naoko_note
2017年5月10日水曜日
『紙屋悦子の青春』その3_______そして海ヘ___マッチ擦るつかのま海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや
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以前「マッチ擦るつかのま海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや」の歌を「寺山修司の世界」とサブタイトルをつけて取り上げたことがあった。そこで私は決定的な間違いをしていたと思う。 「マッチ擦るつかのま海に霧深し」の上句五・七・五と 「身捨つるほどの祖国はありや」下句七・七...
2017年4月30日日曜日
『紙屋悦子の青春』その2__弁当箱で決めた結婚
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『紙屋悦子の青春』の回想場面は「鹿児島県米ノ津町 昭和二十年三月三十日」という文字が黒地に白抜きで現れ、続いて、前回書いた通り、汽笛の音とともに紙屋家の前景が映しだされる。手前に竹(前回「藁のようなもの」と書いたのは細い竹のようである)で組まれた低い塀があって、そのすぐ向こう...
2017年4月18日火曜日
『紙屋悦子の青春』___十字架と桜と弁当箱のミステリー
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ペリマリという人のブログで紹介されていた『紙屋悦子の青春』という映画をDVDで観た。この映画の完成後、急逝した黒木和雄監督の反戦四部作の最後の作品ということもあって、「静謐な反戦映画の傑作」という評価が定まっているようである。それはたぶん妥当な見方だと思うのだが、それだけで終わ...
2017年2月20日月曜日
大江健三郎『ピンチランナー調書』___権力の「両建て構造」を暴露する__核と革命と天皇
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今世紀に入ってから「イデオロギー」という言葉は死語になったかの感がある。「左翼」「革新」も同様。「革新」は技術の分野で使われるが、「左翼」は使われるとすれば嘲弄の対象となることがほとんどである。それに対して、かつて「反動」の定冠詞であった「保守」は、いまは肯定的なニュアンスで使...
2016年12月30日金曜日
大江健三郎『晩年様式集』___『懐かしい年への手紙』を読み直す___ギー兄さん、塙吾良、伊丹十三
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少し体調を崩していたこともあって、『晩年様式集』についていつまでも書けないでいる。ひとつには、これが大江健三郎の「最新」の作品なので、それについて書くことが私の大江健三郎論の総括、のようになってしまうことを怖れる意識がはたらくのかもしれない。 『晩年様式集』というタイトル...
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