2016年2月28日日曜日

橋本治『三島由紀夫とはなにものだったのか』___「父」と「天皇」そして「女」を語らない自分史

 のっけから随分辛口のタイトルとなったが、この評論はおもしろかった。ひとつには、著者の橋本治が私とほぼ同世代で、ともに学生運動の嵐が吹き荒れる中で青春時代(歌の題名みたいであまり使いたくない言葉だが)を過ごしたからである。

 橋本治は当時現役バリバリの東大生で、のみならず「とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く」というポスターの作者としても知られている。だが、しかし、彼は、このポスターの文句から当然うかがわれるように、全共闘の活動家ではなかった。そして、私は、というと、すでにブログの中で何回か述べたが、「ホー・チミンってフランスの女優さん?」と訊ねたように、政治といわず世の中の状況にまったく無知だった。何をしていたか?生涯あの四年間だけは二度と繰り返したくないし思い出したくもない会社勤めと、そして、ほとんど確実におとづれるであろう破局の予感のなかで恋をしていたのである。「三島由紀夫」は私にとって何の関係もない存在だった。いま、あれから四十年が過ぎて、「三島由紀夫」がそこにいて、「橋本治」と私が向きあっていることにつくづく人生の不思議を感じる。

 橋本治は三島の作品を精緻に分析して三島を語る。当たり前のようだが、そうではない。作品をそっちのけにして語られることがおかしくないほど、「三島由紀夫」は特異な存在だった。とりわけその唐突で不可解な死を遂げた後はそうである。だが、私は三島の死から演繹して彼の作品を語るべきではないと思う。『豊饒の海』のラストと三島の死を結びつけて論じるのはルール違反だ。この点で、私は橋本治の論の立て方に納得できないものがあるのだが、彼の同性愛を主軸にすえた作品論はすぐれたものだと思う。同性愛というものに関心の薄い私は、この評論を読んで「そうなのか~」と教えられることが多かった。でも、よくわかっていないと言わざるを得ないのだけれど。

 実は、この本の中で一番おもしろかったのは、最後の最後に「補遺」として書かれた「恋すべき処女__六世中村歌右衛門」の章だった。ここには三島由紀夫の「最愛の女優」といわれた六世中村歌右衛門と、三島由紀夫、そしてそれを論じる橋本治のすべてが炙り出されている。いろいろすごい言葉が並んでいるが、私が最も興味深かったのは「彼(歌右衛門)は、自分が演じようとする「女」が信じられないのである」という一文である。もちろん、こう言っているのは橋本治である。「六世中村歌右衛門」を論じて、論の対象との距離が近すぎる三島より、橋本治のほうが核心をついたものがあるように思われる。

 本論の中で取り上げられる作品は主に『仮面の告白』と『豊饒の海』、『禁色』、『午後の曳航』などである。先に述べたように、橋本治は三島の内部に入り込んで、三島の同性愛を中心に作品分析を組み立てる。それは、そのように読むことはもちろん可能で、おもしろいのだが、読んでいくうちに何だか「おもしろうて やがてかなしき」という気分になってきてしまう。その原因は、ことばにできるものとしては、この評論があまりに自己完結的だからだと思う。橋本治が自己完結的、三島由紀夫が自己完結的・・・・・三島由紀夫が自己完結的な作家であったことは疑いないことだったから、それを語る橋本治は自己完結的に語ったのか?いや、そうではなくて、橋本治は三島由紀夫のなかに、自分自身と同じ「自己完結的」という共通の資質をみいだし、なかば無意識のうちにそれを頼りに三島の文学の鉱脈をまさぐろうとしたのではないか。

 しかし、橋本治が三島の鉱脈から掘り出してきたものよりもっと豊かでエネルギッシュな、自己完結をつきやぶろうとするデーモンが三島にはある。三島の文学で重要なテーマでありながら、橋本治が触れなかったもの、それは「父」であり「天皇」であり、そして「女」である。

 橋本治は三島と「男」の関係については詳細に論じる。執拗に、といってもよい。だが、三島と「父」については全く触れないのである。『午後の曳航』は、「父」となった母親の愛人を主人公の少年が殺す小説であるが、橋本治はその中でこういう文章を引用している。

《ところでこの塚崎龍二といふ男は、僕たちみんなにとっては大した存在じゃなかったが、三號にとっては、一かどの存在だった。少なくとも彼は三號の目に、僕がつねづね言ふ世界の内的關聯の光輝ある證據を見せた、という功績がある。だけど、そのあとで彼は三號を手ひどく裏切った。地上で一番わるいもの、つまり父親になった。これはいけない。はじめから何の役にも立たなかったのよりもずっと惡い。》

 何故「父親になる」ことが即「地上で一番わるいもの」になることなのか。塚崎龍二という男は「小柄だが、逞しく迫りだした胸毛の生えた胸板を持ち、女に向かって雄々しく男根をそそり立てる男」だから殺されたのではない。「父」と呼ばれる存在になったから殺されたのである。

 もうひとつ『禁色』の隠されたテーマも「父殺し」であると思う。『禁色』についてはもっと読み込んで作品論を書いてみたいので、くわしくは述べないが、実に魅力的な教養小説、もっとわかりやすくいえば成長小説である。主人公の美青年南悠一は「父」に擬せられたメフィストフェレス檜俊輔という老作家を自殺というかたちで死に追いやり、のりこえて行く。莫大な遺産も手にする。

 橋本治は「父」を語らないので、当然「天皇」を語らない。『英霊の声』はもちろん、『憂国』も取り上げない。『憂国』は昭和三五年雑誌『中央公論」に深沢七郎の「風流夢譚」が掲載されることを知って、性急に執筆されたともいわれている。ここで詳しく述べる余裕はないが『金閣寺』もまた、「父」と「天皇制」が隠されたテーマであると私は考えている。

 そして最後に、橋本治は「女」を語らないのである。作家三島由紀夫の「祖母」を語り、「母」を語る。作品中の「母なる存在」についても語っている。「女方」については前述のように優れた考察がある。だが、「女」は不在なのだ。三島由紀夫に「女」は不在だったか。とんでもない。以前「面白すぎる純文学___三島由紀夫『仮面の告白』』というブログでも書いたように、三島の小説は魅力的な女_悪女に満ち満ちている。『仮面の告白』の園子、『禁色』の康子、『豊饒の海』の聡子、どれもすばらしい悪女たちではないか。

 私が一番驚いたのは、橋本治が『仮面の告白』の園子を「日本文学史上最も魅力のないヒロインである。」といってのけたことである。橋本治はよほど園子が嫌いらしく、「性的な抑圧が強くて偽善的__典型的な中産階級の娘である。なんの魅力もない」とダメを押す。ほう~!小説とは読み手によってこんなにもちがう捉えられ方をするのか。私は女で、そしてミーハー偏差値抜群なので、自分が園子になりかわったような気持ちでこの小説を読んだ。園子のようなことがあったらどんなにすてきだろう、と胸をドキドキさせながら読んだ。そう、橋本治のいうように、女は恋愛小説が好きで、私は女だから、この小説を、とくに園子が初々しい人妻となって「私」と再会してからラストまでをすばらしい恋愛小説として読んだのである。

 だから、最後に園子が「私」に「女を知ったか」ということをたずねたときの「私」とのやり取りについて、私は橋本治と決定的に異なった解釈をする。長くなるが、重要な場面なので、橋本治が引用するより少し前からぬきだしてみたい。

 とはいえこの場の空気が、しらずしらずのうちに園子の心にも或る種の化学変化を起させたとみえて、やがてそのつつましい口もとには、何か言い出そうとすることを予め微笑で試していると謂った風の、いわば微笑の兆しのようなものが漂った。
「おかしなことをうかがうけれど、あなたはもうでしょう。もう勿論あのことはご存知の方(ほう)でしょう」
 私は力尽きていた。しかもなお心の発条のようなものが残っていて、それが間髪を容れず、尤もらしい答えを私に言わせた。
「うん、・・・・・・知っていますね。残念ながら」
「いつごろ」
「去年の春」
「どなたと?」
 ___この優雅な質問に私は愕かされた。彼女は自分が知っている女としか、私を結びつけて考えることを知らないのである。
「名前はいえない」
「どなた?」
「きかないで」
 あまり露骨な哀訴の調子が言外にきかれたものか、彼女は一瞬おどろいたように黙った。顔から血の気がひいていくのを気取られぬように、あらん限りの努力を私は払っていた。

 橋本治はこのやり取りで、園子の追及を字義通りにとらえている。自分よりいい女が「私」の前にあらわれ、「私」はその女と交渉をもった。その女が誰か知りたくて園子は執拗に追求している、というのが橋本治の解釈である。そうではないだろう。園子はまっすぐにきいているだけだ。そして「私」の嘘を女の直感でみぬいているが、なんの衒いもなく思ったことを言葉にしているだけなのだ。いうまでもなく、それは彼女がすでに「女」でなおかつ自然で伸びやかな「女」だったからだ。もっといえば、その「女」を満たそうとしない「私」に焦れているからだ。

 何だかこれ以上書いていくと、ミーハー度満開の「女を語る自分史」になってしまいそうである。評論とは「他人をダシにして自分を語ること」だといった人がいたが、まさにそうなのかもしれない。著者には不本意かもしれないが、私はこの本を橋本治の自分史として興味深く読んだ。ここに語られている複雑な、そして自己撞着的な議論をじゅうぶん理解できたとはとても思えないが、そういう筋道もあるのだ、という発見をした。何より、もう一度三島を読みたい、と思うきっかけがあたえられたことに感謝している。

 ほんとうは大江健三郎の『晩年様式集』について書かなければ、と思っているのですが、もうひとつ集中できず、三島論に寄り道してしまいました。不出来な文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。