naoko_note
2015年8月20日木曜日
大江健三郎『﨟たしアナベル・リィ総毛立ちつ身まかりつ』__「﨟たし」と「らうたし」のはざまに
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これは「M計画」というプロジェクトにかかわったサクラさんという国際的な映画女優と作家の「私」、そして「私」の東大の同期生で敏腕プロデュサーの「木守有(こもりたもつ)」の物語である。表題の「﨟たしアナベル・リー総毛立ちつ身まかりつ」とは、特異な人生を生きたサクラさんを、エドガー・...
2015年7月8日水曜日
陰謀論で読む大江健三郎『さようなら、私の本よ!』__大江健三郎とは何か__「ミシマ問題」から炙りだされるもの
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大江健三郎の作品はどれも難解なのだが、それは、一部に言われているような文章のわかりにくさ、というような次元の問題ではない。ストーリーの起承転結が不自然で納得できない、というわけでもない。読んでいるときは立ち止まることもなく、すらすら進んで結末までいって、最後の大江節に単純な感動...
2015年5月23日土曜日
陰謀論で読む大江健三郎『さようなら、私の本よ!』___T.S.エリオット「バーント・ノートン」を中心に
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もう一ヶ月近く読んでいるのに、「バーント・ノートン」と『さようなら、私の本よ!』について書くことができない。とにかく、わからないのだ。わからないことが二つあって、一つは、「バーント・ノートン」を含む『四つの四重奏』という詩集自体が難解であるということであり、もう一つは大江健三郎...
2015年4月25日土曜日
陰謀論で読む大江健三郎『さようなら、私の本よ!』__T.S.エリオット「ゲロンチョン」を中心に
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名前だけ聞いて頭の上を通りすぎる存在だったエリオットについて調べていて、なんとも複雑な思いをかみしめている。ヨーロッパにおける、というより近、現代史の時間、空間のなかで、「ユダヤ」もしくは「ユダヤ人」という存在がどのような意味をもってきたか、あるいはもたされてきたか、という問題...
2015年4月16日木曜日
陰謀論で読む大江健三郎『さようなら、私の本よ!』___T・S・エリオットを中心に
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もう2ヶ月以上も経つのに、『さようなら、私の本よ!』について書けない。体力の衰えなのか、はたまた能力の限界なのか。それで、半ばやけのやんぱちで、アカデミズムの権化みたいな大江健三郎を陰謀論風に読んでみた。妄想『さようなら、私の本よ!』である。 そもそもこの小説は9.11の...
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