千尋の神話的深層を探る前に、この映画が一部下敷きにしているといわれるつげ義春の漫画「ねじ式」について考えてみたい。
「ねじ式」は一九六八年雑誌『ガロ』に掲載された短編漫画である。海水浴にきて「メメクラゲ」に左腕を嚙まれ、静脈を切断された男が医者を捜しまわるが、村には医者が見当たらない。なんだか奇妙な漁村で、洗濯物をかけた衣紋かけが林立していたり、家と家の間に日の丸の旗がのぞいていたりする。なんとなく、当時としてもレトロな雰囲気が漂う村の中を男は必死に捜すが、村人は誰も「イシャ」のありかを教えてくれない。
男は隣村に行って捜そうとして、線路の中を歩くが、折よくやってきた汽車に乗る。たった一両、座席も一つしかなさそうな不思議な蒸気機関車である。狐の面をかぶった子供が運転士である。しかも、汽車は後ろに進んで、到着したのはもとの村だった。
男は「テッテ的」に捜そうとしたが、目玉マークの眼医者が軒をならべているばかりだ。そして、男は金太郎アメをつくっている老婆に出会い、老婆の所有する「金太郎飴ビル」の一室で開業している「産婦人科の女医」を紹介される。男が捜していたのは「産婦人科の女医」だったのだ。
老婆と男は不思議な縁があるようだ。男は老婆に「あなたはぼくが生まれる以前のおっ母さんなのでしょう」と聞くが、老婆は「それには深ーいわけがある」といってこたえない。それは金太郎アメの製法特許と関係があるらしい。金太郎アメは、桃太郎のデザインだが、金太郎なのだ。はぁ?老婆と男は金太郎アメのおりくちを見せ合って別れる。
暗くなって、電柱だか十字架だかが立ち並ぶ家の間を通って、ようやくビルの一室にたどりつく。ここはどういう建物なのだろう。円筒形の建屋が二つ見える。「金太郎飴ビル」と看板がかかっている。そのてっぺんに煙突のようなパイプが何本か立っていて、クレーンのようなものも見える。ここに「産 婦人科」という看板がかかっている。ビルというより工場のようだ。
内部にはドアのない入口がいくつもあって、中に何かよくわからないものが堆積している。その向こうに女医がいる。着物姿で額に診察用の鏡をつけ、千鳥格子の座布団に座っている。おかしな猫足テーブルに向っていて、テーブルの上にはお銚子が一本と猪口が置かれている。開け放った障子の間から海が見え、遠くに軍艦が一艘浮かんでいて、今まさに砲撃している。
いまは戦争中なのか?冒頭一コマ目も、左腕をかかえる男の頭上に巨大な戦闘機の影が描かれる。「イシヤはどこだ!」と呻く男の背後に喇叭を吹きながら行進する兵隊の影が描かれるコマもある。
「シリツをしてください!」と叫ぶ男に「お医者さんごっこをしてあげます」と女医は全裸になって、「麻酔もかけずに」「シリツ」をする。「ギリギリ」と音がして、私にはなんだかよくわからないが、静脈は繋がったようである。男の左腕には蝶ねじが挿し込まれている。この手術は「○×方式」を応用したものだが、「ねじは締めたりしないでください。血液の流れが止まってしまいますから」と女医はいう。
という回顧談を、左腕に蝶ねじを挿し込んだ男が、モーターボートの後ろに座り、話している場面で終わりになる。なんともシュールな漫画だが、そんなに難解でもない。だが、いまはその謎解きをするつもりはなく、ただ「め」と「「ねじ」を覚えておきたい。
男がなぜ「イシヤ」を探したのか。なぜ眼医者しかなかったのか。それは、男が切断されたのが左腕だったことと関係があるのか。「ねじ」あるいはそれを締めるスパナの意味何か。
「千と千尋の神隠し」に戻れば、食べ物のにおいにつられて両親が向かった先は、国籍不明だが、何となく中国風、東アジア風な店が並ぶ飲食店街だった。「生あります」という看板が下がり、「餓えと喰う会」という不思議な垂れ幕が張られている。「呪」「骨」「肉」「狗」「鬼皮」など不気味な文字が目につくが、最も目立つのは「め」という文字と目玉マークだろう。豚になった両親に驚いて、来た道を戻ろうとした千尋をとり囲む「めめ」と目玉マーク、「生あります」の看板(最後のクレジットが流れる絵コンテでは「生めあります」になっている)だった。「油屋」の門前は「めの世界」だった。
油屋の従業員になった千尋が、オクサレさまならぬ「名のある河の主」を迎えて、神さまに刺さった「トゲ」を見つける。「トゲ」は自転車の左側のハンドルだったが、皆でそれを引き抜くと、大量の廃棄物があふれ出てくる。二槽式洗濯機や便器などに混じって、国旗(あるいは白旗?)が出てくるのも印象的だが、最後に水の底に沈むスパナが映されることに注目したい。
宮崎駿はなぜここまでして、ねじ式の世界を想起させたかったのか?「名のある河の主」と左腕にねじを挿し込んだ男は関係があるのか?
「名のある河の主」は千尋を濁流から掬い上げ、「善哉」と言って、千尋に草団子をあたえ、角のない龍の姿になって去る。「名のある河の主」とハク、千尋の関係については、難問である。もう少し、時間をかけて考えてみたい。解が見つかるかどうか、心もとないのだが。
「めの世界」と油屋については、もっと堀下げなければならないかもしれません。今日も乱雑な走り書きを最後まで読んでくださってありがとうございます。