかって、だれかが一生けんめいはたらいてゐる。ぼくはそのひとにほんたうに気の毒でそしてすまないやうな気がする。ぼくはそのひとのさいわひのためにいったいどうしたらいゝのだらう。)

 ジョバンニの関心の中心は、自分の行動の当為を問う青年の葛藤や、生死を分けた乗客の運命ではなかった。北の海の厳しい自然とたたかいながら労働する人たちを思って、その人たちのために何ができるかを自分に問うている。そして、何もできないでいることで自責の念にかられている。

 青年の話をひきとったのは、燈台守だった。燈台守は「尖った帽子をかぶり、大きな鍵を腰に下げ」、ジョバンニとカムパネルラの向こうの席に座っていた。燈台守は青年をなぐさめて言う。

 「なにがしあわせかわからないです。ほんたうにどんなつらいことでもそれがたゞしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんたうの幸福に近づく一あしづつですから」

 汽車はきらびやかな燐光の川岸を進み、対岸の野原は「まるで幻燈のやう」と書かれているが不思議な光景である。「百も千もの大小さまざまの三角標」が野原のはてに集まってぼおっと青白い霧のやう」で、どこからか狼煙のようなものが桔梗色のそらにうちあげられる。風はばらの匂いでみちている。

 それから、燈台看守は、ひともりの金と紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を配る。

 少し違和感を覚えるのは、これ以降「燈台守」が「燈台看守」と書かれることである。なぜ「看」という文字を入れたのか。「看守」とは、牢獄の番人である。「大きな鍵を腰に下げ」ているのは囚人を管理するためだろう。「燈台看守」という呼称は当時一般的だったのだろうか。船の航行を見守るのに「大きな鍵」はいらないと思うのだが。

 苹果を最初に受け取ったのは青年で、次にカムパネルラが「ありがとう」といったので、気がすすまなかったジョバンニも青年から送られた苹果を受け取る。この苹果が、というより、苹果について語る燈台看守のことばがまた不思議なのだ。

 こんな立派な苹果はどこでできるのか、という青年の問いに燈台看守はこの辺ではひとりでにいいものができるので苦労がない、と答える。不可解なのは、その後の燈台看守のことばである。

 「けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわづかのいゝかおりになって毛あなからちらけてしまふのです。」

 農業がない即ち人間が耕して作物をつくることがない、ということと、食べ物にかすが生じないということがどうして結びつくのか。さらに、苹果やお菓子が「そのひとそのひとによってちがったわづかのいゝかをりになって毛あなからちらけてしまふ」とはどういうことなのか。ここでいう「苹果やお菓子」は『注文の多い料理店』の序にある「あなたのすきとおったほんたうのたべもの」にあたるのだろうか。なんとなく観念的にはわかるような気がするが、わかる、と安易に言ってはいけないように思う。「毛あなからちらけてしまう」という表現が妙に生々しい。

 注目すべきは、燈台看守がくれた苹果を、青年たち一行は食べ、ジョバンニとカムパネルラの「二人はりんごを大切にポケットにしまいました。」と書かれていることである。ジョバンニが苹果を受け取りたくなかったのは、燈台看守に「坊ちゃん」と呼ばれたのが面白くなかったからとされている。だが、第二次稿では、青年たち一行(第二次稿では五人)が五つの苹果をきらきらのナイフでむいているのを見たジョバンニが、心の中で「僕はあゝいふ苹果を百でももってゐるとおもひました。」と書かれているのだ。「あゝいふ苹果」とはどういうりんごか。

 燈台看守から声がかかったとき、こだわりなく受け取ったカムパネルラも苹果を食べなかった。苹果を食べるという行為の意味するものは何だろう。それから、これもまた些細なことにこだわるようだが、「苹果」と「りんご」の表記のちがいに何かの意味があるのだろうか。男の子が夢のなかで「立派な戸棚や本のあるとこ(それは普通の家庭の居間だろうか)に居たおっかさん」に「りんごをひろってきてあげましょうか」というときも「りんご」と記されているのだが。

 燈台看守の配る苹果の意味を考えるとき、誰でも思い浮かべるのは旧約聖書の創世記第三章だろう。蛇が女にすすめてエデンの園の中央にある禁断の「善悪を知る木」の実を食べさせ、夫にも与える。このことが神に知れて、女と男はエデンの園を追放され、神は「善悪を知る木」と同じく園の中央にある「命の木」を守るためにケルビムと回る炎の剣を置いた、と書かれている。

 さて、「金と紅でうつくしくいろどられた大きな苹果」は「善悪を知る木」の実だろうか。また、「燈台看守」はケルビムだろうか。「燈台」は航海する船の安全を守るためでなく、「善悪を知る木」に近づく者を発見するための光を照らしているのだろうか。「回る炎の剣」あるいはそのメタファーは、この後『銀河鉄道の夜』に登場するだろうか。

 そしてまた、「燈台看守」は蛇だろうか。「善悪を知る木」の実を青年たち一行に与え、同時に「命の木」に近づく者を発見して、遠ざけるという両義的な役割をもつ存在が「燈台看守」だろうか。

 このように、「燈台看守」と苹果のモチーフを考えるとき、創世記第三章には重要なヒントが隠されていると思うのだが、創世記第三章後半にはこう書かれている。

 17.更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、
    地はあなたのためにのろわれ、
    あなたは一生、苦しんで地から食物をとる。
 18.地はあなたのために、いばらとあざみを生じ、
    あなたは野の草を食べるであろう。......

 23.そこで神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。

 旧約聖書の世界では、農業は神が人間に定めた苦役だったのである。燈台看守が「あなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。」といったのは、青年たち一行は苦役から解放され、エデンの園に戻ることができることを示唆したのだろうか。苹果が「善悪を知る木」の実であるとすれば、ここには大きな矛盾があると思うのだが。

 あるいは、青年たちが向かうのは、「苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわづかのいゝかおりになって毛あなからちらけてしまふのです。」という不思議な言葉の具現する世界であって、エデンの園とは違う場所なのだろうか。

 『銀河鉄道の夜』のなかでは、不思議な人物が不思議な言葉を発する。プリオシン海岸の発掘現場の学者然り、苹果を配る燈台看守然り。おろかな私は、それらの言葉を自分の経験の範疇で理解することができない。混乱の中で思考が堂々巡りして、解決の糸口が見つからないのだが、燈台看守と苹果のモチーフについては、創世記第三章を手掛かりに模索してみた。

 この後汽車は対岸に青い橄欖の森が見える場所にさしかかる。森の方からきれいな音楽が流れ、汽車の中では、ジョバンニやカムパネルラも一緒になって、讃美歌が合唱される。この青い橄欖の森と、その上で羽を光らせる孔雀については、また次回考えてみたい。どこまで考察できるか、はなはだ心もとないのだが。

 苹果と野茨の匂いとともに汽車に乗り込んできた青年と子どもたちは、あきらかにキリスト教のエートスを身にまとっているが、しかし賢治の視線は単純ではない。「ハレルヤ」を「ハルレヤ」と表記したり、橄欖の森を正面に見る汽車の中で合唱される讃美歌(第二次稿では、「主よみもとにちかづかん...」と特定されるが)が特定されない、など微妙に曖昧なのである。

 たんに『銀河鉄道の夜』の疑問点を書き出しただけになってしまいました。未整理で未熟な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。

2024年6月10日月曜日

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』__「牛」というモチーフ__届かない牛乳とカムパネルラの死

 ジョバンニとカムパネルラを乗せた銀河鉄道の汽車は、白い十字架を通り過ぎた後、白鳥の停車場に「十一時かっきりに」着く。停車場の時計に二十分停車」と書いてあって、乗客はみな降りてしまう。二人も飛ぶようにして降りて、天の川の河原に来ると、「プリオシン海岸」という標識が立った白い岩が川に沿って平らに出ている。そこは「ボス」と呼ばれる「大きな大きな青白い獣の骨」の発掘現場だった。発掘を指導していた学者は、ここは百二十万年前は海岸だった、といい、カムパネルラが途中でひろった大きなくるみも百二十万年前のものだという。

 不思議なのは、蹄の二つある足跡のついた岩やくるみを「標本にするんですか。」という問いにこたえた学者のことばである。

  「いや、証明するに要るんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらゐ前にできたといふ証拠もいろいろあがるけど、ぼくらとちがったやつからみでもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかといふことなのだ。」

 『銀河鉄道の夜』は謎に満ちているが、この言葉は私にとって最大の謎である。「厚い立派な地層」の年代が「百二十万年」前かどうかを証明するのではなく、「厚い立派な地層」が「風か水や空」に見えないことの証明が必要なのである。

 私たちは、少なくとも同じ時点では、同じものを同じように見ているのではないか。「プリシオン海岸」という標識が立った白い岩という実体が、「風か水や空」に見える可能性はあるのだろうか。そもそも「風」は見えるのか。

 プリオシン海岸のエピソードは賢治の実体験にもとづくもので、『銀河鉄道の夜』に後から挿入されたといわれている。たしかに、ここは、作品全体をつらぬく倫理的、求道的な息苦しさから解放される部分であり、他のエピソードと異質なものがある。しかしそれは、この後に展開される「ほんたうの幸い(それはほんたうの正しさ」といってよいと思うが)とどのような関係があるのだろうか。

 結論からいえば、プリシオン海岸のエピソードは、キリスト教を基調とする全体の展開に後から付加されたものではなく、むしろ、当初から賢治のなかに「牛」というモチーフが存在していたのではないか。モチーフの形成には、賢治自身が北上川河畔で、農学校の生徒たちと一緒に偶蹄類の化石の発掘に参加した実体験も大いに影響を与えていたと思われるが、それだけではない。キリスト教、とくに原始キリスト教と牛の関係は看過できないものがある。

 以前のブログでもふれたが、原始キリスト教と「聖牛」を仲立ちにして複雑な関係にあるのがミトラ教である。ミトラ教については、その信者の多くが下層階級の庶民や軍人、あるいは海賊であったため、資料とされるものに乏しく、実態がよくわからない。秘密に祭儀を行う「密議宗教」であったといわれているが、牡牛を屠る太陽神ミトラの像が有名である。ミトラが牡牛を殺し、信者はその血を浴びることによって、歓喜し陶酔状態になる。牡牛を屠る英雄神ミトラがメシア信仰とむすびつき、ミトラがメシア_キリストと同一視されるようになったという説がある。

 そもそもミトラ教の起源、歴史は確実な考証がされているとは言い難い状況なのだが、原始キリスト教がミトラ信仰を取り込んで、融合というか習合していったのは確かだと思われる。。その過程で、殺された牡牛ではなく、殺したミトラ神が救世主キリストとして崇められるようになった。牡牛の「血の贖い」を支点にして、ここには非常に狡猾な顛倒がある。

 『銀河鉄道の夜』冒頭の「午後の授業」で、まず、先生は、天の川を「巨きな乳の流れ」にたとえ、その星を「乳のなかにまるで細かにうかんでゐる油脂の球」に当たると言っている。牛の乳が望遠鏡でしか見ることのできない天の川にたとえられ、そのなかの星は逆に顕微鏡でしか見えない乳脂にたとえられている。『銀河鉄道の夜』の構造自体が「巨きな乳の流れ」であり、「大きな大きな青白い獣」のモチーフに包摂されているとは言えないだろうか。ジョバンニが母親のために「届かない牛乳」を取りに行くというプロットが偶然に用意されているものでないことはいうまでもない。

 ジョバンニは、「白い布を被って寝んで」いる母親のために、牛乳をもらいに牧場の「黒い門」を入り、うすくらい台所に出てきた「赤い眼」の女のひとに「いま誰もゐないでわかりません。」と拒まれる。だが、銀河鉄道の旅の夢からさめて、ふたたび「ほの白い牧場の柵」をまわって牛舎の前に来ると、今度は「白い太いズボン」をはいた人が出て来て、まだ熱い乳の瓶を渡してくれる。この変化をもたらせたものが、銀河鉄道の旅であり、ジョバンニの経験だが、では、具体的にジョバンニに何が起こったのか。

 ジョバンニに起こった最も深刻なできごとは、これもまた、いうまでもなくカムパネルラの消失である。それは夢のなかだけでなく、(たぶん)現実であった。カムパネルラの死が、ジョバンニに届かなかった牛乳を「まだ熱い瓶」に入れて届けてくれた、とすれば、その死は何を意味するのだろう。カムパネルラはなぜ死ななければならなかったのか。カムパネルラの死を、たんにひとこと「犠牲」ということばですませてしまえるだろうか。そもそも「犠牲」という言葉のなかに牛が二匹いるのだが、カムパネルラの死と「まだ熱い乳の瓶」は、何かもっと生々しい経路でつながれているような気がする。

 『銀河鉄道の夜』の初稿から最終稿とされる第四稿まで、どれだけの年月が流れたのかわかりませんが、その生涯の最期まで決定稿を完成させられなかったというところに、賢治の苦闘の跡を見る思いがします。だからこそ、『銀河鉄道の夜』は汲みつくせぬ魅力と読者をひきつけてやまない磁場をもっているのでしょう。非力な私は、ほんの少々のキリスト教の素養しかなく、賢治の信仰していたという法華経はじめ仏教についてまるで何もわからないので、いつまでも堂々巡りの思考の罠からぬけだせないような気がします。前回、「橄欖の森」と「灯台看守」そして「孔雀」について書く、といいながら、「白鳥の停車場」であまりにもながく停まってしまったように思うので、ここでいったん「牛」というモチーフから離れて、次回は「灯台看守」の役割を中心に考えてみたいと思います。

 今日も未整理な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。

2024年6月2日日曜日

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』___十字架と苹果の旅__白い十字架

 『銀河鉄道の夜』に限らず宮沢賢治の作品を読んで、「自己犠牲」をテーマに論じる読者が多い。以前私自身も「ケンタウルス、牛殺し_生の軛」というタイトルでこの作品について書いたとき、カムパネルラの死を「自己犠牲でなく犠牲」として論じた。烏瓜でつくった灯籠を川にながし、「星祭り」という美しいことばでよばれる「ケンタウル村」の祭りに秘められた本質の象徴が「犠牲」である、と仮説をたててみたのだが、それでよかったのかどうか、ジョバンニとカムパネルラの旅を振り返って、もう一度考えてみたい。

 銀色のすすきと青や橙やさまざまな色にちりばめられた三角標の光がちらちら揺れ動くなか、銀河鉄道の小さな汽車が走る。線路のへりに咲いた紫のりんどうの花が次から次へと過ぎ去っていく。ところでこの「三角標」がどういうものなのか、じつは私はよくわからない。銀河鉄道の旅のいたるところに登場するが、どのような標識なのだろうか。

 旅の始まりに、カムパネルラの「母のゆるし」と「ほんたうの幸い」の葛藤を告白されたジョバンニが「「ああ、さうだ。ぼくのおっかさんは、あの遠いちりのやうに見える橙いろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考へてゐるんだった。」と心の中で思っているので、三角標は現実世界の何かに対応するのだろう。

 そして、旅の出発点の前と終着点の後に登場する「天気輪の柱」はもっとわからない。こちらは天上の世界とつながるものを意味すると思われるが、三角標よりイメージをむすぶことが困難である。

 りんどうの花と三角標の列に迎えられて始まった二人の旅が最初に出会ったのは「ぼぅっと青白く後光の射した一つの島」とその平らないただきに立った「立派な目もさめるやうな白い十字架」だった。カムパネルラが「母のゆるし」と「ほんたうの幸い」の葛藤から「ほんたうの決心」を告白すると、俄かに、車のなかがぱっと白く明るくなる。「金剛石や草の露やあらゆる立派さをあつめたやうな」きらびやかな銀河のまん中に小島があって、そこに十字架が見える。「それはもう凍った北極の雲で鋳たといったらいゝか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しづかに永久に立ってゐるのでした。」と書かれている。きらびやかにして清浄無垢、荘厳な世界の出現である。

 「ハルレヤ、ハルレヤ。」の声が起こり、乗客はみな十字架に向けて祈る。ジョバンニとカムパネルラも思わず立ちあがる。「カムパネルラの頬は、まるで熟した苹果のあかしのやうにうつくしくかゞやいて見えました。」

 白い十字架と赤い苹果、「ハルレヤ(ハレルヤでないことに注意)」の声と祈り、絵にかいたようなキリスト教の光景である。銀河鉄道の旅の基調にあるものが、キリスト教の世界であることは多くの人が指摘するもので、私も異論はないが、あえて、ひとこと言えば、この場面で描かれる「キリスト教」の世界は、あまりにも完璧に予定調和のそれである。「キリスト教」の象徴として「十字架」は、こんなに清浄無垢で荘厳、もっと言えば無機的に輝く存在だろうか。

 イエスの十字架は、この上なくむごたらしく血にまみれた実在の杭である。そのことを十分理解していたと思われる賢治は、なぜ十字架をこのように描いたのか。

 おそらく、賢治がこの十字架(白鳥座の北十字星のことであると言われる)を荘厳無垢に描いたのは、ここを、誰も足を踏み入れることなく、ひたすらな祈りがささげられる対象として措定したからではないか。旅人たちは「しづかに永久に立ってゐる」十字架に祈る。だが、汽車は止まることなく、乗客はみな車内で祈りをささげ、白鳥の島が「絵のやうになって」ついにすっかり見えなくなってしまうと、旅人たちは「しづかに席に戻り」、ジョバンニとカムパネルラも、「胸いっぱいのかなしみに似た新しい気持ちを、何気なくちがった詞で、そっと談し合ったのです。」

 白鳥座の十字架から、南十字星の十字架まで、銀河鉄道は走る。じつは十字架、というか十字架を暗喩するものは旅の途中でもあらわれ、それは非常に重要な問題を提起しているものだが、それについては、また回をあらためて考えてみたい。私見では、物語の後半に登場する「橄欖の森」がそれであると考える。また、苹果、とくに「燈台看守」が配る「金と紅でうつくしくいろどられた大きな苹果」についても考察を試みたい。どちらも、容易に作者の肉声を聞くことが拒まれているような気がして、難問である。カムパネルラの死と、タイタニック号の乗客の死、そして、蠍の死、これらと、十字架、苹果の両義的で複雑な関係を解きほぐす糸口だけでもみつかればいいと思っている。

 ここまで書いてきて、誤解のないように、あえて、いわずもがなのことを言っておきたい。私はこの作品をキリスト教のプロパガンダとして読むつもりはまったくない。他の宗教も同様である。それは、決して賢治の本意ではなかったと考える。根源的でありながら複雑で矛盾に満ちた生の本質に迫り、その過程での実践を模索するために、賢治は書き続けたのだと思っている。

 相変わらずまとまらなくてたどたどしい文章です。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

2024年5月23日木曜日

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』__カムパネルラという存在とその消失の意味するもの__「母」のゆるしと「ほんたうの幸い」

  『銀河鉄道の夜』について、以前「ケンタウルスー牛殺しー生の軛」というタイトルで投稿した。そこで繰り広げたテーマは核心の一部をついていた、という自負はないではないが、この複雑で重層的な作品のより重要な部分を取り残してと感じるもどかしさがあって、それが何か、言葉につむぎだせにままに無為に五年の時が流れてしまった。

 五年の間に断続的に、初稿から最終稿まで増補、削除の大胆な編集を経てきたものを順不同で読んできた。そのいずれの稿にも共通しているのは、「カムパネルラ」の存在であり、その突然の消失である。主人公ジョバンニは気がついたら銀河鉄道に乗っていて、そこにはすでにカムパネルラがいた。そして、カムパネルラが消えると、ジョバンニは銀河の夢からさめて、もとの草の上で胸を熱らせ、つめたい涙をながしていたのだった。「カンパネルラ」とは何か。

 カムパネルラのモデルについてはさまざまなことがいわれているが、重要なのはモデル探しではなく、「カムパネルラ」」という存在が作品の中で、とくにジョバンニとのかかわりにおいて、どのように描かれているかを検討していくことだろう。

 カムパネルラは作品冒頭「午後の授業」の章の登場する。銀河について先生に指名され、立往生しているジョバンニを慮って、カムパネルラはわかっている答えを答えなかった。裕福な家庭に育ったカンパネルラは、父親の書斎から「巨きな本」をもってきて、「ぎんが」の美しい写真をジョバンニに見せてくれたのだから、答えられないはずはない。その時一緒に写真を見たジョバンニだって銀河を知らないわけではなかったのに、このごろのジョバンニは学校の前後にする労働がつらくて、授業中ぼぉっとしている。ジョバンニは病気の母親の面倒をみながら、不在の父親に代わって働かなければならないのである。

 ジョバンニは活版所で活字拾いをして一日銀貨一枚をもらうのだが、現場でひそかな冷笑の対象となっている。それだけでなく、学校の仲間からもからわれ、いじめられている。カムパネルラはそんなジョバンニを気の毒そうに見ているが、積極的にかばってくれるわけではない。カンパネルラとジョバンニは父親同士が友達だったようで、ジョバンニは父親が一緒にいたときは、父親に連れられてたびたびカンパネルラの家に寄った、とある。ジョバンニとカムパネルラは、そこでレールを七つ組み合わせて円くした線路の上をアルコールで走る汽車で遊んだこともあったのだが。

 「ケンタウル祭」とよばれる「銀河のお祭り」の日、ジョバンニは病気の母親が飲む牛乳が届かなかったので、牛乳屋にとりにいく。空気は澄みきって町は美しく飾られ、子供たちは楽しそうに遊んでいるが、途中で会ったいじめっこのザネリに、「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着が来るよ。」と嘲笑されたジョバンニの心は沈んでいる。そして、牛乳屋にいくと、「赤い目の下をこすりながら」あらわれたどこか具合が悪いような年取った女の人に、いまは誰もいないので、後にしてくれと言われてしまう。

 牛乳屋の台所から出たジョバンニは町で再びザネリに合う。ザネリはまたさっきと同じように「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ。」と叫び、今度は一緒にいた同級生の子たちも続いて叫ぶ。そのなかにカムパネルラもいたのだった。カムパネルラはだまって、ジョバンニを気づかっているようだったが、みんなと一緒に口笛をふきながら、橋の方へ歩いて行ってしまう。「なんとも云へずさびしくなって」ジョバンニはいきなり走り出し、町を離れて「黒い丘の方へ」向かう。

 以上の経緯は「午後の授業」の教室での出来事を除いて、第三次稿と第四次稿に共通しているが、第三次稿により詳しい。ジョバンニの父親が密漁船に乗っていて、誰かを怪我させて監獄に入っているという噂があること。そのためにジョバンニはいじめっこのザネリにからかわれ、同級生から疎外されていること。母親は生活のために無理な労働をして体をこわしてしまったこと。母親の面倒をみながら働くジョバンニの労働のつらさ。それらが具体的に生き生きと描かれているが、第四次稿とくらべて、より多く精緻に記述されているのが、カンパネルラへの思いである。

 牛乳屋で「今日はもう牛乳はない」と断られたジョバンニの悲しみは

(今日、銀貨が一枚さへあったら、どこからでもコンデンスミルクを買って帰るんだけれど。ああ、ぼくはどんなにお金がほしいだろう。青い苹果だってもうできてゐるんだ。カムパネルラなんか、ほんたうにいいなあ。銀貨を二枚も運動場で弾いたりしてゐた。
 ぼくはどうしてカムパネルラのように生まれなかったらう。カムパネルラなら、ステッドラーの色鉛筆でも何でも買へる。それにほんたうにカムパネルラはえらい。せいだって高いし、いつでも笑ってゐる。一年生のころは、あんまりできなかったけれども、いまはもう一番で級長で、誰だって負ひつきやしない。...)

と、カムパネルラへの羨望にかわっていく。そのカムパネルラまでが、ザネリたちと一緒に口笛を吹いて遠ざかっていってしまう。それを見たジョバンニはいきなり走りだして、町を離れ、黒い丘に登っていく。丘の上のつめたい草に寝て、ジョバンニは天の川を見ながら考える。

 (ぼくはもう、遠くへ行ってしまひたい。みんなからはなれて、どこまでもどこまでも行ってしまひたい。それでも、もしカムパネルラが、ぼくといっしょに来てくれたら、そして二人で、野原やさまざまの家をスケッチしながら、どこまでもどこまでも行くのなら、どんなにいいだらう。...ぼくはもう、カムパネルラがほんたうにぼくの友だちになって、決してうそをつかないなら、ぼくは命でもやっていい。...)

 だが、第三次稿で縷々と綴られるジョバンニのカムパネルラへの切ない思いは、最終稿ではばっさりと切り捨てられ、カムパネルラその人の姿が現実的に描かれる。最終稿に登場するカムパネルラはいつも「気の毒さうに」しているが、ジョバンニをかばってくれるわけではない。カムパネルラは「だまって少しわらって」いじめられているジョバンニが自分のことを「怒らないだらうかと」見ているだけだった、とある。何もしないことでいじめに加担しているカムパネルラの姿を等身大に描写しているのだ。

 そのカムパネルラが銀河鉄道に乗っている。ジョバンニより先に乗っていたらしく、ぬれたようにまっ黒な上着をきて、窓から頭を出して外を見ていた。カムパネルラは「銀河ステーション」でもらった黒曜石でできた地図と切符も持っているので、正式な乗客である。銀河鉄道の「小さなきれいな汽車」に乗って、ジョバンニとカムパネルラの旅は始まる。現実に存在していたジョバンニとカムパネルラの距離は一気に縮まって、カムパネルラはジョバンニの唯一の確実な同行者になったのだ。

 カムパネルラがジョバンニにまず訴えたのは「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだらうか。」ということだった。カムパネルラは、母がほんとうに幸いになるためなら何でもするが、いったいどんなことがほんとうの幸いなのか、わからない、という。そして、誰でも、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸いなのだ、と。「ほんたうの幸い」と、物語の終盤で議論される「たったひとりのほんたうのほんたうの神さま」を探して、銀河鉄道は走るのだが、その出発点は「母のゆるし」である。

 「おっかさんが、ほんたうに幸いになるなら、どんなことでもする。」と「泣き出したいのを、一生けん命こらへてゐる」のが、現実に病気の母を支えているジョバンニでなく「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」といわれるカムパネルラであることに注目しなければならない。

 「母」と「ゆるし」と「ほんたうの幸い」を探すためにカムパネルラはジョバンニの同行者となった。だが、「ほんたうの幸い」とは何か、という問いは物語の中空につるされたまま、カムパネルラは「みんなが集まっているきれいな野原」「ほんたうの天上」にいる「おっかさん」に吸い込まれていく。はたしてカムパネルラは「ゆるされた」のか。それとも、「ゆるし」か否かの次元をこえた無限の磁場が「天上」の「おっかさん」には存在するのか。

 カムパネルラについては、旅の出発点と終着点に触っただけなので、まだ書かなければならないことが少なからずあるが、長くなるので、また回を改めたい。とくに、最後に登場して、「黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめて」「もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから。」とその死を宣告する「父」の存在とその意味も考えなければならない。そこまで辿りつけるかどうか、かなり心もとないのだが。

 書かなければ何も考えなかったことと同じになるので、なんとか文章にしています。今日も不出来な作文を読んでくださってありがとうございます。